第5話 退屈? なお仕事と錬金術師のおばあさん

 なんやかんやあったものの、また明日に同じ時間に家に赴くことを約束してルーネはあかりの家を出た。帰るまでにも気になるものがたくさんあり寄り道をしようかと思っていたものの彼女にあまり変なことをしては日本の衛兵? のようなものに捕まってしまうかもしれないと注意を受けたのでおとなしく帰ることに。


 来るときは結構な時間がかかったが、ひとりだと思い切り走ることができるので五分少々で魔法陣まで行くことができた。その間に車――馬ではないどうやって動いているのかわからない箱のようなもの――に乗っている人に驚かれたがルーネは特に気にせず、横を走りに抜けていた。


 いちおう、あたりを見回してから誰もいないことを確認してから魔法陣に触れる。すると、陣を直視できないほど光ったと思ったらあの浮遊感がやってきた。気がつくと、ルーネは自宅の地下室に帰ってきていた。

 地下室は転移する前と何も変わった様子はなく、むしろ転移など起きていなくて夢を見ていたかと思うほどだった。けれど、お土産として持たされていたおにぎりをしっかりと持っている。


「夢……じゃないな」


 じんわりと温かいその熱を確かめながら、あのことは夢ではないのだと確信する。なんだか自分の家に帰ってきたことで安心したのかどっと疲れが溢れてきた。


「とりあえず、寝るか」


 汚れを魔法で落としてからルーネは倒れ込むようにしてベッドに直行したのだった。



 いつもと同じような朝のはずなのだが、なぜか爽快感が昨日までとはまったく違っている。首を傾げながらもとりあえずは仕事に出かけなければいけない。お土産にもらったおにぎりを大事に大事にお腹のなかに入れて、家を出る。


 森は相変わらずだった。魔物が繁殖しているわけではないし、魔力溜まりが発生しているなんてこともなく安全を確認できた。


 確認し終わった後、昨日の朝に癒やしの軟膏の材料である薬草の採取を頼まれていたので、そこそこ深い場所に生えているそれを採取してからルーネは森を出る。


 ルーネの仕事は基本これくらいしかやることはない。というか逆に仕事があったときというのは森が大変なことになっているということを意味する。凶悪な魔物が発生したり、地形がとんでもないことになったり。なので、仕事なんてなかったほうが島の住民にとってはいい。ルーネとしてはそういうとき以外にも少しはやりがいのある仕事があってくれないかななんてことを思っているのだが、そんなことを言っていると天罰が下って、魔物がとんでもなく発生しそうなので口に出したりはしないが。





 森を出たルーネは民家が多い島の中心へと歩いていく。いつもと変わらないがなんだか空気が美味しいような気がしながら歩いていると、錬金術師の家という看板がおいてある家に到着した。

 何度かドアをノックすると、物腰の柔らかそうなおばあさん――アイラが出てくる。彼女がこの島での唯一の錬金術師である。後継者に悩んでいるというのをいつも相談してくるほど親しくしてもらっている仲だ。


「おはようございます。昨日言ってた薬草持ってきました」


 ルーネは腰に下げていた袋から大量の薬草を見せた。


「ありがとうねえ。ささ、お茶でも飲んでいきなさい」


 大層嬉しそうにして、ドアを開け放った。錬金術師の家と聞くと、とても薬草まみれで怪しそうな雰囲気を想像するのだが、アイラの家はそうではない。逆に、普通の民家と見分けがつかないほど普通の民家だ。ただ、錬金鍋というものがあるのを除いて。


 島の住民のなかで最も話す人物ということもあり、二人の関係はとても親しい。何度もこうして家にお邪魔しているくらいには。


 アイラはお水をくんだコップを持って、やってきた。ありがたく一口いただいてから、薬草を手渡した。


「ありがとうねえ」


 そう言ってから彼女はいくつかの物を返礼品としてくれる。いつもの癒やしの軟膏や体調を良くする飲み薬。それに新開発したという謎の薬などだ。お礼を言ってから、ありがたくいただいておく。これらは自分自身に使うという意味でも貰って嬉しいものだがそれ以外にも使う用途がある。


 錬金術で出来た便利なものを島の人と物々交換するのだ。肉や魚はもちろん野菜などが交換対象だ。それがルーネの家の食事に彩りをもたらす大きな一翼を担っていたりする。もちろんアイラには許しをもらっている。

 そういった意味では彼女は、かなりありがたい存在なのであった。


 ちょっとした取引が終わったところで、今日の本題に移る。それはもちろんあかりの体質のことだ。


 アイラは今ではこんな穏やかな見た目のおばあさんなのだが昔は違ったというのは島では有名な話だ。若い頃はじゃじゃ馬もじゃじゃ馬で、島に大層不満を持っていたらしい。だから、思い立ったら吉日とばかりに荷物も最低限のものだけ持って島を飛び出たことがあったそうだ。

 そんな理由で、この島では数少ない島の外を知る人物である。彼女ならあかりの体質のことがなにかわかるかもしれない。

 そんな期待を込めて、昨日のことを話してみた。魔法陣のことから始まって、帰って来るまでの短くも濃い話を。


 たまに相槌をうちながらも大人しく聞いていた彼女は水を一口飲むと、口を開いた。


「まずは、ルーネ。転移の魔法陣のことは誰にも言ってはいけないよ」


「それは、はい。知られたらまずいものだというのは理解しています」


 転移の魔法陣というだけでかなり貴重なものなのだ。それが異世界に行けるとなれば価値は計り知れない。異世界間で貿易をしてみれば儲けが出そうなんてことは学がないルーネでも思いついたことだ。けれど、そんなことをするつもりは一切なかった。


 こちらの世界的には貿易をしてくれたほうが技術的には発展したりするのかもしれないが、漠然的に何か危なそうという予感がある。あちらの世界のものは便利すぎて、何が起こるかわからないという怖さがあった。

 諸々の理由であちらの品を売買するなんてことももちろん、転移の魔法陣を吹聴したりするつもりはまったくなかった。


「でも、アイラさんは信頼できる人なので……。それにあかりさんのことについて相談できる人も欲しかったですし」


 ぼんやり相談して不審がられるくらいなら、すべてを話す。それくらいの信頼度をルーネはアイラには持っていた。

 それを聞いて嬉しそうにしながらもそんな人にも教えてはいけないのだと注意をしてくれた。その忠告を受け入れて、これ以上は誰にも話さないと彼女とも約束をする。


「それで、その女の子のことだけど……。すまないけど、今のところは何もわからないねえ」


「そうですか」


「少なくとも王都で出会った人のなかにそんな体質の人はいなかったねえ。だから、それを緩和する魔道具もね」


 少し期待していただけに空振りに終わってしまったことは残念というほかにない。

 肩を落とすルーネを見かねたのか、


「個人的に調べておくから、そんなに気を落とすものじゃないよ。まだたったの一日しか一緒にいないんだろう? わからなくても仕方ないさね」


 そう言って、励ましの言葉を頂いた。

 彼女の言うとおり、まだ情報が揃っていない状態なのは間違いない。あかりについて知ればアイラにもどうにかすることはできるかもしれない。


「はい。ありがとうございます」




「それで、ずいぶんその娘に肩入れしているようだけど、そんなに気に入ったのかい?」


 場の空気を変えようとしたのか一転して、からかいの色を持った声音にルーネは戸惑いながら返答する。


「気に入ったとかそういう話ではなくて、女の子を助けるのは当然というか――」


 お決まりの言葉を言ってみるが華麗に流されてしまう。それどころか、どんどん質問をされていった。


「見た目はどんな感じなんだい?」


「……見た目ですか? 黒髪で黒目という不思議な色ですね。それで目鼻立ちは整っていて、身長は島の人よりは小さいくらいですかね」


「そりゃ、島の人間はみんな大きいからね。まあ身長は普通くらいと。じゃ、胸と尻はどうだい。大きいのか小さいのか」


 そんな質問に顔を赤くするルーネ。


「そんなこと、言えるわけないじゃないですか!!」


「ふーん、その感じからいくと……ルーネ坊のお眼鏡には叶うくらいにはあると見た」


 瞬間、あかりの全身像を思い浮かべてしまったので勢いよくかぶりを振って、イメージを消し去る。


「アイラさん……もう勘弁してください」


 そんなルーネの請願もむなしく。その後も彼女の質問攻めは続いたのだった。




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