目なし耳なし

三上アルカ

目なし耳なし

 むかし、不幸な女がいました。

 女はつらい目にばかりあい、世界はおそろしいと思いました。

 だから、娘を産んだとき、その子がおそろしいものを見ないように、針と糸で、赤んぼうのまぶたを縫いつけました。

 そして、家にとじこめて育てました。


 十何年かたち、女は死にました。

 娘はおなかがすいて、手さぐりで家の外に出ました。

 そこへ、旅の若者が通りかかりました。

 彼は“耳なし”とよばれていました。


 若者が赤んぼうのころです。

 酒屋の両親が、魔女のワインを2本割ってしまいました。

 怒った魔女は、コルク栓を赤んぼうの両耳につめて、取れないように呪いをかけました。

 それから耳がきこえないので、耳なしとよばれています。

 彼は、呪いを解くために、その魔女を探す旅をしていました。


 耳なしは、娘のまぶたの糸を切ろうとしましたが、切れません。

 まじないがかかっているのです。

 人々は、まぶたを縫われた娘を気味悪がりました。

 耳なしは思いました。

 旅の途中だが、しばらくこの村で、娘の手助けをしよう。

 まずは食事に、おふろ、清潔な服。ぼさぼさの髪を切りました。娘の母親の葬式もあげました。

 それから毎日、目が見えなくても生きていけるように、いろいろなことを教えました。

 耳なしは口がきけませんでしたが、娘は、優しい人が親切にしてくれているのはわかりました。


 目なしの娘は、どんどん覚えました。

 かしこい娘で、清らかな心を持っていました。

 いつしか耳なしは、目なしの娘を愛していました。

 自分の呪いなんか解けなくていいから、この娘にうんと幸せになってほしい。そう思いました。

 そこで、旅はやめて、この村に住むことにしました。


 ふたりはいっしょに暮らし、耳なしははたらいて、目なしの娘は家事をしました。

 つつましい暮らしですが、耳なしは幸せでした。

 でも、目なしの娘はどうでしょう。

 耳なしはいつでも、目なしの娘が幸せであるか気になりました。

 今まで不幸であったぶん、幸せになってほしいからです。


 朝、目なしの娘の髪をとかすとき、心の中で「きみは幸せかい?」と聞きました。

 目をとじた目なしの娘は、ほほえんでいるように見えました。

 でも耳なしは、まだまだだと思いました。

 夜、目なしの娘のふとんをなおすとき、心の中で「きみは幸せかい?」と聞きました。

 ねむっている目なしの娘は、ほほえんでいるように見えました。

 でも耳なしは、もっともっとと思いました。


 目なしの娘の髪がのびたころです。

 休日の朝、ふたりは丘にのぼりました。

 大きな木の下にならんですわり、それから、ずうっとすわっていました。

 こもれびが差しこみ、風が草の上をすべります。

 耳なしはうとうとして、となりの娘を見ると、いつものほほえむような表情で、耳なしの肩にもたれています。まるで、世界にふたりきりのようです。

 そよ風がほおをなぜました。

 耳なしはあんまり心地よくて、自分と目なしの娘の過去や、呪いのことも忘れて、「ああ、幸せだなあ」と思いました。

 そして、大きな幸せのため息をつきました。


 ため息が、目なしの娘のまぶたにかかりました。

 すると、まぶたの糸がするするとぬけて、エプロンの上に落ちました。

 娘はゆっくりとまぶたをひらきました。

 水晶玉のように澄んだひとみが、青空をうつしてきらめきました。

 それから娘は、落ちた2本の糸を手に取ると、1本ずつ、耳なしの両耳のコルクにゆわいつけ、引っぱりました。

 コルクがぽんとぬけました。

 本当の幸せには、呪いやまじないを打ちやぶり、解いてしまう力があるのです。

 ふたりは見つめ合いました。

 娘の大きなひとみから、涙がぽろぽろとこぼれました。

 そのつぶも、ひとみとおなじように、きらきら、きらきらとかがやいていました。

 

 おしまい。

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目なし耳なし 三上アルカ @mikami_ark

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