三途の川のほとり住まい

よつば 綴

三途の川のほとり住まい


 ここは三途の川。僕は、この川のほとりに住んでいる。


 毎日、河原で石を積んでいる子供達の邪魔をしなければいけない。いつからここに住んでいるのか、どうしてここに住んでいるのか、何も憶えていない。

 家族も居ない。小さな家に一人で住んでる。ただ毎日河原に行って、石を積んでいる子供達の邪魔をする。

 他にも、僕と同じ事をしている人がいる。いや、あれは人ではなく鬼なんだろう。頭に一本、もしくは二本の角が生えている。僕の頭にも一本、角が生えている。それ以外の容姿は子供達と変わらない。


 誰も何も話さない。子供達は静かに泣きながら、ひたすらに石を積んでいる。

 僕も喋ろうとは思わない。違う。子供と喋ってはいけないと知っている。



 ある日、いつもの様に空に大きな鐘の音が響き、鬼たちがぞろぞろと家に帰っていた時だった。隣の家に住む、角が二本の鬼が話しかけてきた。


「なぁ、お前のはこの辺なのか?」

「何の話? 僕、何も憶えてないんだ」

「そうか、俺も初めはそうだったよ。小さいのに可哀想にな」

「僕と同じ? 僕、可哀想なの?」

「大丈夫。お前もこんな石を見つけたら全部思い出すよ」

「石?」

「そう。これが俺の石。キレイだろ?」


 石の中心で、炎がメラメラと燃えているような色をしている。


「キレイだね。こんな石を見つけたら、僕も全部思い出せるの?」

「そうだよ。まぁ、思い出さなくてもいいかもしれないけどね。みんな、色も形も大きさも違うんだけど、見た瞬間に自分の石だってわかるんだ。俺もすぐにわかったよ」

「へぇ。どこで見つけたの?」

「俺のは、あの子供が積んでる石の中にあったんだ」


 そう言って、小さな女の子の方を指さした。


「全部思い出したから、俺はここで石積みの邪魔をしてるんだ」

「どうして?」

「それは、お前も全部思い出したらわかるよ」

「そう。教えてくれてありがとう。僕も探してみるよ」

「いいんだ。これも役目だから」

「役目?」

「思い出せばわかるよ」

「そうなんだ」

「じゃぁ、旅に出る支度をしなくちゃな」

「旅?」

「そう、旅。お前の石を探す旅。ここから七つ目の村まで行ってみな。そこに大きな鬼神おにがみ様がいるから、その方に自分の石がある区域を探してもらうんだ」

「遠いね。でも行くしかないんだね」

「行かなくてもいいけど、今と同じ生活をずっと続けなきゃいけない」

「なら行くよ。ここから七つ目だね。明日出発するよ」

「おう。気をつけて行くんだぞ。四つ目の村の鬼人きじんには、特に気をつけろよ。見境無く、俺たちまで食べるからな」

「わかった」


 そうして、旅支度をして僕は家を出た。



 家を出てから四日目に、四つ目の村に着いた。とても廃れた村。誰も住んでいないのかな。たまに、呻き声みたいなのが聞こえる。怖いから早く通り過ぎよう。


 四つ目の村を足早に通り抜けて、少し行ったところで日が暮れたから野宿をした。静まり返った夜闇に紛れて、村から唸り声が響いてくる。


 耳を塞いで眠ったけど、突風の所為で目が覚めた。驚いて辺りを見回すと、僕の三倍くらい大きな鬼が焚き木の向こう側に立っている。


「っうわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕は夢中で逃げた。真っ暗で、足元が見えないから何度も転んだ。あちこち痛かったけど、本能が逃げろと命令してきた。だから、ずっと走った。



 気がつくと辺りは明るくなっていて、五つ目の村に着いていた。村に入ると、親切な鬼のお爺さんが助けてくれた。


「もしや、大鬼人だいきじんに襲われたんかいな?」

「大鬼人? たぶんそう。僕の三倍くらい大きな、角が三本の鬼だった」

「そいつが大鬼人よ。よう逃げきれたもんや」

「夢中で走ったんだ。気がついたらこの村だった」

「そうかいな。運が良かったんやろう。大鬼人は、他の村には行けんようになっとるからな」

「どういうこと?」

「ここから二つ向こうの村の鬼神様がな、大昔に封じの呪印をやってくだすったからやよ。あの村は滅んだがな、他の村は助かったわけよ」

「そうだったんだ。そうだ、僕はその鬼神様に会いに来たんだった。急がなくっちゃ」

「そうやろうな。お前さんの角見りゃわかるわ。やが、慌てんと。ちょっと休んでいきや。そんな怪我で行っちゃぁいかん」

「角でわかるの?」

「そうよ。角の数には意味があってな。一本は記憶無しのなり損ない、二本は石持ち、三本は全てを無くした者」

「僕は、なり損ない······」

「言うてもこれからや。石さえ見つけりゃぁ角がもう一本生えるけの」

「そうなんだ。じゃぁ、少し休ませてもらったら行くよ」

「そうせい。明日の朝、ゆっくり出りゃぁええ」

「ありがとう」


 僕はお爺さんの世話になって、翌朝五つ目の村を出た。



 二日歩いて、やっと七つ目の村に着いた。鬼神様は役所にいらした。僕の倍くらいはある、大きな鬼だ。


「鬼神様、僕は石を探しています」

「そうですか。では注意事項などがありますから、しっかり聞いていてくださいね」

「えっと、わけがわからないのですが」

「そうですね。今から説明しますから、此方へどうぞ」


 鬼神様は、大きくて重そうな扉を片手で軽々と開けると、僕を席に案内してくれた。

 部屋いっぱいに椅子が並んでいて、玉座みたいな立派な椅子の方を向いている。


「ここは?」

「あなたと同じ様な方々に、今から説明会を開くのです」

「説明会ですか」

「しばらく待っていてください」


 そう言って、鬼神様は玉座の様な椅子に座った。


「皆さん、何も分からないまま大層不安でしょう。今から説明しますので、聞き逃さないように。まず、あなた方は死人だと自覚していますか?」


 会場がザワつく。


「まぁ、自覚している方は極僅かでしょうね。あなた方は既に亡くなった、元人間です。死因も年齢も様々です。唯一の共通点は、親より先に死んだ事です」


 鬼神様は続けて言った。


「亡くなってからそれぞれ罰を受けたのち、自から選んで鬼に転生したのです。我々鬼は、そうして生まれます。おおよそ亡くなった時の年齢に近い姿に転生します。精神的な面も大きく影響してきますが、それはまぁどうでもいいでしょう。あなた方はこれから、各々の記憶が宿った石を探しに向かわれるでしょう。石を見つけると、生前から死後の記憶まで蘇ります。稀に、石が生前と死後との二つに別れている方もいますが、大概ほぼ同時に見つかるのでご心配には及びません。頑張って探してください。もしも石を探さないという方は、ここに来る前にいた場所に戻り、各々がしていた仕事を再開してください。説明は以上です」


 眠くなるほど長い説明を淡々と、ほぼ一息にされた。誰も口を挟む隙などない。


「続いて注意事項です。記憶を取り戻すと様々なショックで精神喪失や自我を失う方がいます。自我を失った場合、角が三本になり暴れ始めます。周囲にそういう方がいたら直ちにご一報ください。私が対処します。それと、せっかく見つけた石を失なくすと再び記憶を失くし、数日で自我を失いますのでご注意ください。では、何か質問などありますか?」


 一度に沢山の情報を詰め込まれ、一同ポカンとしている。


「無ければ説明会を終わります。皆さん、頑張って石を探してくださいね。それでは、皆さんの石のおおよその在処を一人ずつ教えていきます。荷物を持ち、一人ずつ私の前に来てください。探さない方はそのままお帰りください」


 それから、鬼神様は一人一人に目的地を教えていく。そのまま帰る者は居なかった。


 いよいよ僕の番だ。鬼神様が、変わった装飾の虫眼鏡で僕を見て言った。


「あなたの石は、ここから川上に六十キロ程行った村の辺りにあります。近くて良かったですね。いえね、先程ここから二千キロ離れた村を目指す方がいたもので」

「二千キロ······。近くで良かったです。ありがとうございました」

「お気をつけて。良い旅を」


 僕は村を出て、来た道を戻り、川上に向かってまた歩き始めた。結構な上り坂だけど、おそらく五日程で着くだろう。多分、あのお爺さんの居た五つ目の村だ。そう思うと、少し足取りが軽くなった。



 七つ目の村を出てから五日目、予定通り村に着いた。やっぱり五つ目の村だった。とりあえず、あのお爺さんの家に行ってみよう。


 ドンドンドン


「ほいほい、どちら様かいな?」

「先日はお世話になりました。鬼神様に、僕の石はこの村の周辺にあると言われたので戻ってきました」

「そうかい。まぁ気長に探しな。なんならここに住んでも構わんよ」


 そう言ってくれたお爺さんの言葉に甘えることにした。どうして、こんなにも親切にしてくれるのだろう。鬼って、本当は優しいのかな。

 石を探している間は、前と同じように河原をウロウロして、石積みをしている子供達の邪魔をした。数日、数週間、数ヶ月と、時間はあっという間に過ぎた。



 ここに来て半年くらい経ったある日。今日も、河原をウロウロしながら石を崩す。


 ふと川の中を見ると、青く光っている物が見えた。川に少し入って取りに行く。まだ浅い所だったから良かったんだ。

 拾い上げると、石の中心から青い炎が燃えるように輝き出した。すると、僕の頭に色んな記憶が蘇ってゆく。



 僕は家族で海水浴に行って、お父さんがダメって言ったのに浮き輪を外して溺れたんだ。

 お父さんが助けてくれたけど、いっぱい水を飲んで苦しくって、それで死んじゃったんだ。

 何処かで、お父さんとお母さんとお兄ちゃんが、ずっと僕を呼んでた。何度も何度も。でも、この川の向こうで誰かに呼ばれたんだ。あれは誰だったのかな····。


 そうだ、僕が小さい頃に死んだおじいちゃんだ。おじいちゃんが、川の向こうから『帰りなさい』って言ってたのに、おじいちゃんと遊びたくなって渡っちゃったんだ。



 ハッとして意識が戻った。これが生前の、死ぬまでの記憶。おかしいな、死後の記憶は?


 首を捻って悩んでいると、後ろで子供が大声を上げた。驚いて見ると、積んでいる石の中が光っている。僕の持っている石と呼び合うようだ。石を崩して、輝きを放つ石を手に取った。

 川の中で見つけた石と同じように強く光って、また記憶が流れ込んでくる。



 河原で石を積んでいると、隣で鬼が僕に説教している。あぁ、おじいちゃんだ。

 ずっと『なんで来たんだ』とか『言う事を聞かないからだ』って言っている。僕は『ごめんなさい』って、何度も謝りながら石を積んでは、近くを通る鬼に石を崩された。


 すごくすごく長い間石を積み続けてたら、地蔵菩薩様が来て僕を連れて行った。それから、重い重い扉を開けて『ここを通って長い長い階段を昇れば人に、まっすぐ進めば鬼に転生できる』って教えてくれたんだ。

 僕は、迷わず廊下を突っ走った。そして気がつくと、河原で子供達の石を崩していた。



 また意識が戻って、お爺さんに石を見つけたと言いに行った。


「僕のおじいちゃんだったんだね」

「思い出したんかい。なぁ、お前はなんで鬼に転生したんや?」

「おじいちゃんと遊びたかったんだよ。家族で、僕とお爺ちゃんだけでしょ? 地獄に来ちゃったのは」

「お前は本当にバカもんやな。人間に転生したら良かったもんを」

「知らない人のとこに行くより、大好きだったおじいちゃんと一緒に居たかったんだよ。それに、僕が人間に生まれ変わったら、おじいちゃん一人になるでしょ」

「そうかい。ありがとうな。······ごめんな」


 おじいちゃんは、ひいおばあちゃんより先に死んじゃったから、地獄に来ちゃったんだと言っていた。何歳になっても、親より先に死ぬと地獄に堕ちるんだって。


 そして、僕は今日もまた、子供達の石積みを邪魔しに行く。今日からは、おじいちゃんと一緒に。

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