10:傘も差さずに雨の中を歩く
雨が降る。
雨が降る。
永遠に降り続けるがごとく、雨が振る。
(もう、いいや)
降り始めから既に屋根にも遠い所にいたわたしは、半ば諦めて小さく息をついた。
もう既に服も髪の毛も十分に水気を帯びていて、今更、という感じすらする。
自分の存在がこのまま雨水に流れてしまえばいいと、ふと思った。
すれ違う人たちは、雨を凌ぐことのできる何かを探して駆けて行く。
なんだか少し可笑しくて笑えてしまった。
わたし一人、逆行しているような、そんな感じ。
なんだか、ずぶぬれで傘も差さないで歩くなんて、失恋か、失敗か、とにかく悲しいことがあった人みたいで。
そんなことないのに。
仕事からの帰り道。
いつもの仕事を終えて、いつもの道を通り、いつもの電車に乗り。
いつもと違うのは、降水確率を無視した雨。傘を持っていないわたし。
(ついてないなぁ、もう)
と、まあ、最初は思っていたものの、だんだん楽しくなってきてしまっている自分に少し呆れる。
なんだろうな、本当。
定時で仕事が終わったのは、実をいうと久しぶり。
家に帰って何かをしようかとかそんなことを考えているわけでもなくて。
何となく、いつものようにご飯を食べたり、テレビを見たりして一日が終わってしまうに違いない。
そう考えれば、イレギュラーなこの事態も、別に何の痛手でもなくて。
『いつもの』ではないことが、楽しく思えてしまうのも、なんだか分かる気がした。
雨が降る。
まだ降る。
でも西の空ははるかに明るい。
家まではもうすぐ。
優しい記憶 古杜あこ @ago_t
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