第6話 どら焼き? 

 長い拘束からなんとか解放されたルーネは島を歩き回った。アイラから貰ったものを交換するためでもあるし、あかりの体質の情報を探るためでもある。交換のほうは上手くいったが、彼女のことはなんの成果も得られなかった。そこまで詳しく彼女のことを説明することもできなかったのでそんな予感はしていたが正にその通りで少し肩を落としながら帰路につくことに。


 家に帰ってから、この世界のことが書いてある本をぱらぱらとめくってみる。いつもと同じような文章しか書かれていないそれを元の位置に戻して、ルーネは椅子にもたれかかる。


「やることがなくなった……」


 ちらりと窓の外を見てみるもまだ太陽は真上に昇ったばかりだった。あかりと約束している時間にはまだまだ余裕がある。どうしたものかと考えて気づいた。


「そうだ!! 日本を少し散策しよう!!」


 椅子から跳ね起きながら、身支度の準備を始めた。昨日は地下の整理中に転移させられていたのでとんでもなく田舎者っぽい服――逆にそれでルーネが普通ではないというのに気づかれたのだが――を着ていた。あかりと移動途中にこちらをちらちらと見ていた人物たちの視線はそんな自分に集まっていた。そんなわけで日本でもおかしくないような服を引っ張り出す。

 茶色いチュニック――めっちゃ中世――にカーキ色のズボン――めちゃくちゃ中世――だ。これなら大丈夫だろうと自信満々に着替えてから、日本へと飛び立つのだった。




 昨日とまったく同じ場所に転移してきたルーネは空を見上げる。木々でそこまで見えないが島とそれほど時間の差はないように感じた。


「よし、とりあえず街のほうに行ってみようかな」


 一度、屈伸をしてから地面を強く踏みしめる。ぐんぐんと森をぬけると、街道に出れたのでそこからも勢いよく走り続けた。


 人の気配がかなりする場所につく前にはルーネはスピードを落とし始めていて、ついには歩行に切り替えた。あまり目立ったことをしていては衛兵に捕まってしまうかもしれない。うんうんと頷きながら、街の風景をのんびりと見回した。


 まず抱いた感想はでかい、だった。島と比べて建物の高さがまるで違うのだ。昨夜赴いた、あかりの住んでいる場所もそうだったが、街内も同じく高かった。何で構成されているのかわからない建築物が所狭しと建ち並んでいる。少し気圧されながらもルーネは歩きだした。


「あれは、どうやって建ってるんだろうなあ」


 一面ガラス張りのとても高い建造物を眺めながら、つぶやきながら歩いていると突然大きな音が鳴り響いた。どうしたとばかりに横を見ると、車が近くに停まっている。周りを見回すと共に歩いていた人たちは少し手前で立ち止まっていた。

 何が何やらわからなかったが、自分がまずいことをしているのは間違いない。慌てて、彼らと同じような場所に戻り、振り返ると車はすでにそこにはなかった。


 その場で少し待つと隣にいた人たちが一斉に歩き出す。どういうことなんだろうとしばらくその場に立ち止まって、確認を行った。


 何度か、人の停まっては歩くというのを観察していると気づく。進行方向の近くについている謎の目印が緑色になると歩いてよくなり、赤くなると止まらなくてはいけないらしいのだ。


「こっちのルールは難しいな」


 ぽつりとつぶやきながら、緑色になったタイミングで歩き出した。


 島で守るべきことなんてものはほんの少ししかない。せいぜい森に入ってはいけないだとか、海に無断で入ってはいけないとかそのくらいだ。こちらの世界はなんとなくだが、かなりのルールが決められているような気がする。

 自分はそれを覚えられるだろうかと心配になっていたルーネの鼻にとてもかぐわしい匂いが届いた。


 思わず鼻をくんくんと鳴らせながら、匂いのもとへと足を進める。この蜜のような甘い匂いはいったいなんなのだろうか。島では嗅いだことのない匂いなのは間違いない。ふらふらと歩いていると一軒の小さな家に行き着いた。先ほどまでいた高い建造物とは違い、馴染みのある大きさの建物に安心感を抱きながら、中を覗き見る。

 見たところ人はいないが気配は感じ取れるのでもっと奥のほうで作業をしているらしい。そんな冷静な分析とは裏腹に目は謎のガラスに覆われているものたちに釘付けだった。


 昨日食べたおにぎりの海苔がついていない小さい版のようなものや、紫色のかたまり、その紫色のものが挟まっている茶色いもの。そんな様々なものがそこには置かれていた。この甘い匂いと何よりも自分のお腹がぐうぐう鳴っているのでわかる。


「食べ物だ!!」


 ふらっと中へ入ってしまいそうになったものの頭のなかの冷静な自分がその足を止めてくれた。店の中に入っていいものなのか、と。先ほどと同じく自分が知らないルールがあったとしたらまずい。衛兵が呼ばれるような事態になったらもっとまずい。

 それにルーネはこのお店で使えるような金銭や交換できる品物を持っていないのだ。中に入ったところでこの不思議な食べ物を食べれるわけではない。

 名残惜しいが、今日のところは諦めるしかなさそうだ。はあと一つため息をこぼして、踵を返したところで、


「いらっしゃいませ!」


 目の前から、真っ赤なバッグを背負った女の子に声をかけられた。背中をとられているのにも気づかないほど食べ物に夢中になっていたらしい。さすがに気を抜きすぎている自分を律していると目の前の子供が笑顔を向けてきた。


「和菓子、お好きなんですか?」


「えっと、好きかどうかはわからない、かな。まだ食べたことがないんだ。その……和菓子っていうものを」


「あー、そうですよね」


 女の子はルーネの全身を大げさに顔を動かしながら見て、納得したようだった。なぜ納得されたのかわからなかったが、そういうことだからと言って立ち去ろうとした。


「なら、食べていってください!!」


「ええ!? いや、ボクは恥ずかしながらお金を持っていなくてね」


 なんとも情けない言葉をこんな小さい子に向けて話すと、手を取られた。


「なら、試食をしていってください!! それならお金はいらないですから!!」


 女の子の手を振り払うわけにもいかずに、なすがままに店内へと連れ込まれてしまうのだった。


「ちょっと待っていてくださいね」という言葉を最後に彼女は店の奥に行ってしまった。どうしたものかと思いながらも足は自然と商品のもとへと。店内は外で嗅いだ匂いよりさらに濃いものが漂っている。この空間にいれるだけでとても幸せなのだが、これを食べたときにはどうなってしまうのだろうか。若干の恐れを抱きながら、商品を見つめていると足音が近づいてきた。


「お待たせしました!!」


 先ほどの女の子がエプロンと白い被り物を着けて戻ってきた。エプロンには店の外にあった看板と同じような文字が書いてある。


「何を試食しますか?」


 純真無垢な笑顔でそう訊かれて断りづらい空気になってしまった。それにこれらの食べ物を食べてみたい。どちらかというと自分の食欲に負けたという理由で試食を一つだけもらうことにしたのだった。


「えっと……じゃあ君のおすすめを一つ貰えるかな?」


 どれの名前もわからないので選択は彼女に任せることにした。そうしたら、彼女は少し悩むもののぱっと顔が輝く。


「じゃあ、やっぱり、あれ!! うちの一番人気のものを食べてください!!」


 ぱたぱたと動いて奥の方に行ったかと思うと彼女は小さな箱を持って戻ってきた。長椅子にそれを置いてこちらを手招きしている。

 ルーネが近くに寄ると、彼女は持ってきた箱の蓋を開いた。


「うちの一番人気のどら焼きです!! どうぞ召し上がれ!!」


 中には小さく切られた一口大のどら焼き? というものがあった。見たところ間に紫色のものが挟まっていたものを切り分けたもののようだ。どうぞとばかりに箱をぐいっと顔に寄せてくるのでありがたく一つ手に取らせてもらう。


 指で摘んだ瞬間、なんともふんわりとした柔らかい感触に驚く。もっちりとしながら弾力もある。どういう方法で作られているのかわからないがこの生地だけでもとんでもない調理技術の高さを感じ取れる。

 続いて、挟まっている紫色の物体を見てみた。近くで見てみてもどういう材料を使っているのかわからない。島でこれに出くわしたのなら食べ物かどうかも疑うほどの見た目をしている。まじまじと見ていたルーネに何を思ったのか少女は話しかけてきた。


「うちのあんこはこし餡なんです!! つぶ餡も美味しいですけど私はやっぱりこし餡です!!」


 こし餡というのがこの紫色の名前らしい。名前を聞くとなんだか美味しそうに見えてくる。

 いつまでも見ていてもしょうがない。簡単に神への祈りを捧げると、どらやきをつまむ。

 思い切って、口の中に入れて一口噛んだ瞬間――


「ん――っ!!」


 なんとも優しい甘さが舌の上で弾け飛ぶ。今まで味わった甘味とはまったく違った。果物の甘さとは全く違う、なんとも上品で人を駄目にしそうな甘さ。


 ――これがこし餡!!


 そして、この生地も素晴らしい。こんなにふんわりとした生地のものを食べたことがなかった。なんとなくパンと同じようなもので作られていそうな気がするが島のパンはこれとは全く違う。島のパンは日持ちするものの、あごが外れるかと思うほど固い代物だ。けれどこれはそれとは正反対をいく。

 ほとんど力を入れなくても食べれそうなほどの柔らかさ。それでいて、この生地がこし餡の美味しさを更に跳ね上げている。


 何度も咀嚼してどら焼きを味わうものの、一口大の大きさといこともあり、すぐに食べきってしまった。


「美味しかった!!」


 素直にそう言える。


 こんなものを味わってしまっては島の果物なんて美味しくいただけなくなってしまうかもしれない。それほどの美味さだった。


「それは良かったです!! もう一つどうですか?」


 ――もう一つ……だと!!


 さすがにもうひとつ無料で食べさせてもらうわけにはいかない。けれど、この美味しさをもう一度食せるというのならなんという幸せだろうか。

 とんでもない葛藤がルーネを襲う。

 どうすればいいのだろうか。本当に食べないことが正解なのだろうか。それとも食べるのが正解なのか。

 そんな途轍もない難問を出されていたルーネに天使が舞い降りた。

 なんと少女がどら焼きを一つつまんで、口へと運んできてくれている。彼女は優しく微笑んでから、


「あーん」


 と言ってきた。それに自然と従い口を開いた瞬間、再びやってくる甘さ。


 ほっぺたが落ちるとは正にこのこと!!


 瞳を閉じながら、ゆっくりとゆっくりとどら焼きを食べるルーネ。それを嬉しそうに見つめている少女の姿が和菓子屋の店内にあったとさ。







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