第五話 異変

聖歴1494年 春期 初めの月 第2週目 戦争7日目


 帝国との戦争が始まってから7日目。2日目以降の戦争は、お互いにジリジリと数を減らす拮抗状態になっていた。第5騎士団は遠距離主体に攻められると攻め手に欠くが、昨日も元気良く突撃しては大暴れしていた。諸侯連合軍は徴兵隊を重点的に狙われ、だんだんと数の不利が出来てきていた。プレヴェール軍はそもそも相手を討ち倒す気がない。疑われない程度に軽い負傷者を出し、自領で戦っている強みだといって輜重隊の兵と入れ替えながら、2500名の兵を維持していた。

 とはいえナルシスたちの計略では、そろそろ帝国側に本気で押し込んで貰わないと困る。いくら自領だから兵数を維持できると言い訳したところで、5000人も6000人も常備兵がいるわけでは無いのだ。そろそろ多少なりともこちらに被害が出ないと、王国側に不審に思われてしまう。

 そう思いながら国境付近まで来たところ、帝国軍が見当たらないのだ。1時間待ってみても帝国軍は現れなかった。これを不審に思った各軍の指揮官は、一度本陣であるジュリアンの元に集まり議論を行った。ジュリアンは我が威光を目の当たりにした蛮族が逃げ帰ったのだなどとほざいていたが、第3騎士団長に相手を任せた。ナルシスとしては、春期 中の月の終わりまでには形を付けたかったし、諸侯連合軍としては帝国軍が引いたのであれば自領に帰りたいところであった。とりあえず、現状はジュリアンのお守りしかしていない第3騎士団から斥候隊を出し、その結果を待って判断することにした。


 数時間後、すでに太陽は頭上を過ぎ去っていたが、偵察隊が帰還した。偵察隊の持ち帰った情報は、何があったかは分からないが、帝国は陣地に引きこもっているとのこと。何が起こっているのかを調べられるほど近づけなかったが、人員自体に問題は無さそうだった。もしかすると、補給が滞っているのではないか、ということだった。

 それを聞いたナルシスは、『またあの山賊まがいの第13騎士団が暴れているのか。奴らは謹慎中では無かったのか。』と内心は煮えくり返っていた。だが、同時に思った。2度も同じ手を使うとは、こちらも舐められたものだとも。少数で侵入しているであろうことを帝国側に伝え、第5騎士団長から初日の作戦会議で聞いた『少数での活動だから、全滅ですら覚悟しなければならない』という実行犯本人からの言を伝えなければならない。つまり解決方法は単純で、輜重隊の護衛を増やせば、アクスたちは何もできなくなる、と。

 その日の夜。ナルシスは部下に書状を持たせて送り出した。


聖歴1494年 春期 初めの月 第2週目 戦争11日目


 またしても帝国軍は現れなかった。昨日と同様に1時間待ち、それから斥候を放った。そして数時間後、戻ってきた斥候は見える位置から何かを叫んでいた。だが、叫んでいることは分かっても何を言っているのかは分からなかった。敵に追われているようにも見なかったので、ナルシスは近くの兵に斥候隊をここまで連れてくるように指示する。しかし、送り出した兵も斥候隊に近寄らずに止まってしまう。そしてこちらに何かを叫んでいる。ナルシスは何度か指示し、最終的には伝言ゲームのように伝えてきた。


「敵軍にて疫病発生の模様。なお、発症しているものとしていないものがいる様子です。斥候に出てものは、もしも自分たちの感染していた場合を考え、なるべくジュリアン殿下に近づかないようにしたとのことです。」

「疫病だと!?少し待て!」


 ナルシスたちは、万が一のことを考えてジュリアンを陣地へ下げる。そのうえで、ナルシスとテリエ男爵を代表者として斥候兵へ報告を受けに向かった。


「まずは偵察ご苦労様でした。帝国陣地がどのような状況であったか、報告をお願いします。」


 ナルシスはそう言って報告を聞き始めた。疫病と言われても大まかな様子だけでも分からないことには対応のしようがない。それに陣中ではないが、行軍中には急に倒れるものもいた。特に日差しの強い日に長時間行軍した場合などだ。これは主に夏期に起こることが確認されている。だが、ついさっきまで元気だった人間が、なぜ急にフラフラとしだし、そして倒れるのかはわかっていない。今は春期ではあるが、今日の日差しはなかなかに強い。もしかすると、国境沿いまでの行軍中に軍事行動不可能と判断されるほどの人数が倒れたのかもしれない。それを介抱ところを見て疫病と報告したのであれば、明日は全快した帝国軍との戦いになる。


「ハッ、報告します。帝国軍に察知されるかどうかという遠目での偵察であることは先に申し上げておきます。どうも、陣地の外に出て糞をしているものが多数おりました。これは10人、20人ではなく、数えるのも億劫になる人数がです。中には糞をし終わったと思ったら、またズボンを下げてしゃがみだすものもおりました。そして、陣地の外まで持たなかったのか、陣内で糞をしているものもおりました。見たところ半数から三分の一程度の人員は問題なく動けていたようです。その動ける人員で動けない者たちを介抱していると見えました。」


 ナルシスとテリエ男爵は、それを聞いてある一つの病気を思い出し顔を見合わせた。自分たちも罹ったことがあったが、街で食事をしているときは問題なくとも、軍事演習や盗賊への対応など、外で食事をしたときには数時間後に何故か嘔吐や下痢が止まらなることがある。しかも、鍋はいくつかに分けて作るが食材は皆同じ物を使っているにもかかわらず、全く症状の無い者、軽い者、かなり重症で後送せざるを得ない者まで、症状がまちまちの病なのだ。あの時は酷かったと思いながら、斥候に確認する。


「糞ではなく、嘔吐、吐いていた者は確認できましたか?」


 斥候に出ていた者たちは、それぞれが見た状況を確認しあった。そして誰もはっきりと嘔吐していた者がいたかどうかまでの区別はつかなかったことを確認したうえで、ナルシスに報告した。


「はっきりと嘔吐していた者がいたとは言えません。といいますのも、しゃがんだ人間、立った人間、座った人間くらいの区別は突きますが、前かがみになってる人間だと、物を持ち運ぶために前かがみになったのか、吐くために前かがみになったのか、何かを落として拾うために前かがみになったのか、そこまで確認できるほど接近できなかったためです。」


 嘔吐している者が確認できなかったのは懸念材料ではあるが、ナルシスとテリエ男爵は軽く言葉を交わし、お互いが同じ病を思い浮かべていると確認した。あの、外で食事をとると稀に嘔吐と下痢が止まらなくなる病である。


「わかりました。私もテリエ男爵も、同じ病を思い浮かべました。陣地に戻り次第ほかの指揮官にも相談しますが、たぶん間違いないでしょう。あの病は同じ場所にいるから移るというものではありませんが、斥候隊の皆さんは、念のため今日1日はジュリアン殿下に近づかないようにしてください。第3騎士団長には、私から伝えます。」


 ナルシスとテリエ男爵は、展開している王国軍の元へ戻り陣地へ戻るように目入れを出した。王国軍は、今日も何も戦わずに陣地へと引き上げるのだった。


聖歴1494年 春期 初めの月 第4週目 戦争18日目


 王国軍は、すでに長期にわたって合同野営、行軍訓練を行っているようなものだった。諸侯たちも、戦闘にならないのであればそろそろ自分の領地へ戻りたいという嘆願が来ていた。領主たちや王都からきた面々にしてみれば、春期の終わりから夏期の初めの雨の多くなる時期までには帰りたかったのだ。

 そもそもが、このような紛争であれば春期初めの月の間に終わるはずだった。本格的な終戦協定までの休戦協定を結ぶまで国境地帯に留まったとしても、中の月の第1週目には帰途につけただろう。それが蓋を開けてみれば、初めの月ももう終わろうかというのに、未だ戦の終結は見えていなかった。


 戦争初日と同様に布陣した王国軍が見た物は、同じく戦争初日のように布陣していた帝国軍であった。いや、帝国軍の右翼が厚くなっていた。正確ではないがプレヴェール軍の正面となる帝国右翼5000から6000くらいはいるように見える。中央と左翼は変わらず2500から3000くらいであった。王国は左翼のプレヴェール軍2500、中央の第5騎士団が2500、右翼の諸侯連合軍が4500ほどだった。昨日までは、帝国領内でも物資輸送であるにも関わらず何故か補給に難儀していた帝国軍が急に人員を増員出来るとは思えない。つまり、本陣から右翼へ人員を移したのだろうと、王国側は考えた。そして、自軍の倍の数の敵が相手では、プレヴェール軍はそう長くは持たない。王国中央の第5騎士団か、王国右翼の諸侯連合軍が突破し本陣を叩くか、帝国軍右翼を側面から叩くかというという流れにしなければ、国境線の維持は難しいかもしれないと、第5騎士団長と王国諸侯は考えていた。


 そうして戦争18日目にして久しぶりの戦闘が開始されたが、帝国軍の士気は不自然なほどに高かった。高かったというよりも、必死に見えた。戦争6日目までは、第5騎士団が自慢の体力を武器に帝国軍に休む暇も隊列を入れ替える暇も与えないという猛攻でジリジリと押していた。

 だが、今日は違う。楯が壊れれば組みついてでも動きを止めに来たし、相打ちでもかまわんとばかりに防御を捨てて打ち込んでくるのである。第5騎士団長も、諸侯連合軍で戦っている諸侯たちも、全く理解できなかった。撤退戦やどうしても攻略しなければならない砦や街を攻撃するときに死兵になるならまだわかる。だが、帝国は王国に攻めて来た側である。侵攻が失敗したならば、素直に帝国へ帰れば良いだけの話だ。どちらの軍も、今居るのは国境線である。素直に帰って戦争を終結させれば良いだけの話だ。

 そんななか帝国軍の部隊長たちは、大声で味方を鼓舞する声が聞こえてきた。


「王国を絶対に許すな!!!ここで打ち破らねば、またあの補給もままならない陣中生活だ!!!」

「お前ら!あの尻の苦しみを思い出せ!!!それに比べたら、奴らの攻撃など屁のようなものだろう!!!やつらを捕虜にして、やつらにもアレを飲ませてやれ!!!」


 第5騎士団長も集まった王国諸侯も、『お前らの尻と王国は関係ないだろう。』と思いながら、これまでと一変した帝国の攻めをギリギリのところで防ぎ続けるのだった。


 一方で、自軍の倍に当たる帝国軍を相手にしているプレヴェール軍である。すぐに壊走してもおかしくない兵力差ながら、良く守っていた。そう、良く守っているように見えた。


「全軍、軽く一当てして拮抗状態を作りなさい。とにかく大幅に下がらぬように!」


 ナルシスは、そう自軍に指示を出す。これだけの兵を宛ててきたということは、帝国軍は漸くこちらに攻め込んでくるつもりなのだろう。つまりは、今日のこの兵はそれを知らせるもの。十分に戦ったと王国側に不審に思われぬ程度に戦い、帝国軍を押しとどめる。そして頃合いを見てジリジリと引いていけばよい。

 実際、帝国軍もそれを指示されているのか、十分に激しい攻撃に見せるように声を上げながら派手に動いてはいるが、狙っているのはプレヴェール軍兵の盾や武器だ。よく見ると、武器を取り落した者や盾が壊れた者には攻撃を行っていなかった。

 ナルシスはプレヴェール軍にも帝国軍にも良く通る声で指示を出し続ける。


「相手の攻撃が来るぞ。前衛、盾構えぇぇぇぇぇ!!!」


 ナルシスがそう指示を出すと、プレヴェール軍の最前列が盾を構え、帝国軍の兵士たちが槍の石突で盾を強く叩く。それを数回繰り返したら、前衛の数名はさも怪我をしたように後ろへ下がるのだ。

 こうして武器や防具に戦ったであろう証拠を残しながら時間を使っていた時、イレギュラーが起こる。この戦争に手弁当で参加した騎士爵たちだ。長く戦働きの場が無かった王国ではあるが、盗賊退治や害獣駆除などの戦力は常時欲していた。そういったところで戦果を挙げ、一代限りの貴族として認められた者たちが騎士爵である。つまり、平民から貴族へと成り上がった者たちだ。聖教が普及させたじゃがいもは聖教国家圏の人口を爆発的とまでは言えないが増やした。だが、そのおかげでと言えばいいのか、そのせいでと言えばいいのか。今までの村落では食べ物はあるが仕事はない状態であったり、両親と長男家族の家にいつまでもいる次男、三男、四男も作ってしまっていた。もちろん、領主によって村が拡張され、仕事が出来た幸運な者たちもいただろう。だが、領主とて治めている村を一斉に拡張などできない。優先順位をつけて領内を整備するしかないのである。そうしてあぶれた者たちは、近隣の大きな街に出てきてスラムの住人になるか、食べ物はあるのだから奪う側に回ると野盗、山賊に身を堕とす者が多かった。

 だが騎士爵になった者たちは、『自分はスラムなどで諦めてる奴らとは違う。自分の腕一本、自身の才覚、自身の弛まぬ努力で両親や長男よりも上の貴族に成り上がったのだ。自分ならもっと上を目指せる。』と眼をギラギラさせている者たちである。そういった者たちが戦争があると聞いてやってきたのだ。戦いが無い期間にさっさと帰った者たちもいたが、数名はまだ手柄を立てる機会があるかもしれない。王国軍に員数外として扱われている自分立ちであれば自由に動ける。プレヴェール軍が最も数が少ない以上、帝国軍が突破を本気で攻めるときにはそこを狙うだろう。その時に森に潜んで帝国軍の横っ腹を突けば、プレヴェール軍の助力をしたことになる。そうすればプレヴェール伯爵に恩を売れるし、恩賞も貰えるかもしれない。彼らはそう考えて、ついに手柄を立てるチャンスがやってきたとばかりに帝国軍へ少数で突撃したのである。もっとも、彼らの突撃はプレヴェール伯爵にとっては援護ではなく手袋を投げつける行為だったが。


 横っ腹を突かれて被害を出した帝国軍は、ナルシスは王国を裏切ったふりをしていたのかと疑心暗鬼になる者や、騙されたと怒りに燃えるものもいた。だが、ナルシスの命令を聞いたことで一応は矛を収めたのだった。


「この場にいる全員!!!この場に入ってきた不埒者どもを、槍の穂先で突き殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 そうして、森に伏せていた騎士爵は、敵である帝国軍からも味方であるはずのプレヴェール軍からも、攻撃され討ち取られるのだった。そして、その混乱を好機とみたナルシスは、全体に徐々にやられたふりをして後退せよと命令したのだった。


 こうしてナルシスが押し込まれ始めてそろそろ戦線が崩壊するかというときに、両軍に撤退を知らせる太鼓が鳴り響いたのだった。戦闘を始めて数時間。そろそろ日も傾き始めていた。


聖歴1494年 春期 初めの月 第4週目 戦争18日目の夜


 こうして帝国との戦争で初めて土が着いたとも言える王国軍の軍議は重苦しい空気を纏っていた、などということはなく、ジュリアンによるナルシスへの叱責で白けた空気になっていた。


「プレヴェール伯爵!!!なんだあの様は!私という王族の威光を背に受けておきながら敗走するとは。たかが2倍の、しかも病み上がりの敵すら撥ねのけられないとは、ストラスマール聖王国開闢以来400年の忠臣の名が泣いておるぞ!!!」


 この的外れな叱責をするジュリアンに対し、第3騎士団長は『2倍の数の敵を相手に1日持たせたのです。褒めこそすれ、叱責するところなど無いでしょう。』、『プレヴェール軍が崩れる前に王国軍左翼には混乱があったように見受けられました。なにかイレギュラーなことがあったのでしょう。』、『戦争はまだ続いてるのです。いたずらに士気を下げるようなことはおやめください。』などと注意していた。だがジュリアンは聞く耳をもたず、あまつさえ『第3騎士団長!貴様は後ろで見ていただけではないか。それで何が分かる。もう口を開くな!!!』と発言すら封じられてしまった。もちろん天幕なので外で警備している兵にも聞こえている。

 そうして言いたいことだけ言って出て行ったジュリアンに対し第3騎士団長は天幕の警備兵に護衛を申しつけた後、ナルシスに対してジュリアンの言動を詫びた。


「申し訳ありませんでした、ナルシス閣下。ジュリアン殿下も悪気があったわけでは無いのです。ただ、知らぬだけなのです。2倍の敵を平地で相手にするという恐ろしさを。それをしっかりとご理解して頂けなかった私の責任です。本当に申し訳ございません。」


 談合試合とでも言うべき戦をしていたナルシスは、内心『後ろで見ているだけで何がわかる』という部分だけは正しいなと思いながら、第3騎士団長に詫びる必要は無いと返した。この場にいる誰もが、ナルシスにも第3騎士団長にも非はないと分かっていた。そして、ナルシス以外のこの場にいる誰もがジュリアンに対し、圧倒的に不利な条件で己の仕事を果たした勇士に対する言動かと憤っていた。

 ナルシスは気持ちを切り替え、軍議を始めることにした。


「では、少々遅くなりましたが軍議を始めましょう。まずは各軍の損害から報告をお願いします。」


 そうして各軍から報告された死傷者は、第5騎士団が128名うち死者20名、諸侯連合軍が189名うち死者38名、プレヴェール軍は228名うち死者4名、第3騎士団はもちろん0名であった。もっとも、プレヴェール軍の死者は帝国軍との戦いではなく、騎士爵たちの最後の抵抗で討ち取られたのだが。

 ここで初めて軍議に参加した第3騎士団長が発言する。


「ナルシス閣下。第3騎士団から400名を抽出して閣下の軍に合流させましょう。私は騎兵も連れてきています。今回の戦は、帝国も何故か騎兵部隊を出してきていません。この状況であれば少数の騎兵といえど、相手をひっかきまわす程度は可能です。」

「いえ、それには及びません。防御主体であれば明日も持たせられると思います。」


 そこにアルノー男爵が意見する。


「プレヴェール伯爵。明日持てば良いというものではありません。陛下からのお達しのとおり、我々は国境維持のために戦ってまいりました。ですが、今日の帝国軍のように捨て身で来られては、3日、4日とは持ちませんぞ。王都へ援軍を要請した方が良いと思います。」


 他の参加者からも、帝国がどこまでやる気か分からぬ以上、無駄になったとしても増援要請は必要だという声が出てくる。だが、ナルシスはニヤリと笑い、そして軍議の参加者全員の顔を見渡してから、頭を下げた。


「露見すると失敗する故、ここまで皆様に隠し事をしていたことを先に謝罪いたします。まず、明日さえ持てば良いのです。明日さえ凌げれば、明後日でこの戦は終わります。ただ、万が一にもジュリアン殿下の身に何かないように、第3騎士団の皆様には常にジュリアン殿下のお傍でお守りしていただきたいのです。」


 それを聞いたナルシス以外の者は、ぽかんとした表情だった。何を隠しているかまだ言っていないが、明後日で戦争が終わると言い切ったのだ。この場にいる皆を代表して、第5騎士団長が尋ねる。


「明後日で戦争が終わるですか。先ほどおっしゃった『隠し事』についてお話しいただけなければ、今のままですととても信じることができません。」


 当然だ。ここにいる者たちは戦争が始まってから2週間以上、必死に帝国の侵略を退けてきたのだ。そして相手の攻勢が強くなったその日に『あと2日で戦争は終わる』と告げられたのだ。理由を聞かずに納得できるものではない。

 そんな第5騎士団長たちに対し、ナルシスは軽く言った。


「私、キースリング辺境伯と繋がってますので。」


 第5騎士団長たちは、数瞬、時が止まったように静かになった後、怒号のごとくナルシスに詰め寄った。


「どういうことですか、ナルシス閣下!」

「敵と繋がっている!?どういうことですか!閣下も含め、我々の軍には死者も出ているのですぞ!」

「もしかすると、我々の作戦は筒抜けだったのですかな?」

「閣下が繋がっていたとなると、あの10日間も帝国の侵攻が無かったのは申し合わせていたのですか!?」


 だが、第3騎士団長がなるべく冷静にナルシスに尋ねた。


「ナルシス閣下。キースリング辺境伯と繋がっていると言っても、この場で言ったということは、王国を裏切ったわけではないと捉えてよろしいですかな?」

「第3騎士団長殿。それは見方に寄ります。王国の民に多数の死傷者を出したということであれば、確かに私は王国から見て裏切者でしょう。ですが、王国と帝国の国境を安定させるという見方であれば、私は王国を裏切ってなどおりません。」


 我ながら良く回る口だな、と思いながら、ナルシスは第3騎士団長と軍議の参加者に返答した。早く続きを言えと言いたげな者たちを見据えながら、ナルシスは話を続ける。


「もう10年以上も前からですが、キースリング辺境伯とは対話の伝手を持っています。今回の戦に関しても、その伝手を使って連絡を取り合っていました。私たちプレヴェール伯爵家とキースリング辺境伯家で合意したのは、王国と帝国、両方の首脳部に納得してもらいながら、現在の国境線で妥協しようというものです。今日の帝国の攻勢は予定外のものでしたがね。」


 それを聞いた第3騎士団長と第5騎士団長は、先に教えておいてくれ不満げな顔をしていたが、バレーヌ子爵たち、領主貴族たちは一定の理解を示していた。


「我がバレーヌ子爵家も含め領主貴族であれば、気に入らない隣人とも一定の対話の元に安定を図らなければならないことは理解できます。ですが、そうであれば我々だけには先に話して頂きたかったものです。して、明日の帝国の攻勢はどの程度になるのですかな?」


 これに対しナルシスは申し訳なさそうに答えた。


「それなのですが、ここ数日はその伝手で連絡が取れないのです。ちょうどあの疫病騒ぎがあった頃からです。推測になって申し訳ありませんが、たぶん、あの疫病騒ぎは、帝国にとっても不測の自体だったのではないでしょうか?初日から7日目までは、お互いの攻勢を調整していました。ああ、明日の攻勢でしたね。今日と同じくらいを想定していたけると良いかと思います。軍議の跡に連絡を入れますが、連絡が取れていない以上、最悪を想定した方が良いでしょう。」


 そういわれると、確かに帝国攻勢は消極的過ぎた。騎兵も魔法兵も出してこなかったところを見ると、王国の被害を大きくしてプレヴェール伯爵家とキースリング辺境伯家の協定を破棄されたくなかったと考えれば納得がゆく。


「これ以上の仔細については、戦争後にお答えするということでよろしいでしょうか?もちろん、プレヴェール伯爵家の機密に触れない程度でとなりますが。ああ、両騎士団長殿においては、このことについて陛下に報告するのは戦争終結まで報告を待っていただけると助かります。国境線の安定という意味では、陛下の御心に沿ったものだと思いますから。」


 そうして両騎士団長からも諸侯からも理解を得たナルシスは、軍議を終了するのだった。そして軍議に参加した全員が出て行ったあと、キースリング辺境伯に書状を書くのだった。

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聖王国の山賊騎士団 納豆たまご @kou1983

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