キングピンは手を汚さない

幽霊@ファベーラ

キングピン


 とある私有地である無数の雑木生い茂る山の中。其処には一軒の倉庫があった。

 倉庫の中の奥の床にはビニールシートが敷かれており、そんなビニールシートの上には8つの車椅子が有った。

 その車椅子の上では7人の男と1人の女が一糸纏わぬ全裸の姿で縛り付けられて拘束されており、そんな8人の10本全ての指先には細く長い針が深々と刺さっており、指先は真っ赤に染まっている。よく見ると指先だけじゃない。

 太腿や膝、肘にも醜く惨らしい傷跡や火傷の痕があった。それは彼等と彼女が拷問された事を意味していた。

 7人の彼等と1人の彼女はコレから訪れる運命に対して恐怖し、打ち震えると共に上下の歯を激しくガチガチと音を立てて居た。

 そんな8人の後ろには作業服とも言える灰色のツナギに身を包んだ男達が透明で大きな袋を手に佇み、彼等の正面には年配の男が静かに佇んで居た。

 年配の男は8人の部下に合図する。

 次の瞬間。

 8人の男達が其々車椅子に拘束された者達に袋を被せ、袋の口にある紐を力強く引き始めた。

 車椅子に座る者達は声にならぬ呻き声と共にもがき苦しみ、ジタバタとする。

 しかし、拘束が外れる事も無ければ緩む事も無く、苦悶に満ちた呻き声が止む事も無かった。

 苦しみに満ちた1分が過ぎ、2分が過ぎて3分が過ぎていく。

 ビニールシートの敷かれた床へ失禁と共にアンモニア臭が匂い立たたせた車椅子の8人は誰もピクリとも動かなくなり、死んだ。窒息死だ。

 窒息死した8人を殺した8人の作業服の男達は袋を死体に被せたまま首に腕を回すと、力強く一気に首を捻り、8つの死体の首をへし折る。死を確実なモノにする為に。

 そんな一連の殺害シーンを見届けたリーダーはスマートフォンを手に取ると、直接手を下して殺害した彼等が8つの死体を車椅子から降ろし、1つずつ死体をビニールシートに包んでいくのを尻目に自分の主へ報告を送った。

 ただ一言『完了した』 と……

 その後、8つの死体がミイラの如くビニールシートとガムテープで梱包されると、前もって用意していた墓穴へと放り込まれ、埋められた。

 こうして、不動産関連を専門とする地面師と呼ばれる6人の詐欺師グループと詐欺師を仲介した不動産ブローカー。

 そして、土地の持ち主に変装して成りすまして騙そうとした者は嵌めようとした報いとして、人知れずにこの世から消え失せた。

 勿論、彼等が今までの詐欺で稼いだカネも根こそぎ奪われた上で……





 「相席良いかな?」


 放課後の埼玉県大宮某所にあるカフェで暢気に制服姿で、スマートフォンに送られた部下からの自分の持つ不動産会社に詐欺を働こうとした不届き者達に関する報告を眺めながら抹茶ラテを飲んでいた恰幅の良いポッチャリとした身体を高校の制服に包んだ青年……塚地つかじ まさるはスマートフォンをポケットに収めると、珍しい人物の相席に驚きを露わにした。


 「珍しいですね。貴女が俺に会いに来るなんて……」


 そんな驚きに満ちた言葉を投げられた相手とも言える女性は烏の濡羽色とも言える艶のある漆黒の髪を腰辺りまで伸ばす30過ぎだろうアオザイに身を包み、似つかわしくない丸渕の眼鏡を掛けた美女であった。

 彼女は塚地 将に対し、言葉を返す。


 「君以上に優秀な人材を揃える事が出来て、口も硬い信頼の於ける奴が居ないからね……自然と君に頼らざる得ないんだ」


 御世辞とも言える褒め言葉に対し、塚地 将は呆れに満ちた表情と共に呆れの言葉を返した。


 「良く言いますよ。貴女の抱える人材だって優秀な方々が揃ってるじゃないですか……ソレに俺なんかに頼らなくても人材調達出来るコネ有るでしょう? 俺の倍以上生きてる魔女様なら……俺みたいなチンケな奴を頼る理由が無い」


 塚地 将の向かいに座るアオザイの女性はある意味で彼よりも大きな力を持った危険な魔女であり、生きた年数も見た目に反して彼の10倍。下手をすれば100倍はあるかもしれない。

 そんな彼女は言う。


 「否定はしないよ。でも、この件は君に任せる方が良いと思ったのさ……日本で最も力を持ったキングピン様にね」


 彼女からキングピンと呼ばれた塚地 将は彼女の言う通り、裏社会に於ける犯罪組織の王としてシャドウファシリテーターともコネクションを持った一流の大物犯罪者であった。

 そんな彼は尋ねる。


 「で、具体的な仕事は?」


 本題とも言える依頼内容を尋ねれば、彼女は。


 「大まかに分けて2つ。何人かの対象の殺害と、とある品の確保……この2つだ」


 複数人の人物の拉致誘拐と、とある品の確保……そんな2つの仕事を依頼する彼女は塚地 将へ更に告げる。


 「報酬は君の言い値で良いし、経費も全ても私が持つ事を確約しよう」


 気前の良い。否、良過ぎる条件に対し、塚地 将の本能が危険な気配を嗅ぎ取って警鐘を鳴らす。

 だが、塚地 将は危険な気配を覚悟した上で問うた。


 「偉く羽振りが良いじゃないですか……どんな裏が絡んでるです?」


 「オカルトとファンタジーを含んだ厄介事が沢山深く絡んでる。ソレだけは言っておくよ」


 オカルトとファンタジー……その2つの単語は塚地 将を最悪の気分にするのに充分過ぎた。

 それ故に……


 「申し訳ないですけど、断って良いですか? オカルトやファンタジーとは距離を取りたいんですよ」


 依頼拒否の答えを告げた。

 だが、そんな答えを予測していたのか? 彼女はにこやかに返す。


 「君、東征会の幹部にスパイを仕込んでるだろ? この仕事が上手く行けば、その狗が東征会のトップに成り上がる事が出来るかもしれない……そう言ったら、どうする?」


 東征会……大手の広域指定暴力団であるこの組織は構成員だけで5000人。準構成員も含めれば12000にも上るとされる東日本で最も力を持ち、様々な商売で数百億円とも言える莫大な利益を上げる広域指定暴力団である。

 そんな組織のトップに自分が仕込んでる狗が成り上がる事が出来る……そう言われれば、塚地 将は自分の中にある天秤が引き受けるべきと、傾きかけた。

 塚地 将の天秤を更に傾ける為に彼女はさらなる追い打ちを掛ける。


 「君の狗からも聞いてるだろうけど、今のトップである会長の沢城は末期の癌と重度の糖尿病に腎臓病で生きてるのが奇跡と言うくらいに余命幾ばくもない状態だ」


 彼女の言った事は既に塚地 将も仕込んだ狗からの報告で東征会のトップたる会長の健康状態を掌握していた。それ故、東征会を自分のモノにする為の工作もそれなりに進めてもいた。

 だが、そんな工作も狗から更に挙げられた報告で雲行きが怪しくなってもいた。

 そんな雲行きが怪しくなった理由知っているのか? 彼女は更に続けて言う。


 「だが、会長は藁にも縋る思いで取引先である東南アジアで麻薬と人身売買をしてる老人を介し、オカルト関係の人間を"200億円"で雇い、魔術的に延命を図ってる。コレは君の狗からも聴いてるから知ってるか……」


 彼女の言う通りだ。

 狗からの最新の報告で、オカルト……即ち、魔術関連の専門家を200億円と言うバカらしい程の莫大なカネを支払い、東南アジアを根城にする糞ジジイを介して招聘。

 本来ならば一月も経たずに死んでる筈の重病人は現代医療に喧嘩を売るかの如く魔術的な延命に成功し、未だに死んでない。

 ソレは塚地 将にとって頭を痛ませる悩みの種とも言えた。

 そんな塚地 将に彼女は更に告げる。


 「膨大な数の生贄を犯して喰らってる最中の会長様が儀式の仕上げをして、延命が完全に成功したら君の目論見は完全に破綻する……ソレは君の望む展開じゃないだろ?」


 彼女の言葉通りだ。

 死に損ないである会長の延命が完全に成功し、会長の死によって始まる跡目争いが起きなければ、塚地 将の計画は完全に水泡に帰して台無しとなる。

 しかし、この悩みと彼女の依頼がどう繋がるのか? 幾ら考えても解らないからこそ、塚地 将は疑問を口にした。


 「貴女の言う通りだ。だが、俺の問題と貴女の依頼がどう繋がる?」


 「私の思惑は東南アジアの老人と魔術の専門家……この2人に消えて貰いたい。って、所かな?」


 「貴女の大嫌いな奴を俺に始末させたいって訳ですか? 厄介極まりない面倒も俺に押し付ける形で……」


 厄介な面倒を押し付けたいのか? そう問えば、彼女は当然の如く肯定した。


 「ソレも有る。だけど、君にすれば渡りに舟とも言える依頼じゃないかい?」


 「否定は出来ませんね……しかし、コレはリスクが大き過ぎる。東南アジアの老人ってあの糞ジジイでしょう? あの糞ジジイは"ラングレー"とも繋がりが有るから、殺ったら利益以上に面倒が起きる」


 東征会の麻薬の供給源の一つとも言える東南アジアに於いて麻薬と人身売買を司る件の糞ジジイはラングレー……もとい、アメリカ合衆国に於けるロクデナシの代名詞とも言えるCIAと深い繋がりがある大物でもあった。

 過去に滅び、令和の今に復活した東南アジアに於ける麻薬の水源地たるゴールデントライアングルを支配する糞ジジイは、東南アジア並びに中国に於いてラングレーにカネと情報。時には様々な支援を提供する見返りとして、汚い商売をお目溢しして貰う取引をしている。

 それ故に、殺せば大変な面倒を被る事になる……と、塚地 将が渋い顔を浮かべれば、彼女は彼が首を縦に振りたくなる様な言葉を放った。


 「この件には君が殺したい奴が絡んでるかもしれない」


 その言葉に対し、塚地は鼻で笑ってアッケラカンに返した。


 「殺したい奴? そんなの多過ぎて解りませんね」


 「先代……即ち、君の父親を殺した産まれる時代を間違えたクソッタレの日本人が絡んでる。老人と魔術の専門家はクソッタレの日本人とも大きな繋がりを持ってる」


 彼女の言葉を聴いた塚地 将は抹茶ラテを一口飲んで、気分を落ち着ける為に一拍置いてから問う。


 「…………貴女の依頼を熟せば、アイツが出て来る可能性が有るという事ですか?」


 「かもしれないって程度にね。しかし……ソレを差し引いても、この仕事を進めれば君が殺したい奴のお友達を始末する事が出来て、悩みの種も始末する事が出来るのは確約するよ?」


 トドメとも言える彼女の言葉に塚地 将の中にある天秤が完全に傾いた。


 「悩みの種を始末出来て、クソ野郎の友達も始末出来る……困りました。滅茶苦茶断りたいレベルの厄ネタなのに、断る理由が見付からない」


 困った表情をしているが、目と口元に歓喜にも似た嗤いを浮かべている塚地 将に彼女は笑みを浮かべると、脇に置いていた鞄から大きく厚みのあるマニラ封筒を取り出し、彼の前に差し出して告げる。


 「詳しい事は此処にある。遣り方は君に全て一任するよ……」


 そう告げた彼女は席を立ち、カフェを後にした。

 独り残された塚地 将は差し出されたマニラ封筒を脇に置いたサブバッグにしまうと、抹茶ラテを静かに飲む。

 抹茶ラテが空になると、席を立った塚地 将は空の抹茶ラテの容器をゴミ箱にキチンと棄ててカフェを後にして家路に着いた。

 大宮からさいたま市中央区鈴谷某所にある実家とも言える自宅に帰った塚地 将は誰も居ない自宅に向けて「ただいまー」 と、言えば、玄関で靴を脱いで自室へと向かう。

 自室に入り、制服上下を脱いでハンガーに掛けた所で、机の前に置かれた椅子に座って依頼人でもある彼女たる魔女から渡されたマニラ封筒の中身を取り出して読み始めた。

 静かに封筒に入っていた書類を読み終えると共に狗から得た情報と照らし合わせた塚地は、溜息を漏らしてしまう。


 「はぁ……コレは下手な手を打てば最悪、破滅。良くて東征会と戦争に突入だな」


 書類の内容は更に頭を悩ませるには充分過ぎる内容と言えた。

 だが、莫大な利益と父親の敵討ち。その両方を果たせる以上は立ち止まる事は無かった。

 それ故にどう立ち回るべきか? 思考を巡らせる。


 (俺の身内は最低限かつ、信頼出来る連中しか使えない。だが、万が一、俺の関与が露見したら最悪の事態に発展する。そうなると……表面上は俺と繋がりのない外部の優秀なプロを集める必要がある)


 思考を巡らせ、この仕事で使うべき人材の条件の一つを導き出した塚地は更に思考を巡らせてさらなる条件を加味した上で人材をピックアップしていく。


 (外部のプロで暴力の専門家とオカルト絡みの専門家が必要になる訳だけど……この国でそう言う連中を集めると直ぐにバレる。そうなると……あの3人が適任か?)


 条件を満たす事が出来る人材を3人、思い付く事は出来た。

 しかし、同時に気が進まない人選でもあった。


 (アイツ等が適任だけど気が進まないんだよなぁ……1人は完全な裏社会人だから巻き込んで死なせても心が痛まないけど、2人は。だからこそ、俺の私怨混じりの汚れ仕事に巻き込むのは流石に心が痛む)


 他者の血と涙。それに無数の屍で築き上げた玉座に座るローカルフィクサーであっても、流石に付き合いの長い幼馴染を今回の件に巻き込む事は気が引けた。

 しかし、この仕事を成功させる人材として最高レベルで適任であるのも事実。

 それ故に頭を悩ませてしまう。

 だが、ソレは僅かな時間だけの事であった。


 「2人には悪いと思うし、心苦しい。だけど、俺の為に働いて貰おう……成功すれば莫大な利益が獲られるんだ。ヤラない理由が無い」


 悪党であるからこそ、開き直って2人の大事な幼馴染すらも利用する事を決めた。

 だが……


 「片方は政府の狗してるから、飼い主に話を通せば何とかなるとして……問題はアイツだよなぁ……」


 2人の大事な幼馴染の内、1人は政府の狗をしていた。それ故に飼い主に話を通せば、利用する事が出来た。

 しかし……もう1人は違う。


 「アイツ、気に入らん事は絶対にやりたがらないし、相手が何者でもあろうが関係無く噛み殺しに行く狂犬だからなぁ……どうやって説得するべか?」


 気に入らない事を絶対にやりたがらない狂犬を説得する事は非常に難しい。

 大概の狂犬は必要に迫られない限り、カネに靡かない。

 しかし、方法が無い訳じゃない。


 「仕方無い。悪党らしく、弱味に漬け込んでお願いしよう……心苦しいけど」


 人間誰しも弱味、弱点がある。

 悪党らしく、其れ等に漬け込む事にした塚地 将は自嘲に満ちた笑みを浮かべ、誰に語りかける訳でもなくボヤき始めた。


 「親友を俺の私怨混じりの汚れ仕事に巻き込もうとするなんて、やっぱ俺ってロクデナシだな……まぁ、ロクデナシならロクデナシらしく糞みてぇに振る舞う方が精神衛生的には良い」


 そんなボヤきを漏らした塚地 将は時間を確認すると、スマートフォンを手に電話を掛ける。

 数度のコール音の後。古くからの親友でもある幼馴染の彼は出た。


 「どした?」


 「一緒に飯食わねぇか? 俺が奢るからよ……」


 塚地 将の言葉から何か察したのだろう……件の狂犬たる親友は一拍置いてから返事した。


 「……良いぞ。何処でだ?」


 「大宮で良いか? ほら、中華食べ放題の……」


 「良いぜ……じゃ、後でな」


 電話が切れると共に食事の約束を取り付ける事に成功した塚地 将は私物のスマートフォンで母親に夕食を友人と食べる事を伝えると、着替えを手に自室を後にして、バスルームへと向かう。

 バスルームで全裸になれば、出掛ける為のマナーとしてシャワーを浴び始めるのであった。




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