第30話 淫らな見世物

木嘉は彼女たちの後ろについてきていた。どんな薬を使ったのかはわからないが、赤くなった顔は腫れが少し引いたようだ。


「王爺、彼女たちは華池の侍姫で、5年以上入浴に仕える技術を学んでおりますので、王爺にご満足いただけるようなご奉仕ができるかと存じます。彼女たちの名が必要であれば、着ている服の色でお呼びください。例えば最初の子は紫とお呼びください。」


彼女たちの服の色は、紫、緑、青、赤、白、藍、橙となっており、どの娘も定規で計ったように似たような美しさを持っていた。


しかし、彼女たちはどの子も16歳以上には見えなかった。おそらく、11歳か12歳のころから浴場で男性に奉仕するよう訓練されてきたのだろう。

男性に奉仕するための訓練だけならば想像にかたくないが、その訓練を受けるのが11~2歳の少女ならば話は別である。


苛立ちを隠せない隠雪は、冷笑をしつつ言い放つ。


「では彼女らの練習相手は誰だ?まさか上からは南立松で、下は掃除担当の爺とでもいうのか?我らが王爺は、何百人もの男たちに奉仕をして、穢れ切った七人に奉仕してもらう必要などない。」


隠雪の毒舌は容赦を知らない。この七人の娘たちに対する侮蔑と嫌悪感は隠そうともしていない。


しかし、七人の美女は何事もなかったかのようにふるまう。お盆を手に池の横にならび、整然とした動きで夜君陵に向かって跪いた。


「婢女は鎮陵王を拝見します。」


彼女たちは木嘉よりはるかに冷静だった。


7つの声は年齢通りの可愛らしさはあるものの、それでいて男を惑わせる音も含んでいた。しかも、7つが1つに聞こえるほどしっかりと揃えられている。

隠雪はしっかりと訓練された彼女たちの様子を見て驚いたが、妖精のようなこの娘たちを、二度とこのような仕事につけないようにしてやると、心に決めた。もちろん、主の許しがあれば、の話である。


しかし、その主の答えは隠雪の思惑とは反対のものだった。


「始めろ。」

「はい、王爺。」


隠雪の驚きはさらに大きくなる。


「木嘉はここで失礼いたします。」


木嘉は喜んだ。鎮陵王は女好きではなく、側にいる女と言えば半分盲目で耳が聞こえない麽麽(目上の召使の女性に対する呼び名。皇族でも使用する。)と、女性らしさの全くない横暴な近衛だけだと聞いていたが、七色の美女を見て自制できなくなったと思った。


考えてみれば、聞く限り彼を怖がらない女どころか、近づきたいと思う女さえ耳にしたことがなかったから、彼も美人と戯れる機会がなかったのかもしれない、とも思った。


この七美人は、彼女が年月をかけて訓練を積ませた至宝である。そう簡単に行動を起こさせてはこなかった。門主すら彼女らを切望していたが、まだ訓練中という理由をつけて断ってきた。だが、今夜はその大事にしてきた手札を切る時である。彼女たちには最大限の効果を発揮してもらわなくてはならない。


誰にも気づかれぬよう目を光らせながら、木嘉は下がっていった。


七人はそれぞれ持ったお盆を華池の端に置き、まず三人がそっと池の中に滑り込み、湯気の立ち上る温泉の中でゆっくりと舞を踊り始める。


そして、二人がひざまずいて池の端に座り、それぞれ傍らに置いてあった小さな香炉に火を入れる。残りの二人は夜君陵の元へ向かった。


「行け。ここには誰も入れるな。」

「王爺!」


隠雪の苛立ちが募る。

普段の王爺なら女性には全く興味を示さないのに、なぜこの七人には無抵抗なのか、それがわからなかった。


夜君陵の冷たい視線が彼女に向けられると、隠雪は思わず出てきそうになっていた言葉を飲み込んだ。見ていられなくなった隠影が彼女の手を引っ張って、無理矢理連れ去る。

この華池の出入りできる場所は、ここに入ってきた階段の一か所だけである。そこをおさえておけば、誰も主の邪魔はできないし声も聞こえない。逆に大声をあげてもらえれば、いつでも駆けつけることができる。


隠雪は陰影の手を振り払い、怒りのこもった目で睨みつける。


「なんで、王爺を止めないのよ?」

「なぜ止めようとする?」


陰影の声が低くなる。


「王爺が求めること、王爺が下す決断、いつから我々が疑ってもいいようになった?隠雪、お前なんか勘違いしてるんじゃないか?」

「王爺のことを思っているからよ!」

「では、お前と王爺ではどちらが賢いと思う?」

「当然、王爺よ!」


隠雪は迷うことなく答える。


「それでは、木嘉とあの七人が怪しいと、王爺が気付いてないとでも思うか?」

「でも、王爺が色に惑わされていないか心配なのよ!」


隠影が呆れた風で、首を振りながら言う。


「仮に王爺があの七人を抱いたとしても、危険を感じ取ったら、躊躇なく一瞬で全員を殺せる決断力を持っているお方だ。あの方は決して色に惑わされる方ではない。」

「だが、あの娘たちは王爺に仕えていい人間ではない!」


隠雪は、陰影の言うことが正しいとは理解していたが、納得がいかずどんどん落ち込んでいく。

そんな彼女を見て、陰影はため息をつく。


”お前、あの娘たちに嫉妬してるんだろ、、、他の女に目を向けてほしくないんだろ?”


心の中ではそう思ってはいたが、陰影は言葉には出さなかった。




華池の傍らで、夜君陵に歩を進めていた、紫と橙の侍女が彼の方へ手を伸ばす。一人は帯を、一人は冠を外しにかかる。


「婢女橙が王爺の服を脱がせます。」

「婢女紫が王爺の髪を下ろします。」


二人が近づいてくると、体の香りがさらに強く感じられる。彼女らの手が夜君陵に触れる直前、彼は冷えた声で言った。


「本王は自分で脱ぐので、手を出すな。」

「はい。」


紫と橙は優しく答えると、手を引っ込め、一歩後ろに下がって、腕を出す。服をそこにかけろという意味であろうか。


夜君陵の目は変わらず闇のように暗い。誰にも心の内をみせぬためかもしれない。彼はゆっくりと帯を外し長衣を脱いだが、衣紋掛けになっている紫と橙を無視して、脱いだ服を無造作に投げると、池のそばにあった2体の彫刻にかかる。


淡々と服を脱いでいった彼だが、あと一枚で下着だけになるというところで、体に巻かれた包帯を目にして、怒りの渦が嵐のように巻き起こる。


23年の人生の中で、他人のために自分が怪我することは一度もなかった。あの女が初めてだ。なのに、あの女はそれを気にすることなく、自分を置いて逃げた。


彼の馬車を壊しながらも、自分を彼の姑奶奶というのも、彼女ただ一人だ。そして、あの女はこの仙気門にいる。しかも、自分を避けながら。


夜君陵は、彼女ならば入浴の奉仕をさせてもいいと思っていた。


だが、どうやって見つけ出し、どのように切り刻んでやろうか、と考えている相手が、まさか今この華池の向こう側に隠れているとは思わなかった。

彼女は、ほろ酔いの様相で彫られた虎の像の後ろで、歯ぎしりしながら彼を罵っていた。


前に会ったときは、氷山のように禁欲の塊の男に見えたが、今では一度に七人の女を侍らせている。


”風呂にはいるだけなのに、そんなにたくさんいらないでしょ!”


思い出してみれば、南离が厩から出て走り回っていた時に、偶然、二人の仙気門の弟子が華池への憧れについて話しているのを聞いていた。来客の話から、華池で入浴することは天国に上るほど素晴らしい気分になれるそうだ。


今朝、この身体で目覚めてからずっと走り通しだった南离は、その話を聞いて惹かれずにはいられなかった。前世の頃から温泉が大好きだった彼女は、華池が独特で静かな場所にあり、誰もが入れるわけではない秘境だと聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。さらに言えば、自分の容姿や体形を確認するにもいい機会だと考えた。


そして、延々と探し回った上に、ここにたどり着いたのだった。


華池の美しさに興奮した南离は、一通り周囲を見回すや否や、自制心をどこかへ追いやり、ちょうど服を脱いで飛び込もうとした時、誰かが向かってくる音を聞きつけた。慌てて服を抱え、物陰に隠れ様子を伺っていると、そこに現れたのが、今一番出くわしたくない相手、夜君陵だったのである。


しかも、彼と七人の女のあられもない姿を見る羽目になりそうなのである。


”ちょっと、、、お子様には見せられない場面を私に見せる気?やだ!”


恥ずかしさのあまり手で目を覆っていた南离だが、好奇心からか、指の間がわずかに開く。その隙間から見えたのは、夜君陵が下着一枚になった姿だった。

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