ブリーフィング


 翌日の昼。

 塚地の通う名門進学校は昼休みを迎え、生徒達は思い思いに昼食を愉しんで居た。

 そんな賑やかな教室の中、1人静かにサンドイッチを頬張る小柄な少女が居た。

 穏やかな雰囲気と共にサンドイッチを頬張り、モソモソと食べる彼女は時逆ときさか 千雨ちさめ。見ての通り、何処にでも居そうな女子高生である。

 しかし、人には大なり小なり裏の顔と言うモノが存在する。勿論、時逆 千雨も例外じゃない。

 2台あるスマートフォンの内、仕事用のスマートフォンが静かに振動して持ち主である千雨に通知。サンドイッチを食べる手を止め、もぐもぐと咀嚼しながら仕事用のスマートフォンを手に取った千雨は画面を眺め始める。

 スマートフォンには『長期。複数。米3M』 と、言う見る者が見れば直ぐに分かるキーワードが並んでいた。


 (長期で複数の標的。報酬は米ドルで300万……破格の仕事ね)


 キーワードからデカい金額の依頼であると察した千雨はメッセージに対し、返信する。


 『何処の口座依頼人は?』


 破格の報酬を提示する依頼人が誰なのか? 尋ねれば、送り主である懇意にする仲介人はメッセージを介して答えた。


 『ズボンに拳銃を突っ込んだ日本人貿易商』


 依頼人を示す答えを見た千雨は顔を上げて離れた席で涼介と、1人の女子高生と共に昼食を食べて居る塚地の方を見て、何かを察したのだろう……渋い面持ちを浮かべてドン引きしてしまった。


 (ウワァ……彼処だけ殺気が溢れてる。つか、ヤベェの2人が睨み合っててマジで近付きたくないわぁ……)


 塚地と一緒に居た涼介ともう1人の女子高生から殺気が醸し出されて居た。

 涼介は女子高生に。女子高生は涼介に……と、言う具合に互いに殺気を放ち、睨み合って然りげ無く何時でも殺せる様な体勢を取っていた。

 しかし、そんな剣呑な空気の中に居るにも関わらず、塚地は暢気に弁当を食べて居る。

 そんな塚地に呆れる千雨はスマートフォンを操作して、仲介人に引き受ける旨の返答をした。

 凄腕のシカリオ暗殺者たる千雨が仕事に参加する旨を仲介人に告げると、塚地は涼介ともう1人の少女……初谷はつがい 綾子に向けて言う。


 「君等が殺り合うのは俺の仕事が終わってからにしてくれないか? 俺の仕事が済んだ後なら好きにして良いから」


 他人事の様に2人の幼馴染に告げると、綾子は言う。


 「涼介が犯した罪を償うなら私は何もしないわ」


 腐れ縁とも言える幼馴染である綾子の言葉に対し、涼介は平然と顔色1つ変える事無く返した。


 「生憎と俺は知らねぇな。つーか、証拠有るんか? 俺が殺った証拠がよ?」


 実行したとされる複数の殺しと日本政府関連への爆弾テロに涼介が関与した物的な証拠は見付からなかった。

 それ故に逮捕する事は出来なかった。

 その為、綾子は涼介が犯した罪をキチンと償うならば、何もしないと言ったのだ。

 しかし、涼介は涼し気な顔で自分は関与してないと、いけしゃあしゃあと宣う。

 ソレは綾子の怒りを買うには充分過ぎるだろう。


 「コイツと組んで仕事なんてしたくない。例え、公式に下された命令でも私は嫌だ」


 仕事に対し、嫌そうにする綾子に塚地は告げる。


 「だが、引き受けなければさらなる被害が出るのは確約出来る状況だ」


 「汚い人達の喰らい合いなら勝手にやれば」


 「残念だけど、そうも言ってられないんだ。既にこの件で数百の命が喪われ、その倍の数が被害を被ってるし、連中を野放しにすれば、その倍以上の被害が出る……ソレでも君は拒否するのかい?」


 悪党らしく、事実を交えて告げれば、綾子は押し黙ってしまう。

 そんな綾子と平然と食事を取る涼介に対し、塚地は言う。


 「御互いに思う所が有るのは理解してる。俺と一緒に仕事するのも嫌だろうけどさ……今回だけは心に棚を作って思う所を置いて、呉越同舟で仕事をして欲しいんだ。ソレが無理なら参加しないでくれる方がありがたい」


 塚地の言葉に綾子は問う。


 「なら、この件が全て片付いた後に涼介をブッ飛ばして良い?」


 「何なら、余人を交える事が無い様に場所も用意するよ。涼介、お前は?」


 「俺は別に構わんぞ」


 「場所を提供する条件として殺しは無し。流石に幼馴染が殺し合うのは見たくない」


 人殺しを命じる悪党であり、古くからの幼馴染に他者を殺させようと言う糞野郎であるに関わらず、幼馴染の2人が殺し合うのは辞めてくれと宣う矛盾。

 だが、塚地だけでなく、人間は誰しも矛盾とも言える二面性を有している。それに、大事な人間が死ぬ事を許容出来る人間はそうは居ないのも事実。

 別に変な事を言っている訳じゃない。

 人間は大事な身近な存在に対しては優しく、ソレ以外には残酷になれる生き物なのだだから当然の事だ。


 話を戻そう閑話休題


 昼食を済ませ、昼休みが終わってから2単元の授業が終わった放課後。

 塚地は涼介と綾子と共に後者を後にすると、通っている学校の最寄り駅である西日暮里駅へと向かう。

 その後、電車に乗って赤羽に向かい、赤羽で大宮行きの電車に乗り換えた。

 そうして、大宮行きの電車が与野本町駅で停まれば、電車を降りて、3人は駅を後にする。

 ノンビリと歩いて綾子の家に着いた3人は誰も居ないリビングに赴くと、綾子は客人である塚地と涼介の2人に麦茶を用意する。

 麦茶の注がれたグラスを受け取った塚地は涼介と家主である綾子が自分の方に意識を向けていると判断すると、仕事の説明を始めた。


 「涼介には既に標的を教えたけど、改めて標的を説明する……標的は東日本最大の広域指定暴力団である東征会と、東征会に招聘された魔術を用いる犯罪者。それから、東南アジアで麻薬と人身売買を司るロクデナシのクソジジイだ」


 標的の概要を告げた塚地に綾子が挙手して質問をして来た。


 「ソレが私の雇い主とどう関係するの?」

 当然ながら説明を要求されれば、塚地は綾子に答える。


 「厳密に言うなら、東征会が招聘したオカルト絡みのクソ野郎とクソジジイが標的なんだが、この2人は前者が上司、後者は部下っていう形だったりする。で、クソジジイの方は現在進行系で死にぞこないである東征会の会長の延命と治療を成功させると共に会長を傀儡として東征会を私物化しようとしている。ソレは君の雇い主であり、俺の取引先でもある御仁昨夜の電話相手にすれば何としても避けたい状況。日本の大手クラスの犯罪組織が海外の勢力下に入るなんて、司法機関からしたら洒落にならない。だから、君の雇い主は君を俺の汚いビジネスに手を貸す様にする羽目になった訳だ」


 綾子の飼い主でもある塚地の取引先が、彼女を塚地の兵隊として送った理由を簡単ながらも事情を交えて教えれば、綾子は一応は理解して納得してくれた。

 そんな塚地は学校指定のサブバッグを開け、中から黒い液体の入った小さな小瓶を取り出し、2人に見せながら更に説明を続ける。


 「最近、ヤク中を始めとした麻薬業界で新種の麻薬が出回っているのは……流石に知らないよな? まぁ、良い。コレが新種の麻薬でな、値段は相場より2割ほど安く出回っている。しかし、値段に反して効果は下手な麻薬が可愛く見えるレベルでエゲつない……満州アヘンスクワッドの新アヘンみたいにな」


 そんな新種の麻薬とも言える黒い液体が収められた小瓶を綾子に投げ渡すと、綾子はジッと見つめ始める。

 綾子が新種の麻薬を見詰めて居ると、塚地は更に説明を続ける。


 「で、そんな新アヘンみたいなヤベェ効果のある麻薬は俺を始めとした麻薬の供給元に些かよろしくない影響を出している。市場を荒らされるって言う形でな」


 塚地の言葉に涼介は鼻で笑う。


 「ふん……ソレを始末しても、まーた、別の売人が現れるだけだろ?」


 「その通りさ。だが、供給ルートを完全に潰せばビジネスは一応は元通りになるのも事実だ」


 塚地の言葉に涼介は察すると共に問うた。


 「つまり、東征会と2人の糞が供給源って言う訳か?」


 「そう言う事……多分、東南アジアのクソジジイが生産と流通を司る供給源で、クソ野郎がレシピを作ったシェフ。東征会は末端の販売を司るって見るべきだな」


 新種の麻薬にどう関係するのか? 塚地が自分の見立てを答えれば、新種の麻薬を眺めていた綾子は顔を上げて塚地に言う。


 「コレ、とんでもない代物よ。普通の人間が少し舐めるだけでも中毒になるし、舐めただけでも効果は通常の覚醒剤とかの倍は有る」


 「成分を知り合いの研究所に分析して貰ったら、通常の麻薬よりも麻薬成分があるって出た。だが、具体的な成分の分析には成功していない……何せ、、専門家達が首を傾げて困惑したくらいだ。其処で、オカルトやファンタジーの専門家である君に聴きたい……コレは何だ?」


 塚地に問われた綾子はオカルトやファンタジーの専門家とも言える、魔法による解析をした結果を答える。


 「悪魔の血よ。しかも、高位の上級悪魔の血……その悪魔の血に既存の麻薬を組み合わせて調合して作られた麻薬」


 「効果はハイになれる以外に有るか?」


 「忍者と極道のクーポンみたいに身体能力が爆発的に強化される。でも、ソレは用量を守って服用した場合の話……」


 含みのある答えに涼介が質問する。


 「過剰摂取オーバードーズしたら死ぬのか?」


 「死ぬ方がマシじゃない? 人間辞めて怪物になるくらいなら」


 「どう言う事さ?」


 塚地が疑問を覚えて尋ねれば、綾子は説明する。


 「専門的な説明を抜きにして解るように言うと、上級悪魔の血を人間に投与すると簡単に人間を辞めて怪物になる事が出来るの。でも、ソレだけだと、麻薬を摂取した様な効果はあまり見込めない。だから、覚醒剤を混ぜ合わせて悪魔の血を薄めると共に覚醒剤の効果を倍増させる形で麻薬として作り上げたって所ね……」


 魔女と言う専門家である綾子の解りやすい説明を理解した塚地は更に尋ねる。


 「なるほどね……因みにコレを大量生産する為に必要なモノは?」


 「簡単よ。今言った様に上級悪魔を確保、拘束して活かしたまま血を抜き続ければ、何かしらの麻薬が有る限りは作り放題だから……」


 「デスヨネー……なら、接種方法は?」


 「注射が一番効くんでしょうけど、そのまま飲んでも効果は発揮出来る」


 「マジかぁ……お手軽にキメられるとかヤク中が大量生産されちまうな、益々叩き潰したいな」


 塚地の麻薬ビジネスにとって大いに支障を来たすだろう新種は早急に叩き潰す必要があった。

 本来ならば、麻取や警察に売り飛ばせば終わりだ。

 だが、相手は得体の知れない連中と東日本最大の広域指定暴力団。麻取や警察が法に基づいて叩き潰すには時間が掛かり過ぎる。


 「やる事が増えたなぁ……でも、キッチンはあの人に教えれば、向こうが勝手に片付けてくれるかな?」


 製造元は自分よりも強い大物に丸投げする方向に決めた塚地はそんなボヤキを漏らすと、綾子から小瓶を回収してサブバッグにしまう。それから、今度はファイルを取り出し、ファイルから2枚の写真を取って2人の前に置く。


 「先ずはコレを見てくれ」


 「誰だ? このガラと頭の悪そうなデブとガラの悪いキツそうなヒスっぽい眼鏡女は?」


 涼介が見せられた2枚の写真に写る人物を見たまま評すると、塚地は写真の2人に関して具体的な説明を始めた。


 「この2人はクソ野郎の手下だ。デブは素行が悪過ぎて追放された元相撲取り。女の方は東征会の傘下のヤクザで組を1つ仕切ってる女親分……何処に出しても恥ずかしいロクデナシの糞なのは言うまでもないな?」


 「クソ野郎とクソジジイを引き摺り出す為に殺すのか? それとも、この2人なら2人の居場所を知っている可能性が有るから"インタビュー"するって事か?」


 涼介が問えば、塚地は答える。


 「デブ……東征会にとって邪魔な奴を処理するのを生業にしてる大獄たいごくは完全なキリのカスのサンシタだから多分、何も知らない。だから、拷問する意味も無いだろうから殺っても問題無い」


 「なら、この女親分は?」


 綾子の問いに塚地は答える。


 「女親分……東征会内で殺しと抗争を担う工藤組の組長である工藤くどう しずか。彼女は生け捕りにして"インタビュー"する必要がある」


 雑魚であるデブはさっさと殺し、幹部である女親分は攫ってインタビュー……即ち、拷問すると言う事だ。

 涼介と綾子は塚地の方針に文句は無かった。

 だが、涼介は質問する。


 「時逆はどう関係するんだ? アイツも雇うんだろ?」


 「え? ちーちゃん時逆千雨も雇うの? でも、此処に呼んでないのはどうして?」


 涼介の質問に綾子も反応して疑問と共に首を傾げると、塚地は疑問の答えを告げる。


 「時逆さんには別の大事な仕事をして貰う。その仕事は彼女の方が適任で、君等には向かない。要するに適材適所って奴さ……」


 時逆 千雨は大変腕の良い暗殺者だ。

 しかし、オカルトやファンタジーに関しては門外漢。

 それ故にオカルトやファンタジーが絡まぬ複数の標的を暗殺して貰う方が良い。

 まさに塚地の言う通り、適材適所と言う奴だ。


 「要するに碌でもない企みが有るって事だな……因みにだけどよ、お前はこの件が片付いた後、新種の麻薬を商売に利用するつもりか?」


 涼介から新種の麻薬をビジネスに利用するのか? 問われた塚地は正直にハッキリと答えた。


 「利用しない。この新種の麻薬は流石に人間には危険過ぎるし、生産ラインをそのまま流用するにしても俺の手に余って面倒臭い事になるのは確実だから……それに、俺は悪魔だの天使だのが絡むオカルトは嫌いなんだ。だから、完全にこの世から消したい。ってのが、俺の正直な気持ち……まぁ、俺の商品コカインや覚醒剤等の兼ね合いもあるから取り扱いたくない。ってのも本音だけどな」


 君子危うきに近寄らず。塚地の座右の銘である。

 つまり、そう言う事だ。


 「良かった。コレを商品にとして扱うって言ったら、私はまーくんを殺さなきゃいけなかったから……」


 サラッと殺す宣言をする綾子に塚地は乾いた笑いを浮かべてしまう。


 「勘弁して。流石に幼馴染の女の子に殺されるとか嫌だよ? つーか、叶う事なら俺は畳の上で大往生したいから」


 いけしゃあしゃあと宣う塚地に涼介と綾子は呆れてしまう。


 「無理だろ。お前、滅茶苦茶ロクデナシの悪党だから誰かに殺されて死ぬタイプだ」


 「流石に畳の上て大往生は無理が有るって」


 2人の幼馴染からの心無い言葉に塚地は暢気な口調で反論した。


 「知らないのか? 本物の大物の悪党ほど殺される事無く、畳の上で大往生するんだぜ?」


 ニンマリと笑って人の良さそうな陽気な笑顔と共に2人に告げれば、塚地は麦茶を一口飲んだ。

 塚地に呆れる2人であるが、言っている事は強ち間違ってはいない。だからなのか、2人は反論する気が起きなかった。

 まぁ、面倒臭くなったのもあるだろうが……

 麦茶を半分ほど飲んだ塚地は口からコップを離すと、思い出した様に綾子に尋ねる。


 「あ、そうだ。忘れる所だった……重度の糖尿病と腎臓病。ソレに末期レベルの癌で死に損なってる人間が延命……何なら、完治、寛解する魔法みたいな手段って存在するか?」


 塚地の問いに綾子は答える。


 「幾つか有るには有る」


 「なら、未成年含めた若い女性を数百人用いる手段は?」


 若い女性を数百人……そんなキーワードを聞いた瞬間、綾子の表情は一瞬にして怒り。憤怒とも言っても良いソレに満ち溢れた。

 綾子の表情から塚地は存在する事を察すると共に狗から得た情報を交えて続ける。


 「例のオカルトやファンタジーの専門家とクソジジイが用いてる儀式で、死に損ないである東征会の会長は数百人の罪の無い若い女性を喰らって延命。しかも、延命に関しては成功してるとか言う現代医療に喧嘩を売ってる……だが、喰らい終えた後に何か更に魔法とか用いる儀式が必要なんだそうだ」


 塚地から具体的な内容を聞かされた瞬間、綾子の握る強化プラスチック製のコップが砕け散り、綾子の細く白い指や掌。それから、床に麦茶がブチ撒けられた。


 「わーお……」


 涼介が強化プラスチックのコップが握り砕かれた事に驚くと、塚地は気にせずに尋ねる。


 「あー……その反応から察するに儀式は存在する訳ね」


 「えぇ……一番最悪で、一番効果のある奴よ」


 そう答えた綾子が手の中に残るコップの破片を濡れた床に放ると、塚地は気にせずに続きを尋ねた。


 「あ、儀式の名前とかは興味無いから……具体的に行われる内容と効果だけ聴いて良い?」


 「儀式の内容としては先ず、666の乙女の血肉と魂を喰らう事。コレは血肉を介して魂を喰らう事で寿命を延ばすと共に儀式の下準備でもあるわ」


 綾子の説明を聴いた塚地は訝しむと、涼介は疑問を口にした。


 「なら、本番じゃ何するんだ? 邪神でも呼ぶのか?」


 「穢れ無き清らかなる乙女の魂と、穢れに満ち溢れた乙女の魂。この相反する2つの魂と言っても良い生命を喰らうのが儀式の本命。そして、儀式に成功すればわ」


 綾子の口から出た不老不死に塚地と涼介は困惑する。

 しかし、涼介は過去に経験した事から不老不死も存在すると判断し、塚地も塚地で本来ならば既に死んでいる身である死に損ないの東征会の会長が未だ生きている点から信じざる得なかった。

 だが、それでも……


 「不老不死ね……不老不死なんて言葉、現実味を感じなくてモニョる」


 余りにも壮大な話に呆気に取られた塚地は思った事をそのまま口にせざる得なかった。

 しかし、涼介は違った。


 「邪神やら平安時代から生きる妖魔やら異世界の様なオカルトやファンタジーが実際に存在するんだ。不老不死を得る方法だって存在してもおかしくないわな……でもよ? そんな方法で不老不死に到れるなら不老不死に至った奴が居たりするんじゃないのか? 儀式の方法も知ってる奴が居るんだからよ……」


 当然の疑問を口にすれば、綾子は答える。


 「ソレに関してはノーコメント。流石に私も其処まで知っている訳じゃないから……でも、受け売りだけど大概の人はその方法を知っても信じなかったり、儀式に必要な者達を用意する事が出来ずに死んだりして不老不死には至れなかったそうよ……」


 「そう言う事にしとこう。コレは精神衛生的によろしくない」


 実際、不老不死なんて現実味を感じない。

 その上、そんな不老不死を得る方法が実際に存在する事も不老不死を実現した存在が居る事も頭痛の種としても充分過ぎる。

 だからこそ、塚地は綾子の怒りの理由も含め、不老不死に関して触れる事を辞めた。

 世の中、知らない方が良い事がある。知らぬが仏って奴だ。

 しかし、涼介は敢えて疑問として可能性を口にする。


 「そうは言ってもよ……標的達が不老不死を得ている可能性も視野に入れないとならなくないか? 不老不死の方法を得ている以上はよ?」


 涼介の懸念は最もだ。

 それ故に塚地は頭を悩ませてしまう。


 「だとしたら最悪過ぎるなぁ……あのクソジジイ始めとしたオカルト絡みのロクデナシ共が不老不死とかマジ害悪過ぎる」


 「ソレなら心配しなくても良いわよ」


 あっけらかんと言う綾子に塚地と涼介の視線が集中すれば、彼女は2人に告げる。


 「先ず、私ならそーゆー奴を殺せる手段を幾つか持ってる。次に、其処のバカ涼介から問題無いわ」


 綾子から不老不死の相手を殺す手段を持っていると言われた涼介は困惑すると共に呆れの混じった言葉を漏らしてしまう。


 「そんな方法を俺が持ってんなら、俺はあのクソアマとケリつけてるわボケ」


 何を言ってるんだお前? そう言わんばかりの涼介に対し、綾子は続ける。


 「涼介、何かヤバそうなブツを今実際に持ってるわよね? 2つ……1つは腰に差してて、もう1つは背中」


 綾子が涼介が身に帯びている2つの物を指摘すれば、彼は興味心と共に腰に右手を伸ばし、制服の裾を退かして制服のズボンの内側に差し込まれた物を掴んだ。

 掴んだ物を手に取ってジッと見詰めると、塚地は呆れてしまう。


 「この野蛮人。お前、正気か? 学校に銃持ち込むとかさぁ?」


 呆れる塚地に今度は綾子が大層呆れてしまった。


 「よく言うよ……まーくんも拳銃持ってる癖に」


 呆れに満ちた綾子の言葉に塚地は困惑と共に否定する。


 「いや、幾ら俺が悪人でも逮捕される理由は作らないってば……流石に職質からの持ち物検査でバレるし、現行犯になっちゃうわ」


 「ふーん……じゃあ、何で腰の辺りからガンオイルの臭いがするの? 後、制服の内側に長い弾倉が6本有るのも気の所為?」


 綾子の言葉に降参と言わんばかりに塚地は腰に手を伸ばし、拳銃を手に取って見せた。

 自分の古めかしいスナブノーズ短銃身のリボルバーを眺めていた涼介は塚地の持つオートマチック拳銃を見ると、呆れてしまう。


 「GLOCK18じゃねぇか……簡単に手に入る代物じゃねぇだろ?」


 「え? 普通に通販で買った」


 「テキサスでも司法機関や軍関係以外には買えないマシンピストルが通販で手に入る訳ねーだろうがボケ」


 塚地の言葉に涼介が益々呆れると、塚地は涼介の持つリボルバーを見詰めてから怪訝な表情を浮かべて疑問を口にする。


 「アレ? お前、GLOCK使ってなかったっけ? 確か、40SWのモデルの22だったよな?」


 「ソレGLOCK22とは別にコレリボルバーも持ってるんだよ……」


 「見ても良いか?」


 塚地から見せてくれ……そう言われた涼介は慣れた手付きでフレームに収まるシリンダーを横にスイングアウトすると、エジェクターロッドを押してシリンダー内に収まる6発のマグナム弾を抜き取る。

 そうして、リボルバーの抜弾を済ませた涼介はリボルバーを塚地に差し出した。

 手を伸ばして涼介のリボルバーをグリップを掴み取った塚地はジッと見詰める。

 一頻り至る所を見詰めた塚地は顔を上げると、涼介に言う。


 「……偉く使い込まれてるな。銃身は3インチって所か?」


 塚地のリボルバーの銃身の長さに関する見立てに対し、涼介は肯定する。


 「当たり。3インチだ」


 「クイックドロー早撃ちに向いてそうだ。ん? 口径が44にしちゃあ小さいし、357にしては少しデカいな……」


 リボルバーの口径がメジャーなモノと異なる事に首を傾げると、涼介は疑問の答えを口にする。


 「だからな……因みに口径は40、10ミリだ」


 「成る程。41マグナムみてぇな口径って訳ね……後、何か禍々しい気配してるのはどうしてなんだ?」


 塚地の言う通り、涼介のリボルバーは何故か禍々しい気配を醸し出していた。

 そんな理由を問われた涼介は正直に答える。


 「ナニソレ? 知らん」


 持ち主であるにも関わらず、愛銃たるリボルバーが禍々しい気配を醸し出している理由を知らない……そう答えた涼介に代わり、綾子が理由を答えた。


 「人やバケモノを数え切れないくらい殺して血を吸ったせいで、ある種の聖遺物や宝具。と、言うよりは邪なる遺物……イビルレリック邪遺物になってるのよ」


 魔導の専門家としての見立てを綾子が告げると、涼介は他人事の様にボヤく様に言う。


 「何だそりゃ? 俺の相棒がそんな大層なモノになってるとは知らんかったわ」


 「数え切れない相手を殺した事で死の概念そのモノと化してる。だけど、ソレだけじゃない……コレには邪神の加護にも似た呪いが組み込まれてる。アンタ、邪神と会った事があるの?」


 邪神……その単語に涼介は大いに心当たりが有ったのだろう。苛立ち混じりの大きな溜息を漏らしてしまう。


 「ハァァァ……あのクソアマが原因かよ」


 「何したのよ?」


 「お前の言う邪神とやらのドタマ頭と言うより眉間に弾をブチ込んでやっただけだ」


 涼介の殺意と憤怒に満ちた答えに綾子は納得した。


 「あぁ……だから、あの腐れ混沌の気配がする訳ね」


 「ムカつくなぁ……俺のリボルバーにアイツの加護が有るとか。棄てちまおうか?」


 「辞めといた方が良いわよ。棄てたら、アンタとアンタに深い親しみのある人物に災いが訪れる様にも呪いが掛けられてるから」


 「解除出来るか?」


 「無理。其処は邪神だから解呪を試みようとした瞬間に死ぬわよ」


 「益々ムカつくな」


 涼介と綾子の会話に無言のまま耳を傾けて居た塚地は沈黙を破った。


 「つまり、型月の鯖の宝具みたくなってるから不死者も殺せるって認識で良いのか?」


 「大体そんな感じの認識で問題無いわ。で? 背中のも邪神絡み?」


 綾子は塚地の問いを肯定すると同時、涼介の背に隠された品を尋ねた。

 涼介は首に右手を回すと学校指定の制服の襟。ワイシャツと制服の襟の間に手を入れ、背中の物を取り出して2人に見せた。


 「ククリナイフか?」


 「あぁ……向こう異世界で友となった男から渡された」


 涼介の右手に握られていたのは塚地の言う通り、刃渡りが40センチ近くある大振りで分厚い刃を持った先端が平たい鉈にも似たククリナイフであった。

 そんなククリナイフを見た綾子は、また呆れてしまった。


 「何か、聖なる気配がするなぁって思ったけど……まさか聖剣とはね」


 自分のククリナイフが聖剣と言われた涼介は益々驚いてしまう。


 「聖剣とか知らんが、コレは友の家宝の守り刀だ。何で、俺にくれたんだか? 知らんけどな……」


 「嘘じゃなさそうね。その聖剣、信じられない事にアンタを担い手として認めてるわ」


 綾子の言葉を聞くと、塚地は呆れに満ちた疑問を漏らしてしまう。


 「何したんだよ?」


 涼介は素っ気ない答えを返した。


 「さぁな……知らね」


 「まぁ、良い。つまり、涼介も不死者とやらを殺せる手段を有しているって認識で問題無いんだよな?」


 塚地の問いに綾子は答える。


 「えぇ、余っ程の高位の不死者が現れない限りは殺せるわ」


 「なら、俺の選択は間違ってなかった訳だ。流石、俺……」


 自画自賛しながら涼介にリボルバーを返した塚地は話を仕事の件に戻した。


 「さて、コレで不死者の問題も片付いた。後は具体的なプランだけど……先ずはクソジジイとクソ野郎は生憎と日本には居ない。奴等が来るのは儀式を本格的に始める時。ソレ以外にチャンスは無い」


 「例の2人のクズを殺すだけじゃ駄目って訳か?」


 「駄目だね。あの手の連中は仲間が殺されても気にしないし、オカルトやファンタジーな力を持った普通の人間では殺せない存在を殺した得体の知れない相手が居る所にホイホイと来やしないさ……そうなると、死に損ないの会長を不死者にする時が唯一のチャンスって訳だ」


 「その間、生贄にされる女の人達はどうするの?」


 綾子の疑問に塚地は慈悲の無い答えを正直に、さも当然の如く述べた。


 「申し訳ないし、心苦しいけど見捨てる」


 「最低」


 綾子から責める様に言われると、塚地は悪びれる事無く返す。


 「仕方無いだろ? 助ける方法は無いし、助けたら助けたで2人の標的は日本に来なくなる。連中は既にカネを獲ている。その時点で死に損ないを不死者にしなくても利益は出てる……奴等に見棄てるって選択肢を与えるよりは、確実に殺せる方を選ぶ方が効率的だ」


 「まぁ、そうなるわな……」


 「他に方法は無いの?」


 涼介は塚地のコラテラルダメージとソレの必要性を認め、綾子は他に良い方法が無いのか? 問う。

 塚地はハッキリと答えた。


 「無い。有るんなら、とっくに俺は実行の為の手筈を整えてる」


 「そんな……」


 「頼むから余計な真似はするなよ? この件はミス1つで破滅するくらいに面倒この上ないヤマだ……俺は確実に2人を仕留めたいし、仕留めなければコレ以上の被害が出る」


 「…………なら、その2人と死に損ないを殺す時は絶対に邪魔しないで」


 理解してはいるが、未だ納得していない綾子の言葉に塚地は真剣な眼差しと共に誓った。


 「あぁ、絶対に確約する。どんな事情が絡もうが、外野がストップ掛けて来ようが、その3人は絶対に殺させるし、邪魔して来た奴等が来たら殺しても良い。俺がケツを持ってやる責任を取る。そこら辺の面倒は俺が受け持つ」


 「なら、私は素直に命令に従うわ……バカ男2人に不愉快な気分を感じるのを我慢して」


 「ありがとうな」


 塚地は綾子に感謝すると、涼介が尋ねて来た。


 「なぁ、……最初の2人の片方。女親分は情報を取り次第、殺しても良いのか?」


 「構わない。死体は此方で片付けるし、犯行現場も片付けて跡形も無く消してやる」


 「なら、断る理由が無いな。クソ共を殺して、カネも貰えるんなら文句無しだ」


 2人の悪党は嗤い、一人の善良なる魔女は渋い顔をする。

 こうして、大まかな作戦計画が完成した。


 「あ、道具は此方で全部揃えるから身一つで来てくれれば良い。勿論、最高品質の物を提供するぜ」




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