その復讐は、灰色のようで、何色でもなくて

義為

本編

 私は、あの人を助けたかった。

 私だけが、あの人の苦しみを知っていたのだから。

 だから、私が、貴方を殺したんだ。


※※※


「先輩が助けを求めなかったから、俺達にはどうにも出来なかったんだ」

「そうだね。結局は予定通り、あの人に頼らず引き継ぎしなきゃ」

「そ、予定通り。先輩に全部頼ってた体制は不健全だった。これからの方が健全だろ」

「新学期早々、もたもたしてる時間、ないね」

「おう。先輩に見せてやろうぜ。あんた抜きで、俺達はやれるってさ」


※※※


 なんで助けを求めてくれなかったの。

 私はこんなに痛かったのに。

 私は憎い。

 皆が。

 私も。

 貴方さえも。


※※※


「誰も悪くないよ。強いて言えば、力不足だね。退く時に退く、それすら出来ない未熟な彼。強引にでも彼を止められなかった僕達もね」

「はい。あの人も、私達も、止まれなかった」

「先生だってそうさ。あんな彼を、褒め称えていたんだから」

「謝罪会見、今夜でしたよね」

「どの口がって思うけどね」

 

※※※


 どの口、それは、私だ。

 私に刺さる言葉。

 私の胸に、刺さる。

 本当に刺されば良いのに。

 あの人と同じように。

 胸を貫いて。

 肋骨の隙間を縫って。

 蠢く心臓を突き破って。

 それは、セラミックの三徳包丁だったという。


※※※


「なあ、ニュース見たか」

「見る必要ないでしょ。私が一番詳しいんだから」

「いや、新情報。生徒会長、自殺じゃなかったんだよ」

「……え?」

「母親の交際相手に刺されて、自殺に偽装されたんだよ」

「じゃあ、学校の謝罪会見は……?」

「全くの的外れ、謝り損!……でもないか。家庭環境へのフォローが出来てなくて、生徒を死なせたんだから。言うなら……二度手間?」

「ちょっと……待って……」

「あ……悪い。お前が一番近くに居たんだから、辛かったよな」

「ごめん、ちょっと一人にさせて……」


※※※


 家庭科室。

 生徒会の特権を悪用するのは、夏休み、あの人の誕生日以来。

 引き出しには、清潔なステンレスの群れ。

 何も分かってなかった。

 あの人に痛みなんて、なかった。

 勝手に痛がってただけなんだ。

 あの笑顔を信じられなかった私が。

 見つけた。

 灰色のシリコンヘラ。

 あの人と私の。

 いや、違う。

 二人の季節外れのチョコレートの前にも、後にも、誰かが使った。

 私は、何も分かってなかった。

 私のものなんて、何も、ない。

 熱い。

 手首が、お腹が、首元が。

 熱く、熱く。

 脈打つ、動脈。

 ねえ、なんで。

 なんで。

 私、生きてるの。


※※※

 

「頼むぜ、会長。……おーい、会長ー?」

「ん、ごめんね。まだ慣れなくて……」

「ま、そうだよな……悪い!荷が重いとは思わないが、異例だよな」

「想定内だよ。生徒会規約10条4項に従って、私が会長になっただけ」

「悪いな。俺達の代は繋がりを大事にしていこうぜ」

「繋がりなら、あったよ。先代会長の作業フォルダ、引き継ぎ資料が揃ってたんだから」

「……そうだったな。初仕事、行ってこいよ」

「うん!」


※※※


 殺したかった。

 私が、殺したかった。

 あの人の特別になりたかった。

 悲劇のヒロイン。

 あの人の死を使って、愛を語りたかった。

 でも、あの人は幸せに生きて、身勝手な他人に殺された。

 そんなの。

 ダサいじゃん。

 死人に恋して愛されたいなんて。

 寂しい一人遊びでしかない。

 だからね。

 貴方を生き返らせてあげるの。


※※※


 生徒の皆さん。こんにちは。私は、本日投開票された生徒会長選挙にて信任された、緑川みどりかわのぞみです。

 私がこの季節に生徒会長となったことと、先代会長の死は切って離せないことです。皆さんは先代会長のことをどのように思われるでしょうか。学校中を巻き込むスキャンダラスな死、その真相が明らかになる過程で、メディア関係者に何度も尋ねられたはずです。

 そう、死。死によって彼は皆さんの心に刻まれました。私は、それが無念でなりません。先代会長は、不幸な死によって、皆さんの心に死人として残っているのです。それは彼の生への冒涜です。

 だから、私がこれから話すことは、これからの活動方針であると同時に、先代会長の功績です。彼が生きていた証。それは、私が引き継いで、来年入学する次代が引き継ぐのです。


※※※


 これは、復讐。

 夏の終わりに死んでしまった、あの人を、殺す。

 秋の始まりにあの人を殺した、私を、殺す。

 あの人を可哀想な死人にした、全ての人間を、殺す。

 一周忌も通り過ぎた冬の日。

 私は、とっくにあの人と同い年になっている。

 ねえ。

 私。

 貴方より大人になるよ。

 きちんと生徒会を引退して。

 だから、貴方を愛する後輩は、もう、おしまい。

 貴方を愛した、私を、殺す。

 だから。

 これで。

 さようなら。

 つまらない死なんかじゃない別れ。

 私が、貴方の死に、してあげられる、最大の復讐。

 降り始めた初雪は、喩えるものなんてなく、ただの雪だった。


※※※


「引き継ぎ資料、凄くしっかり作ってあって助かりました〜!でも、デザインが普段の会長とは違ってシンプルですよね〜」

「分かる?代々引き継ぐものだからね。それと、私は先代会長なんだけど?しっかりしてよね、生徒会長さん?」

「やだな〜!ボクは名前だけ貸すんで、会長が仕事してくださいよ〜!」

「そんなわけにいかないの。私はもう部外者なんだから」

「そういえば、3 年の先輩は顔出してくれますけど、先々代の会長って会ったことないですね〜。どんなヒトなんですか?」

「ん〜〜〜……仕事は出来たけど……ま、言葉で語っても表せないかな、あの人は」

「なんすか、それ〜」

「その資料、作った人」

「え!?じゃあ代々引き継ぐなんて嘘じゃないですか〜!」

「そう?君で三代目でしょ?」


※※※


 もう、貴方が死んだことも関係ない学年が引き継いだ。

 貴方の命を。

 だから、もう良いよね。

 墓も無い、貴方の死を悼んでも。

 一人で貸し切った家庭科室には、もうあのシリコンヘラはなかった。

 探してないからかもしれないけれど。

 生チョコなんて、溶かして混ぜて固めるだけの幼稚な製菓。

 ココアパウダーと、粉砂糖。

 それは、重なっても混ざり合わず、灰色にはならない。

 100均のラッピングセットで包んで、会長へ、食べないでください、と書いたメモを貼り付ける。

 生徒会室の前に置いて、背を向けて歩き出す。

 きっと誰にも意味が分からない。

 分からないのが、良いんだ。

 貴方にチョコなんてあげないんだから。

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その復讐は、灰色のようで、何色でもなくて 義為 @ghithewriter

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