転移した場所は「日本」という異世界でした

ななし

第1話 転移したら日本? という異世界?

 とある王国の端っこの端っこ。そこにある人口三百人にも満たない島にその青年――ルーネはいた。職業はいちおう森番ということになっているが、その仕事はほとんどない。たまに発生する悪い魔物を退治し、島民が欲している薬草を取りに行くぐらいのものである。なので、ルーネは大層暇を持て余していた。そんな理由で無駄に大きい家にある地下の倉庫を整理しようと思ったのである。


 そこには古臭い魔道具や誰が描いているのかわからない絵画などが無造作に散らかっていた。ルーネはため息をこぼしながらも黙々と整理していくこと幾日か。

 だいぶすっきりしてきた地下室の地面に摩訶不思議な魔法陣が描いてあるのを発見した。少しは魔法の知識があるルーネだがこの魔法陣はどんな効果があるのかもさっぱりわからなかった。本来なら島にいる魔法を教えてくれた爺さんのところに行って、魔法陣をどうにかしてもらうのが正しい選択だろう。

 しかし、ルーネは島の暮らしに飽き飽きしていた。決して島が嫌いなわけではないが、娯楽が本当に少ないので暇になるのは致し方ない。

 だからというわけではないが、今回は少し好奇心が勝ったのであろう。「少し触るだけ」と誰に言うでもなく呟きながら、その魔法陣に触れた瞬間。


 ルーネはこの世界から姿を消したのだった。




「どこだ、ここ?」

 魔法陣に触れたことで転移してしまったのだろうということはわかった。そんな魔法陣があるというのを幼少の頃に読み聞かせてもらった絵本で聞いたことがある。だからというわけではないが、ルーネはそんなに慌ててはいなかった。幸いにも後ろを振り返ると、そこには自分が触った魔法陣と同じものが描かれているので帰ることもできそうだったというのもある。

 見知らぬ場所に来たというのならやるべきことはただ一つ。


「探検、だな」


 ひとりで勝手に頷きながら、ルーネは森だか山だかわからない場所を下っていった。なんだかしばらくの間、誰もここを通っていなかったかのような鬱蒼具合。森番として雑草やらなにやらを抜いて道を整えたくて仕方なかったが、今はそれよりも探検を優先した。

道なき道を歩くこと数十分ほど。ようやく大きな街道に出れたことにほっと一息ついたルーネは左右どちらに進もうか悩んでいたときだった。


 女性の叫び声が聞こえた。反射的といっていいほどの速さでルーネは駆け出した。女性が困っていたのなら助けるべしというのを幼少の頃から躾けられてきたのである。風を裂くような速度で道を走ると目的の人物を発見した。


「ゴースト系の魔物か」


 ゴースト系の魔物は見た目では強さの大小が判断できない魔物で有名だ。

 ルーネは魔物退治を専門とする冒険者ではない。彼らほどの知識があるのなら襲っている魔物の危険度やら何やらがわかるかもしれないが、ルーネはただの森番だ。


 ――どうしようか。


 危険かどうかを脳内で考えようとしたものの身体は勝手に動き出してしまっていた。今にも襲われそうな女性を前に黙っていられる教育を受けてはいなかったらしい。


「ま、いっか」


 ルーネは特に何も考えずにゴースト系の魔物に効果がある魔法を使った。いわゆる浄化系の魔法である。森に出てくるゴースト系の魔物にはこれで対処してきた実績があるので効果があるのは間違いない。はたして倒せるのかどうかが心配だったのだが。


「あれ、あっさりと倒せた」


 手応えを感じるまでもないほど早くに魔物は消えてしまった。そんなに強くないゴーストだったのかもしれない。これくらいのレベルの魔物なら一般人にも対処できそうなのにと思ったが彼女にも事情があるのだろう。そんな思考は頭の隅に追いやった。


「お嬢さん、怪我はないですか?」


 地面に倒れ込んでいる女性――見たところ若い女の子だった――に話しかけながら近寄った。島では見かけないような先進的な服装に内心では少し驚きながらも、彼女の体をさらっと見るとなにやら足をくじいてしまっているらしい。くるぶしのあたりを気にしながらも何とか立ち上がろうとしていた。

 ルーネは癒やしの魔法を使うことができない。どうしたものかとポケットに手を入れると、そこには軟膏が入っていた。島にいる錬金術師のおばあさんを手助けしたときにもらったものが入ったままだったらしい。蓋を開けて中を確かめてみても、使えそうな感じがしたので彼女の側にしゃがんだ。


「動かないで、止まっていてくださいね」


「え、っと、……はい」


 指に適量分を取り出して、怪我をしている部分に染み渡るように塗りつけた。おばあさんの軟膏はとても効果が高いことで島では有名――島には錬金術師はひとりしかいないが――である。数秒もしないうちに怪我なんて治ってしまうこと間違いなしだ。

 と思っていたのだけれど、彼女はしきりに足をさすっている。もしかしたら効果がなかったのかもしれない。ずっとポケットに放置していたから効能が落ちたりしていたり。


「もしかして、効いてなかったりしますか? それなら家まで送りますよ。ボクはこう見えて力持ちなので、安心していいですよ」


 少しばかりの罪悪感を感じて、盛り上げようとして二の腕に力をいれて笑ってみた。彼女は下に向けていた視線をようやくこちらに向けてくれる。島では見たことがない黒髪に黒目の不思議な顔立ちでなんだか可愛らしいという言葉がよく似合うような雰囲気の少女だった。

 そんな彼女は数秒たってから、勢いよくかぶりを振り出した。


「……あの、えっと。おかげさまで足は治ったので大丈夫です。助けてくださってありがとうございました」


 そう言って、しきりに何度も頭を下げてくる彼女を笑いながら止める。治っていたのならそれだけで充分だ。


「もう、暗いので魔物が出るかもしれない。家まで送っていきます」


 不思議な魔道具がそこかしこにあって夜だというのにそこまで暗くはないが夜は夜だ。魔物が凶暴になるのも夜であるので、こうして道端で話しているのも本来はあまり良くない行為である。

 彼女は何を言われたのかよくわかっていないような顔をしたあと、かぶりをふった。


「……ここから家まで遠いですし、大丈夫です。ありがとうございます」


「なら、なおさら危険じゃないですか? 送っていきます!」


 というやり取りを何度かしてから、彼女はしぶしぶといった感じで折れてくれた。こちらでは女性がひとりで夜道を歩くのも当然といった雰囲気を彼女から感じて、ルーネは内心、驚いていた。


 そこでふと思った。ここはもしかしたら王国の近くなのかもしれない、と。王国の近くなら魔物が見つからないほどすぐに退治されてしまうという噂なので夜も普通に出歩くことができるのかもしれない。

 それにしても酔客や盗賊に襲われるかもしれない夜に女性がひとりで歩くことは危険なことには変わりない。現に今夜もこうして魔物に襲われてしまっている。

 しかし、島で暮らしている自分がこちらの作法についていちいち口を出すのは面倒がられてしまうかもしれないので口にはしないが。


「そういえば、自己紹介がまだでした。ボクはルーネ・ベンスルクといいます。島で森番をしています」


 ルーネは胸に手をあてて、ぺこりと一礼をした後に手を差し出した。


「……はい。私は真田あかりです。大学生、です」


 おずおずとあかりは手を握り返してくれた。年齢がそこまで離れていない人間とこんなやり取りをするのが久しぶりすぎて、自然と笑みがこぼれてしまう。ぶんぶんと手を振ったあとにようやくルーネは手を離した。そのあと、自然に気になったことを訊いてみた。


「それで、大学生って何ですか?」


 少なくとも島では聞いたことがない言葉だ。学生というくらいなのだから、何かを習っている学生の一つなのだろうが何を教わっているのかはまったく想像できない。首を傾げながら、あかりのほうを向いて見るも彼女はまたしても難しい顔をしてしまった。


 王都のあたりでは有名な学生だったのかもしれない。とてつもない無知な人だと思われているのかもと思い、顔に熱が集まっていくのを感じる。けれど、知らないものは知らないので撤回するわけにもいかずにあかりと向き合ったままでいると、彼女は口を開いた。


「……あの、もしかしてなんですけど、ここがどこかわかっていないですか?」


 そんな言葉にルーネは自らの予想を話した。


「どこって王国のどこか、もっといえば王都の近くだと。違うんですか?」


 あかりはかぶりを振りながら、とても言いづらそうにしつつも言葉を発した。


「……ここは日本という国です。ご存知ないですか?」


 頭の中に地図を思い浮かべてみても日本なんていう国は覚えがなかった。といっても自分が住んでいる国ぐらいしか明確に覚えている国名はないのだけれど。それでも人生で初めて聞いた国名であるのは間違いない。

 転移の魔法陣はとても遠い場所に繋がっているのかもしれないということにルーネはようやく気づいた。


「いえ、聞いたことがないですね。ゴーティア王国という国に覚えは?」


 結果は予想がつくけれども、念のためにこちらの国名を口にしてみた。

 想像のとおり、彼女は知らないとばかりに首を横に振る。


 そして、あかりは重大な言葉を口にした。


「……あのもしかしたらですけど。もしベンスルクさんが演技をしているわけでもないとしたらですよ? あのここはベンスルクさんからして異世界ということになるかもしれません」


「異世界?」




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