リクルート。それから根回し


 塚地 将が電話してから約1時間後の大宮駅の直ぐ近くにあるデパート。

 其処の9階にあるレストラン街の1つである飲茶を始めとした中華料理食べ放題のバイキングは20年近く続く人気店で、多数の客で賑わっていた。

 そんな多数の客で賑わうバイキングの隅の席では2人の青年が皿に山盛り載せた中華に舌鼓を打っていた。

 幾つもの皿を平らげて積み重ねた所で塚地の向かいに座る、同い年にも関わらず地獄を見てきたた様な鋭い目つきをして鍛えられた身体を持った幼馴染である狂犬はコップの烏龍茶を一口飲むと、口を開いて尋ねる。


 「腹の探り合いなんて面倒だ、苦手だから率直に聞くぞ。お前が俺に飯を奢るってどう言う風の吹き回しだ? 何を企んでる?」


 既に何かしらの予感を察して居た狂犬たる親友の問いに対し、塚地は正直に答える。


 「単刀直入に言うと、お前を雇いたい。お前とお前の秘書。それにお前の仲間である2人の綺麗なお姉さんのフルセットでな」


 その答えに対し、狂犬は答えない。

 だが、代わりに当然とも言える疑問を投げた。


 「俺達に何をさせたい?」


 「複数の処理とブツの確保。処理に関しては複数人のクズを確保する事になる……俺の名誉と命に賭けて一般人を標的にした仕事じゃない事を確約する」


 付き合いが長いからこそ、嘘をつけば一発で解る。それ故に目の前に座る古くからの親友とも呼べる幼馴染たる塚地の言葉に嘘が無い。そう判断した狂犬たる彼は思案する。

 思案した狂犬たる彼は言う。


 「正直な所……俺はお前の汚い仕事に関わりたくない。だが、俺はお前にデカい借りが幾つも有るのも事実。しかし、お前は俺を巻き込もうとはしないだけの分別があったろ? だからこそ、敢えて尋ねるぞ……理由は何だ?」


 汚い仕事に関わりたくない。

 だが、塚地に様々な借りが有る故に借りを返したいのも事実。

 しかし、普段ならば自分を仕事に引き込もうとはしないだけの分別がある幼馴染が、今回は自分を引きずり込もうとしている。

 だからこそ、狂犬は理由を尋ねた。

 嘘は許さないと視線で告げられた問い掛けに対し、塚地はコップのコカ・コーラを一気に飲み干し、汚いゲップと共に一息吐いて答える。


 「ゲフ……理由は確実に成功させたい仕事だから……と、答えても納得しないんだよなぁ?」


 「当たり前だ」


 「ハァ……俺の父さんを覚えてるか?」


 「あぁ……良い人だったな。亡くなってから5年か?」


 「4年3ヶ月と13日だ」


 「で? オジサンの死がどう繋がるんだ?」


 ヤマを踏ませる事と塚地の父親の死がどう繋がるのか? 当然とも言える疑問を口にすれば、塚地はハッキリと正直に答える。


 「父さんを殺した糞野郎に手が届く可能性が高い仕事なんだ。頼む……俺が払えるモノなら、喜んで差し出してやる。だから、引き受けて欲しい」


 正直に話すと共に頭を下げて頼み込む塚地に対し、狂犬は大きな溜息を漏らすと共に彼にとって一番良い疑問を投げた。


 「はぁ……報酬は俺の言い値で良いんだよな?」


 「そうだ。だが、俺の命を寄越せとか、組織寄越せとかは辞めてくれよ? 俺は未だ生きたいし、組織は組織で運営で色々と面倒臭い事になるからオススメしないぞ」


 塚地 将の言葉に狂犬は「ドアホ」 と、斬り捨てると告げる。


 「お前の命もロクデナシの組織も要らんわ。俺が欲しいのは、俺に好きなだけ武器弾薬を始めとした物資を与えてくれるスポンサーと、世界中に太いコネを持った奴の情報収集能力だ。勿論、カネも貰うがな……」


  「要するに?」


 「俺の戦争のスポンサー兼情報屋になってくれって事だな……あ、カネは米ドルで300万約3億2千万円な? 因みに内訳は50万ドル分の日本円と50万ドル分の米ドル。残りは金塊って形で頼むわ」


 ニンマリと笑顔で成功報酬の金額を告げれば、塚地 将は呆気に取られてしまう。

 そんな彼に狂犬は、にこやかに続けて言う。


 「俺も俺でオジサンには世話になったからなぁ……だったら、お前の敵討ちに手を貸して、お前への借りを返す。ついでにカネ巻き上げる方が効率的だろ? まさにWin-Winって奴だ」


 狂犬の言葉に塚地 将は呆れてしまう。

 だが、そんな狂犬が心強く思えた。


 「ありがとうな……涼介」


 「礼は要らねぇ……俺は俺の為にヤマを踏むだけだ」


 涼介と呼ばれた狂犬……榊原さかきばら 涼介りょうすけはそう言うと、更に続けて塚地 将に告げる。


 「他の3人もお前のヤマを踏んでも良いそうだ……因みに経費とかは?」


 涼介が他の3人の仲間の意思も告げた上で大事な事を尋ねれば、塚地は答える。


 「経費は全額俺持ち。勿論、必要なモノも可能な限り全て揃える」


 「なら、文句無しだ」


 最高の条件に涼介はニンマリ笑う。

 だが、その後に真剣な眼差しと共に尋ねた。


 「因みに俺達以外に雇う予定は……やっぱり有るんだよなぁ」


 自分と他の3人だけでは無い事を塚地の表情や気配から察した涼介の問いに対し、塚地は正直に答える。


 「既に1人は察してるだろうけど、一応言っておく……先ずは時逆さん。明日にでも誘う予定だよ」


 塚地の出した時逆の名に涼介は「アイツなら問題無い。寧ろ、最高レベル過ぎるから俺達の方が文句言われそうだな」 そんな冗談も交えて手放しに称賛の言葉を漏らすと、塚地の言葉からもう1人雇う予定のある人物が居る事を察して尋ねる。


 「ん? 1人は……って事は他にも何人か雇うのか?」


 その問いに対し、塚地は歯切れの悪い答えを返した。


 「ソレなんだけどさ……頼むから反対しないで欲しいし、仲良く仕事してくれると非常に助かる。他に専門家が見当たらないんだよ」


 歯切れが悪く、懇願する様な塚地の答えは彼が雇おうとしている専門家が誰なのか? 涼介が察するには充分過ぎた。


 「綾子のバカ呼ぶのか?」


 綾子のバカ……涼介にとってはある意味で塚地以上に付き合いが長い異性の幼馴染であり、自宅の隣の住人でもあった。

 そんな彼女はある分野に於いて、最高レベルとも言える専門的な知識を持ったプロフェッショナルでもある。

 だからこそ、塚地は彼女を雇おうと思っていた。

 しかし、涼介が渋い顔を浮かべると共に無言で反対して来る。

 そんな涼介に対し、塚地は言い訳にも似た理由を以て説得に掛かろうとした。


 「彼女以外にオカルトやファンタジーの専門家を知らんから仕方ないだろ? 俺は基本、なるべくなら可能な限りはオカルトやファンタジーに関わりたくない人間だからさ」


 「なら、呼ばなくて良いだろ?」


 最もな反対意見で殴られれば、塚地は反論する。


 「だけど、そうも言ってられねぇのよ……俺が殺りたい糞野郎もオカルトやファンタジーの力を持ってるっぽいし、オマケに昨今の裏社会は裏社会でオカルトやファンタジーに手を出してると来てる。そうなると、俺も俺で時代の流れに合わせて、思考を柔軟にしなきゃならない訳ですよ」


 昨今の裏社会ではオカルトやファンタジーと言った魔術を用いられる事が多々あるのが現状であった。

 それ故にフィクサーとして組織の頭目たる塚地は時代に合わせ、そうした事にも力を入れ様と思ってもいた。

 そんな塚地に涼介は言う。


 「なら、麻倉のババアに頼めば良い。あのババアなら対価支払えば力を貸してくれるだろ?」


 涼介の反論に出た麻倉のババア……と、言う単語を聴いた塚地は押し黙ってしまった。

 そんな塚地の反応から涼介は2つの事を察してしまう。


 「この仕事……お前も雇われの立場って訳か? で、その雇い主は麻倉のババアなんだな?」


 僅かな反応から言い当てた涼介は単なる狂犬じゃない。頭も回るインテリ系の狂犬である。

 そんな涼介の問いに対し、塚地は正直に認めた。


 「お前の答えた通りだ。コレは元々、麻倉アオザイ着た眼鏡の女が持ち掛けて来た話だ。しかし、俺にとっては渡りに舟とも言える好都合な依頼なのも事実でな……」


 「あのババアはとびきり厄介な糞面倒を人に押し付けて漁夫の利を狙い、そのついでに糞面倒にヒーコラする奴等を眺めて湯悦に浸るタイプなのは知ってるよな?」


 「俺も同類のロクデナシだからね、ソレは察してる。でも、愉悦に浸れないし、アレより俺は善良なつもりだよ」


 涼介の言葉に塚地は自分も同じ汚い手で漁夫の利を狙う悪党だからこそ、自分に依頼した麻倉が自分と同じムジナ。何なら、自分よりも汚い人間である事を理解している。

 しかし、ソレでも麻倉が持ち掛けた依頼とマニラ封筒に収められていた多数の情報は、自分の悩みの種と父親の敵討ちの一挙両得を狙う為には充分過ぎるだけの価値があった。

 だからこそ、リスクを承知でクソが付くレベルの厄介な面倒事に首を突っ込む為に道連れをリクルートしているのである。

 そんな塚地を察した涼介は呆れ、解った上で尋ねてしまう。


 「お前、バカだろ?」


 「良く言われる」


 「ハァァァ……俺、早まったか?」


 大きな溜息と共に呆れ混じりにボヤいた涼介に塚地は優しく告げる。


 「辞めたいなら辞めても良いぞ。勿論、夕飯を奢らないってケチ臭い事も言わんから」


 「そうだな……標的を聴いてから決めるわ」


 標的の事を尋ねれば、塚地は標的達に関して答える。


 「東征会と東征会に雇われたロクデナシのオカルト連中って言う何処に出しても恥ずかしいレベルのクズ共さ……ま、具体的な詳しい話はメンバーが集まってから話す」


 「そうか……良心が痛まないのは助かる」


 涼介の言葉に今度は塚地が呆れた。


 「今のお前に良心なんて有るのか? 春過ぎに起きたオカルト絡みのトラブルで、その前にはカトリック教会に元々居た善良なる神父とシスター込みでエクソシストを全員殺った奴が? 何の冗談だ?」


 塚地の言う通り、涼介はトラブルの絡みでクラスメイトを口封じも兼ねて殺害した。その前にはカトリック教会に絡んだエクソシスト達を善良なる神父とシスターごと皆殺しにもした。

 そんな血も涙もない狂犬たる涼介は心外だと言わんばかりに返す。


 「一応はあるさ……あの時は心が痛んだしな」


 平然と人殺しをした時の事を宣う涼介に塚地は益々呆れてしまう。


 「でも、直ぐに心の痛みは治まったんだろ?」


 塚地の問いに涼介はさも当然の如く答えた。


 「3秒もしない内にどうでも良くなって何も感じなくなった。慣れって恐いよな……当たり前に思って何にも感じないし、罪悪感とかも沸かないんだから」


 「人の心あるんか?」


 「有るに決まってる。じゃなきゃ、心が痛むなんて事は起きない。後、お前にだけは言われたくねぇ」


 いけしゃあしゃあと宣う涼介に塚地は益々呆れると共に自分も同じ穴の狢であると自覚し、自嘲気味に乾いた笑いを浮かべてしまう。

 そんな涼介は幼馴染の親友の反応を気にする事無くカートを押すウェイターの女性を呼ぶと、小籠包や焼売。それにチマキ等を始めとした飲茶が詰まった蒸籠を幾つか貰って暢気に食べ始めた。


 「俺にもくれ」


 「モグモグモグモグ……ゴクン。勝手に持ってけ」


 2人は蒸籠の中身を黙々と平らげて空の蒸籠のタワーを作り上げると共に席を立ち、皿に中華料理をタップリ盛って席に戻れば、皿の中華料理を平らげる。

 男子高校生の食欲は留まる事を知らない。

 そうして、テーブルの上が大量の積み重なった空の皿と蒸籠のタワーで埋め尽くされれば、2人はウェイターに空の其れ等を片付けて貰ってから食後に烏龍茶を飲んでお腹を落ち着かせた。

 そして、満腹感と共に中華レストランを後にすれば、塚地はエスカレーターを降りてレストラン街を後にした。

 独り残された涼介は喫煙所に赴くと、中に入って煙草を手に取り始める。

 涼介がラッキーストライクの紙箱を取り出すと同時。ラッキーストライクの紙箱から2本の煙草が何の前触れも無ければ、種も仕掛けも無く

 そんな2本の煙草に涼介が大口径の機関銃弾で造られたであろう長年使い込まれて古めかしいトレンチライターで火を点すと、涼介の両脇に2人の背の高い女がスッと現れた。

 ハッキリ言って美人だ。その上、胸もそれなりに大きく、良いケツをしてる。

 そんな涼介の両脇に現れた2人の良い女が煙草を咥えて紫煙を美味そうに吐き出すと、涼介も咥えた煙草に火を点して紫煙を吐き出した。

 法律なんぞクソ喰らえと言わんばかりに煙草を燻らせる涼介に対し、背が2メートルあるだろうオッパイとケツもデカい黒髪の白人の女は煙草を燻らせながら言う。


 「すぅぅ……ふぅぅ……良いの? 汚い仕事に手を染めて?」


 不満混じりに言う彼女に涼介は煙草を燻らせながら答える。


 「とっくに俺の手は汚れてる。なら、得意分野を活かしてカネを稼ぐのも悪くない。汚いカネでもカネはカネだ」


 一端の悪党の如く返した涼介に女は呆れと不満混じりに言う。


 「まぁ、アンタが良いなら私は何も言わないわ」


 そんな彼女に涼介は告げる。


 「嫌なら付き合わなくても良いぞ」


 「やるわよ。上手く行けば、あの坊やの持つ力を利用出来る様になるんでしょ? なら、手を貸さない理由が無いわ」


 2メートルの彼女が一緒にヤマを踏んでくれる事に涼介は「ありがとうな、ドゥマ」 そう感謝すれば、もう1人の自分と背丈が同じ位の銀髪の彼女に尋ねる。


 「オルガは?」


 「私も別にヤマを踏むのは構わない。だけど、大丈夫なの? こないだのクソガキ共を地獄に送った件から未だ1ヶ月も経ってないけど?」


 半月前。涼介達は自分に喧嘩を売った上に和平交渉の際、嘗めた真似をしてくれたクソガキ共を皆殺しにした。

 そのほとぼりが未だに冷めぬ状態でヤマを踏むのはリスクしかないのは言うまでもない。

 ソレ故にオルガは内心では気が進まなかった。


 「流石にサツに売る事はしないだろ。ヤマ踏んでる間は」


 オルガの懸念を理解した上で暢気に返せば、オルガは呆れてしまう。


 「仕事終わった後に売り飛ばされないか? って、言ってんのよ」


 「その時は穏便に解決するさ」


 涼介の答えに2人は益々呆れてしまう。


 「アンタ、トラブルを穏便に解決した事なんて無いじゃない」


 ドゥマと呼ばれたデカい女が言うと、涼介は「大丈夫だって。アリスに保険打たせてあるから」 と、この場に姿の無い有能な秘書の事を出せば、2人は渋々ながらも納得してくれた。

 3人は静かに煙草を燻らせて紫煙を吐き出す中、ドゥマが再び尋ねる。


 「1つ聴いて良い?」


 「すぅぅ……ふぅぅ……何だ?」


 「いつもなら、相手が誰だろうと関係無く気に入らないヤマは踏まないアンタが、あの坊やのヤマを踏もうとしたのはどうして? カネの為じゃないでしょ?」


 「カネの為さ。あの"クソアマ"とケンカ戦争するにしても、今の俺は無い無い尽くしでケンカのやりようが無い。ソレを一気に解決出来るコネが向こうから来たんだ……利用しない手は無い」


 榊原 涼介の挙げた"クソアマ"。

 そんな彼女と涼介には深く大きな因縁があり、涼介はその"クソアマ"を最も殺したがって居た。

 だが、その為に必要な武器や情報、資金等を始めとしたケンカ戦争に必要なモノは無きに等しい。

 ソレ故に涼介は其れ等の問題を解決する為、塚地の依頼を渡りに舟と言う具合に利用する……と、答えた。

 しかし、涼介の愛した妻でもあったドゥマは本当の真意を察していた。


 「ソレは建前で、本音は借り受けた恩義を返したい……なんじゃないの? アンタ、ロクデナシのクソ野郎だけど、仁義や筋は通す方だし」


 ドゥマの言葉に涼介は煙草を燻らせると、素っ気無く返す。


 「すぅぅ……ふぅぅ……そう思いたけりゃ、そう思っとけ」


 「なら、そう思っておくわ」


 其処で話が終われば、3人は静かに煙草を燻らせる。

 何本かの煙草を吸い終えると、3人は喫煙所を後にしてデパートを出て直ぐ近くのラブホに向かった。

 そして、ラブホで一発しけこむのであった。

 涼介達がホテルで3Pをキメている頃、塚地は護衛でもある部下が運転するプリウスの後部に座り、何処かへと電話を掛けて居た。

 電話の相手は何処か不機嫌で、塚地に対して不満を露わにしている。

 だが、塚地はそんなの屁とも思わず、いけしゃあしゃあと相手に要求する。


 「俺は無理を言ってる訳じゃない。アンタの飼ってる猟犬を貸して欲しいのと、シカリオと狂犬を利用するのを見なかった事にしてくれ……タダ、ソレだけの事だ。まぁ、他にも有るけど……」


 「番犬を貸すのは構わない。シカリオを使うのも良い。だが、私が最も死刑にしたい、あの狂犬涼介を利用するのは流石に容認出来る事じゃない」


 電話相手にすれば、榊原 涼介は厄ネタであり、法の裁きの下で死刑にしたい程の極悪人であった。過去に彼の持つ組織のある部署にのだから当然であるが……

 そんな言葉に塚地は呆れ混じりに返す。


 「俺がやってる事だって全部違法だし、俺自身も死刑に値するクソな悪党だぜ? だが、アンタは俺を始末せずにこうして関係を持ってる。俺を利用する方が利益が出るからだ。なら、アイツも俺と同じ様にコントロール下に置けば、御宅が最も大事にする国益にも繋がる……違うか?」


 冷徹な悪党として利益を告げれば、相手は押し黙ってしまう。

 そんな相手に塚地は畳み掛ける様に続けた。


 「それにな、この件が失敗すれば東征会は確実に東南アジアの妖怪クソジジイの傘下に成り果てるぞ。そうなったら、アンタはどう始末を付ける? 東南アジアの妖怪クソジジイは北京とも繋がりがあるんだ……そうなったら、最悪の日が訪れた時に目も当てられない被害が出るのは解るよな?」


 「…………私に何をさせたい?」


 最悪の事態を防ぐ為にも首を嫌でも縦に振らざる得ない。

 そんな苦渋の決断を強いられた相手から要求を尋ねられれば、塚地は遠慮する事無く要求する。


 「先ずは俺が集めた連中に対してアクションを一切起こすな。監視も一切するな。勿論、この件が片付いた後に口封じ含めた逮捕も無しだ。だが、仕事後にヤラかした場合、現行犯でヤルなら好きにしてくれ……流石の俺でも許容する気は無い。次にアンタの力で指定する連中の通信を可能な限り盗聴して、俺に盗聴内容を提供する事。後、可能ならフライトプラン関連も握り潰して欲しい」


 「2つは解った。だが、最後はどう言う事だ?」


 最初の2つは理解すると共に納得出来た。

 だが、最後のフライトプラン……つまり、ヘリコプター始めとした航空機の飛行に関する記録を握り潰せと言う要求が解らなかった。

 ソレ故に相手が尋ねれば、塚地は答える。


 「万が一の保険って奴さ。もしかしたら、荒っぽくなるかもしれないからな……」


 「何とかするが、警察と防衛省に嗅ぎ付けられる様な真似はするな。そうなったら、私でも流石に無理だ」


 「大丈夫だ。被害届を出す奴は居ないし、被害者も存在しない」


 「ソレなら良い。なら、私からも1つだけ要求するぞ……東南アジアの妖怪クソジジイはキッチリ仕留めて、死体も残すな。同盟国アメリカに騒がれると面倒だ」


 「ソレに関しては喜んでやろう。あのクソジジイに引導渡してやるよ」


 そう答えると、相手は電話を切った。

 塚地がスマートフォンをポケットにしまうと、運転手を務める護衛は主たる塚地に尋ねる。


 「よろしいんですか? 東南アジアの老人を始末するなんて言って? アメリカの取引先からクレームが来そうですけど……」


 「問題無い。ラングレーも痛くない腹を探られたくないし、ノリエガ以上のスキャンダルが表沙汰になるくらいなら何も無かった様に跡形も無く始末して貰う方が連中にとっても好都合なのさ……」


 塚地の答えに運転手の彼は何も言わなかった。

 そんな彼を他所に塚地は誰かに向けて言う様にして、呟く。


 「俺は日本政府と繋がりがある。裏社会の人間が? と、思うだろう。だが、上手く立ち回る奴や大物ほど政府と繋がりを持って上手く付き合い、お目溢しを貰う……そうしなければ、表社会の寄生虫でしかない裏社会の存続は不可能。だからこそ、俺は連中日本政府の狗をしてる」


 その言葉に答える者は居ない。

 だが、姿無き狂犬の有能な秘書は塚地の言葉を聴いていた。

 そんな秘書が自分の言葉。否、車内での電話の全てを聞いているだろう事を察していた塚地は更に語り掛ける。


 「俺が有能な狗であるが故に俺は友人達を護る事が出来ている。ソレでも俺に対して不満があるなら、何時でも俺の首を取りに来て構わない……だが、出来れば、母さんは殺らないでくれると助かる。母さんに罪は無い」


 そう告げると、スマートフォンから通知音が響いた。

 スマートフォンを手に取り、通知を見ると差出人不明のメッセージが表示されていた。

 メッセージの文面は一言で言い表すならば……


 『成功報酬の支払いを絶対に守れ。契約を違えれば、相応の代償を支払わせる』


 そんな釘を刺す様なメッセージを見た塚地はスマートフォンに向けて一言静かに告げた。


 「契約は護る」


 その言葉にメッセージの送り主である狂犬の秘書は塚地に対して何のリアクションも起こす事無く、静かに監視を続ける。

 沈黙の答えに対し、塚地も沈黙で返せば、スマートフォンを操作して今回の大きなヤマで必要になるだろう物資のリストを作成し始めた。

 物資のリストを作り終えた頃。

 プリウスが自宅から少し離れた所で停まると、塚地は降りて運転手に告げる。


 「掃除チーム招集して、何時でも動ける様に待機させといてくれ」


 「処理班も用意しておきます」


 「頼んだ。あ、そうだ……忘れる所だった。あのバカにも声を掛けといて」


 あのバカ……その言葉に運転手は訝しむ。


 「良いんですか? アイツ、香港含む東南アジアでヤラかしてますけど?」


 「問題無い。寧ろ、クソジジイ殺れるって聴いたら喜んで仕事してくれる」


 涼介や時逆、綾子と言った3人とは別にプロの殺し屋をが持っていた。

 本来ならば、自分が秘蔵している虎の子の殺し屋を投入するのは流石に不味い。自分が関与している事がバレる可能性が高くなる故に……

 しかし、失敗出来ないのも事実。失敗=身の破滅なのだから当然だ。

 だからこそ、確実に成功させる為にも塚地はあのバカと呼んだ秘蔵の駒を投入する事に決めたのであった。

 運転手がプリウスを走らせてその場を去ると塚地は街灯に照らされる夜の家路をノンビリと歩いて行く。

 暢気に家に帰れば家には明かりが点って居た。母親が仕事から帰って来ているのだ。

 塚地は玄関を開けて「ただいまー」 と、暢気に声を掛ける。が、流石にリビングまでは届いてないが故に声が返って来る事は無い。

 靴を脱いでリビングへ向かうと、帰ってきたばかりなのだろう……パンツスーツ姿の母親があった。


 「ただいま」


 「おかえり。今日も悪事を働いてるの?」


 母親は塚地がフィクサーとして悪事に加担しているのを知っていた。

 ソレもその筈。フィクサーの仕事は今は亡き父親から息子へと言う形で押し付けられ、受け継いでるのだから……

 母親の言葉に塚地は困った様な面持ちで返す。


 「否定出来ないのが辛い」 


 実際、悪事の下準備の為に出掛けて居たのだから否定出来ない。

 そんな息子に母親は困った様に言う。


 「私としては正直、貴方にはあの人愛する夫の仕事を継がないで欲しかったわ」


 母親ならば、自分の息子がロクデナシのクズになる事を嫌がる。当然だ。

 そして、息子である彼も同様であった。


 「俺だってやりたくなかった。だけど……」


 陰の混じった表情で言葉を濁すと共に言葉を止めた息子に対し、母親は敢えて言わなかった。


 「……まぁ、良いわ。貴方が例え、世界の敵になっても私は味方よ」


 「ありがとう母さん」


 母親に感謝の言葉を残した塚地は2階の自室へ赴くと、下着姿になってスマートフォンを手にベッドにゴロ寝。

 仕事用のスマートフォンを介して仕事に関する部下達からの報告や相談を眺め、全てに目を通すと共に相談に関しては方針を伝えると同時、絶対にするな……と、言う禁止事項を交えて自分の意志を伝えていく。

 そんな組織のトップとしての雑務を熟した所で仕事用のスマートフォンが鳴り響いた。電話が来たのだ。

 着信番号を見ると、塚地は訝しむ。

 だが、出ない訳にもいかない相手なので出た。


 「珍しいですね。貴方が俺に電話をするなんて……」


 流暢なキングスイングリッシュで電話して来た相手に問えば、相手は答える。


 「君に聴きたい事がある」


 年を経た紳士の言葉に塚地は言う。


 「何でしょう?」


 「最近、私の友人達の間で新種の商品が出回っているのは知っているだろう? その新種の商品のせいで私の友人達は大いに頭を悩ませているのも含めて……」


 最近、新種の商品。もとい、新種の麻薬が世界各国の裏社会で出回っていた。

 通常の覚醒剤やコカイン、ヘロイン等の麻薬以上の効果を発揮するソレは世界各国の裏社会の顔役達の商売に支障を来たす程で、最近では売上も落ちるキッカケにもなっていた。

 そんな新種の麻薬の件で電話を受けた塚地は相手の紳士に答える。


 「その頭を悩ませている友人に俺も追加しといて下さい」


 「だが、その出処を君は知っていると風の噂で耳にしたんだがね」


 紳士の言葉は「犯人はお前なのか?」 と、言う詰問も同然であった。

 そんな詰問に対し、塚地は心外だと言わんばかりに返す。


 「冗談じゃない。俺も被害者だ。オマケにソレを捌いてる連中を締め上げても下っ端過ぎて元締めに辿り着けてもいない……お陰で胃と頭の痛みに悩まされてる」


 実際問題として新種の麻薬が出回り始めた関係で、塚地の関与するコカインと覚醒剤を始めとした麻薬ビジネスは些か営業成績が下がりつつあった。

 同時に、そんな新種の麻薬を商うバカ野郎の正体も掴めて居なかった。

 それ故に頭痛と胃痛を覚えても居るのが正直な現状とも言えた。


 「だとしても、君は水源地に当たりを付けて居るんじゃないかね?」


 紳士の問いに塚地は呆れ混じりに返す。


 「ソレは貴方でしょう? 俺の様な吹けば飛ぶ小物とは違う、シャドウファシリテータ(真の大物)様が知らない事を俺が知る訳無い」


 シャドウファシリテータ……聞き慣れぬキーワードであるが、ハリウッド映画や海外ドラマに出て来る様な世界を股にかける大物の中で最上級の黒を白と言わせるだけの、塚地とは比べるだけ無駄とも言える強大な権力を有する存在と思えば良い。

 そんな紳士はポツリと言う。


 「東征会」


 紳士がポツリと放ったキーワードに塚地はスットボケて尋ねた。


 「東征会がなんです?」


 「日本に於いて彼等が君の頭痛の種であり、私の友人達の頭痛の種でもあるんじゃないかな?」


 東征会が日本に於ける新種の麻薬の元締めではないか? そう問われれば、塚地は面倒臭そうに言葉を返す。


 「俺の頭痛の種なのは認めます、だけど、貴方の友人達は知りません。しかし……東征会とビジネスは避けた方が良さそうですね」


 最後の言葉の意味を察した紳士は告げる。


 「では、私の友人達にも伝えておこう。東征会関連には一切の手出しはするな。と……だが、ソレが片付いた後に情報の共有は絶対にして貰おう」


 「解りました。片付いた時点で切る限りの情報を全て提供する事を御約束致します」


 「なら、私はコレ以上は言わない。では、仕事が片付いたら会おう」


 其処で電話が切れると、塚地はスマートフォンを放り投げて心労に満ちたデカい溜息を漏らしてしまう。


 「ハァァァァ……満州アヘンスクワッドの青幇チンパンと関東軍のバチギレが滅茶苦茶解る様になるとか皮肉過ぎて笑える。まぁ、俺も俺でフランク・ルーカスしたから人の事を言えねぇけどさ」


 そんなボヤきを漏らした塚地はベッドから起き上がると、放り投げたスマートフォンを手に取って気分転換にウマ娘をやるのであった。



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