第二章 勧誘

穂積アズールスカイ和博

第2章 勧誘

 意気消沈してショウジが帰宅したのは夜の十時頃だった。リビングのソファでのんびりと立体3D映画を楽しんでいると、来客を告げるチャイムが鳴った。

 (誰だ、こんな時間に)

 ショウジはブツブツとつぶやきながら玄関に向かった。

 「どちら様ですか?」

 「夜分に申し訳ございません。政府の者です」

 「政府の…」

 来訪者は自らのウェアラブル端末を玄関に設置された読み取り装置にかざした。

 室内のディスプレイには来客のIDナンバーから所属団体、役職、氏名などが表示された。

 公共通信網管理機構、情報分析第三課課長ヤマナカレイコ。

 (内閣府の人がなんで俺の所に……)

 彼は政府の人間という事で、信用してドアを開いた。

 「始めまして。急にこんな時間にお邪魔してしまってごめんなさいね」

 「い、いいえ。それよりなんで政府の人が僕の所になんて……」

 言い終わる前にヤマナカは口を開いた。

 「実はイスルギショウジさんにとても重要なお話があってこうして伺いました。仕事が終わって在宅かと思い、八時ころに一度伺ったんですが、いらっしゃらなくて」

 「知り合いの所に行ってたので」

 「そうですか。とても重要な要件ですので、中でお話させていただけませんか」

 「わかりました。どうぞ」

 ショウジはヤマナカレイコを中に入れた。

 入るなりヤマナカは彼の部屋を鋭い眼光で見まわした。何かを探るような面持ちである。

 それを見たショウジは、この人はただものではないと直感で感じた。

 「世間話は抜きに、すぐに本題に入ります。

 イスルギさんは先月行われた全日本ハッキング・コンテストに参加されましたね」

 「はい」

 「そこで見事な成績で優勝された」

 「まぐれですよ、きっと」

 「実は、そのコンテストというのは、ハッキング技術の競争というよりも、そういうセキュリティに関する高い技術と知識を持った人材を、政府がコンテストと称してハンティングする場なんです」

 「どういうことですか?」

 「表向きは財団法人情報セキュリティ協議会主催となっていますが、実は主催は内閣府です。ハッキング技術は、良い方向に使えばセキュリティ対策の方面に活用できる。攻めと守りは裏表ですから。悪い方に使えばハッカーや情報スパイとなる」

 「なるほど。それで……」

 「あの大会で上位を受賞した人に対して、こうして一軒一軒伺っては人材ハントしてるんです」

 「さっきからハンティングとかハントとか。どういうことですか」

 「さきほど身分を明かしましたが、内閣府の中に、サイバー犯罪や公共の安全をおびやかす者に対応する機関がありまして、そこの課の責任者を務めています。まだ当機関に協力していただけるかという段階ですので、詳しくは説明できないんです。

 いまや政府機関のみならず、民間の企業に対しても情報を盗もうと、世界中からハッカーなどが攻撃を仕掛けています。それに対応する機関として、私が所属する組織が十年前に作られたんです。さきほども言いましたが、コンテストというのは表向きの名目で、優秀な人材を探し本人の同意のうえで私たちの組織に所属して、日本の為に働いてもらえないかと本日訪ねてきたわけです」

 彼女が説明する内容を押し黙って聞いていたショウジは、最初のうちは何が何だかわからなかったが、聞き及ぶにつれて頭の回転の速い彼は大体の事情を把握した。

 「僕がですか? 僕が政府、いや、日本の為に働くってことですか。過大評価じゃ……」

 「いえ。私たちの目に狂いはありません。あの時の問題はとても高度なセキュリティに関する問題でした。生半可な情報工学知識やハッキング技術では到底解ける問題ではありません。それをあなたを含む数名の方が、制限時間内に解き明かした。能力的には申し分ないと確信しています」

 「それで私は……」

 彼の語尾を遮ってヤマナカレイコは口を開いた。

 「決断するための猶予期間は一週間差し上げます。その間に私たちに協力していただけるかどうかを最終判断してほしいんです」

 「一週間ですか」

 「はい。少し短いようですが。長々と考えていても、かえって決断できないのではと考え、あえて一週間と設定させてもらいました。

 ここでひとつ、もしもイスルギさんが協力していただける前提で、重要なこと、つまり所属することによるデメリットもお教えしておかなくてはなりません」

 「デメリット?」

 「はい。国家のセキュリティを担うという、非常に重要で秘匿性の高い任務ですから、もし所属するとなったらいくつか守っていただきたいことがあります。

 ひとつ目、自分の業務内容をどんなことがあっても他人には口外しないこと。

 二つ目、自宅を退去して私たちが用意した施設内の官舎に移っていただくこと。

 三つ目に家族・親戚・友人とはしばらくは会えなくなります。

 あなたを始め、今回のコンテストの成績によって新規に所属する方たちは、言って見ればもともとは部外者。私たちの様に大学を出て最初からここの政府機関に勤務している場合と違いますから。部外者がこういった重要な任務を遂行するのに信用に足る人物かどうか。途中で投げ出して、私は抜けますので帰してくださいでは困りますから、任務の性格上。

 とりあえずは三か月間、当機関の研修センターに行ってもらい、その後資格試験を経て本採用となります。

 その間、技術評価のみならず、集団における協調性、何事にも冷静に対応できるか、秘匿事項を守れるか、信頼性のある人物かなど。我々の心理部門の者が的確に判断して採用するかどうか決定します。

 大体は理解していただけましたか?」

 なにやらえらいことに巻き込まれているのでは、という不安がショウジの胸を侵し始めていた。

 「まあ、だいたいは。では一週間は考える時間をもらえるんですね」

 「そうです。私たちも無理にとは言いませんし、最終判断は本人のイスルギショウジさん、あなたがすることですから。気の進まない人を説得して任官させても、迷いがある分、務まらないでしょうし」

 「なるほど。愛国心ではないですが、ある程度の正義感や公共心、秩序に対する確固たる意志を持ち得ていないと、やりきれないというか」

 「そうですね。いまおっしゃったものの中では愛国心が最もふさわしい表現ではないかと。

 とにかく、自分の住む国を自分の手で守ってやる、というくらいの心持で臨んでいただきたいのです」

 「わかりました。では一週間じっくりと考えてみます」

 「それでは一週間後の、今度はもう少し早い時間帯でもよろしいですか? 今日はお出かけだってようですから」

 「はい。では七時ころでいいです」

 「わかりました。ではまた来週という事で。失礼します」

 ヤマナカはそう言うと即座に居住まいを正して立ち上がって出て行った。

 (夢でも見てるんじゃないだろうなぁ。いきなり訪ねて来て、政府の重要な任務に就きませんか、だなんて)

 ショウジはその場に座ったまま、しばらくの間は無反応状態になった。クボタユカの部屋ではあまりお腹が空いてないという事で、手作りの菓子とスナック程度しか口にしていなかった。だからこの時間ならもうだいぶん空腹なはずだったが、その空腹感さえも忘れさせられるような出来事だった。

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