第31話 ギリギリ限界


 ギルド本部の対策室の空気は張り詰めていた。

 複数のモニターに映る映像はノイズまみれで、稲光と闇が交互に画面を塗り潰している。


「……映像解析、完了。識別名を付与する――」


 職員の一人が震える声で報告する。


「ユニーク個体、ストームヴァルド。雷を統べる飛竜の将。盾に嵐を宿し、剣で稲妻を裂く。その風格、王者に等し。嵐王らいおうと命名する」


 室内が静まり返った。

 スクリーンの中で稲妻が咆哮を上げる。

 嵐の王、ストームヴァルド。

 その名が宣言された瞬間、画面が爆ぜた。


 白、黒、白、黒。

 映像が交互に明滅し、何が起きているのか誰にも分からなかった。


 :画面バグってんのか!?

 :稲妻が多すぎて見えねえ!

 :悠真どこだ!?

 :嵐の王とか聞いたことねえぞ!!


 嵐の中。

 悠真は確かにそこにいた。


 足元は泥でぬかるんでおり、最悪の状態だ。

 風は刃となり、髪を揺らし、体温を奪い去っていく。

 空気は雷の奔流。


 全身の感覚が狂う。

 皮膚が焼け、指先が痺れる。

 体の奥にまで電流が流れ込み、筋肉が軋む。


「……これが……ユニーク、かよ」


 歯を食いしばり、息を吐く。

 目の前にいるストームヴァルドはただの怪物ではなかった。

 意思を持つ王の目で、悠真を見下ろしている。

 その視線が問う。


 ――お前ごときが、嵐に抗えるか。


 悠真は笑った。

 喉の奥から掠れた笑いが漏れる。

 理不尽、絶望、逃げ場のない現実。

 そのすべてが可笑しくて仕方がなかった。


「……ははっ。ほんっと、ダンジョンってのは理不尽だよなぁ!!」


 バトルメイスを握り直し、踏み込む。

 雷鳴が地を裂き、視界が白に塗り潰される。


 次の瞬間、悠真の姿が嵐を切り裂いた。

 稲妻の壁を抜け、ストームヴァルドの懐へ飛び込む。


「まあ、それでもやるしかねぇよなっ!!」


 全力の咆哮。

 稲妻と鉄槌がぶつかり、空が割れた。

 衝撃波が走り、モモのカメラが弾き飛ばされる。

 映像は真っ白になり、音声が途切れる。


 :なにが起きた!?

 :オーク生きてんのか!?

 :どうなってんの!?

 :違う! 悠真が――!


 ノイズの向こうで、雷と肉体のぶつかり合う音が響く。

 映像は途切れ、ただ、嵐の咆哮だけが世界を揺らしていた。


 稲妻が落ち、地が裂け、火が上がる。

 轟音が世界を揺らし、白黒となった。

 雷鳴のように響く音、それは二人の激突音だった。


 金属の咆哮が鳴り響き、閃光が散った。

 衝突音が待機を震わせ、再び閃光が世界を照らす。

 嵐の中、影が二つ、ぶつかっては弾け、空へと舞う。


 悠真の咆哮が空気を裂く。

 バトルメイスが火花を撒き、雷光の中で弧を描く。

 それに応えるようにストームヴァルドが翼を広げた。

 刃が雷を裂き、雷が刃を包む。

 雷鳴が轟くたび、世界が反転した。


 雨粒が弾丸のように叩きつける。

 足元の泥が爆ぜ、空が閃光に飲まれる。


「おおおおおッ!!」

「グオォォォォッ!!」


 雄叫びと咆哮が重なり、空気が震えた。

 メイスと剣がぶつかり合うたび、閃光が炸裂し、世界が白黒に塗り替わる。


 ぶつかって弾ける。

 踏み込んで叩きつける。

 そのたびに雷鳴が鳴り、風が唸り、地が軋んだ。

 ストームヴァルドの翼が風圧を放ち、悠真の体を押し返す。

 悠真は歯を食いしばり、滑る足場を無理やり踏みしめる。


 汗が、雨が、血が混ざる。

 息が荒く、視界が滲む。

 肩が上下し、腕が悲鳴を上げる。

 それでも止まらない。


「はぁ、はぁ……! 化け物め……!」


 息を吐くたび、白い煙が漏れた。

 全身から蒸気が立ち昇る。

 筋肉が焼け、骨が軋み、全身に苦痛が走る。


 だが、ストームヴァルドはまだ余裕の笑みを浮かべていた。

 雷光がその輪郭を照らす。

 宙に浮かび、悠真を見下ろすその姿はまさに王。


 雷を纏い、剣を掲げ、翼を広げる。

 稲妻が剣に吸い込まれ、刃が空を裂く。

 悠真は見上げ、唇を歪めた。


「……そうかよ。まだ余裕があるって顔だな」


 不敵に笑った。

 血が口端から零れる。

 それでも笑う。

 否、笑う他なかった。


「だったら、こっからはこっちの番だ」


 雷鳴が応え、嵐が再び、二人を飲み込んだ。

 風が裂け、稲妻をかすめ、空気が悲鳴を上げた。


 悠真の身体を包むのは疾風の紋。

 風属性の強化魔法、脚に、腕に、背に、流線の風が走る。

 空気抵抗が消え、体が軽くなる。

 全身が弾丸のように研ぎ澄まされていく。


 その両手のメイスには大地の力。

 土の紋章が浮かび、岩のような重厚な光が走る。

 雷に抗う唯一の属性。

 大地は雷を喰らい、受け止め、還す。


「……こっからが本番だ」


 大地と風。

 その二重の力を宿し、悠真は跳んだ。

 稲妻が走り、轟音が世界を貫く。

 ストームヴァルドが咆哮した瞬間、悠真の影が稲光を裂いて迫る。


 疾風が走り、大地が唸る。

 メイスの一撃が雷を叩き潰し、空気が震える。

 ストームヴァルドの剣が火花を散らす。

 雷の刃が弾け、衝撃が世界を揺らす。


 悠真は止まらない。

 風の流れを読むように踏み込み、

 左へ、右へ、上へ、そして反転。


 そのすべてが一瞬。

 音より速く動き、メイスを振るうたびに土の破片が舞う。


 「おおおおおおおおおっ!!!」


 稲妻のような咆哮を上げる。

 嵐となりて空が割れた。

 ストームヴァルドの鱗が土の衝撃でひび割れる。

 だが、王は退かない。


 雷が剣を包む。

 翼の稲光がさらに強く輝き、周囲を白く染め上げた。


「グルアアアアアアアッ!!」


 雷光の翼が一閃。

 その瞬間、悠真の風が断たれた。

 気づいた時には背後、嵐の王の尾が空を裂き、背中を叩きつける。


 ドンッ!


 凄まじい衝撃が地を砕いた。

 悠真の身体が地面に叩きつけられ、土煙と血が弾ける。


「ぐ、あ……っ!!!」


 肺から空気が抜ける。

 内臓が軋み、全身が悲鳴をあげた。

 視界が白く、意識が遠のき、目の前が真っ暗になる。

 けれど、止まれない。

 止まった瞬間、死ぬ。

 死ぬのだ。

 その確信が今の悠真を突き動かす。


 来る。

 本能が叫ぶ。

 体が勝手に転がった。

 次の瞬間、稲妻の剣が悠真のいた地面を貫き、地形そのものを爆砕した。


 衝撃波と同時にとてつもない風圧。

 体を引き裂くような雷鳴。

 その余波だけで悠真の体は宙に舞う。


 :やばい! やばい!

 :今の避けた!?

 :てか、地面吹っ飛んでるんだけど!?

 :本気ってレベルじゃねぇ……!


 悠真は空中で体勢を立て直し、血に濡れた口で笑った。


「……まだだよ。これぐらいで止まってたまるか」


 風が再び巻き、足元に土の光が集まる。

 再起動して立ちがる。

 雷鳴の下、大地と風がもう一度、嵐へ挑んだ。

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使い魔達を働かせて不労所得で人生勝ち組だったけど下克上されました 名無しの権兵衛 @kakuyou2520

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