『残骸の王』没落者として、才能の園に降臨する

@rakuraku0221

第1話才能の園

ゴミの山の上に、少年は立っていた。


全てを蔑むような光のない目、寝ていないのかその下には隈が出来ている。


見窄らしい服、否、服とも呼べないようなボロ切れに身を包む少年の体には夥しいほどの血が染み付いていた。


血液特有の鉄臭さ、ゴミの匂いと浮浪者特有の据えた臭いとも合わさって最早近寄れた者ではない。

そんな少年に、1人の男が声をかけてきた。


「よお小僧、ちっと時間あるか?あるよな、なんせ仕事も生き甲斐も無いんだからよ」


その男はこの場には似合わない高品質なコートに身を包み、不敵な笑みを浮かべていた。

少年はそんな男を見下ろして、なにも言わずに目で語る。


『それ以上近寄ったのなら殺す』


その見窄らしい姿からは到底想像もできないような圧力が男を襲う。それを受けてもなお、男は笑みを浮かべ少年に近付こうと歩み寄る。



その瞬間、男の首が宙を舞った。






ように見えた。



少年が振るった、命を断ち切る威力を持つ拳。

それを男は的確に受け止めて見せた、少年からすればこのゴミ山の上に君臨してから初めての経験だった。彼女と離れて、ここで「王」と呼ばれるようになってから3年以上、もはや誰も少年に逆らわなくなっていた。


だがこの男はどうだろう、少年を見下し薄ら笑いを浮かべ、少年が放った凶拳を真正面から受け止めて見せた。


目の前の出来事に思わず目を見開いて何も言えなくなっている少年に、男は言った。


「小僧、俺と来い。お前なら俺の退屈を埋められる、俺の本能がそう言ってる」






ーーーーーーーーーーーー


世界はあらゆる力、あらゆる才能に溢れている。


永世中立国家「ホライゾン」


大陸の中心、大国に囲まれたこの国にはありとあらゆる才能と種族が集まる。外からくる者のほとんどが、10代半ば程の若者ばかり。


彼らは皆、自身に与えられた才能を開花させ祖国の、あるいは大切な者の力となるために、あるいは大いなる野望のためにこの国にある教育機関にてその才覚を磨くのだという。



全ての才能が集う場所。

全能育成教育学校「エターナルハイヴ」



今日はそんな学園の入学式。

あと30分もすれば、大陸中から集められた、あるいは自ら望んでこの土地に来た「才能ある者」達が学園に集う。

そんな中、俺ははある男に呼び出され学園からほど近い場所にある店に来ていた。


「よぉ小僧、良く似合ってんじゃねぇか」

「……うるせぇ、ギリギリまで寝るつもりだったのに呼び出しやがって、あと小僧はやめろ、俺にはラギアって名前があんだよ…………ハァ眠い」

「まぁそう言うな、『禁足地(アカシック)』でお前さんを拾って半年間世話してやったろ?」

「……………チッ」


男の名は「ゼクス・フェンリル」

エターナルハイヴの教師にして「凶狼」の二つ名を持つ男、そして俺をゴミ山から連れ出した張本人である。


このオッサンは俺をを自分の元へ招き、約半年の間衣食住、そして教育を提供した。全ては今日この日、俺をエターナルハイヴに入学させるためだそうだ。


「とりあえず座れよ…………俺があそこで教員やってんのは知ってんな?今年の雛鳥どもの入学試験結果を持ってきた。お前さんが言ってた奴、しっかり入学してたぜぇ。それどころか…………ホラ」


ゼクスが差し出してきた用紙は、エターナルハイヴの新入生リストだった。どうやら、上位者数名をまとめた物らしい。

全員がとてつもない才能の持ち主だということがリストを見れば容易にわかる。そしてその中には、彼女の名前もあった。


「……主席か、当たり前だ」

「ハッ、相変わらずだな。まぁたしかに試験結果は圧巻だったよ、『神格者』と呼ばれるのも頷ける」



俺はリストをゼクスに突き返した。

というか、試験結果のリストなんて普通に機密事項のはずだ。それをこの男はなにを当たり前のように差し出しているのだろう。


半年間ゼクスと過ごしてよくわかったが、この男はまともでは無い。

酒とタバコをこよなく愛し、目上の者にも食ってかかる凶暴性。だがその実力は本物だ、この半年間散々戦ったが結局勝ち越せずじまいだった。



ホライゾンを囲むように存在する五大国家


武装国家「ガザリーム」

精霊王国「フェアリスリーヴ」

神聖皇国「エイジスガルド」

魔導国 「マギアスペル」

傭兵連邦「インディゲート」


ゼクスの出身はインディゲート。

しかも、インディゲートを仕切る五大名家の1つ「フェンリル家」の次男なのだ。

インディゲートは連邦国、元々小さな国々が寄り集まってできた国。フェンリル家は元々小国の王家だったわけだ、にもかかわらずこの男からは気品を1ミリたりとも感じない。


トレードマークである魔法具マジックアイテムのコートとその腰に下げている剣が無ければ、以前の俺のような浮浪者のように見えるだろう。


「後少しで入学式だぜぇ。どうすんだ?声かけんのか?」

「いいや、俺から接触することはねぇよ」

「おいおい、せっかく数年振りに再開できるんだぜ?お姫様だって待ってるかもしれないだろう?」

「………アイツはもう新しい人生を歩んでる、それに俺の事なんて忘れているだろう。その方がいい」


俺はそのままゼクスを置いて店を出た。

何やらゼクスがニヤニヤとしていた気がするが、このオッサンのニヤケ面ももう見飽きた。もはやイライラする気力も湧かなくなった。


ーーーーーーーーーー



ラギアが出て行った後、店に起こされたのはゼクスのみ。この時間帯にここを利用するのはゼクスのみ、というより常連である故に店主に頼んで店を開けてもらったのだが………。


「にしても『禁足地アカシック』じゃ王と言われたアイツが、まさか「没落者」とは…………手ェ抜きやがったな?「神格者」と離れるため、いや気づかれないためか?…………てことはアイツ、ハナから「神格者」がいると分かってたな?いや、信じてたというのが正しいか」


ゼクスは懐から、ラギアに渡した物とは別のリストを取り出した。そのリストに記されているのは、ある意味でエターナルハイヴで注目される者達の名前と試験結果だ。


エターナルハイヴは確かに、大陸中からありとあらゆる才能が集まる場所である。

だからこそ、上位陣の圧倒的な才能に埋もれる者も必ず現れる。そうなってしまった彼らを、エターナルハイヴでは「没落者」と言われ、特定のクラスに配属される。




通称「漂流組(ディフェクティブ)」




エターナルハイヴのある、永世中立国ホライゾン。

地平線の名を冠するこの街になぞらえて、彼らは価値のない海のガラクタ、つまりは漂流物であるという意味だ。


事実、「漂流組(ディフェクティブ)」に配属された生徒の多くは、卒業までに学校を去るか、自身の才能を活かしきれず暴走する。


ゼクスはリストを懐にしまうと、店主に一声かけ店を出た。もう数刻で入学式が始まる。

これから何が起こるのか、彼が何を起こしてくれるのかという期待からか、その口角はあやしく弧を描いていた。



ーーーーーーーーーーー




エターナルハイヴの入学式は、学園長からの祝辞と主席による答辞のみの簡素なものだ。

その後は各々が自分のクラスへと行き、担任にもよるが簡単な報告事項をして終了する。そして現在、歴代最高と謳われた主席が答辞を読んでいるところだった。


「今日この日に、偉大なるこの学び舎に入学できたことを、誠に嬉しく思います」


新入生皆が、目を奪われていた。

その少女はあまりに美しく、その声は聞いた者を強制的振り向かせる迫力があった。


ホライゾンを囲む五大国家が1つ。

魔導国「マギアスペル」の第2王女にして『神格者』


エーテル・ロード・マギアスペルである。


ミドルネームであるロードは、魔導国において最高の魔導師にのみ名乗ることが許される、天才の証。それを若干15歳の少女が名乗るというのは、五大国家の中でも長い歴史を持つマギアスペルでも過去例を見ない。


彼女の一挙手一投足に会場の皆が注目していた。

それは俺も例外では無い、約4年振りに見る彼女はあの頃から背も伸び、女性らしさが増していた。今となっては王族である彼女の姿を目の当たりにして、思わず見入ってしまった。


だからだろうか、一瞬彼女と目が合った気がした。まぁ、気のせいだとは思うが。



ーーーーーーーーーー


三日月の学級(モーントクラッセ)それが俺のクラスの名前らしい。


教室に移動すると、どうやら席は自由らしいので俺は窓際………といっても日はほぼ入ってこない1番端の席に腰を下ろした。


教室内には既に何人か生徒が居たが、全員が本を読んだり寝ていたり、窓の外を眺めていたりと各々好きな事をしているようだ。


それにしても


(結構露骨って印象だな、作り自体は他の教室と変わらないが………古いし位置も悪い)


教室はどこも備品は同じだ。

流石はエターナルハイヴ、資金は潤沢と言ったところだろう。教卓、生徒用の机、黒板、全てが高級品に見える。数ヶ月前までゴミ山に住んでいた自分からすれば、正直全てが高級品ではあるのだが、この数ヶ月であのオッサンに色々教育されたからな。

文字の読み書きも、周辺国家についても、この学園にいる有力者についても叩き込まれた。


元々あの土地に住んでいたのだ。頭など空にも等しかったらしく、物覚えは良かった。


そして今使っている「鑑定解析」の魔法も、オッサンに教わった。この学園に入れるような奴ならたとえ「没落者」と呼ばれるような者でも使える、魔法の基礎中の基礎らしい。


その魔法の鑑定結果によれば、この教室の備品は他の教室のものと比べるとかなり古い物だ。それにこの教室だけ、他の教室から少し離れた位置にある。配置的にトイレを挟んでいるので一見してあまり不自然ではない。

だが、明らかな忖度が垣間見える。教室の位置は仕方のない部分も確かにあるかもしれないが、備品のオンボロ感は言い訳できるものではない。



そこから数分後、担任の教師と思われる者がやってきた。結構若そうだが、その体から放たれる覇気オーラは凄まじいものがある。オッサン程ではないが、この教室の生徒と比べても、彼女と張り合える可能性がありそうなのは2人程だ。


(教師はA級クラスなんだな、本当に上手い具合の陰湿さだ)


「さて、初めまして諸君。私がこのクラスを受け持つ事となったメアノール・ディンギルです。さて、皆にはこれからこの学園についての連絡を………」


「ちょっと待てや、センセェ」


俺の席とは反対の教室の端、廊下側の席から声が上がる。俺が教室に入ってきた時に机に突っ伏していた奴だ、あの教師に張り合えると俺が判断した内の1人でもある。


「アルバ・ガザリーム君、何か質問が?」


「ここは『漂流組(ディフェクティブ)』だろうが、俺様が没落者だと?ざけんじゃねぇぞ!!」


男が机を蹴り上げる。

それに萎縮する者、何食わぬ顔で読書を続ける者、眠そうにあくびをする者、リアクションは様々だがアルバ意外に、自身が没落者であることに意を唱える者は居ない。


それはそうだろう、他の生徒は家柄は平凡、内包する魔力量もこの学園では平均レベルかそれ以下といったところだ。


この学園は大陸全体から才能をかき集める。

その性質上、一般入学生のなかでも一般市民枠の奴らは落ちこぼれになる可能性がかなり高い。


だが、アルバ・ガザリームは一般人ではない。ガザリームということは武装国家ガザリームの王子ということだ、本来なら没落者になどなるはずもない。



「備品は壊さないように。それと………この学園は才能と能力の高さに重きを置いています。貴方がこのクラスになったのは、学校側からの嫌がらせでもなんでもない。これが貴方の実力ということです」


この学園の入試試験で測るのは

「内包魔力量」「魔力操作」「魔法技能」「実戦能力」「基礎知識」「思考能力」だ。

アルバの学力のほどは分からないが、少なくとも俺よりは出来るはずだ。なんせこの半年間みっちり詰め込んではきたが、俺の学力はこの学校の足切りラインギリギリなのだから。


とすれば、「魔力量」「魔力操作」「魔法技能」「実戦能力」のどれかに問題があるという事だろうか?


「貴方は確かに優れた魔力量を持ち、戦闘力も申し分ない。だが王族とは思えない覇気オーラの荒々しさ、もう1人のガザリームの王子の方が優れていると学校が判断したんです」

「ふざけんなぁ!俺がァアイツより劣ってるだと!?そんなことがあるかぁ!!」


そう叫ぶと、アルバはメアノールに向かって爆発的な踏み込みを見せた。他の生徒はアルバが消えたように見えただろう。


無論メアノールは見えている。

瞬間的に魔力を練り上げているのが分かる、結果としてアルバの振るった拳はメアノールの魔力障壁に阻まれた。その余波で机がいくつか吹き飛んでいた。


「アルバ・ガザリーム、教師に向かって暴力とは感心しないですね」

「黙れや、お前はここで潰す」


メアノールはやれやれと言った様子で溜め息をついた。それを見たアルバはそれが癇に障ったのか、さらに出力を上げにかかる。だが次の瞬間、アルバが教室の後方に吹き飛ばされた。


(魔力障壁を爆発させたな、魔力操作能力がバカみたいにたけぇ。若いとはいえここで教員してんだからそりゃそうか)


意識外の反撃により、アルバは完全に伸びていた。メアノールは俺を一瞥すると、名簿に視線を落とし指示を出してきた。


「………ラギア君、ですね。アルバ君を何処か邪魔にならないところに寝かせておいてください」


そう言ってメアノールはこちらに軽く微笑みかけてきた。先ほどまでの威圧的な態度はなんだったんだ?ストレスでも溜まっていたんだろうか。

だとしたらアルバはストレス発散にまんまと使われたわけだ。


その後メアノールにより軽くこの学校についての説明があり、解散となった。結局アルバは解散になるまで起きなかったので、俺はメアノールに連れられアルバを医務室に運ぶことになってしまった。


正直帰りたい。


「すみません、入学初日からこんな事を頼んでしまって」

「……いや別に、特にすることも無いしな」


やることと言えば鍛錬ぐらいだが、最近は毎日ガッツリやっているわけでもないため、割と本当に暇だ。


「私去年からここで働いている新人なんです。今年から初めて担任を持つので、少し緊張して力が入りすぎたかもしれません」

「少しか………コイツ見事に吹き飛ばされてたけどな」


一年の教室から医務室は少し距離があるようで、うちのクラスは解散が遅かったのもあり廊下には誰もいない。今日は上級生も休みらしい。

メアノールは最初こそ凛とした雰囲気を放つ美人という印象だったが、今は幾らか柔らかい雰囲気になっている。


「アンタはここの卒業生なのか?」

「えぇ、卒業と同時にここの教員になりました」


この学園は7年制、16歳での入学が原則だ。

つまりメアノールの年齢は………いや、やめよう。オッサンが言うには「女の年齢については考えるな、感じ取れ。下手打つと死ぬ」らしい。


「優秀なんだな」

「それほどでもありませんよ。私はハーフエルフです、生まれながらに人よりも優れた魔力量を持ち長い年月を生きます、にもかかわらず私よりもずっと強くて優秀だった方々は半数以上が人間(ヒューマン)でした」


そう言って、メアノールはハーフエルフの特徴的な尖った耳を見せた。確かエルフは膨大な魔力と緻密な魔力操作を得意とする種族だったはずだ。あの魔力障壁の爆発も、かなりの高等技術だったしな。


「ラギア君の試験結果拝見しました。筆記は少し苦手のですか?」

「気を遣わなくても良い、家名もなければ少し戦えるだけで頭も悪い………典型的な没落者だ」


すると、メアノールは少し悲しそうな顔をして俯いて、ポツポツと絞り出すように話し出した。


「そんなことありません。この学園に入れるだけでも充分優秀です。なのにあのクラスに配属される人達はみんな、どこか諦めたような人ばかり………」


悲しそうな表情をキリッと引き締めて、次は力強く語り始めた。


「だから私、担任を持つことになった時真っ先に三日月の学級に志願したんです。最初は反対されましたけど………学園長とゼクス先生が推薦してくれたんです。だから私は、君達を全員しっかりと卒業させます」


そう語る彼女の顔には「決意」が満ち溢れていた。

良い顔だと、素直にそう思った。かつて俺は決意を固められず、ただあのゴミ山で八つ当たりをするだけの餓鬼だった。

だからだろう、彼女のその「決意」が酷く眩しく、美しく見えた。


「そうかい、まぁ頑張ってくれ。しばらくはコイツの手綱を握るのに苦労しそうだが……」


俺が背負っているアルバを指差すと、メアノールは「うっ」というような表情を浮かべて肩を落とした。だがすぐにキリッと姿勢を正してこちらを見つめる。


「せっかくこうしてお話したんです。ラギア君も協力してください」

「断る」

「いいえ、ダメです。先生の言うことは聞きなさい」

「………とんでもないなアンタ」




どうやらしばらく、俺の学校生活に平穏は訪れないらしい。

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