アステロイドベルト・エリアベータ駐在日記
Yohukashi
第1話 火星圏
火星自治共和国宇宙軍第1艦隊第1分艦隊第5戦隊、通称α-15部隊所属の宇宙戦艦ダイダロス。私は少佐に昇進して、その航海長として赴任することになった。ダイダロスは建造されて5年ほどの、まだ真新しい戦艦だ。前任の航海長は、駆逐艦の艦長に異動するらしい。
上司である副長は火星自治共和国が成立する前からダイダロス乗り組みなので、この船のことをよく知っている。頼りになる人だ。そして艦長は、私と一緒に乗り込んできた新任だ。若い。私より10歳は年下だろう。何でも、火星内乱の際、大決戦だったアルセイス会戦で最前線にいた宇宙戦闘母艦ヴィーザルの航海長だったらしい。結果だけ見れば共和国軍の大勝だったのだが、最前線にいたヴィーザルの損傷率は6割を越えていたとのこと。撃沈されていてもおかしくない数字なのに、撃沈を回避してのけた航海長なのだから、相当の腕を持っているのだろう。ぜひ話を聞いてみたいものだ。
赴任してから1ヶ月後、ダイダロスを含めたα-15部隊は、アステロイドベルト・エリアベータへの駐留を命じられた。枢密顧問官だったロニー・ファルコーネ卿の建白により、アステロイドベルトにある四つの木星への中継ポイントを共和国軍の鎮守府にするという方針が決定され、現在要塞化に向けた建設の途上にある。軍港の一つに完成の目処がついたので、先遣隊として派遣されることになったのである。大昔は資源エネルギーの供給元である木星に行く途上の補給及び休息ポイントとして大いに栄えたアステロイドベルト。だが、今ではシグ粒子シールドを展開させた熱核クローム航法が確立されて旅程が大幅に短縮されてしまい、直接木星圏に行くようになってしまってからは、立ち寄る者もいなくなり、寂れに寂れていると聞く。地球圏と木星圏を遮断するポイントとして共和国軍の施政下に置くという政策決定のもとで改修しているようなのだが、一体どうなっているのだろうか。食糧難①にあえぐ地球圏を尻目に、こんな事業を展開させる共和国の行動力には目を見張らせてくれる。面白いことを目にする機会が多そうなので、日記として残していこうと思う。
3月15日
戦艦ダイダロスには熱核クロームエンジンが搭載されているのだが、一般化されているわけではないので、私は扱ったことがない。艦長は経験済みだということなので、アドバイスをもらうべく艦長室に向かう。
若くして戦艦の艦長になるくらいだから、ガチガチのエリートでとっつきにくい人だろうなと思っていたのだが、話をしてみると全くの正反対の人だったので驚いた。
「言ってみたら、ヴィーザルブランド②みたいなものかな」
艦長は笑いながら答えてくれた。当時ヴィーザルの艦長だったロニー大佐は、艦内の備品を勝手に使って遊んでいても、やることさえやって迷惑をかけなければ咎めることはなく、乗員の体力向上と艦内の団結に貢献できるということで、むしろ推奨すらしてくれた。それを見習っているだけだと艦長は目を細めなからおっしゃっていた。ロニー大佐といえば、枢密顧問官だった立場からアルセイス会戦のときには第2任務部隊司令長官中将に抜擢されて、戦争を主導していた人だったはず。その手法は、敵に対しては情け容赦がないというもの。ということは、艦長もそれに倣って締める時には締める人なのだろう。気を付けよう。
3月28日
いよいよ出港。熱核クローム航法ができる艦船のみ先発し、他は随時出港することになった。どうやら現地で艦船の不足が生じて、1隻だけでもいいから、すぐにでも来て欲しいということらしい。
出港前の2、3日は大変だった。航行スケジュールやら航路選定に航路計算、設備機械の状態確認など、普通の事前準備の数倍は大変。しかも紙にエンピツで書いて作業した方がいいと勧められたので、若干腱鞘炎③ぎみになった。
「事前準備も大変だけど、一番つらいのは、航行に入ってからの1、2時間」
と艦長に脅されたから、いくら予行練習をしていても不安で胃が痛くなる。
舵を握ってフネを発進させる。操舵と計器類の確認に血眼になりながら熱核クロームエンジンの急加速を受けると、感覚器④がおかしくなりそうになる。何とか気合いと根性で乗りきった。どうにかならないものかと思って調べてみたが、今の脳科学⑤を以てしても解決策はないらしい。うーむ。
3月29日
火星のアキレウス駐留基地を出てまもなく、スペースコロニー群のそばを通過するときに、ランサムウェア⑥による攻撃を受ける。情報長やそのスタッフたちの尽力により、ほとんど被害を受けることなく済んだ。索敵や通信解析だけでなく、電子通信による攻撃への対処も情報科が担う。機関科に匹敵する大所帯になるのも納得だ。それにしても犯罪の巣窟と化したコロニー群、何とかならないものか。
4月9日
まだ入隊したばかりの若い子と仲良くなった。甥っ子が好きな女性アイドルグループのファンということが判明、甥っ子の影響でそのアイドルの知識が無駄に多くなっていたことが、いい方向に働いた。世の中、何が役に立つのか分からないものだ。
そのメンバーの中の一人に、手足が長くて細く、顔立ちが儚げなショートカットの子がいるのだが、他のメンバーと違う男性っぽい服装をしていて、自分のことを「僕」という。こういう子も「ボクっ娘⑦」ていうのだろうか。この若い隊員は、その子のファンらしい。
「こういう人がたまに女性らしい姿で登場してくると萌えるんです」
いわゆるギャップ萌えってやつなのかな。ちなみにこの若い隊員は女性で、ダイダロス乗り組みの鍛えぬかれた歩兵中隊員。しかも、こんなことを言った。
「こんな人に壁ドンされて告白されたい」
えっ、どういうシチュエーション⑧?全く以て想像できないんだけど。人の好みなんて、分からないものだ。
4月11日
船務長と業務上の話をしているうちに、脱線してしょうもない話題に移った。そんな中で船務長が思わぬ爆弾を投下してきた。
「このフネって、電荷粒子ビームだけでなく実弾も射撃できるようになってるけど、砲弾全く積んでないんだよね」
「えっ、何で?いくら敵対勢力が確認されていないとはいえ、一応戦闘艦なんだから、いくらなんでも不用心なんでは?」
「上からの命令だから仕方ないよ。代わりにコーンスターチとか醸造アルコール⑨といった原料を積み込まされてる。体のいい運搬船だよ」
得体の知れないコンテナを所々で見かけて不思議に思っていたが、こんなところで正体が判明するとは。思わずため息が漏れてしまった。
「まあ、こういうことの積み重ねが、火星共和国1000年の繁栄に繋がるんじゃないの」
「そんなに長く生きれる訳じゃないから、1000年後⑩の繁栄なんかに興味はないね」
「そんなこと言ったら、身も蓋もないよ」
私はそう言って、船務長と苦笑を交わし合った。
第2話へつづく…のか?
アステロイドベルト・エリアベータ駐在日記 Yohukashi @hamza_woodin
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