08:頭を撫でる

「ねえ」


 指先から伝わる柔らかい感触を楽しむように、何度も指を前後させていたら「いい加減にして」と怒られてしまった。


「だって触り心地、いいから。ふわふわ」

「気にしてるのに」


 親友である友理奈はくせっ毛でくるっとしてしまう髪が常に気になっているらしい。私はそんな友理奈の髪に触れるのが好き。頭を撫でるのが好き。

 水曜の二時限目は空き時間。混みあう前の学食で友理奈と勉強したりくだらない話をしたり、動画を見たり、色々遊ぶのがここのところの習慣になっていた。


 でももうすぐ後期も終わる。二月になればこの時間もなくなる。毎週こうやって遊ぶたびに、終わりの時間は近づいてくる。

 まだ二年生だから、きっと来年もこういう時間はあって、けど、来年もすぐに終わって、それで四年生になって、それで。


 終わりがくるから。

 どんな時間にも、どんな出会いにも。


 小学校のときも、中学の時も、高校の時もずっとそう。

 どんなに楽しくても結局お別れの時は来てしまった。


 大学に進学した時も、素敵な出会いがあって、こうやって楽しく過ごせる時間もできた。

 だけど。結局はまた終わってしまう?


「奈緒、どしたの?」


 私が頭から手を離してぼーっとしてしまったのを心配したのか友理奈が顔を覗き込んできた。

 柔らかい笑顔。友理奈は可愛い。彼氏が羨ましいぞ。

 彼氏だったら、いつの日か結婚とかって未来もありえるわけで、そうしたらおしまいはまだ先になるから、やっぱ羨ましいぞ。


「楽しいのも、もうすぐ終わっちゃうのかなーって」

「何言ってんの!」


 ころころと笑う様は可愛い。

 もう一度頭を撫でちゃえ!


「やめてって言ってるじゃん。来年もきっと空き時間にはこうやって遊べるよ」

「うん」


 でも来年は来年であって、今が続くわけじゃないんだよなー。

 この辺の感覚は、口で説明するのは難しい。

 未来は今の延長線上にあるけど、まったく今がそのまま未来につながるとは限らないでしょう?


「寂しいの? 奈緒ってばかわいい!」


 友理奈に頭を撫でられてしまった。

 いつも友理奈を撫でる方だったから、撫でられるのってこういう感覚なのか。恥ずかしいな。恥ずかし嬉しい?


「寂しいよ、悪いか!」

「ううん、寂しく思ってくれるの、嬉しい」

「……そっか」


 寂しい気持ちは消えないけれど、友理奈が嬉しいって思ってくれるのなら、いいのかも。


「今のこの時はなくなるわけじゃないしね」

「え」

「楽しかった思い出になるでしょ」


 ああ、そっか。

 思い出か。そっか。


 何かすとんと腑に落ちたというか。

 それなら、いいか、なんて思ってしまった。


 

 縮毛矯正かけようかな、なんて呟いた友理奈に対して、「そのままの友理奈でいて」と友理奈の彼氏と声がかぶってしまって、友理奈が大笑いしたのは、もうちょっと未来の話。

 それでもって、きっと楽しい思い出に変わる話。

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