第11話 エピローグ  

「こらプーカ、暴れるんじゃない」

 叔父さんの手の中で、小さな茶色い生命体が口をいっぱいに開け、じたばたと短い手足を動かしている。

 叔父さんはソファに座って、ピンクのブラシを構えている。窓から差し込む朝日が、オレと叔父さん、そして子犬をきらきらと包んでいる。

「お手入れに慣れないと! こらじっとしなさい」

 プーカと名付けられた毛のかたまりは、丸い腹を上に向けて寝かせられ、ひどく不満のようだ。小さな小さな牙でかぷかぷとブラシを咬んでいる。

「こら、咬んじゃダメッ」

 前途多難だ。

「いやあ、おバカだねぇ、オレたちのわんこ。オレの遺伝子を感じる」

 オレが指を差し出すと、プーカは律儀にオレの指も咬んだ。痛い。オレに似てやきもち妬きなのかもしれない。

「めっ。ふふ、オレが叔父さんに産ませた子どもってこんな感じかなぁ、ねえねえ」

「バカ」

 オレの大学卒業とともに両親は離婚し、その後すぐに父さんは再婚した。それっきり、実家とは縁が切れている。叔父さんはそのことを気にしているけれど、オレはかえって気が楽になった。大人になるといいこともある。

 社会人になったオレは心置きなく叔父さんと、この東京の小さな城に住んでいる。最近は子犬がそこに加わった。

 プーカを迎えて、これで二回目の日曜日だった。仕事をしながらの子犬育てはなかなか大変で、毎日大騒ぎだ。

 失敗もいたずらもたくさんする。おかげでソファの前に敷いてあったラグは今、洗濯機の中だ。でも、楽しい。

「なんだ、にやにやして」

 叔父さんは不思議そうな顔をしてオレを見上げる。

「いや? 生きててよかったなってさ」

 いとしいものばかりに囲まれて暮らせるようになるなんて、あのころは思いもしなかった。

 叔父さんの唇に、ちゅっと軽くキスする。叔父さんは困った顔をした。まだ朝なのに、と顔に書いてある。それがまた、かわいい。

 いくらキスしても足りない。叔父さんの方に覆いかぶさろうとして、

「いて」

 力強い柴犬キックがオレの腹に入った。

「やったな犬。やるか犬」

「がう」

「やめなさい、アオ。犬と混ざる」

 めずらしく冗談を言いながら、永遠と錯覚しそうないつもの風景の中で、叔父さんは笑っている。

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妖精王子は帰してくれない 蟹江カルマ @kaniekaruma

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