第4話 不幸体質?
おにぎりを食べ終わったルーネとあかりはお茶を飲んで人心地ついていた。実は茶っぱというものが島にはない。なので、出されたお茶を飲むのに抵抗があったのだが一口飲むとそんなものはなくなった。むしろ独特な味わいがくせになってしまいおかわりを頼むまでに至った。
コップに入ったお茶をぐいっと一口飲んで口を潤すと、ルーネは姿勢を正して真剣な表情に変えた。その変化を感じたのかあかりも椅子を座り直して、こちらの話を訊いてくれる態勢をつくってくれる。
ルーネは単刀直入に気になっていたことを訊ねた。
「あかりさん。魔物に襲われた原因ってわかりますか?」
「原因?」
「あかりさんは道端でゴースト系……こちらでは幽霊? と呼ばれるものに襲われていましたよね。幽霊系の魔物はどこかしらで漂っていたのを自分が連れてきてしまうという場合が多いんです。力をつけたらその人間を襲うというパターンですね。ここ最近で、墓場や墓地。もしくは誰かが亡くなったような場所に行ったことはありますか?」
あかりはかぶりを振った。そういうわけではないのか。と、なるとぱっと思いつくのは呪いをかけられていたということになる。
どうしても憎い相手やいなくなってほしい相手に使う手法で、そういった能力のある人物に頼むと幽霊を産み出して対象に憑けたり、漂っている悪霊を憑かせるということができるらしい。
けれど、
――あかりさんが誰かにそこまで呪われるようには見えないけどなあ。
人間誰しも合わない人の一人や二人はいるものだが、それにしても専門的な人間に頼むほど嫌われているようほど彼女に問題があるようには見えなかった。
うんうんと唸ってなにか他のパターンがないかを考えていると、
「……小さい頃からなんですが」
あかりはテーブルに視線を落としながら口を開いた。
「大きな行事の日に体調を崩したり、事故で怪我をしそうになったことが何度もあるのは関係があったりしますか?」
「うーん。事故というのはどの程度のことですか?」
「えっと、鉄筋……鉄の塊がわたしの上に落ちてきたり。車に轢かれそうになったりとかです」
「それは普通じゃないですね!?」
鉄の塊なんて自分の上に普通は落ちてきたりはしない。それに馬車に轢かれそうになるなんてこともそうそうない。
「具体的にはどのくらいの頻度です?」
「えっと、十日に一度くらいです」
そんな回数を聞かされて、ルーネは絶句した。
そんな事故に数え切れないほど遭遇するわけない、と普段なら笑い飛ばしたいところだが今回はできなかった。なんというかあかりの口ぶりや表情が日常の出来事を話すくらいの温度感なのだ。
――嘘……をついてるわけじゃなさそうだな。
そう判断したはいいもののそれはそれで困ったことになってしまう。
島でもそんなことは聞いたことがない。しかもそんな事故にあっているというのに加えて、幽霊に取り憑かれるというのもおまけつきだ。
いや、そういうことではないかもしれない。幽霊に取り憑かれているから不幸なことが頻繁に起こるという可能性もあるのか。
何にしても理由はよくわからない。
とりあえず現在わかっていることから判断するに、
「幽霊
「幽霊つき?」
不幸なのは自覚しているのかそこについては反応しないのがなんだか哀愁を感じながら、ルーネは自分が考えていたことをあかりに説明した。
「幽霊が原因なのか、それとも不幸だから幽霊に取り憑かれているのか。それともどっちもなのかわからないから幽霊憑き不幸体質なんですね」
なるほどと言って頷いた彼女は少し期待するように訊ねる。
「これって治ったりしますか?」
「それは情報がなさすぎて、なんとも言えないですね」
しばらくあかりの側にいてルーネも不可解な現象に共に遭遇しないと判断はできそうにない。けれど想像でしかないが、その人の体質というか人間としての性質を消し去ったりするというのは難しいのではというのがルーネの本心だった。あまりにもあんまりな推測なので彼女に伝えるようなことはしないが。
それに体質を少しは和らげる魔道具ならあるかもしれない。島に帰ったら錬金術師のお婆さんに話を聞きに行くことを決意しながら、口を開いた。
「あかりさんのそばにずっと居ていいですか?」
とりあえずは応急措置としてそれがベターな行動のような気がする。ルーネなら幽霊のほうはどうにかできるし、不幸のほうもなんとかできる可能性もある。それに間近で彼女の不幸を見て理解を深めたいというのもあった。
「え……っと」
なぜか口ごもるあかりに気づかずに言葉を続ける。
「あなたを守るためでもあるんですが、
真剣に見つめるもなぜか目をそらされてしまった。あまりにも熱心すぎて逆に引かれてしまったかもしれない。
出会ってばかりの人間にこんな深く関わられると面倒なことこの上ないかもしれない。けれど、ご飯を食べさせてもらって会話をして彼女の事情を知ってしまった。それを知って何もしないほど落ちぶれたくはなかった。
あかりは一度深呼吸をして、ルーネと視線を交わす。
「……他意はないですよね?」
その言葉がよくわからず、首を傾げたのだが逆に彼女はそれで納得いったらしい。じとっとした目をこちらに向けたと思ったら、頭を下げられた。
「よろしくおねがいします。わたしもこの体質をなんとかできるならしたいですから……それにあなたなら信頼できますし」
肯定的な言葉を聞けて安心したルーネは思わず口角が上がってしまった。
「これからよろしくおねがいしますね!!」
「それじゃ、今夜は……」
何かを言い出しかけたあかりだったが、外を見るともう夜遅く――ルーネ基準で――になってしまっている。こんな時間に女性の部屋にいるのは失礼極まりないというものだ。
「今日のところはいったん帰りますね」
と言ったらあかりは硬直した。
「え? どうかしましたか?」
その様子に首を傾げながら訊いてみる。
「ベンスルクさんは異世界からやってきたんですよね?」
「まあ、あかりさんの認識的ににはそういうことだと思いますが」
「帰れるんですか?」
「そりゃ、帰れますよ。こっちにも魔法陣がありますから」
そういえばあかりにはそのことについては何も伝えていなかったことに気づいた。彼女的にはルーネはこちらでは家なき子だと思っていたということだろうか。
なぜか、とても恥ずかしそうに頬を赤らめて下を向いているあかりを見て思い至った。
「もしかして、ボクをこの家に泊めようとしてくれていました? ……あかりさんって大胆……というか――」
勢いよく「わーわー」言いながら飛びついて来たあかりによって、最後まで言葉が紡がれることはなかったのだった。
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