皇太子毒殺事件

鷹司

 

 とある国の首都、とある街のとある路地に、その露天商はいた。


「お客さん、よってかないかい。これは腹の虫を治める薬。これは女好きを治す薬。これは酔っぱらいを治す薬だ。他にも色々あるが、まあ見ての通りさ」


 雨上がり、固まった土の上に花びらが敷き詰められていて、その上にいくつか小瓶がある。どれもかなりの高値だが、すでに売り切れているものもあるようだった。


 客はほとんど迷わずに、一つの青い小瓶を指さした。


「それは不眠症を治す薬だ。あんなに眠れなかったのが嘘のよう、目を閉じれば十数える間もなく安らかな眠りにつけるって評判だよ。金貨10枚だ」


 客は黙って、金貨百枚に当たる白金貨を1枚出した。


「まいど」


 露天商はさっさと店を片付けて、またどこかへ去っていった。




 その日、その国の皇太子が死んだ。青い小瓶を握りしめて、まるで眠るように。


 皇太子の父である王は、一人息子の死を信じることなく、自身がまもなく眠るまで、じっと息子が目を覚ますのを、沈んだ太陽がまた昇るのを待っていた。


 王の血筋を失った国はやがて滅び、首都だった場所の、城だった場所は花が咲く小高い丘になった。


 そこには小さな墓があり、太陽に照らされてきらきらと輝く青い小瓶が寄り添っていた。


『皇太子、ここに眠る』


 墓にはそう字が彫られていた。もうほとんど読めなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

皇太子毒殺事件 鷹司 @takatukasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画