第80話 エピローグ 10



    10



―しかも立ち食いかよっ!?

藍は眉間に皺を寄せた。

「好きなものある?」

洋二は、食券の自動販売機の前で尋ねる。

「なんでもいいや」

「そっか、じゃあ、僕と同じもので、あ、遠慮すんなよ、約束通りに奢りだ」

「ほう、ありがとうねー」

カウンターの前に洋二が食券を置く。

店員が受け取る。

店内に「ひやぶっかけ、とり天・半熟、二人前いただきました!」と声がこだまする。

―なんだろう、この店なんかジブリっぽいなぁ。

洋二が箸を用意し、擦った生姜や一味唐辛子の説明をしている。

うどんが運ばれきた。

「さ、食べよう」

藍も食べ始める。

―な、なんだ、コリャ! これがコシというヤツか!? お母さんが茹でるふにゃふにゃのうどんとは大違いだ! 食べ甲斐がスゲェ!

「ここはダシがカツオじゃなくてアゴなんだよ」

―アゴ! そういえばしょっぱみの中に上品な甘みがある!

「顎?」

「いや、飛魚あご。語源はその顎らしいけど」

―うどんの表面をしたたり落ちるアゴのつゆ。これは確かに冷たい方が美味しい!

「生姜入れて味変するものおすすめだよ」

―私はニンニクの良さは知っているが、ショウガの良さは知らなかった女だが、ああ! 確かに、お魚のダシに合う!

洋二が横で、一味をふりかけている。

気になる藍。

「藍のさっき挙げたメニューに辛いもなかったよね。好きなふうにすればいい。お好みでかけるもんだ」

「いや、ちょっとかけてみようかなぁ」

かける。

―ああ! ダシのうま味と甘味! 生姜のすっぱ味! 一味唐辛子の辛味、それらがこの太いうどんをお互いが主張しながらも、ハーモニーを奏で、オレたちのうどんを、さぁ! 美味しく食ってくれ!と助け合っているのか! 生姜に続いて、粉末唐辛子! 今日はちょっと大人の階段を登り過ぎじゃあないのか!

「あ、藍は生卵って食べられた? とは言ってもコレは温泉たまごだけど」

「好きだけど」

―あああああああ! 玄人好みのダシ、大人な味の生姜と粉末唐辛子ときて、卵黄の混ざることにより、急に! 子どもに連れ戻される! うどんのコシに卵とは! あ、こんどパスタじゃなくて、うどんでカルボナーラもアリだな!

「ここの天ぷらはちくわ天かかしわ天しか考えれない。僕はかしわ、あ、鶏天な、の方が好きなんだ」

「て、天ぷら入っていたね」

―こここここ、コレは! コレキタ!(死語!)海老天が偉いものだとなんとも疑わず、今まで17年間生きてきたけど、コレ、なんだお!? 鶏肉の天ぷら美味いなぁ! しかもこの美味美味うまうまなダシに浸かって、更に美味しい! しかも天ぷらの衣の歯ざわりが、ダシにつけているのに、死んでいない! 未だシャキッとしている。

「僕は普段大盛にするが、これから夕飯あるからね」

―ああ! 私は、家族とお蕎麦屋行ってもネギを抜く女だったが、いつの間にか、ネギを、ネギを、完食しているぅっっ! だいたいすき焼きに入っていても、なんでドロっとしたものをわざわざ入れるか理解できなかったし、うどんや蕎麦なら、なおさらあの臭みをジャマと思っていたが、そうか! このうどんの楽隊では、他の食材が強烈だから、むしろおまえはアクセントとしての役目を負っている、というワケか!

「ズルズルズルズルズルズル」

これは玉子の溶けたつゆを藍が飲み干す音。

2人で暖簾を片手ではねさせ、店を出る。

「僕は好きな店なんだけど、どうだった?」

演技ではなく洋二はマジでおうかがいしている。

「うーん、まぁ、美味しかったんじゃないかな」

「今度、お昼とかで食べる店選ぶ時は、もっと豪勢な店を紹介するよ」

「いや、うどんでいい」

相手の言葉には重い響きがこもっていた。



                  了




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

脳内ヒーロー洋二 井田雷左 @akakitino11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ