第四話 激突

 今回、話の中に地図が無ければ理解し辛い部分があります。本話投稿後に近況報告としてアップロードしますので、そちらも併せてご覧ください。

 また、初稿投稿時に周辺諸国の名前入り地図をアップロードするのを忘れていました。近況ノートに追加しましたので、そちらもご覧ください。


https://kakuyomu.jp/users/kou1983/news/16818093085766408768


 では、本編をどうぞ




聖歴1494年 春期 初めの月 第1週目 王国-帝国の国境付近


 王国は秋期の終わりから冬期の中頃まで、雪が降る。そして、春期に向けて徐々に雪が解け、春期の初めにはもう残雪と言っていい程度しか残っていないのが通常だった。もちろんこれは平地の話で、山岳地帯の雪解けはもう少し後になる。

 そんな長い冬が終わり、これから暖かな春が来るという時期に、王国の街道は武装した物々しい集団が行きかっていた。この集団は、王からプレヴェール伯爵領防衛の出兵を求められた王国東部の諸侯の軍勢である。王国東部の諸侯は、王からの参陣要請を快諾、こぞって参戦した。

 これまで平和な期間が長かった王国は、武勲を立てる機会に恵まれていなかった。このため、王から参陣要請を受けた、特に男爵や子爵といった東部でも比較的大き目の領地を持つ者たちは色めきだった。王国の砦として名高きプレヴェール伯爵家と共に戦うことができ、王国に忠を示せる機会なのだ。今回は防衛戦ということで領地の増加はないだろうが、それでも自身の武勇を示せる場ができたと。それこそ、参陣要請を受けていないのに手弁当でやってきた騎士爵すらいた。

 子爵家、男爵家は各家1000名ほどの兵を動員し、続々と国境付近に集まっていた。これら諸侯の戦力がだいたい5000名であり、プレヴェール伯爵家の戦力が2000名、王都から出兵してきた第3、第5騎士団が3500名、合わせて約10500名が今回の国境紛争に王国が出した総戦力である。もっとも、手弁当で呼ばれてもいないのに参陣してきた者たちは10500の中に入っていないが。

 それらの戦力が、激突の時は今かと待ち続けているわけではない。とうぜんならが、前線よりも少し離れたところに陣地を築いていた。雪解けによりぬかるんだ地面に直接物資をおくことは出来ず、水濡れに弱いものは木製の少し高い台を作り、多少濡れてもかまわないものは、防水布を重ねて敷いた上においた。陣地の外周を柵で囲うほどの余裕はないため、逆茂木を作って騎馬突撃には一応の対処はしていた。陣地まで攻め込まれなければ、この逆茂木は無用の長物なのだが。そうして各諸侯たちの連れてきた兵が陣地を設営しているなか、集まった諸侯たちはどのように戦うかの軍議を開いていた。

 初めに口を開いたのは、プレヴェール伯爵ナルシスだった。


「バレーヌ子爵、マロ子爵、アルノー男爵、ドルイユ男爵、テリエ男爵。よくぞこの王国の危機に集まってくれました。感謝いたします。今回は第3王子であらせられるジュリアン=ラ=ストラスマール殿下が総大将を務められます。それに伴い、第3騎士団500名、ならびに第5騎士団3000名も参陣してくださいました。ジュリアン殿下、皆にお声をかけて頂けると士気も上がりましょう。」


 そうしてナルシスはジュリアンに発言を譲った。ジュリアンは集まった諸侯を見渡すと一度目を閉じ、そして自信に満ちた大きな声で諸侯へ語りかけた。


「諸君!帝国の蛮族どもが、不遜にも我ら王国の地を狙っている。我ら王国が、帝国に何をした?そうだ、何もしていない。だが、奴らは何を勘違いしたのか、我ら王国に攻め入ってくるという。帝国のような輩にも、我らストラスマール聖王国から齎される恵みを分け与えてやっていたにも関わらずだ!」


 ジュリアンはここで一拍おく。そして諸侯をもう一度見渡す。諸侯たちは神妙な顔をしてジュリアンの話を聞いていた。少なくとも、ジュリアンの目にはそう映った。だが実際のところは違った。帝国との協議の場で、ジュリアンが暴言を吐いた、しかも帝国の皇太子相手に。これは諸侯の耳にも入っていた。諸侯の内心は、戦う前に敵を貶めて士気を上げようとするのは常套手段というものと、自分で戦争となる一矢を引いておいて何を言っているんだというものであった。ジュリアンの目に神妙に見えたそれは、単純に王族とう看板に対して礼を持って接しているに過ぎなかった。

 それを察することができないジュリアンはさらに言葉を重ねる。


「私は王族の一員として、諸君らには謝らなければならない。我ら王族は長きにわたってその責務を放棄してきた。そう、何者にも引かず、常に強気な姿勢を示し、そもそも我らストラスマール聖王国に逆らおうとする意思すら砕くという、王族の最も大切な仕事を放棄してきたのだ!その結果が、この戦争だ。帝国が王国に歯向かうなどという、神罰を持って罰してもまだ足りぬという愚考を犯させたのだ!!!だが、安心してほしい。私が強き王族というものを皆の眼にも、帝国の蛮族どもの眼にも焼き付けることを約束しよう。我が威光は蛮族どもを雪崩をうって逃げまどわせ、諸君ら王国の勇士を必ずや勝利に導くであろう。」


 ジュリアンはやり切った顔をしていた。内心は、我が威光を示してもあまり士気が上がらぬほど、現在の王族は信用を失っているのか、と的外れなことを考えていたのだが。

 ジュリアンの中身の何もない演説を聞いた各諸侯は、一様に実際の軍事行動の際の作戦会議を待っていた。だが、ジュリアンはそれ以上の発言を行わないし、第3騎士団、第5騎士団の団長も押し黙っているのだった。実際、第3騎士団、第5騎士団の両団長も、王都にいる間に何度も作戦案を持ち込んで議論しようとしたのだ。だが、ジュリアンから返ってくる答えは、我が威光を示せば問題ない、というものだった。もはや言っても無駄と思った両団長は、なるべく早くジュリアンに退席してもらい、実務者だけで現実的な作戦を立てたかった。もっとも、ジュリアンは作戦案を持ってこなくなった両団長に対し、漸く我が威光があれば問題ないと理解したかと満足していたのであったが。

 そうしたなか、最初に口を開いたのはナルシスであった。


「殿下!素晴らしき訓示、さすがは時代の王国を担う王族であると感服いたしました。ですが、我らは高貴なる王族の方々とは違い、どのように行動するかをしっかりと話し合わねば安心できぬのです。どうか、我らにその時間を頂けませんでしょうか?もちろん、殿下の貴重なお時間を浪費させるわけではございません。ご退席し、兵どもにもそのご威光をお示し頂ければと思います。」

「そうか。ではお前たちに話し合いを許そう。存分に話し合うが良い。私は、配下の言もしかと受け止めるように心がけているのでな。いくぞ、第3騎士団長。」


 そういって、第3騎士団長を連れて退出してしまった。その場にいた諸侯は呆気に取られてナルシスを見るものの、ナルシスの苦虫を噛みつぶしたような顔をみて、どうやら体よく退室を即したのだと理解した。さすがに拙いと理解している第5騎士団長は、説明を行う。


「諸侯の皆さま、ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ない。ジュリアン様は王都にいる間からあのご様子でして。第3騎士団長と相談した結果、第3騎士団長には常に殿下のお傍を離れずにフォローを行ってもらうとしたのです。」


 その様子をみたマロ子爵は、確認のために第5騎士団長に尋ねた。


「そのご様子ですと、ジュリアン殿下に対し作戦の話などはされたのですな?」

「はい。私も第3騎士団長も、何度も作戦案を立案してはジュリアン様に具申したのです。この場で、皆様の前で腹案があるとでもして発表していただければと。ですが全てあの調子で、我が威光があれば問題ないと却下されてしまいました。」


 そう、申し訳なさそうに返答する第5騎士団長に、この場にいる者たちは同情した。王国は不測の事態が無い限り長子相続である。長子とは正妃の長男を指し、側室や妾との間に子供が出来た場合でも、王位継承権は発生しない。もしも正妃が生んだ男子が全滅してしまった場合や、明らかに王にするには問題のある人物だった場合には側室や妾の子、もしくは公爵家から王家へ養子縁組を行うなどで王位継承権を発生させるといったことが行われたこともあったが、あくまでもイレギュラーな対処である。にもかかわらず、ジュリアンが王位を狙っているのは誰の目にも明らかであった。そして、ここ数年はそれが特に酷かった。第5騎士団長が言うには、王はもしかすると戦場を見せることで、威光などと言うものが届かぬ場所があるということを見せることで、第3王子を矯正しようとしたのではないかということだった。


「ふむ。まずはジュリアン殿下に却下されたという案の検討を行いませんか?」


 そう言ったのはナルシスであった。そしてドルイユ男爵もそれに同意した。兎にも角にも作戦が決まらなければ動くことも不可能である。まずは叩き台でも良いから腹案があるなら欲しいと。


「それでは、こちらをご覧ください。この地域の簡単な地図ですが、大まかなものは記載されていると思います。」


 そういって第5騎士団長が取り出したのは、一枚の地図だった。第5騎士団長と第3騎士団長の合作である。二人は、どの地域で戦闘になるかを考えたのだった。


https://kakuyomu.jp/users/kou1983/news/16818093085724534942


「王国と帝国の主な街は四角で印を付けております。丸印は東国境砦です。また、主要街道は桃色の線で示してあります。バツ印は陣地を示しております。これはあくまでも王都にいたときに考えたものですので、多少のずれはあると思います。ですが、王国軍は地図とほぼ同じ位置に陣地を構築しています。帝国も、我々が考えた位置とほぼ同じでしょう。その結果、実際に戦場となる地域は、赤で薄く色を付けた地域になるかと予想しました。理由は補給と国境です。まずは補給ですが、王国側からみると東国境砦よりも南でも北でも、それほど大きく変わりません。ですが、帝国側は変わります。東国境砦よりも南側に作った場合、我々よりも長くなります。地図に示していないような小さな村はあるでしょうが、そこに大軍を養うほどの物資を備蓄しておけるとは思えません。仮に我々が東国境砦を占領した場合、相手の補給線を寸断することも可能になります。次に国境からの意味合いですが、東国境砦よりも南に陣地を構築し戦闘を行った場合、クロラント連合王国を刺激します。小国の集まりと言ってしまえばそこまでですが、下手に国境線沿いで騒いで刺激することは、王国も帝国も避けたいことであると考えました。」


 ここまでについて、反論のあるものはいないようだ。そうなると、今度は森に目が行く。現状では王国側のみが森にアクセス可能な位置取りである。シレーヌ子爵は、この森をどうにか使って帝国軍の背後を取るなり、第13騎士団のように少数で敵陣地を攻撃することは出来ないかと考えた。


「騎士団長。この森を抜けて侵攻することは不可能なのか?森を抜けて帝国軍の背後から奇襲するとか、それこそ帝国大使を守った第13騎士団のように帝国陣地を直接襲撃するなどに活かせそうだが。」


 これにはプレヴェール伯爵が待ったをかける。


「我がプレヴェール家でも森を調べたことはありますが、大軍が通り抜けるのは不可能であると結論付けました。森を利用するにしても、相手に利用されないように防衛部隊を伏せておくか、奇襲用に伏せておくか。もし森を使うとしたら、伏兵として使うしかないでしょう。」

「ナルシス閣下の捕捉になりますが、この作戦地図を作った時に第13騎士団長のアクス殿に確認を取りました。彼は謹慎中のため機密である地図を見せたわけではありませんが、『森を通るなら、少なくとも半数は脱落すると考えた方が良い。そのうえで後方襲撃をするつもりなら、誰一人として帰っては来ないだろう。』との助言を受けました。」


 実際のところ、アクスだって任務でさえ無ければ少数で軍属を襲撃などしたくなかったのだ。『自分も含めて5人も生き残ったのが幸運だったと捉えるか、軍事行動を取れないほどの被害を出したと捉えるかは人による。』とも、第5騎士団長へ返答していた。

 こうして森をどう使うかについて議論していたのだが、基本的には使わず、使うとしても伏兵をおくという使い方に決まった。もちろん、初日から伏兵をおいても機能しないだろう。自分たちだって最初に地図を見たときに気づいたのだ。帝国軍が気づかぬわけがない。仮に帝国軍が森に戦力を潜ませたとしても、こちらが警戒していることを悟れば、そうそう仕掛けては来ないだろうと考えていた。


 数日後、帝国軍を偵察していた斥候が戻り、帝国の総指揮官はキースリング辺境伯であることと帝国軍の大まかな数、種類の違う旗が4本立っていたことが判明した。帝国軍は、およそ13000。王国軍は10500であるため、数の上では王国軍が不利だった。多少の数の不利はあれど、そこまで大きな差ではない。王国軍は、まずは正面から一度当たってみることにしたのだった。


聖歴1494年 春期 初めの月 第2週目 王国-帝国の国境 戦争1日目


https://kakuyomu.jp/users/kou1983/news/16818093085724591578


 王国と帝国は、国境付近で対峙していた。王国軍からみて、帝国軍はざっと13000程度に見えた。斥候からの報告と同じである。双方ともほぼ同じ布陣であり、左翼、右翼、中央、その後ろに本陣という布陣であった。だが、3つほど異なる点があった。一つ目は、帝国軍は森に近いところに布陣した帝国軍から見て左翼が少し前に出ており、そこから中央、右翼と斜めに布陣ているのに対し、王国軍は逆で右翼にあたる諸侯連合軍が少し突出しており、中央、左翼と斜めに布陣していた。二つ目は、王国軍はいかにも森を警戒していますよという雰囲気を出すかのように、左翼に位置するプレヴェール軍が森に向かって斜めに布陣しており、帝国軍は正面を向いていたことである。3つ目は、各軍の厚さが違うことであった。帝国軍は本陣を4000、残り3つに3000づつ割り振っていたの対し、王国軍は本陣であるジュリアンが第3騎士団全軍である500、左翼はプレヴェール軍で2000、中央は第5騎士団3000、右翼に王の参陣要請に答えた諸侯連合軍が5000というものだった。

 王国軍の作戦は、初日はいわゆる一当てしてみるというものだった。長く戦争が無かった弊害か、敵軍に揺れる旗をみて、どの貴族家がいるということは分かっても、どのような戦法を得意とするのかが分からなかったのだ。斥候が見る限り大規模な魔法兵の存在は無かったということだった。であれば、共同攻撃魔法は無いとみて良い。有利と見ても深追いは厳禁。とにかく国境線をこれまで通りに維持することが、今回の戦争での第一目的とされた。

 深追い厳禁。それは帝国軍でも同じことだった。大使一行の証言から、王国騎士団は侮ってかかる訳には行かないというのが共通認識だった。これには、皇太子イグナーツが『少数で多数を翻弄。しかも目的を果たしたらさっさと引く。大したもんだ。俺の部下に欲しいな。』と評価したことも一因となっている。そして、今回の帝国の指揮官であるキースリング辺境伯のみが知っている情報だが、過去に国境を超えてプレヴェール伯爵領の村を襲った際、襲撃自体は成功したようだった。だが、その際に出撃した兵は一人も戻ってきていないという事実がある。総指揮官となったキースリング辺境伯は、今回出撃する兵に対して、絶対に王国の奥まで深追いしてはならない、仮にそれで手柄を上げても、一族郎党厳罰に処す、とまで言ったのだ。機が来れば確実にプレヴェール伯爵領を手に入れられる策があるから、王国軍の情報をなるべく多く集めるつもりで粘り強く戦ってほしいと帝国の領主たちには強く言い聞かせていた。

 このような事情で、この戦争の初戦はどちらが攻め手でどちらが守り手かということが全く分からない状況で始まった。


 舌戦などは特になく、お互いの進軍を知らせる太鼓の音で両軍が進軍した。まず最初にぶつかったのは両軍の中央だ。これは意図していたのかしていなかったのか、お互いに斜めになる様に布陣していたため、中央がもっとも早く激突した。いや、軍の配置というよりも、第5騎士団は、最前列の者が前に盾を構え、2列目以降の者が上に盾を構えるという弓の攻撃に備えた形で一気に距離を詰めた。そして速度を緩めず、盾を構えたまま大声で気合をつけながら相手の最前列にぶちかましを行ったのだ。そして、直後に第5騎士団長は声を張り上げて味方に指示を与えていた。


「進めぇぇぇぇぇぇ!!!全員、いつものように手加減しなくて良い。槍を思い切り相手に突き刺してやれ!!!」


 第5騎士団は、普段は王都の警備を行っている。だが、単なる警備兵ではない。休憩時間こそあるが、普段から1日6時間、戦争時の完全装備で街中を歩き回っている体力バカ中の体力バカなのだ。当然、そんな重いものを身体強化魔法無しで運用できるはずもない。つまり、少なくとも6時間は身体強化をかけたまま、いつでも戦闘できる状態を維持して居られるのだ。騎馬による突破力や弓やクロスボウを使った遠距離攻撃こそ無い騎士団であるが、こと接近戦の持久力でいえば、他国の軍と比較しても優れていると自負していた。


「王国軍は遠距離攻撃をしてこないぞ。前にいるものは盾で壁を作れ。攻撃を防ぐのだ。槍で一回二回突かれた程度では盾は壊れん。弓隊は相手の中央を狙って放て。この密着した状態であれば、あの奇襲まがいのタックルは無いぞ。」


 当然ながら帝国軍も対応する。どうやら相手は接近戦闘に特化した部隊のようだと判断した。であれば、敵味方が入り乱れる前に、隊列を維持している間に相手の中央よりも後方に矢を射かけて、少しでも数を減らす作戦に切り替えてきた。

 これを見た第5騎士団長は指示を重ねる。


「前衛、槍隊下がれ!メイス隊、前に出ろ。相手の盾を壊してやれ。そして、そのまま乱戦に持ち込めぇぇぇぇぇい!!!私も前に出る!!!」


 そうして第5騎士団の各隊列が人が一人通れる隙間をザッと開けた瞬間、その隙間を盾を構えた者たちが突進してきた。王国軍と帝国軍の盾同士がぶつかり、帝国軍も踏ん張ってはいたが盾を跳ねあげられる。そして、手に持ったメイスを帝国兵の頭にめがけて思いっきり振り下ろした。


「進めぇぇぇ、進めぇぇぇ!!!前には敵しかいないぞ。我らの鉄槌を食らわせてやれぇぇぇぇ!!!」


 そうして、第5騎士団が先手を取り、帝国軍中央がそれに対処するという攻防が続いていた。第5騎士団は、派手な突破力こそなかったが、堅実に、ジリジリと帝国軍を押し込めて行くのだった。


 一方、諸侯連合軍では少し様相が違っていた。子爵家、男爵家ともに1000名程の兵を伴って参陣した。だが、そのうち3割から4割は徴兵された者たちである。当然、正面切って戦えばこの3割から4割の唯の町人や村人は一方的に殺されるだろう。当然ながら、子爵や男爵が常備兵を1000人、2000人とそろえても維持が出来ない。仮に戦争のために身体強化を仕込んだ兵を集めました、戦争が終わったら食い詰めて盗賊になりましたでは、はっきり言えば困るのだ。

 このため、通常の弓よりも少しだけ強い弓を引けます、きっちり的に宛てることは出来なくても、大体であれば的のあたりに矢を飛ばせます、その程度の訓練を施した町人、村人を賦役として駆り出すのだ。もっと平たく言えば、王国の法に触れない程度、見逃して貰える程度、訓練を受ける本人たちは身体強化魔法の訓練だと分からないように訓練し、狩りに使えるか使えないか程度に弓の訓練を行いましたというところである。一対一であれば騎士や従士の相手にもならない徴兵された者たちだが、騎士や従士に対して戦線を離脱させる程度のダメージを与えられる武器さえ持たせれば、攻撃力だけは戦争の打撃要員として条件を満たせるのである。

 今回徴兵された村人や町人の仕事は、接敵する前に矢の雨を降らせて少しでも帝国軍にダメージを与えること、騎士や従士が前衛として壁を作っている後ろから、引率する従士の合図で矢を放ち、従士が指示した付近に矢の雨を降らせることである。第5騎士団を相手に帝国軍が使った戦法と似ているが、この時代の子爵や男爵など常備兵を大量に抱え込むことのできない領主の戦法としてはひとつの正解だろう。帝国軍と違うのは、支給されるものが強めに弦を張った弓と矢、そして相手の弓兵から攻撃された場合に遮蔽物に出来る持ち運び出来る置楯である。


「矢、番え!角度、上方斜め上!そこ、右7番3列目あたり。もう少し上。良し。弓引けーーー!!!・・・まだ放すなよ。・・・第一射、放て!!!」


 従士が剣で大体の角度を示し、集団の角度を調整する。そして従士の命令で、徴兵されたものたちは一斉に矢を放つ。従士は戦果確認をすることもなく、次の射撃命令を伝える。


「矢、番え!角度、第一射より少し下!弓引けーーー!!!・・・第二射、放て!!!・・・弓隊、30歩後退、急げ!」


 そうして、前線が形成される前に少し引く。この辺りの判断は従士に任せられている。前線が形成された後は、置楯をおいて、また従士の指示にしたがって弓を放つのだ。

 この引率する従士の最大の仕事は、前線が突破されると感じたらこの徴兵された者たちを後方へ逃がすことにある。理由は単純だ。もしこの徴兵された者たちが全滅したら、徴兵した村が滅びるからだ。これが大きな街であれば、街の存続という意味ではそれほど問題はない。だが、中には人口30人から40人の村もある。実際には3人家族10世帯や、4人家族8世帯などと言う場合もあるだろう。そこから5人の働き盛りの男手を引き抜いただけでも、生産性はガタ落ちする。そして領の運営という立場から見れば、存続出来なくなった村は統廃合するしかない。そうなれば村の数が減り税収も落ちる。戦争で領土を取った側にしても、もはや人員を移動させて廃村にするしかない村ばかりですでは旨味がない。

 このため少なくとも聖教国家圏では、徴兵されたと明らかに分かる者がいた場合、戦場から各自の村までの安全はある程度保証されるのが通例だった。もちろん、武装解除していることは大前提である。

 そうして諸侯連合軍は、徴兵隊による弓の援護を受けながら、敵と一進一退の戦いを繰り広げるのだった。


 最後にプレヴェール伯爵ナルシスが率いるプレヴェール軍である。結果から言えば、少し押され気味であった。理由はふたつある。プレヴェール軍が総勢2000名であり、実際に戦った帝国軍は3000名あったこと。数の差が押される原因のひとつとなった。もうひとつは、森に伏兵がいるかもしれないと危惧しすぎたことである。

 もっとも、プレヴェール軍には一人の死者も出ておらず、比較的重症と判断されたものでも、数週間治療に専念するなり輜重隊と入れ替えるなり出来る程度の怪我しか負っていなかった。そして、ナルシスはそれが分かっていたからこそ、こんな中途半端な展開の仕方を選んだのであった。


 ・・・・・・え?ジュリアンが居る本陣?ここの説明は不要だろう。そもそもが威光、威光しか言ってないのだ。第3騎士団長が胃を痛めていたとだけ記しておく。


聖歴1494年 春期 初めの月 第2週目 王国陣地 戦争1日目の夜


 戦争1日目は、王国、帝国の両国とも本腰を入れて攻撃しなかったこともあり、全体としてみれば痛み分けと言った結果となった。被害が比較的大きかったのはプレヴェール軍であり、軽微であったのは諸侯連合軍だった。戦線離脱者はプレヴェール軍は93名、第5騎士団は55名、諸侯連合軍は78名だった。

 ナルシスは、全軍の報告を聞いた後に軍議に参加している者たちに尋ねた。


「本日の戦果報告は以上でしょうか?・・・・・・無いようですね。では、明日の戦についての話し合いに移りましょう。各軍ともに負傷者は出ているようですが、後送するほどのはいますか?仮に死者がいたとしても、まだ十分に軍事行動が可能な損害かと思いますが、そのために明日の戦闘には参加できないなどはありますか?」


 テリエ男爵がそれに対して返答する。


「私の兵は、徴兵したものもおります。5名負傷しました。動けないほどの重症ではありませんが、自力で歩けるうちに村へ戻したいと考えています。」

「わかりました。報告さえしてもらえれば、徴兵した者たちの後送は認めます。その際は遠慮せずに申し出てください。」


 そういってナルシスはテリエ男爵のみならず、他の諸侯にも宣言した。


「明日ですが、私の軍は少々痛手を受けました。明日は受けの戦法を取らせていただこうと思います。負傷した兵は陣にて待機させ明日の輜重隊と入れ替える予定です。また、明後日の輜重隊に500名の兵を同行させて戦力強化を計りたいと思います。」


 確かに平地で自分の1.5倍の相手をすることは、かなりきつかっただろう。損害を1割以下に抑えただけでも、さすがは王国の砦である。そうナルシスを擁護する声が軍議を行っている天幕に流れた。


「第5騎士団としては、明日も同じ戦法で行こうと思います。正直、街中での活動が多い騎士団ですので、弓や馬の扱いはそれほど上手くないのですよ。出来ることなら、諸侯連合軍の徴兵隊をお借りしたいくらいです。」


 それを聞いたバレーヌ子爵は返答する。


「ご冗談を。あれは我々のような、正面から打ち合うものの数をそろえることが出来ない者たちの戦法です。徴兵された者はともかく、その指示を出す従者の育成には、相当に力を入れたのです。」


 すまない、冗談だと第5騎士団長が返したことで、その場は終わった。そして誰も発言しなくなったことを機に、ナルシスが次の議題へと誘導する。


「それでは、明日の配置も本日と同様でよろしいですね。もし何か意見があればお願いします。また、不足している物資があれば、それもこの場でお願いします。」


 そうして、諸侯連合軍から矢玉の補給のみを申請され、軍議は終了するのであった。


聖歴1494年 春期 初めの月 第2週目 王国陣地 戦争1日目の深夜


 ナルシスは天幕で休んでは居なかった。部下が持ってくる予定の報告を聞くためだ。そしてその部下は、日付も変わろうかという深夜にやってきた。


「ナルシス閣下。こちらがかの方からの書状になります。」


 そういって渡された書状に眼を通す。どうやら、帝国側の被害が思っていたよりも大きかったようだ。部下に返事を書くから、その場で待機しろと命じたナルシスは、書状に記された事柄の対応について考えた。

 さすがに第5騎士団に戦いを緩めさせることは合理的な理由がなく難しい。だが、諸侯連合軍であれば可能か。徴兵隊を見たときはなんの役に立つのかと内心はバカにしていたが、弱者の戦法というのも侮れないものだ。矢玉を少なくするのは補給を担当しているものとしての信用に関わるから不可能だ。王国からの離脱を宣言する直前であれば可能だろうが。第5騎士団は遠距離攻撃を嫌がっていたようだから、それを伝えて配置を流せばよい。そして、諸侯連合軍については、徴兵隊を狙わせればいい。多少の怪我でも負ってくれれば、少しずつでも弓兵は減っていくはず。まずはそれで様子を見て、何かあれば対応を考えるとしよう。

 それを書面に記して、ナルシスは部下に渡す。必ず今夜中に帝国側に届けるようにと厳命した。

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