09:猫を拾った

 猫を拾った。

 道路の途中で。

 本物の猫じゃない。猫の縫いぐるみだ。


 最近、バッグとかスマートフォンにつけてる子が多い気がする。

 ちょっとキーホルダーには大きくて、普通の縫いぐるみには小さい奴。


 黒い猫の縫いぐるみは、二足歩行の黒い猫だ。

 生意気にも洋服を着ている。Tシャツと短パンみたいなシンプルな服だけど。

 ちょっとかわいいかもしれない。


 かわいいから落とし主はきっと探しているのだろう。

 さて、拾ってしまったからどうしたらいいものか。

 猫は生きている猫じゃないから、どこから来たなんて答えられないだろう。


『わかるよ。近くの中学校だよ』


 うわ! ぬいぐるみがしゃべった!?

 僕は思わず縫いぐるみを放り投げそうになって慌ててその手を制した。


『あのね、のんちゃんのおばあちゃんが奇跡の魔法をこめてつくってくれたの』


 ええ? 奇跡の魔法?


『奇跡がおこったから、しゃべれるようになったんだよ。近くの中学校連れてって』


 えええ! そんなことってある?

 勉強のしすぎでついに幻聴が聞こえるようになったのかな。病院へ行った方がいいかな。


『病院よりも中学校! 早くしないと魔法が終わっちゃうよ!』

「ああ、うん」


 縫いぐるみに急かされて僕は駆け足で近くの中学校へ向かった。



『ううん、ここじゃないよ』

「一番近い中学校はここだよ」

『違うんだ。校舎の色が違うんだよ』


 校舎の色が違うと言われても。

 二番目に近い中学校までいってみることにした。



『ここでもないよ』

「なんで、近くっていうとこの辺りじゃないの」

『もっと校舎が小さいんだ』


 中学校って近くっていっても結構離れているんだけど。

 そんなに離れたところまで行くのかな。


 反対側の中学校に行ってみることにした。



『ここでもないよ』


 なんでだよ! と口に出す元気がなかった。

 もう疲れ果てた。中学じゃなくて警察でもいいんじゃないのかな。


『学校に行った方がのんちゃんのところに帰れる可能性が高くなるんだ』

「そうなんだ、それもおばあちゃんがおしえてくれたの?」

『うん。警察はあてになんないって言ってた』


 おばあちゃん反社なのかな。


『どうしよう、眠くなってきちゃった』

「ええ! 困るよ! 全然見当がつかないよ!」

『でももう魔法、終わっちゃう』


 そもそも、なんで僕相手に魔法が発動しちゃったんだろう。のんちゃんとお喋りできた方がよかったんじゃないの?

 

『だってのんちゃんと離れちゃうなんてピンチでしょ。ピンチの時に魔法は発動するんだよ』

「そういうものなの?」

『うん、魔法でのんちゃんと僕を会わせてくれる人を見つけたんだ。それがキミ』

「ええ?」


 そんなのってあり?


「間違いだよ。僕普通の中学生だもん。勉強しかしてないし、のんちゃんのことも知らないし」


 って、猫さん、何黙ってんの? ツッコミ待ち?

 あれ、ちょっと、猫さん!

 魔法、終わった……?


 どうしよう! 学校わかんないよ! 中学って……あああ!

 再び走り出す。

 何でかよくわかんないけど、こういう時は走らなきゃいけない気がする。

 走って走って、茶色い校舎の学校へとたどり着いた。

 

 忘れていた。この辺り、私立の学校もあるんだった。

 高校と一緒になっていたからすっかり忘れていた。

 高校校舎の片隅にあるのは小さな校舎。茶色の校舎。これも中学校だ。


 猫さん、多分ここだよね?

 答えてくれないけれど、びくびくしながらも校門をくぐって、校舎に入る。

 入口に入るとすぐに受付? 事務室? があった。


「こんにちは」


 中にいた大人の人に声をかけられて一気に緊張が高まったけれど、猫さんを見たら頑張らなければって気持ちが湧き上がってきた。


「あの、これ、このぬいぐるみ、拾ったんです。近くで。もしかしてこの学校の人の落とし物じゃないかって」

「あら、そうだったんですか。届けてくれてありがとうございます」

「持ち主探してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」


 猫さんを手渡して、深く頭を下げてから校舎を出た。

 心臓がばくばくいっている。一人でこんなに移動したのってはじめてかもしれない。あ、違うか、一人じゃなかった。猫さんも一緒だった。



 

 それからしばらくして、僕は猫さんを拾ったあの道へまたやってきていた。

 確認テストを受けるため、いつもと違う塾に行く途中の道だ。

 あの日は結果的にテストをさぼってしまって、両親にはものすごく心配されたんだった。胸は痛んだけど、怒られなくてラッキー、なんて思ったのは内緒。


 ふと、すれ違った女の子の鞄に猫さんがぶら下がっていて――


「あ!!」


 かなり大きな声をあげてしまっていた。

 女の子も驚いたように足を止めている。


 目がぱっちりとした可愛い女子だった。

 猫の耳みたいにツインテールになっているのも可愛い。


「そ、その猫、可愛くて、びっくりしちゃった。ごめんなさい、突然大声をあげて!」


 苦しい言い訳だった。完全に不審者。きっと気持ち悪がられるに違いない。

 可愛い子に気持ち悪いって思われるのは、ちょっと悲しいけど、……仕方ないか。どう考えても僕がおかしい。


「でしょ! でしょ! かわいいでしょ! おばーちゃんが作ってくれたの! 変なの~って言われ続けて、ムカついてたんだけど! 見る人がみればわかるんだよねえ」


 声も可愛い。けど言っていることちょっと変な子なのかも。

 ……面白そうな子だな。


「何か、魔法が使えそうな猫さんだなって思ったよ」

「うんうん、それよくわかるよ。おばーちゃんも言ってた! ピンチの時に魔法を使えるようにしといたからねって! ピンチって言えばこの間この子、いなくなっちゃってピンチだったの」

「うん」

「学校に落としてたみたいで、学校の落とし物箱に入ってて。あれ? 全然ピンチじゃなかった。ああ、じゃあまた魔法使えるかな」

「うん使えるよ。絶対」


 そうだね! と笑ってばいばいする女の子を見送って、僕も塾へと急いで足を進めた。


 その後、高校入学時にこの子と再会するんだけど、それはまた別のお話。

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