街を歩いた
千織
街
私は焼け落ちた教会を見たくて、地下鉄に乗ろうと街を歩いていた。建ち並ぶ高級デパートは石の要塞。ガラスで丸見えの店内から愛想や媚びを売るようなことはしない。
複雑な交差点に着いた。どの信号を見ていいかわからない。周りの人と同じようにすればいいだろうと思っていたら、スニーカーの左の靴紐が解けていた。肩掛けカバンをお腹に回してしゃがみ込み、靴紐を結び直す。どんっ、という音と短い悲鳴が聞こえた。
立ち上がって左の方に目をやると、おばあさんが倒れていてちょっと先にいかついバイクが止まっていた。バイクがおばあさんをはねたらしい。バイクの男がおばあさんに近寄る。通行人がちらちらと様子を見たり、手を貸そうとする人が近寄っていく。
すぐにバイクに乗った警察官と救急車が来た。動かないおばあさんは金色の折り紙みたいなものを被せられ、担架に移され、救急車に乗せられていった。
地下鉄に乗る。
乗り換えが必要で、地下通路を歩き、また次のホームに出ようとした。階段を登っていると、ふと右の頬を撫でられた気がして振り向いた。金髪で碧眼の可愛い白人の少年が私の肩掛けカバンのファスナーを開けようとしていた。
天使のような少年と目が合って、一瞬私の中に静寂が訪れたが、すぐに本当の天使の囁きが聞こえて私はカバンを抱え階段を上り切った。ホームに着き後ろを振り向くと誰も追っては来なかった。
さらに地下鉄に乗り、降りて、乗り換えをする。
目当ての路線は封鎖されていた。私はスマホで検索をした。
教会のある場所は小さな島になっていた。そこにある警察署で警察官四人が銃で撃たれて死亡したというニュースに載っていた。事件の詳細がわからなかったので、私は教会を諦めて引き換えそうとした。
私の横を二人組の女性が通り過ぎ、すぐ脇にある地上に出る階段に向かった。
悲鳴が上がった。
階段の上から男たちが降りてきて、彼女たちを襲った。一人は倒されていて、男が馬乗りになってカバンを奪おうとしている。
私は逆向きの通路に走り出した。陰から男が出てきて鉢合わせる。ひょろりと長い手足はエイリアンの触手のように見えた。仲間と思われるその男も一瞬驚いたので、私はその隙に脇をすり抜けて逃げ出すことができた。
十秒後に辿り着いたホームには、スーツ姿の人、おしゃれをした女性、楽器のケースを担いだ男がいて、向こうのホームには当たり前に電車が来て去っていくという日常が広がっていた。
一人興奮して立ち止まっている私に、通りすがりの男性が「大丈夫ですか? 何かあったんですか?」と声をかけてくれた。あいにく私は、強盗という言葉を知らなかった。
なんとも言えない反応を返して、私はまたすぐに地下鉄に乗った。
電車内にはサックスを吹く男がいて、急にジャズ喫茶のような空間が広がっていた。自転車を乗せた青年、ベビーカーを乗せたお母さんもいる。
演奏が終わった男に温かい拍手が起こる。彼はお金を集めるための箱を手にして車両を歩き始めた。
駅からホテルまでの道のりはすでに薄暗くなっていた。
柔らかいライトが灯されたレストランのテラス席には笑顔が溢れている。美味しそうな食事にお酒、談笑を楽しむカップル、家族、友人。
私はファーストフードの持ち帰りをしようとして、店に入った。だぼついた作業着に身を包んだ男たちが仏頂面で並んでいる。
注文をし、番号札を持って並んでいた。自分の番号が呼ばれたことに気づかずにいると、店員の大男が舌打ちをしながら私を手招きした。
ホテルまでの五十メートルの間、広い歩道のど真ん中に男が一人大の字に寝ている。慎重に脇を通り過ぎる。血のついたティッシュが辺りに落ちている。
部屋に入り荷物を下ろして、まずは食事にありついた。
ハンバーガーにかぶりつきながら、スマホであの事件がどうなったか調べる。犯人は職員で、同僚たちと折り合いが悪くて犯行に至ったとある。
旅慣れている友人に今日の出来事をメッセージで送る。明日ならあの教会に行けるだろうか?
「犯人は無力化されているみたいだから、大丈夫だよ」
どうやら明日は平和らしい。
(完)
街を歩いた 千織 @katokaikou
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