第3話 おにぎり? を食べる
ルーネが力を使い果たしてお腹が空いてしまった――そういうことではないがそういうことになった……――ので食事をあかりが作ってくれることになった。
あかりはかなり長い髪を上のほうで結んで、エプロンというものを装着する。その姿だけで島とは全然違うので謎の拍手をしてしまった。そんなこちらをなんだか恥ずかしそうに見つつ、蛇口というものをひねって水を出して手を洗う。これも島ではしない行動である。島の住民は全員が身を清潔にする魔法の浄化を使えるからだ。いちいち、水を使うなんてもったいないことをしたりしない。
けれど、日本では少し違うらしいということを先ほど手洗いうがいを強制されたときに知った。
こちらの世界では魔法を使える人はいないらしい。詳しいところは聞いていないが魔法使いもいなければ、神官なども同様に存在していないと考えていい。そんなことで世界はやっていけるのか心配になるほどなのだが、そこは高い技術力でカバーしているということなのだろう。
ルーネも水を使って手洗いうがいをしたのだが、内心で水を使うのがもったいないなあと思ったのはあかりには内緒である。
さて、準備も整ったところでいよいよ調理が始まる。
ワクワクしながらも目線はしっかりあかりに向けておく。一挙一動を見逃さないように観察しなければもったいないというもの。
こちらの住民はどんなものを食べるのだろうか。やはり肉や魚、野菜、パンが主な食べ物なのか。それともルーネが見たこともないようなものを食べるのか。
ドキドキしながら見ていたのだが、あかりの動きが謎の箱を開いたときから止まったままだった。そろそろと近づいてあかりの頭の上から覗き見ようとして、ひんやりとしたものが顔にあたる。
冷気のようなものだろうか。詳しくはわからないが食物を保存するための魔道具の効果みたいなものかもしれない。その仕組みも当然気になるが、それは後回し。今は料理が最優先だ。
あらためて、中を見るとそこには――何もなかった。
何もなかったのである。
「えっと、あかりさん?」
呆然としていたあかりはその声で現実に戻ってきたようだった。ルーネのほうに振り返って、勢いよく頭を下げた。
「あ、あの! すみません!! 食材を切らしていたのをすっかり忘れていて……」
何度もぺこぺこと頭を下げる彼女の頭を下がらないように抑えた。
「別に、謝らなくてもいいですよ」
ルーネとしてはあかりのことを責めるつもりは毛頭なかった。そもそも謝られるいわれもないのだし。なかったものがなかっただけの話だ。
それに今日に至るまでにも魔物がこの部屋にいたのだとしたら、そのストレスはかなりのものだっただろう。食材を仕入れ忘れるくらいは普通にあることだ。
――それに本当にお腹をすかせているのはあかりさんのほうだし。
そう考えるとお腹をすかせた人をこのままにしていていいのかという気持ちになってきた。
「外に食べられそうな動物がいる場所を知っていますか? ボクならすぐに捕まえてこれるのでちょっと行ってきます」
新鮮な肉が手に入ればベストだが、次点で魚だろうか。野菜はさすがに無断で採るわけにはいかないだろうし。
そんな思いからの言葉だったのだが、その言葉にあかりはびっくりしたかのように固まった。
「あかりさん?」
「あ、……いえ。というか日本ではそんなことをしてはいけないんです。なので狩猟は大丈夫です。……その、お気持ちだけもらっておきます」
そう言って、なぜか元気を取り戻したあかりは謎の箱の別の場所を勢いよく開けだした。
開ける場所によって冷気の温度が違うようで先ほどよりもひんやりとした空気が溢れ出してくる。
自分が思っている以上の能力をこの箱は秘めているのかもしれない。と内心、戦々恐々しているルーネを尻目に何やらゴソゴソと漁っている。
そして、いくつかのものを箱から取り出した。
「えっと、これは何ですか?」
冷気を放っている謎の白い塊をいくつか。瓶に入っている謎のオレンジ色の物を彼女は台に取り出した。台に手をおいてしゃがみこみながら、覗き込んでみる。白いほうはよく見てみると、粒のようなものがいくつも合わさって塊になっていてそれを透明なもので包んでいるようだった。
オレンジ色のほうはどこかで見たことのあるもののような気がする。
――なんだろうな。匂いを嗅いでみればわかるかな。
そんなことを考えていると、あかりは白い塊をまたしても別の謎の箱に入れてしまった。そんな場所に入れてどうするのだろうと興味深く見ていると、あかりが何度か指をつついたと思ったら、その箱の中にオレンジ色の光が照らし出された。
「な、なんですか!! これ!?」
箱からすごい音が聞こえるので壊れないか心配になりながら、中の様子をうかがう。顔を近づけてみるとわかるのだが、蓋はガラスのようになっていて自分の顔を反射するほど透明度は高いものだ。そんな透明度なので中の様子がよくわかるのだが、ただオレンジ色の光を照らしているだけで何をしているのかは理解できない。
あかりの顔を見て、説明をほしいみたいな顔をしてみるも。
「少ししたら、わかりますから」
と言って、オレンジ色のものが入っている瓶のほうに取り掛かった。そちらも気になったので謎の照射装置から泣く泣く離れて、彼女の隣に移動する。
あかりはスプーンで瓶から謎の物体を掬いだしてお皿に移した。お皿に取り出されたものを手であおいでルーネは匂いを確認する。
このなんとも食欲をそそるような匂い。自然とよだれが出てしまいそうになるのをこらえて、じっくり確認する。この食物は島でもおなじみのもので間違いないはずだ。
「魚、ですね!!」
あかりは微笑みながら頷いた。
「はい。鮭をいくつかの調味料を入れて煮た後に身をほぐしながら水分をとばします。身にいい感じに火が通ったらごま油を入れたものがこれになります」
「へえー!!」
鮭というものもごま油というものもわからないがとにかく美味しそうな匂いがする。これにエールなんて組み合わせたものならそれだけで一日の仕事を頑張れるかもしれない。それほどの力がこの食べ物にはある。それほど生きていないがそれだけの自信がルーネにはあった。
「あの、一口……」
「ダメです」
即、断られてしまった。
酸っぱいものを食べたような顔をして彼女のほうを向いてみるもぷいっと顔を背けられてしまった。どうやら味見はさせてくれないらしい。
がっかりしていると、軽快な音楽が後方から聞こえた。なんだなんだと振り向けば照射装置が音楽を奏でていた。あかりは蓋を開けると、白い塊をひっくり返して、またもや蓋を閉めて操作をする。
ちらっとだけ見えたが先ほどよりもしっとりとした質感になっているように見えた。冷たかったものが溶けたということなのだろうか。
「なら、加熱装置? ですか?」
「はい、電子レンジと言います。簡単に説明すると熱をあびせてそれで中の物を加熱するというものですね」
島にも火で温める魔道具なんてものはあるが熱を与える魔道具なんてものは聞いたこともない。面白い魔道具がこちらには多いんだなあと驚いていると電子レンジから音が鳴った。
あかりは中のものを取り出すと不思議な形をしたお皿に取り出した。先ほどの説明どおりその白い塊は熱で温められて冷凍されていたときとはまったく変わっていた。
なんとつやつやとした白い粒が現れたのだ。見たこともない食べ物だがほかほかと湯気を立てているだけでなんとなく美味しそうに見える。
それを変な形状のスプーンでほぐすと中からもすごい湯気がもくもくと立ち上っている。とても熱そうなのだが、だからこそ美味しそうだ。
あかりは団扇を扇いで少し冷ましているときに話しかけてくる。
「そういえば、今さらですが食べられないものとかありますか? 宗教上の理由とかのもので。もちろん、単純に好き嫌いでもそうですが」
「宗教上? いえ、特にないですよ。自然のものはすべて平らげられるものですから」
この世に食材で食べれないものは存在していない。島での教えではそうなっている。実際、食材を残したり、食べなかったという記憶はルーネにはない。
「これも、食べられそうですか?」
目線から言って、この白いものを指しているのだろう。
「大丈夫です。むしろどんな味がするのか楽しみなくらいです!」
そうですかと言って安心したあかりはてきぱきと動き始めた。
まず水で手を濡らして、手のひらに塩をひとつまみ落としたと思ったらそれを手になじませる。それをどうするのかと見守っていると、なんとあかりは熱々の白いものを手に乗せてしまった。
「だ、大丈夫ですか? まだ熱そうですよ⁉︎」
「あ、っついですけど大丈夫です。それに炊きたてのときはもっと熱いのでこれくらいはへっちゃらです」
そう言って、彼女は鮭を調理したものを白い物のなかに閉じ込めてころころと握った。すると、みるみるうちに形が整えられていき、三角形のきれいな形になったのだ。
細長いお皿に一つ置いたと思ったらいつの間にか二つ目が隣に置かれる。その繰り返しでいくつもの三角形を作ったあかりは半分はそのままに。もう半分は隣においてあった黒くて薄いものを巻きつけた。
「――完成です」
「おお――っ!!」
歓声をあげながら思わず拍手をしてしまった。職人技のようなものを目の前で見たことで自然と拍手をしてしまいたくなったのだ。それが恥ずかしかったのか、あかりはお皿を持ってテーブルへと逃げてしまった。
「待ってくださいよ――っ!!」
「えっと、では食べてもいいですか?」
「はい、どうぞ召し上がってください。食べるときはそのまま素手で口に運ぶイメージで……本当にただのおにぎりですので、そんなに味には期待しないでください」
あまり自信なさげに苦笑しながら言っていたが、見るからに美味しそうなので無駄な心配だ。神への祈りを捧げてから、ルーネはおにぎりというものを食べることに。
まずは黒いものが巻かれているものと巻かれていないもののどちらを食べるか悩んでいたのだが、あかりのおすすめは巻いているほうということでそちらを選ぶことに。
黒いものを間に挟んでいるが厚さがそれほどでもないのでその熱さは指にしっかりと伝わってくる。
そんなおにぎりを思い切りかぶりついてみる。
「ん――っ!!」
まず感じたのはパリッとした黒いものの食感だった。何で構成されているのかよくわからないし味もそこまでしないが食感がまず楽しい。そんなところに襲いかかってきたのは白いものだ。塩がいい具合に馴染んでいて正に絶妙な塩加減と言っていいほど。それだけではなく一口噛みしめると白いものの優しい甘さが少し増す。そこに感じるしょっぱさ。再び噛みしめるとやってくる優しい甘さ。これは無限に継続するのではと思うほどの抜群の相性だ。
端的に言うと、
「すごく、美味しいです!!」
「……ありがとうございます」
堪らずにもう一口食べ進めていく。すると今度は香ばしくもある上品な味が口に広がる。これは鮭を調味したものだろう。先ほどの組み合わせでも完璧なように思えたが、また別の美味しさが顔を出した。
穏やかな甘さとしょっぱさのループにいたと思ったら、食欲を加速させる劇薬を投入されたと思うほどで。けれど決して、邪魔をしているわけではなく、白いものの美味しさを損なわない相性の良さ。
いつの間にか手のなかは空っぽになってしまっていた。呆然としていると、
「まだ、おにぎりはありますから。ゆっくり食べてくださいね」
あかりが聖母のごとき笑みをたたえながら、次を勧めてくれる。とても恥ずかしいものが湧き出てきたものの、そんなものを気にする余裕はルーネにはなかった。
おにぎりを手にとって、ぱくりとかぶりつく。
「ホントに美味しい――っ!!」
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