現代異世界をバックパッカーとして旅してみたら、スキル付与なしでも意外と楽しめた件
@takesoon
街が花畑に変わる魔法
異世界に来て3ヶ月が経った。
ミカは地図を広げ、額に汗を滲ませながら、サイアムの街を歩いていた。喧騒と活気に満ちた通りを抜けると、エキゾチックな香りが鼻をくすぐる。空には奇妙な形の雲が浮かび、遠くには見たこともない建築様式の塔が聳えている。
この世界に来たときの驚きと戸惑いは、今でも鮮明に覚えている。魔法や異種族の存在、そして何より、自分がもう元の世界に戻れないかもしれないという事実。それでも、旅を続けることを選んだ。新しい世界には、驚きと発見が満ちているのだから。
サイアムは、その旅の新たな一章の始まりだった。魔法技術と伝統が融合したような不思議な街並み。ミカは、この街で何が待っているのか、胸を躍らせていた。
宿を探しながら、ミカは周囲を観察していた。エルフやドワーフ、そして人間が肩を寄せ合うように歩いている。魔法で動く機械や、空中に浮かんで走る魔導トゥクトゥク。どれもが新鮮で、目を奪われる。
そんな中、ミカの目に留まったのは、少し古びた佇まいの宿だった。入り口には「ルーフトップあり」という看板が。ミカは思わず微笑んだ。高い所から街を眺めるのが好きだったのだ。
「ここにしよう!」
ミカはつぶやくと、重いバックパックを背負い直し、宿の扉に手をかけた。未知の冒険への期待と、少しの不安が胸の中で膨らむ。
チェックインは滞りなく済み、ドミトリーのベッドにバックパックを下ろす。念の為、バックパックのファスナーに南京錠で鍵をかけて、バックパック自体もワイヤーでベッドと繋いだ。初めて泊まるドミトリーでは一応警戒するようにしている。身軽になったので、早速ルーフトップに行ってみることにした。
急な階段を上ってルーフトップに出た。
「おー!いい眺め!」
宿が入っている建物は周りより少し高いらしく、街を遠くまで見渡せた。
「気持ちいいでしょ。ここ。」
声のした方向を見た。植物のツタでできた庇の下にベンチとローテーブルが置いてあり、エルフの女性が座っていた。タバコを燻らせてリラックスしているようだ。
「こんにちは!いいところだね!」
「ね。私もここお気に入り。」
綺麗な人だなとミカは思った。落ち着いた雰囲気をまとっていて大人っぽいが、エルフは長寿で1000年以上生きる種族なので、見た目から年齢がまったくわからない。
ミカも一服しようと、女性の近くの椅子に座り、タバコの葉と細長いパイプを取り出した。
「へぇ、パイプ? かっこいいじゃん。」
「えへへ。でしょ。キセルっていうんだ。ここからもうちょっと東のほうのパイプだよ。」
ミカは慣れた手つきでセットした。マッチで火をつけようとしたら、女性がその指先に小さな火を灯して差し出した。
「魔法使いなんだ!」
女性はニコリと笑った。
魔法使いは魔法石がなくても魔法が使える人たちだ。生まれつき魔力を持っているため、火を出せたり、怪我を治せたり、魔導具を動かしたりできる。
ミカがパイプを咥え、魔法の火に火皿を近づけた。火が葉に移るように火皿を少し傾ける。ふかすといい香りが広がった。
「ありがとう。私、ミカ。」
「ルーファだよ。」
「ここにはもう長いの?」
「一昨日から泊まってる。今日来たの?」
「そう。さっき。サイアムも初めて。」
「そうなんだ。じゃあこの街のスコールも初めて見るんだ。」
「スコール?夕立のこと?」
「うん。でも、この街のスコールは特別なんだよ。ここで見ようと思って待ってたんだ。」
空には黒い雲が広がっていた。空気が徐々に冷たくなっていく。ポツ、ポツと、雨音が聞こえてきた。
「降り始めたみたい。」
雨はすぐに本降りになった。すると、ミカは自分の目を疑った。雨粒が地面に触れと、小さな白い花が咲き始めたのだ。
「うわぁ...」
思わず声が漏れる。街が白い花でみるみるうちに覆われていく。建物の屋根、車、道路が白い花畑に変わっていく様子に、ミカは目を奪われて言葉を失った。隣でルーファも見入っていた。
10分ほどでスコールは止んだ。雲の切れ間から光が差し込んだ。どこかのお寺から澄んだ鐘の音が聞こえてきた。雨上がりで輝く花に覆われた街並みと鐘の音が織りなす幻想的な風景に、ミカは息を呑み、あまりの美しさに涙が溢れた。自分の胸の奥からこみ上げてくる温かさを感じていた。この世界の美しさが、自分の心を包み込んでいく感覚だった。
しばらくすると花は消えていった。不思議な光景だった。これも魔法によるものだったのだろうか。
「すごかったね…!」
ミカは涙を拭いながらルーファに言った。
「ほんとに、何度見ても綺麗。」
二人はスコールの感想を共有し合い、今までの旅の話に花を咲かせた。ルーファの今までの旅のこと。ミカがこの世界とは別の世界から来たこと。話に夢中になっていると、いつの間にか日が落ちて、辺りは暗くなっていた。通りにはネオンが灯り、夜の活気が溢れていた。
「ねえ、一緒にご飯食べようよ。」
ルーファが言った。
「よく行く食堂があるんだ。美味しいよ。連れて行ってあげる。」
「ありがとう!いいね!行こう!」
2人は夜の街に繰り出して行った。
現代異世界をバックパッカーとして旅してみたら、スキル付与なしでも意外と楽しめた件 @takesoon
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