8話 新たな訓練と二人の関係と
早朝、起床時間の1時間くらい前。いつものようにぐっすり寝ていた私たちは、急な訪問によって叩き起されることとなった。
コンコンコン
「おーい、君たち起きてるかい?。…て言ってもこんな時間だし、まだ起きてるわけないか。」
「ねえ明里ちゃん、これって勝手に入っていいやつですか?」
「え、うーん、そうだね。ま、まあ本当はダメなんだけど…君の訓練で必要なら寮監として特別に許可しようかな。」
(なんだろう…外からなんか聞こえるような…)
外からの話し声で、少しだけ頭が覚醒する。そこからしばらく、そんなほとんど寝ているような状態の私だったが、扉が
一気に開けられたことで一気に意識が引き上げられた。
「あなた達、起きてください。今日から補助魔法訓練開始です。」
「え!?明里隊長と…風花隊長!?」
眠い目をこすりながらドアの方をみると、そこには仁王立ちした風花隊長と、やれやれと言った様子の明里隊長が立っていた。二人の姿を見て、私とルイは即座にベットに正座する形に姿勢を移す。ついでに、未だに何も気づかずに爆睡してる凛もひっぱたいて起こした。
「僕はオマケみたいなもんだけどね。君たちに用があるのは風花の方さ、僕は寮監として着いてきただけってとこ。」
「まあ、そういうことです。いきなりで悪いですがあなた達、30分後に軍本部に集合してください。そこで今日からの訓練内容の説明をします。」
「要件は伝えました、私は失礼しますね。」
そう言うと、風花隊長は早々に踵を返してドアの方へと向かって行った。その後に明里隊長も、「なんかごめんね」と言ってから続いて退出する。突然のことにポカーンとしていた私達も、だんだん状況が飲み込めてきて準備を開始した。
「なんか、ほんとにいきなりだね~。こんな早くから訓練とか疲れるよ~。」
「そうだね、スケジュールにもこんなこと書いてないし、よくわかんない。」
そんなことを話しながら準備を終えて、地上の軍部本部へと階段を上る。あそこに行くのは入隊式以来だし、なんだか懐かしい気分だ。
着いた軍部本部は全然変わってなかったけど、前はがらんとしてた本部に人が結構出入りするようになっていた。この前は入隊式仕様でみんな居なかっただけで、ここも色々な用途に使われているみたい。
「ちゃんと時間通りに来ましたね。さすがと言ったところです。」
階段の入口で本部を見回していると、横から風花隊長が話しかけてきて全員で気をつけの姿勢に移る。
それを見た風花隊長は、着いてこいというように後ろを向いて本部の奥へと進んで行った。入隊式ではホールと待機用の別室しか見れなかったから、さっきの気分と一転してなんだか新鮮。
しばらく進んで、会議室のような部屋が何個かあるフロアへと着いた。風花隊長はそのうちの一つへと入っていき、私達も後に続いた。
「さて、では早速訓練内容を説明します。」
「今日からの補助魔法訓練では、私が渡すメモに書いてある場所にいる犯罪組織の制圧、および逮捕をしてもらいます。」
「え!?犯罪組織の逮捕!?」
突然の意味不明すぎる訓練内容に、さすがに三人全員が驚きに表情を染めた。確かに軍部はほぼ治安維持機関みたいなものだけど、いきなり訓練生に実戦での犯罪者との戦闘をさせるとは全く思わなかった。
「ええ、そうです。この訓練を通して、あなた達には実戦での補助魔法の使い方、魔力の使い方を身につけてもらいます。」
「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりそんなのはいくらなんでも無理ですよ。」
さすがにこれにはルイが口を挟んだ。しかしそれを受けても、風花隊長は表情を変えずに首を横に振るだけだった。
「いえ、できます。私は出来ると思った人達にしかこの訓練はさせません。今回の新入隊員で言えば、先の東条さんの部屋とあなた達くらいです。」
「とは言っても、私の期待通りにならなければ、確かに全員死んでしまいますけどね。」
淡々ととんでもないことを言い続ける風花隊長に、私たちはただ聞いていることしか出来ない。「実戦で学ぶ」っていうのは確かに効果的かもしれないけど、間違ったら本当に死んじゃうよ、こんなの。
「それじゃあ早速訓練に移る前に、さすがに最低限補助魔法を使う感覚とイメージを教えておきますね。」
「まず、補助魔法は肉体強化魔法と防御魔法のふたつに分けられます。」
「肉体強化魔法は身体の中の魔力の流れを知覚できるようになったあなた達なら簡単です。その流れをできる限り意識して速める、これだけで五感や身体のあらゆる機能が向上します。」
「肉体強化魔法の効果は魔力が多ければ多いほど上がり、またどれだけ流れを速められるかにも影響されます。」
風花隊長はどんどん説明を続けていく。これからやらなくちゃいけないことを考えると、多分これ聴き逃したら死ぬやつだ。
「次に防御魔法。これは結構難しいですね。他の魔法とは扱い方が全然違います。」
「今まであなた達は、魔力のあれこれを全て自分の体内だけで完結させています。」
「ですが防御魔法だけは特例で、手から魔力を空気に流し込んで、その流れを速めることで”空気を”強化する魔法なんです。」
「防御魔法の効果も、空気に流す魔力の流れをどれだけ速められるかに大きく作用されます。ですので、補助魔法は本当に基礎がなってないと使いこなせないんです。」
そう言うと、風花隊長は説明を締めくくった。この前の渚隊長の無茶苦茶な発砲に比べると、かなり具体的で理路整然としてる説明だけど、正直聞いただけですぐに出来るようには思えない内容のものだった。
横を見ると他の二人も同じみたいで、いつも違う方向で考えが読みにくい二人が、今回ばかりは顔にハッキリと不安や困惑の表情が見えた。
それを察してか偶然か、風花隊長は再び口を開いた。
「…あなた達、もっと自信を持ってください。自分で言うのもなんですが、私は人の評価は人一倍厳しい自覚があります。」
「そんな私が認めた2グループのうちの1つなんです。あなた達がそんなんだったら、むしろ私の人選力へのプライドが傷ついちゃいますね。」
最後だけ少し冗談混じりに、励ますように風花隊長は言ってくれた。正直、この人渚隊長以外には厳しいタイプの人かと思ってたけど、結構優しい人だな。
私達の不安も、かなり和らいだように感じる。
「それじゃあ、訓練開始です。とりあえずこのメモに書いてある街の軍部の支部に行ってください、場所はそこで聞けますので。」
そう言い終わると、風花隊長はメモを渡し、ドアを開けた。退室の合図だと気づいた私達は、メモを受け取ってそのまま部屋を出た。
軍に入って、いや、人生で初めての本当の戦闘。唐突すぎる始まりに恐怖が半分、実感が持てないのが半分、そんな気持ちで私たちは軍部本部を後にした。
◇
「…行きましたか。」
鏡たち3人が立ち去ったあと、風花はどこか懐かしそうにずっと扉を見つめ続けていた。
しばらくそうした後顔を一転していつもの感じに戻し、部屋の方へ振り返った。
「…渚ちゃん、いるんですよね。なんでここが分かったの知りませんけど、なんの用ですか?」
「ありゃ、バレてもうたか。」
その一言で、先程までは何も無かった空間に、一瞬にして渚の姿が現れた。
少しばつが悪そうに頬をかく渚を見て、風花は少しずつ近づいて行き、渚の後ろに回って抱きつく形になった。
「当たり前だよ、何年一緒にいると思ってるの。」
「…まあ、せやな。それはそうと、自分がどんな訓練させんのか気になって来たはええけど、まさか先生と同じことするとはなぁ〜。変わったな、自分。」
「まだあの人の事は嫌い。ただ、確かに私達がここまで強くなったのはあの人のおかげだなって、ちょっと…思っただけ。」
相変わらず渚の背中に顔をうずめたまま、風花は最後の一言だけ自分に言い聞かせるように言った。
「自分なぁ、そないなるくらい怖いんやったら、やらせなきゃええやん。」
「それは、この国のためにはならないと、思うの。…だから、絞ったの。私達と同じようにならないように、できるだけ、可能性を、減らせるようにって。」
「…そか。風花は優しいな、偉い偉い。」
渚は回された風花の腕を少し緩めて振り返り、風花の頭を自分の胸元に抱き寄せ、撫でた。その動作の間、渚は風花の顔を見なかった、見ないように努めた。
恋人だから、その顔が何か知っているから、ここまでの我慢と強がりを台無しにしたくはなかったのだ。
しばらくそうした後、満足したのか風花が腕を下ろしたタイミングで、渚も撫でるのを辞めた。
「まあそうは言っても、さっきあの子たちにも言いましたけど、私は人の評価には少し自信があります。きっと大丈夫と信じてますよ。」
「…さっきまであんなに弱っとったのに、自分かわええな。」
「うるさいです、あと今日は第三の任務が終わるのが多分9時くらいなので、ご飯はビーフシチューでいいですか?」
「あー、あれなぁ。あれ昨日材料だけ買って結局作らんかったもんなー。分かった、ウチは10時前には帰るでー。」
渚はドアに手をかけ、風花もそれに続こうとした。しかし、渚はドアを開けずに立ち止まり、ふと口を開いた。
「風花、あんま無理すんなや。あれが自分にとってどれだけトラウマかはウチがいっちゃんしっとる。」
「ウチらは確かに隊長で教官やから、アイツらを強くするためにやらんとあかんこともある。せやけどキツかったらウチにだけはなんでも言ってええ。その………あー、こ、恋人やからな。」
渚は言い終わるまで絶対にドアの方から視線を移そうとはしなかった。そして、風花もその顔を見ようとはしなかった。
恋人だから、その顔が何か知ってるから。
何年経っても恥ずかしがり屋な恋人は、ここで顔を見られたらもっとこの言葉を言ってくれ無くなると思ったからだ。
「…そうですね、ありがとうございます。でもね、いい加減に慣れてよ渚ちゃん。こ・い・び・と。」
「えっ……………あー、せ、せやな。ほな行くで!!自分も仕事やろ、ほらはよはよ。」
渚はドアを開けると、早々に自分の職場へと歩いていった。風花も仕方ないなと目を細めつつ会議室を後にしたのだった。
裏の世界の過ごし方 G@in(あっとげいん) @Gain3
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