第7話 お金の価値と男の子の霊?
結局、ルーネはどら焼きの試食を四度ほどしてしまった。さすがに二つで止めようと思っていたのだが、どんどんと少女が「あーん」と言ってくるのを拒むことができなかったのだ。もちろん食べた分はしっかりと味わって、美味しくいただきはしたけれども。
――このまま立ち去るのはまずい!!
一つならまだしも四つも食べさせてしまったと少女の親にバレた日にはどんなことになってしまうか。勘当なんてことになってしまうかもしれない。
あわあわとしながら、ルーネは腰のポーチから財布を取り出した。もちろん、日本の世界のお金が入っている財布ではなくあちらの世界のお金である。島の人間は基本的に物と物の交換が多いが貨幣という概念も存在している。
どういった時に使われるのかというと、島と外を行き来している商人の品物を買う時に使われることが多い。島の人間同士の場合はそんな面倒なことをしなくても物々交換したりツケという形になったりと貨幣が使われることは少ないのだが、外の商人はそんな関係値がないので信用度がある貨幣を使うというわけだ。
そんなわけでルーネも貨幣自体は持っている。島から払われる給料や、大量発生した魔物の肉や魔石を売って得たものだ。当初、こちらの世界で使えるわけではないし、あちらの貨幣をこちらで換金するということもよくないことではないのかと思ったので持ってくるつもりはなかった。けれど、仕事に出かけるときにもいちおうは財布を持ち歩いている。そんなルーネは日本という国で何も持たないというのが少し不安だった。諸々の理由で財布を持ってこちらに来ていたのだが、それがこんな形で役に立つとは思っていなかった。
財布の中には銅貨、銀貨、大銀貨、金貨が入っている。金貨が最も価値が高いので、財布のなかにも数枚しか入っていないが、他の硬貨はそこそこの枚数を持ってきていた。その中から、大銀貨を二つ取り出した。
「手を出してくれるかな」
少女は両の手のひらをこちらに差し出してくれたので、その上に二枚の硬貨を乗っける。
「わあー! 綺麗――っっ!!」
思わずと大きな歓声を上げた彼女は急いで口を手で覆った。大銀貨は不純物が一切混じっていないとても綺麗な硬貨なので、綺麗な硬貨なのは間違いない。
けれど、少女はぶんぶんとかぶりを振ると、お金をルーネに突き返してきた。
「も、もらえません!! こんな綺麗なお金!! ただの試食ですから!!」
ちゃんとお金だと思われていることにほっとした。こちらの世界でも貨幣というものはあるらしい。
「ボクの国だとこれはそんなに価値のあるものじゃないんだよ? だから、遠慮なくもらって、ね?」
大銀貨一枚は森番としての仕事を一月こなした貰えるお金だ。そう聞くと大銀貨二枚というのはかなりの金額に思えてくる。しかし実態は少し違う。
外と行き来している商人の品物に甘味の類が売られていることがある。それの値段が大銀貨一枚なのだ。
日本のものとは美味しさが一段も二段も下がるものでそんな値段である。それとは比べ物にならないほどの美味さをどら焼きからは感じた。大銀貨二枚なんて大したことのない金額である。
付け加えて、危険な魔物が発生したときにルーネがもらえる報酬の総額は金貨十枚ほど――金貨は大銀貨十枚で同じ価値――である。意外にお金持ちなルーネはこれくらいのお金なら特に悩むことなく払うことができる。
「え、でもただの試食ですし……私から食べさせたのにお金なんてもらえません」
最初は見たことのない物を欲しがるような仕草を見せたものの、冷静になったのか一転してお金をもらうことを拒む姿勢を見せる。
さすがは日本の店番といったところか。島だったら一も二もなく飛びつかれている。試食のお金を拒む少女を見て、どうしたものかと思考を巡らせる。
名案をひとつ思いついた。
「わかった。試食のお金は払わないよ」
「ありがとうございます!!」
お金を払わないことにお礼を言う少女に苦笑しつつ、言葉を続ける。
「じゃあ、はい」
再び大銀貨を彼女に渡した。
「え?」
「これは感謝の気持ちだよ。受け取ってくれるかな?」
ルーネはいたずらっぽく笑った。
少女はぽかんとこちらの顔を見て、頬を赤く染める。きょろきょろと回りを見たりぐるぐる回ってみたりしたあと、諦めがついたのかついにお金を貰ってくれたのだった。
その後、特別サービスだと言って正規のどら焼きをプレゼントしてくれた――もちろんルーネは断ったのだが、無理やり押し付けられたので、こちらからは金貨を押し付けてみた――なんてやり取りもあったが、無事に店を出て日本の散策に戻ることに。
あちらこちらでいい匂いを漂わせている店が多く、ついつい吸い寄せられそうになるが今度はこらえて道なりに歩いていく。お金を持っていないことに変わりないのだ。いつかお金を手に入れたならここらへんの店を制覇しようと決意しながら先へと進む。いわゆる裏通りという場所を今までは歩いていたのだが、それも終わり車が多く走っている大通りへと行き着いた。
さすがにここらへんになると人の数が多く、周りを見る余裕がなくなってしまった。ただ、今は邪魔にならないように人の流れに逆らわないように歩くしかルーネに取れる行動はなかった。思い切って屋上に飛び移ろうかとも思ったが、誰もやっていないことなので違反行為なのだろう。大人しく、道を歩いていると少し開けた場所に出た。
なにかの入口のような門があり、その奥に道が続いている。そこからはどんどんと人が流れ出てきていて、何らかの集まりが終わったのだと推測できる。
――すごい人の数だな!!
そこを歩いている人数だけで島の全住人の半分はいるかもしれない。それくらいの人の数だった。なんとなくぼんやりと眺めていると、
「……ベンスルクさん?」
突然、自分の名前を呼ばれ魔物に出会したくらい驚いた。胸に手をあてながら、声の主を見るとそこにはもちろん、あかりがいた。日本で自分の名前を知っているのは彼女しかいないのだから。
「あかりさん、どうしてここに?」
「それはこちらのセリフですよ……ここ、わたしの通う大学なんですから」
「ここが、大学」
学校ならこの数の人の群れにも納得だ。王都にある学校でもすごい数の人が通っていると聞く。
「それで、どうしてここ――」
「あかり? この人とは知り合い?」
あかりの更に向こうから声がかけられた。
数人の女性たちがこちらのこと――というかルーネのことを――を観察している。とんでもなく珍しいものを見たとでも言いたげな顔にルーネは自分の服を見下ろした。特におかしなところはないはずだけれども。なら、この状況が珍しいということだろうか。
「はい。ちょっとした知り合いです」
「え? 友人じゃないんですか?」
ご飯を食べさせてもらい、ましてや家にもあげてもらったのだから自分はそう思っていたのだがそうではないらしい。少しショックを受けていると、あかりがこちらを振り向いた。
「あ、いえ! そういうわけ、でもないんですが……」
「へー。あの男をまったく寄せ付けない鉄壁の女とも呼ばれてるあかりがねー」
なんだかからかうような声音の女性。
あかりは再び女性陣のほうを振り返る。
「そういうのじゃないです。……ただの……ただの?」
なんだか言葉に迷っているようなあかりを助けようとして後ろから口を出した。
「家でご飯を一緒に食べるくらいの仲ですよ。ね? あかりさん」
ナイスなフォローに内心満足しているルーネとは裏腹にあかりは額を抑えた。
数秒してから黄色い悲鳴がいくつかその場に聞こえたのだった。
なぜか女性陣に取り囲まれたあかりを少し離れた位置から見守っているルーネに近寄ってくる女性がいた。女性陣の群れにいた人物のひとりである。その女性のことはあかりを見付ける前から気づいていた。
彼女はルーネの顔をじっくり見てから穏やかに笑った。
「うん。いい人みたいで安心しました。あかりが変な人に引っかかってなくて良かった」
そんな彼女の言葉を半ば聞き流しながら、彼女の右肩に注視する。
――どうしようかな。
右肩に乗っている男の子の霊を見ながら、思案に耽るのだった。
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