第2話 王侯貴族? ではないらしい
ルーネは彼女の自宅に歩きながら異世界というものの説明を聞いていた。なんでも住んでいる世界がまったく異なっている場所らしいのだ。あちらの言葉でいうと冥界のようなものなのかもしれない。言葉としては知っているけれど決して行くことができないような場所。そんなところになんの間違いか、来てしまったらしい。
その説明をしてもらったときはひっくり返るほど驚いた。なんとなくとんでもない場所に来てしまったと思ったからだ。
けれど、よくよく考えるとそんなにすごいことではないのではないかと思い始めていた。
そもそも自分は魔法陣に触れただけなのだ。なんとなく来てしまったというのが本当のところである。つまりは、自分の力で来たわけではないから実感がそんなにないというのが一つ。
二つ目の理由として、ルーネは王国の王都にすら行ったことがないほどの田舎者だということだ。
島から出たことがないほどで、他に人が住んでいる街にも行ったことがない。なので、ここが隣の街であると誰かに言われたとしても信じてしまうかもしれない。
そんなわけでとりあえずすごい場所なのだということで自分のなかでは納得した。そのことをあかりに説明してみたところ、彼女は微妙そうな顔で頷いていただけだった。
そんなことをしていたらあっという間に彼女の自宅に到着した。なんだかんだかなり歩いたが、異世界の概念について詳しく訊いていたので体感的にはそこまで経っていないような気がした。
そこでふと、あかりの家というものを見上げた。島にある家をいくつも縦に重ねたとしてもこんな高い建築物にはならないのではないかと思うほどの家だ。ルーネは口をぽかんと開いたまま軽く後退りしながら、訊ねた。
「……もしかして、あかりって王族だったりする?」
恐れ慄きながら口にしたのだが、あかりは何を言われたのかわからないような顔をした後に口を手で覆ってしまった。何がどうしてかはわからないが彼女の笑いのつぼだったらしい。ルーネとしてはなんとなく居心地がよくはなかったが、困惑以外の感情を彼女が初めて見せてくれたのでまあ良しということにした。女性が笑顔になるためなら、なんだっていいのだ。
少しして落ち着いたのか、なんとなく柔らかい表情になったあかりは説明をしてくれるらしくこちらに向き直った。
「この建物全部がわたしの家ではないですよ。このなかにいくつもの部屋があって、そこの中の一つの部屋を借りていると考えてください」
なんとなく理解したもののこんな立派な建築物の一室だとしてもどれだけのお金がかかっているのか想像しただけでめまいがしてくる。王国金貨でいったら何百枚必要になるかわからない。ルーネが一生かけて働いたとしても暮らせない場所に住んでいるのだ。あかりのことを様づけで呼んだほうがいいのかと思っていると。
「教えておきますが、そこまで高くはないですよ? えっと……毎月の食事代の二倍か三倍ぐらいです」
その言葉を聞いて更に驚いた。
「三倍ですか!? ボクの家なんてお金を払ったことないですよ!? と、とんでもない!?」
思わず大きい声で驚いてしまったので、ちらほらと見えるほどの通行人がこちらをさりげなく見ていた。
それに気づいたのか、あかりはかすかに頬を赤らめてルーネの腕を引っ張った。なすがままについて行く。そこにはガラスがあり、行き止まりかと思い辺りを見回して入口を探そうかと思っていたら突然、ガラスが開いた。
「うおっ!? なんですか、これ!? すごい、どういう仕組みなんだ? 面白い魔道具ですね!!」
ガラスに近寄りながら、じっくりと構造を把握しようと見てみるも何がどうしてあんな動きをしたのかまったくわからない。興味深いことこの上ないのだが、あかりが更に力強く引っ張るため断念せざるを得なかった。帰り際には詳しく見ようと心のメモ帳に書き記して、先に進んでいく。
するとまたもや立ち止まる。今度は何かと思ったら、ガラスが横に滑っていき中に入れるような空間が現れた。
「わかった!! ドアのようなものですね!? へえ、すごいなあ。どんな仕組みなんだろう。それでこんな場所に来てどうするんで――っ!?」
言おうと思った瞬間だった。
まるで転移の魔法陣に触れたときと同じような浮遊感がやってきた。まさか、こんなところにも転移の魔法陣が刻まれているのか、と真下を向いてみるもそこには何も描かれていない。何がどうなっているのやらと思いあかりのほうを見る。彼女は表情にはそんなに変化はないがなんとなくこちらの反応を楽しんでいるかのような雰囲気を感じた。じとっとした目で見つめると、観念したように説明してくれる。
「これはエレベーターと言って、上下の指定した階層まで移動させてくれるものです」
ルーネはへえと生返事をしながら、あちこち見てみるも何がどうしてこんな移動が可能なのか理解することもできない。魔道具のことなら見ればなんとなくわかるルーネにとってとても新鮮な体験だった。やがて小気味よい音が鳴り響くと扉が再び開いた。どうやら、到着したようだった。
「ここから、少し歩くとわたしの住んでいる部屋につきます」
扉がついているものがいくつも見えるがそこが借りている部屋ということなのだろう。なんとなく見ながら歩いていると、ルーネの感覚に引っかかるものがあった。
「もしかして、五つ先の部屋ですか?」
前を歩いていたあかりは驚いたのか立ち止まってこちらに振り返ってきた。
どうやら、当たりらしい。驚かされてばかりだったルーネが逆に彼女を驚かせたことに少しの喜びを覚えたが、今はそんな場合ではない。気持ちを切り替えて注意を促した。
「魔物がいる。たぶんゴースト」
先ほど、彼女を襲っていたのもゴースト系の魔物だった。これは偶然なのだろうか。理由は後で本人に訊くとして、今は退治することが先だ。
あかりの部屋の前まで来て、彼女に鍵を開けてもらって中に入った。女性の部屋の匂いに少しドキドキしながら、魔物の気配が強い場所まで進もうとして、腕を引っ張られた。
「土足厳禁です」
そう言われておずおずと靴を脱いで、今度こそ先に進む。気配のとおりにまっすぐ歩いていくと扉があったのでドアノブを回す。真っ暗の部屋だったが、森番であるルーネにとってそんなものはなんの障害にもならない。ざっと部屋を見回して、目の端に止まった異物に向かって即座に魔法を放った。今度もあまり手応えを感じるほどではない力のないゴーストだったらしい。一息ついて、緊張を解いた。心配そうに見ていたあかりに向けて軽く笑顔を見せて安心させる。
「倒しました。今度もそんなに強くない魔物でしたよ」
なんてことないふうに言ったのが功を奏したのか、彼女も一息つきながら肩を下ろした。
今の魔物もそうだが、先ほど襲われていたのもゴーストだった。そういうこともあると言われればそうかもしれないがなにか作為的なものを感じる気がしないでもない。そこらへんも含めて、詳しく話を聞こうと思い口を開きかけたところで。
きゅーという可愛らしい音が部屋に鳴り響いた。
魔物がいたときと同じくらいの静寂が部屋を包みこむ。あまり社交的なほうではないルーネはこんな場面に遭遇したことなど今までの人生で一度もなかった。だから、こんな場面で適切な言葉の選び方なんてものは知りようもない。数秒が果てしなく長くなるほど考え込んだ結果、導かされた答えは一つだった。
「可愛らしいお腹の音でしたね」
ルーネはぽかぽかと殴られてしまった。
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