エスカ

志波 煌汰

誘因光

 エスカ、という名前らしい。

 バーカウンターの淡い照明を浴びて輝くその結晶は、まるで宝石のように複雑な煌きを反射していた。

 あの人の瞳のようだ、と新戸にいとは思う。自分を救ってくれた、あの偉大な人。その煌き。


「これが、例のブツですか」

「ええ」


 新戸にどこか訛りのある口調で話しかけられ、袈裟の男が頷く。

 とある繁華街にひっそりと存在するバー『アングラー』。

 店内には三人の男の姿。袈裟を着た塩顔イケメンの店主と、Tシャツ姿の新戸。そしてもう一人、火粉ひのこと呼ばれる白髪の男が揃ってカウンターに集まっていた。

 他に客の姿はない。そもそも今は営業時間ではなかった。外ではお天道様が我が物顔で猛威を振るっており、夜の住人たちには厳しすぎる明るさだ。だが、地下にある店内は夜よりもなお濃い暗がりで満たされていた。


「しかし、『エスカ』って案外安直な名前っすね」

「何がや」


 火粉の呟いた言葉に新戸は反応した。怪訝に問われ、火粉は説明する。


「『エスカ』って『エスカレート』からの命名っすよね? どんどん依存が強まっていくことを示したんだろうけど、安直だなあって」

「何やそれ。大卒のエリートは英語も使えるって自慢したいんか?」

「ちょっ、そんなつもりはないっす。勘弁してくださいよ先生」


 新戸はへらへら笑うこの白髪の若者が好きではなかった。高校を卒業し、四国の田舎から身一つで都会に逃げ込んだ新戸としては、どうしても都会コンプレックスと学歴コンプレックスを刺激されてしまう。毎食毎食ラーメンばかり食っているのもなんとなく気に入らなかった。地元の村ではラーメンなんてしょっちゅう食べるような美味いものではなかったからだ。松山とかなら別なのかもしれないが。


 指南役である自分のことを「先生」などと呼んでくるのも、小馬鹿にされているようで気分が悪い。苛立ちに任せ、新戸はさらに難癖をつける。


「名前が安直って、お前な。この名前を付けた椴岡とどおかさんを馬鹿にしとるんか? あの人のネーミングセンスにアヤつけとるんか? お?」


 新戸が詰めよると、火粉は「い、いやそういうわけじゃ……」としどろもどろになる。見かねたように、袈裟の男が口を挟んだ。


「『エスカ』は私の命名ですよ、新戸さん」

「何や、武井さんか。ほなええわ」


 ぞんざいに扱われ、袈裟の店主――武井は穏やかに苦笑した。

 ほっと胸を撫でおろした火粉は懲りずに口を開く。


「なーんだ、武井さんの命名っすか。思えば、この『アングラー』も安直なネーミングっすよね。地下アングラにあるからアングラーって、親父ギャグじゃないんだから――」

「やかましいわ。少し黙っとれ」


 ぺらぺらと饒舌な火粉を押しのけて、新戸は話題を戻す。


「で、こいつを売りさばけばええんよな?」

「はい。値段はリーズナブルに、中高生でも手に取りやすいくらいに」


 武井は神妙に頷いた。


「これが、我々の計画の大きな第一歩となるでしょう」

「ついに俺たち『椴岡会』も麻薬ヤク商売に進出かあー」


 感慨深げに言う火粉の白髪頭に、新戸は拳骨を落とす。


「ってぇ~!」

「アホピノ。声がでかい」

「そうですよ、それに『椴岡会』だなんて勝手に名付けるのもやめてください」


 武井も窘める。


「そんな名前で呼んだら、まるで我々が暴力団か何かのようじゃないですか――ねえ?」



 武井、火粉、そして新戸。

 『アングラー』に集うこの三人の男は、とある小さな地下組織の構成員である。それぞれの名前も全て偽名だ。

 活動内容は繁華街の陰で起きるあらゆること、そのおおよそ全て。用心棒や喧嘩代行、美人局に風俗のスカウト。犯罪スレスレのことから犯罪そのものまで――手当たり次第に闇を食い物にする、良く言えば手広い、悪く言えば見境のない組織だ。

 組織に名前はない。実態を掴ませないために、あえてそういう風にしている。やっていることはほとんど暴力団だが、暴対法の網の目は名前も形も不確かな彼らを捉えるには大きすぎた。


 新戸の目の前で胡散臭い笑みを浮かべる武井は組織のナンバーツーであり、首魁は椴岡と呼ばれる男だった。

 新戸をどん底から拾い上げてくれた、恩人だ。


 感傷に浸りかけていた新戸の意識を、火粉の高めの声が引き戻す。


「や、でも本当に凄いっすよね。俺らみたいな小さな集団が麻薬を扱えるまでになるなんて。これも全部、椴岡さんのおかげっすよ」

「当たり前やろ。なんもかんも全部椴岡さんのおかげや。あの人が他のワルどもにナシつけてくれたから俺らは大手を振って歩けるんやで」


 新戸の瞼には椴岡の姿が浮かぶ。あまりに偉大な、その背中。出会ったときは、まるで自ら光を放つようだと感じたものだ。

 新戸の方言と大阪弁が混ざったような妙な口調も、憧れる椴岡を真似た結果の産物だった。


「お前が知っとるか分からんけどな、椴岡さんはあの自由連ともやりあったんやぞ」

「えっ、自由連ってあの、曹操の!?」

「そうそう。……洒落やないで」

「マジか、それは知らなかったっす。谷峨やが喜美の話は有名っすけど」

小名邦おなぐにを一撃でぶちのめしたこともあるしな」

「ぱねぇっすね! 最近だと北区にも手を出そうとしてるらしいって聞いたんすけど、そこのところどうなんすか、武井さん」

「ええ。ただ、小熊こくまくんは反対してますけどね」

「フクロウのやつか」


 新戸は鼻で笑う。ここに居ないメンバーの一人だ。知恵者であることから「フクロウ」とあだなされていたが、新戸からしてみれば臆病者チキンだった。


「あいつ、足早いのは逃げ足ばっか鍛えてたんとちゃうか」

「まあまあ。北区についてはまだ考え中です。日和というものもありますからね」

「さよか」

 

 なんだっていい。椴岡さんが決めたことなら、相手が誰であろうと突っ込むだけだ。まだ戦わないというのなら、それに従う。全ては椴岡さんのために。


 組織のメンバーは多かれ少なかれ椴岡のカリスマに当てられて参画したメンバーだが、新戸はその中でも段違いの忠誠心を持つと自負していた。

 新戸にとって、椴岡は光だ。それもそんじょそこらの光とはワケが違う。闇において燦燦と煌めく太陽そのものだった。やがてこんな薄暗がりなんて飛び出して、世間をその威光で焼くことだろう。凡人共は皆、椴岡さんの前にひれ伏すことになる。そしてその日はそう遠くはないと新戸は確信していた。

 太陽を敵にして生きていけるものはいない。新戸にとって、椴岡はそれほどに眩しく、絶対の存在だった。


「とにかくです」


 逸れかけた話を元に戻すように、武井は手を叩いた。


「目下重要なのはこのブツをばらまくこと。これこそが椴岡さんのための大きな事業、その第一歩です。値段はとことんまで下げてもいい、なんなら無料だってかまいません。広めること、これが何より重要です。分かりますね」

「承知しとるで」


 新戸はひらひらと手を振る。


「この新製造のヤクは、一度手を出せば二度と辞められんっちゅーやばいブツやろ。値段はあとからいくらでも吊り上げられる。そういう魂胆やろ」

「ええ。まあそういったところです」

「にしてもすごいっすよねー」


 エスカを照明に透かしながら、火粉が呟いた。


「完全新規のヤクなんて今時見ないっすよこれ。スピードやガンジャではもちろんないし、スノウやペイ、バツや紙とも違う……マジでどう作ったんすかこれ」


 ぺらぺらと様々な麻薬の隠語を並べながら矯めつ眇めつする火粉に、新戸は問いただす。


「なんやピノ、お前薬詳しかったんか」

「ええ、ちょっと。ほら、ラーメンってシャブって言われるじゃないですか。ある日ふと思ったんすよ、実際のシャブとラーメン、どっちが美味いんだろうって。それで一通りのヤクに手を出してみたんすけど」

「おい、売りもんに手ぇつけたらぶち回すぞ」

「安心してください、あらかた試しましたけどラーメンが一番美味かったっす」

「……お前ホント頭おかしいな。ヤクに手ぇ出さんでも早死にするど」

「死ぬならラーメンスープで溺死したい」

「じゃかあしいのう」


 マジでさっさと死なんかな、こいつ。

 新戸の思惑とは裏腹にあと100年は死にそうにない若造は能天気に武井に話しかけている。


「これもやっぱり、椴岡さんのコネっすか?」

「……ええ。椴岡さんのお力で作り出されたんですよ」

「ぱねえ。椴岡さんってマジで謎の力持ってますよね。一体どこから」

「やかましいねん、タコ」


 ぺらぺらとよく回る口を、肘鉄で黙らせる。


「椴岡さんの偉大さの前に、疑問なんか挟まんでええねん。出来ることは出来る、椴岡さんなら当然なんよな。俺らはただ、言われたことをやればいい。今はただ、こいつをばらまく……それでええんよな?」

「ええ。男も女も、老いも若きも……この街の――いえ、この県、この国の全ての人に『エスカ』を行き渡らせる心持で頑張ってくださいね……火粉くん、新戸くん」

「……っす!」

「もちろんやで」


 意気揚々と『アングラー』を出ていく火粉。新戸もそれに続き退出しようとしたが、ふと出口で足を止めて振り返った。


「なあ、武井さん」

「どうしました、新戸くん」

「……椴岡さん、元気かいな。最近忙しゅうて会えてへんから……」


 少し照れくさそうな新戸の声。それを聞いた武井は、安心させるようににっこりと笑いかける。



「ええ、お元気ですよ。心配せずとも、近いうちに会えるでしょう」



「……さよか」


 ほな、気張ってくるわ。そう言い残して、新戸は『アングラー』を出た。





 ……それから、数か月。

 『エスカ』は恐ろしいほどの勢いで広まっていた。

 冗談ではなく、県すらも飛び越えん勢いだ。


「光が見える、らしいっすよ」


 ラーメンをすすりながら、火粉が言った。


「光ぃ?」


 なんだそれは、というニュアンスを込めて新戸が返す。

 火粉紹介のラーメン屋で二人は飯を食っていた。毎食ラーメンを食べているだけあって、火粉は美味い店に詳しい。腹立たしいことに、この店も非常に美味だった。


「いや、俺から買ってく常習者ジャンキーがそんなこと言ってたんす。キメると大きな光に包まれてすげー安心感と幸福感を得られるとか。でもそれはどんどん弱くなっていって、周囲は暗くなっていく。その暗闇の中で僅かな光を追いかけるけど届かない。そうして追いかけ続けているうち、気付いたら新しいのを買ってるんですって」

「ふうん。ヤク中の言うことはよう分からんな。幻覚ってそうなんか?」

「いや、こういう穏やかな感じのは聞いたことないっすね。もっと激しくてスパークして、視界がぐるぐるするって感じっす」

「ほうか」


 大して興味もなさげに言って、新戸は麺を啜る。


「ま、それだけ椴岡さんの作ったもんが革新的ってことやろ。流石椴岡さんや」

「別に椴岡さんが作ったわけじゃないんじゃ……」

「やかましいわ。椴岡さんのおかげで出来たんやったらそれは椴岡さんが作ったも同然や。いい加減学べタコ」

「うーっす。すみません先生」


 ラーメンに胡椒を振りかけながら、火粉は気のない返事をする。


「……しかし、あれだけ歴戦のヤク中が病みつきになるのを見てると、俺もちょっと興味出てきますね」

「ラーメンしか興味なかったんとちゃうか」

「ほら、俺の名前ってカップ麺の『かやく』からの連想じゃないっすか。薬味に手を出してみるのも」

「だあほ。売人が売りもんに手ェ出してどうすんねん。あんなんアホに買わしときゃええんや。俺らがやるもんじゃない」

「大丈夫っすよ、どんなヤクだろうと、どうせラーメンの方が美味いんすから」

「血管に麺詰まらせて死ねや」




 ……そんなやり取りをしたのも、もう大分前のことだった。

 あれ以来、新戸は火粉の姿を見ていない。

 『アングラー』にも顔を出していなかった。


 流石に心配になって聞いていたアパートを訪ねる。

 名目上は一応指南役だ。あまり長いこと放置するのは良くないだろう。

 尋ねたアパートは不気味に静まり返っていた。人の気配もろくにない。

 大股で階段を上り、二回にある火粉の部屋の前まで来る。何度チャイムを連打しても反応がないのでドアを蹴りつけるが、それでも反応がなかった。舌打ちをして、預かっていた合鍵を差し込んだ。


「おいピノ、死んだか? 死んだなら返事くらいせぇや」


 理不尽なことを言いながら土足で部屋に踏み入る。部屋は荒れ放題だった。狭い部屋だというのに、火粉は見つからない。

 留守だろうか、そう思いかけた時、部屋の片隅で何かが蠢いた。目を向ける。枯れ枝だった。いや違う。

 枯れ枝のようになった火粉だった。

 一日三食どころか六食ラーメンを食っても健康体を保っていた憎らしい体が今は見る影もなかった。


「お、お前……火粉か!?」


 人か、と問いかけたいほどであった。その様は、まるで人間とは思えなかった。

 新戸も長く裏稼業で暮らしてきた男だ。信じられないような風体の人間にも数えきれないほど会ってきた。だがこれは、これは……そもそも、生き物なのか?


「……あ、せんせぇ」


 枯れ枝か、いいとこナナフシとしか思えないその物体は、微かな声で返事をした。どうやら火粉で間違いないようだった。


「ど、したん、すか」

「お、おお……いや、あんな、久々にラーメンでも食いに行かんかと」

「らーめん……?」


 不思議そうな気色を発した後、火粉らしき枯れ枝は。



「……ああ、そんなのも、ありましたね」



 そう、言った。


「……嘘やろ」


 新戸は絶句する。


「お前、あんなにラーメン好きやったやないか。好き通り越して、酸素みたいなもんやったないか!! ラーメン以外の飯なんて一つも口にせんくらいだったのに、なんだってそんな」

「それ、より」


 枯れ枝は、震える手で何かを差し出す。


 光の粒のような、結晶だった。




「せん、せえも。やり、ませんか。……『エスカ』」



「~~~~~~~!!!! 要らん!!!!」


 ぞわぞわぞわと。背骨を引っこ抜いて撫ぜられたかのような不快な感覚に駆られ、新戸は腕を振り払った。そのまま部屋を飛び出し、扉を乱暴に閉めて鍵をかける。内鍵があるのだから全く無意味な行為なのだが、そうせずにはいられなかった。決して開けられることのないように、部屋の扉に背をもたれると、そのままずるずると尻もちをつく。


 なんだ、なんだあれは。あれが、人間か?


 動悸が止まらない。得体のしれないものを見た。その感覚が、心臓を引っ搔いている。

 息を整えようと、大きく深呼吸をする。静かだ。物音ひとつ聞こえない。静謐に満たされた空間……不自然なほどに。

 その静謐の中に、微かな何かが混ざっていた。聞く気はなかった。だが無慈悲な無音は、新戸の耳にその音を否応なしに届ける。



 呻き声、だった。



 最初は背中――火粉の部屋の中から聞こえているのかと思った。ヤク中になった、火粉の呻き声。

 実際その推測は正しかった。だが、それだけではなかった。


 隣室から、上階から、階下から。アパート中から。

 右の一軒屋から。左の美容院から。正面のコンビニから。

 はす向かいから、通りの向こうから、車の中から、ゴミ捨て場から。


 町中の、ありとあらゆるところから、その呻き声は響いていた。

 間違いなく、人の声であった。聞き違えようもなく、麻薬中毒者の呻きであった。

 いつの間にか新戸のいるこの街、その全てが『エスカ』に覆われていた。



「うっ、うわああああああああああああああ!!!!????」


 感じたことのない恐怖が新戸を襲った。チャカで腹を撃たれた時よりも、暗闇でヤクザを待ち伏せた時よりも、マフィアに拷問を受けた時よりも凄まじく、そして得体のしれない恐怖。それは新戸の足を激しく躍動させた。


 アパートを飛び出した時、新戸の耳に微かに、火粉の声が届いた気がした。



「トドオカさんに、会えるのに……」





 走る、走る、奔る。

 早く、速く、疾く。

 小馬鹿にしていた小熊よりも早く、その体は街をひた走る。止めるものは何もない、動くものは何もない。ただ、呻き声だけが切り裂く風すらも貫いて新戸の耳に届く。


「なんやっ、なんやっ、なんやこれえええええええええ!!!!???」


 どこに向かっているかも分からず、新戸はただ本能のままに足を動かす。


 そして――気付けば、あの場所に立っていた。


「『アングラー』……」


 奇妙な確信を抱いて、新戸はドアを開く。


 武井が、そこに立っていた。


「おや、遅かったですね」


 武井は相変わらずの笑顔で言う。


「武井さん、なんやっ、なんやこれっ」

「まあまあ、お水でも飲んだら如何です?」


 差し出されたコップを、無意識に奪い取って飲み干す。




 瞬間、天地が反転するような感覚。


「なっ……」

「高純度の『エスカ』を混ぜてます。すぐに会えますよ」

「だれ、に……」



「『トドオカさん』に」



 気付けば新戸は、明るい光の中に居た。

 どこか遠くから武井の声が響く。



「……『エスカ』っていうのはね、『エスカレート』じゃないんです。あれは『疑似餌』の意味ですよ」


 光の中を、新戸は歩く。


「チョウチンアンコウ、いるでしょう? あいつが釣りをするのに使う、発光体。それが『エスカ』。釣りをする魚……『アングラーフィッシュ』のエスカですよ」


 なんだか、その心はとても穏やかで。


「『エスカ』はね、門を開くための鍵、みたいなものです。人間なら誰もが持っている、外宇宙に繋がる門。普段は閉じているそれを、そっと開けてあげる。それだけの機能」


 だがしかし、光は弱まっていく。


「多幸感は副産物です。あれは門の先にあるものから漏れているものに過ぎない。でもそれを求めて、人はどんどん門を開こうとする。そしてその先で辿り着くのです」


 暗がりの中、僅かに残る光。それに向けて、新戸は懸命に手を伸ばす。強く、強く。


「あなたも、会いたがっていましたよね? 『かの方』がほんの一部を人間に見える形で顕現させる、それだけで大抵の人間は魅了される。手駒を集めるにはそれだけで十分でした」


 届かない。届かない。それでも、必死で手を伸ばし、足を動かして。


「……本当に今までお疲れさまでした。あなたはもう十分働いてくれました。使者たる私から見ても、十分すぎるほどに。ですから、ええ」


 そして、その手が『門』に届いた。




「是非、抱かれてください。『大いなるもの』、光そのものたる偉大なりし『トドオカさん』に。それこそが人間の幸福なのですから」




 そして、門は開かれた。


 もはや武井の声は新戸の耳に届いてはいなかった。


 ただずっと会いたかった人に、大いなる光に包まれて、新戸は穏やかな笑みを浮かべ、それに身を委ねた。


(完)

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