第3話

「ねぇ、結婚、どう?」

「は?」


優希は女性が発した言葉の意味が理解できず、その場に立ちつくした。

気まずい沈黙がしばらく2人の間に流れ、優希はこのまま家の中に入ってしまおうと考え始めた時、後ろの車の窓が開いて女性が顔を覗かせた。


「いつまで見つめ合っているつもり?」

「いや、その…」

「斎藤優希さん、だったかしら?」

「はい、あの…」

「私はあなたが住んでいる家の大家よ。物件について少し話があるんだけど、今日は空いているかしら?」

「大家の方、ですか?」


初対面で車から顔を覗かせたまま名前を聞く女性に一瞬失礼だという印象を受けてしまったが、大家だという驚きによってそんな感情も吹き飛んでしまう。

優希はこれまで大家が直接住んでいる住民に会いに来ることなど聞いたこともなく、もしや追い出されてしまうのでは!?とあせてしまったのだ。

それはそうよね、基本的にいきなり大家が会いに来ることなんてないもの…


「はい、今日は仕事はないので空いています。」

「そう、では、急な話ではありますが、近くの料亭でお話しできませんか?もちろん料金はこちらでお支払いしますから…」

「えぇ、今からですか!?…あぁ、えっとわかりました、ちょっと荷物だけ置いていきますね…」


優希はバタバタと荷物を玄関に置き、急いで戻ってくると言われるがまま車に乗り込む。


こんなに急に話があるなんてただ事じゃないな…、本当に追い出される…、ん?そういえば結婚とか言っていなかったけ?


車の中では大家もその娘さん?らしき女性も全く話すことはなく、優希は不安はどんどん大きくなっていった。


「うわー、こんなお店初めて入りました。こんな格好で良かったんでしょうか…」


優希は料亭を見て子どものような反応をしてしまう。


「問題ないと思いますよ。髪型も格好も清潔感はありますし、それに、私たちと一緒であればここの主人は何も言わないでしょうから。」

「そうですか…」


大家さんと娘さんと料亭に入り、比較的小さな個室に入る。


「それで、早速なんだけど、私の娘と結婚してくれるかしら?」

「は?」


優希は再び間抜けな声をあげて聞き返す。


「お言葉を返すようですが、物件についての話ではなかったのですか?」

「全く関係ないというわけではありません。あなたが結婚してくださるのであればあの物件を取り壊して新居を建ててあげますし、結婚していただけないのであれば早いうちに出ていって欲しいんです。他に娘に結婚してくれる人を見つけてその人と住んでもらいますから。」

「そんな強引な…、いや…ねぇ…」


そう言って優希は大家さんの娘に顔を向ける。

大家さんの娘はなんとも言えない表情をして優希から顔を背ける。


「仕方がないじゃない、娘の希望なんだから。」


大家さんが突然ぶっきらぼうに答えると、娘の方は表情は崩していないものの、耳を真っ赤にしている。

優希は一瞬、こんな美人に好意を向けられて嬉しい気持ちが込み上げてきたが、何せ優希は離婚をしてその傷が癒かけているところだ。

美人から言い寄られて「はい結婚します」なんて言えるわけがない。


「えっと、その…」

「あなたに離婚歴があることは知っています。確か、本田真波とか言う公務員に浮気されたんですよね?一度実家に帰ったようですが、介護施設から復帰の要請があって戻ってきた。違いますか?」


優希は大家の話を聞いて血の気が引いた。


「!?なんでそこまで知っているんですか!?」

「少し調べさせただけです。確かに気持ちとして整理がつかないのはわかりますが、この話はそんなあなたにとっても理想的な話になるはずです。」

「理想的…なんとなくですけど、普通はお金持ちの息子だったり、家柄が良い人を選ぶんじゃないですか?僕の家はごく普通の一般家庭ですし、僕の職業は介護士(しかも正社員じゃない)ですよ?どこが理想なんですか?」

「あなたの言うことは最もかもしれません。確かに、良い家柄の男性やお金持ちの男性と結婚することにもメリットはあります。ただ、自慢ではありませんが私の家はこれ以上お金を求めることも人脈を無理に広げなければならない状況でもありません。となれば、娘の結婚相手は私の家の名を汚すようなことがなく、婿養子になってくれる男性であれば、ある程度自由に相手を選んでも問題はないのです。」

「…………」

「不安なんですね、わかります。しかし、結婚してくれるのであれば老後の心配も不要です。それに、こちらの条件を飲んでいただくのですから、あなたの家族が金銭面で困ったときは支援することもお約束します。どうですか?」

「別に、老後の心配は結婚相手の家に面倒を見てもらわなくても問題ないでしょう。今のうちに貯金をしておけば…」

「どうでしょうね…独身貴族だったり、結婚しても子どもを産まずに生活に余裕があれば良いなどと考えている人も多いようですが、実際に身寄りのない人間が介護施設で虐待を受けていたり、自宅に訪問介護に来た人間がお金を盗んでいたという事例もあります。あなたも介護士なら知っているでしょう?お金さえあれば誰でも老後も安心というのは間違いです。」


大家は表情を全く動かさずにスラスラと話した。

まるで優希を説得するための言葉を事前に考えていたかのようだ。

ただ、これに対して優希は何も言い返せなかった。

気持ちとしては1人の介護士としてキッパリと否定したかったが、実際に訪問介護が窃盗をおこなった事例や介護施設で行った暴行が原因で逮捕されている事例があることは事実だ。

おそらく、介護士として働いている自分に対してわざとそのような事例を出したのだろう。


愛のない結婚、浮気が発覚する前の優希であればありえないと宣言する話だ。

しかし、優希はこの話を聞いて少しだけ心が動いていた。


確かに、元々愛がなければ傷つくこともない。お互いに最低限のこと以外干渉せずに送る結婚生活も気楽で良いのかもしれない…なわけない…よな?


「わかりました、しかし、いきなり結婚は少し早すぎるかもしれません。とりあえず、友達か交際するところから初めて見るのはどうでしょうか?」

「そうですか、わかりました。では、そちらの方向で話を進めましょう。」


数日後…


「では、今日からお世話になります。」

「はぁ、どうも…」


なぜこうなったんだ?

確かにお付き合いからであればと了承はしたが、同棲するなんて予想外すぎる。

しかも、今考えればいくらなんでも急だし強引すぎるよな?逆に一人娘をいきなり男性の家に住まわせることに抵抗はなかったのか?


「あの、私の部屋はどこになるの?」


玄関で固まっている優希に大家の娘が話しかける。


この大家の娘は…

いや、少しだけ時間を頂戴してこの女性について簡単に知ってもらうわね。

この女性は優希が住んでいる町?の地主の娘である鈴野杏奈(すずのあんな)。

非常に頭も良く、容姿も整っており、性格はきついところがあるものの根は優しい女性。

年齢は優希の1つ上で年上ではあるため特別離れているわけでもない。

そんな杏奈が住んでいる鈴野家は、祖母が当主になってまもない頃はお金がない貧乏な地主だったが、所有している土地の近くで自動車工場が建設されたことで土地の値段が高騰し、その土地を有効に活用することができたことで大きな財産を築くことができた。

さらに、祖母の娘、つまり杏奈の母親は異常なまでに頭が切れる人で、ただでさえ多かった財産を増やし続け、人脈もただの田舎の地主とは思えないほどに広がっていった。

そんな完璧とも言える環境に身を置いている杏奈になぜ結婚相手がいないのか、なぜ優希を選んだのかはまた別の機会に解説しますが、とにかくことでは鈴村杏奈という優希よりも1つ上の年齢の地主の娘が突然優希と同棲することになったとだけ理解していただければ問題ないです。


説明が少ないし下手なのは重々承知していますが、のちに説明を挟みながら物語を進めていくつもりなのでどうかご容赦ください…


「すみません、こちらです。特に使っていない部屋があるので、そちらを使ってください。」

「そう、本当にこの部屋を使っても良いの?一番広い部屋みたいだけど。」

「大丈夫です、本当に使っていない部屋だったので。でも、僕は配信活動をしているので音が漏れたりするかもしれません。できるだけ早く対応は考えますが、もし何か不便であれば遠慮なくいってください。」

「そう、わかったわ。じゃあ、買い物に連れて行って。」


優希は突然の杏奈の言葉に驚いた。

今まで音漏れや一緒に住む際の配慮について話していたのにいきなり買い物?会話が成立していないような…


「買い出し、ですか?それは今日の夕食とかの話ですか?」

「違うわよ、私が使う寝具がないじゃない、まさかこんな硬くて薄い布団で寝ろっていうんじゃないでしょうね?それに…、あぁ、まぁ夕食の買い出しもいいかもね。お互いに食べ物の好みも違うでしょうし…。」


………


………


はぁ〜?

この杏奈という女性は何を言っているんだ?一応人の家に住まわせてもらう立場だよな?

それにこんな状況になったのはそもそも向こう側の…


「もう行ける?支度ができたならすぐにでもいきたいんだけど。」

「はぁ、あの、お金はどうするんですか?」

「私の方で払う。あなたも欲しいものがあるなら言って良いわ。連れて行ってもらうわけだし、何もかもしてもらうっていうのは違うから…」


うん?そういう感覚はあるのか、もうよくわからん…


―――――――


なんだかモヤモヤした感覚を持っていた優希だったが、優しいことに加えて強くものを言えない優希はモヤモヤした気持ちを抱えながら杏奈を乗せて大型の家具屋に向けて出発した。


「………」

「………」

「……結構広いわね、この車…」

「あぁ、はい、軽自動車ですけどなかなか広いですね。」

「…うん…」


………


「あれ?」

「ん?どうかしました?」

「あ、ううん、なんでもない…」


気まずい!


優希が気まずい空気に耐えながら家を出て30分後…


「よし、ここに来ればある程度欲しいものは揃うでしょう。大きすぎるものは車に入れることができないので配送を頼みましょうね。ベットを買いたいんですか?」

「ベット!?あぁ、いや、その、何?ここで家具が買えるの?ここは寝具の専門店なの?」

「寝具の専門店というわけではないですね、色々な家具とか台所に置く小物なんかも置いていますよ。といっても、僕は必要なものは通販で購入していたので、詳しくはわからないんですけどね。」


そんな会話をしながら2人は大きな家具屋に入った。

優希もこのお店に来たのは随分と久しぶりで、家具やインテリアを見て回るのは楽しかった。

ただ、そんな優希よりも明らかに興味津々なのが杏奈で、表情に出さないようにしているが、常に目をキラキラさせてキョロキョロしている。

優希はそんな杏奈を見て微笑ましく見守り、杏奈が時折無意識に気になったものの方に歩いていった際には一緒に気になったものを見ていた。


「この薄いのは何?」

「これはポスターフレームですよ、好きなポスターとかを中に入れて壁にかけることができるんです。興味ありますか?」

「うん、1つ買っても良い?」

「はい、いいですよ。あぁ、これを買うなら一緒にフックも買わないといけませんよ。」

「ん?あぁ、そうね、フックね…」


絶対にわかってないだろうな…


優希は杏奈に見えないようにくすりと笑うとカゴの中に小さなポスターフレームとフックを入れた。

その後も杏奈は寝具そっちのけで店内、主にインテリアコーナーを見てまわり、色々なものを手に取ってはカゴに1つずつ入れていた。

最初は優希が小さなものだけカゴに入れようと手に持っていたのだが、たくさん商品を入れすぎて大きなカートを持ってきたほどだ。

そして40分ほど店内を歩き回った頃だろうか?突然杏奈が立ち止まって口を開いた。


――――――――――――――


「はい!終わり!」

「中途半端すぎない!?」

「だってこの後の展開を考えると切るところがわからなくなっちゃったんだもん!この後は明代さんの来訪だよ?」

「あぁ、ここで明代さんが出るんだ。じゃあ仕方ないか…、でもねぇ、なんか次の話で大きなことを言いそうな雰囲気出しておいて大したことないんでしょ?」

「ん〜、それもお楽しみということで…」

「次の話でぜひコメントで怒られてほしい…、ていうかここで明代さんの話題とか出して大丈夫だったの?」

「あ…」

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