第8話 成仏させるには?
帰宅途中だという彼女らと共に駅? という場所へとルーネは歩いていた。「ご一緒にどうですか?」と訊かれたので頷いた結果、こういうことになった。
きゃいきゃいと賑やかな前方ではなく、ルーネは一番後ろをついて行っている。話したいことがあったのであかりを手招きして呼び寄せたので隣には彼女も。
「それで、何のようですか?」
なぜか若干怒り気味なのか昨日よりも声が低い。体調が悪いのかな、なんて呑気なことを考えながら彼女の耳元に口を寄せた。
「あれ、気づいてますか?」
「あれとは?」
「男の子の霊がそこにいるじゃないですか」
その言葉にあかりはビクッと身体を震わせた。きょろきょろと周りを見回す。
「どこにいるんですか?」
「どこって、そこにいるじゃないですか」
指し示すまでもなく視界の端に見えているので、当然彼女もそれに気づくと思ったのだが、
「そこって言われても……わたしは霊が見えるわけじゃないのでわからないですよ」
その言葉にルーネは驚いた。
「見えないんですか!?」
「見えないですよ。わたしはそんな特別な力を持ってないです」
驚愕の真実だった。
霊を見るということを特別とあかりは言ったが、ルーネには特別だとは到底思えなかった。島では誰もが霊を見ることができる。戦闘に従事していないものである、農家や漁師の人でもだ。
というかできなければ大変なことになってしまう。
暗いところに潜んでいるゴーストに生気を抜き取られてしまうのだ。島の住民はそれらの霊を見つけ次第、自警団や教会に報告しに行ったり、ルーネに報告をしに行ったりする。そうして浄化することで街の安全を保っている。
こちらの世界ではそういったことをしている人はいないのだろうか。
気になってあかりに訊いてみると、
「いるような、いないような?」
ふんわりとした回答を頂いた。いないというわけでもないのかもしれないが、そこまで有名な職種ということでもないらしい。ただ単にあかりが知らないだけという可能性もあるが。
この世界の浄化事情について考えていると、腕をちょんちょんと叩かれた。
「それで、どこにいるんですか?」
彼女からしたらそんなことより、目の前の霊のほうが大事なことのようだ。それもそうかと思いながら指し示す。
「あの、一番左の女の子に憑いてますね」
「高森さんにですか……」
あかりは少し顔を青ざめながら、ルーネの顔を見た。
「もしかして、わたしが原因ですか? 呼び寄せてしまって、彼女に押し付けてしまったとか……」
どうやら高森という女性とはいつも一緒にいるのでその拍子にということを考えているのだろう。ルーネは大げさにかぶりを振ってみせた。
「そういうことはないと思います。悪霊じゃないですから」
首を傾げて、よくわかっていない様子なので詳しく説明を始める。
「あかりさんの体質が引き寄せるのはたぶん悪霊です。けれど、あの高森さん? という方についているのは普通の霊です」
「えっと?」
「霊には大きく分けて二種類います。一つは悪い霊です。あかりさんを襲ったのはこちらに分類される霊です。いわゆる想像しやすい悪い霊がこちらだと思ってください」
無言ながらも、相槌を打ってくれている。
「二つ目が良い霊もしくは普通な霊ですね。特に邪念などを残していないにもかかわらず現世に残ってしまった霊だと思ってください」
本当はこちらのほうの霊も現世に悪いことを及ぼすことがあるのだが、とりあえずは置いておこう。
「じゃあ、彼女に危害はまったくないということですか?」
彼女にくっついているのが普通な霊と言ったのでそういう思考になるのは当然だ。けれど、そういうわけでもないのが面倒なところである。
「いえ、それがそうとも言い切れないんです。普通の霊はただ憑いているだけでは被害を生みませんが、その存在そのものが悪い霊を呼び寄せてしまうんです」
「それはどうしてです?」
「悪い霊は普通の霊を食べるんです」
その言葉にあかりは身体を大きく震わせた。
「悪い霊が霊を食べるとその密度が上がります。つまりは力が強くなるんです。それを自覚しているかしていないかはそれぞれですが、霊が狙われるということには変わりないです」
「そして、力が強くなった霊は人間にも干渉することができるようになります。力をつけていくと面倒なことになってしまうのでそうなる前に倒すのが基本的な戦術になります」
一般的な霊の情報を説明し終える。
「なら、高森さんは危ない目に合うかもしれないということじゃないですか!!」
「その可能性はあります」
否定することはできない。可能性としては十に一つもないくらいだが、なくはないのだ。
「ベンスルクさんがやった霊を祓う方法は使えないんですか?」
あかりは霊を見ることはできないが、ルーネは昨日霊を祓ったということを知っている。そこから自分ならなんとかできるのではないかと思ったのだろう。しかし、
「ボクには霊を消すことしかできません。聖職者が天に還すのとは違って、存在そのものを消してしまうんです。だから、あまり取りたくはない方法です」
悪霊はもう天へと昇れないような酷い霊になってしまっている。なので、遠慮なく魔法をぶっ放せるが、普通の霊は違う。なんらかの理由で現世に留まっているだけで悪い霊ではないので、存在を消すという方法をとるわけにはいかない。
「えっと、ならどうしたら……」
「あの霊を成仏させればいいんですよ?」
いたってシンプルでその原因自体を無くしてしまえば、彼女に被害が及ぶという可能性はなくなる。
「……祓えないって言いませんでした?」
「祓えはしないですよ? 成仏させる方法を知っているだけです」
こちらから手を出すことができないのなら、自分から現世を離れてもらえばいいわけである。その方法を知っているというわけである。
「なら、それはどうやって?」
ルーネはニヤリと笑いながら宣言した。
「お供え物をして現世に満足してもらおう!! 作戦です」
あかりはぽかんとした顔をする。
かなりわかりやすく説明したのだが伝わっていないのだろうか。
ルーネは首を傾げる。
「えっと、そんな方法で良いんですか?」
彼女はあまりにもシンプルな方法だったので効果のほどを疑っていたようだ。まあ言葉だけを聞くならなんと脳天気なものなのかとルーネも思わなくもない。
「これは島でも行われている正式な作法なんで、効果は検証済みです。なんなら、いま試してみましょうか」
ルーネはポーチから例のどら焼きを取り出した。
自分で食べれないことを少し残念に思うものの、現在食べ物はこれしか持っていない。店番の少女に心のなかで謝りながら、泣く泣くどら焼きをお供え物にする。
まずはどら焼きに魔力をこめる。こめすぎてもいけないし、足りなすぎてもいかないので絶妙な塩梅にする必要だ。
魔力入りどら焼きが完成すると、それを男の子の霊に見えるようにゆらゆらと揺らす。
しばらくそうやっていると、どら焼きの存在に気づいたのか吸い寄せられるように霊はこちらにやってきた。まるで匂いを嗅ぐようにぐるぐるとどら焼きの周りを飛んでいる。
本当はお墓にお供えするのが正式な作法だが、今回は手っ取り早く魔力をこめてしまった。こうすることの何が便利なのかというと、身体を失くしたものにも触れることができるようになるという点である。
ルーネはごく自然に少年にどら焼きを渡した。まさか、触れると思ってなかった少年は瞳を大きくして驚いている。それで仕草で食べるように指示を出すと嬉しそうに食べ始めたのだった。
よほどお腹が空いていたのか、ぺろりと平らげてしまった。すると少年の身体は先ほどよりもやや薄くなった。現世に少し満足したことで成仏に一歩近づいたのだ。
「ね? 効いたでしょう」
「……いえ、見えないですって。わたしにはあなたの手にあった和菓子が突然なくなったようにしか」
苦笑気味にあかりは答えた。
霊を見えない人にはそう見えているのか。意外な事実を知った。
「けれど、少し高森さんの空気が柔らかくなったような?」
「そうですね。霊が力をなくしたので、そう見えるかもしれません」
「えっと、これを繰り返していけばいいんですか?」
「どのくらいの未練が現世にあるのかによりますね。一般的には何度かお供えをすると現世を離れます」
「お供えするものはなんでもいいんですか?」
「その霊のために作ったものがいいですね。なので、買ってきたものより手作りのほうが効果は高いです。なので――」
「料理を作りましょう!」
成仏作戦がいま始まる。
転移した場所は「日本」という異世界でした ななし @32ddtd
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