第29話 華池と隠雪の気持ち
”華池ですって?”
南初雨は、両親があまりに大人数の人を連れて華池に行こうとしている様子を見て、違和感を覚え、両親の前で両手を広げて呼び止める。
「父上、母上、華池で鎮陵王を探すのに、こんなに人数が必要なのですか?父上だけで十分でしょう?」
華池がどうゆう場所なのか、普通のものならば知るはずもないが、16年間知的障害を患ってきた彼女は、両親と木嘉が、彼女が目の前にいるのも気にせずすべてを話していたため、どういった用途の場所なのかを理解していた。
簡単に言えば、贅を尽くした淫らな場所である。本来はただの天然温泉なのだが、木嘉の管理により、主に男性の客をもてなす空間に代わっていた。別名、美人薬池である。
初雨は、母の華池に対する憎い感情も、簡単には手放せない状況も理解していた。
だから、鎮陵王が華池に行ったかもしれないと聞いた瞬間、おかしいと感じていたし、焦りと憤りもあった。もし、鎮陵王が華池で楽しんでいて、そこに大人数を連れて行ったら自分の立場はなくなってしまう。
その頃、夜君陵達は華池に到着していた。
目の前には軒のせり出した楼閣があり、照明が煌々と降り注ぎ、あちらこちらから女たちの媚びるような声が聞こえてくる。まさに歓楽街である。
夜君陵はまるで何も聞こえていないような様相で、どんどん歩を進めていく。
その先には2~30段の白翡翠の階段があり、一番上の段までのぼると一気に開けた場所へと出た。下の世界とは違う、仙境のような光景だった。
そこには大きな天然温泉が湧きだしており、そのまわりを大小様々な白翡翠で作られた彫像が取り囲んでいる。白兎、仙鶴、松の木、鹿など、あたかも幻想的な湯気と霧に引き寄せられてきたような姿をしている。動物たちは桃色の絹布で緩やかに結ばれており、秘境のような雰囲気を醸し出している。
温泉の真ん中には、水が丸く湧きだしたような形の台があり、さらにその内側には蓮の花の形をした酒台が設置されている。酒台には二甕の酒と、一緒にぶら下げられた緑の翡翠で作られた玉杯がいくつか置かれている。
温泉の湯気からはうっすらと硫黄の香りが感じられるが、それを中和するように別の香りも混ざっており、嫌な感じのするものではない。下の歓楽街よりも高い位置にあるためか、先ほど通りがかりにいた女たちの華やかな声や様々な音は、ここでは一切聞こえてこない。世から隔絶された秘密の空間だった。
隠影は木嘉を地面に下ろし、隠雪は周りを見回すと、驚きの声で主に声をかける。
「王爺、仙気門にこのような場所があるとは驚きですね。南立松は贅をわかっているようですね。」
「仙気門百年にわたる名声には、知る人ぞ知る、この仙山も含まれている。」
夜君陵は感情を込めず、淡々と答える。
「百年前、仙人が旅の途中でこの池で沐浴し、昇天した後この山にはその仙気が残ったという伝説もある。」
「そのようなことが、、、」
隠雪は強い興味を示していたが、これ以上説明をしたくない夜君陵は、木嘉に視線を向け指示する。
「起こせ。」
隠雪は彼女に近寄ると、ためらいもせず蹴り起こす。木嘉は痛みで目を覚ましたが、しばらくは頭がぼんやりとしていて放心していた。だが、この場所の特別な匂いをかいで、自分のいる場所がどこかを把握する。
”ここは、、、華池か。”
木嘉は睡穴をつかれていたため、偏院の火事や、それに関わる騒ぎについてはまったくわかっていなかった。だが、空の具合で、それほど時間がたっていないと思った木嘉は、まだ自分に与えられた任務は継続できると判断した。
彼女が夫人から与えられた任務を遂行できる限り、彼女はこの華池を担当し続けることができる。華池を担当できる限り、、、
色々思慮を巡らせているうちに、だんだんと頬の痛みとそれに伴う怒りが戻ってくるが、側にいる三人には気づかれていないようだった。
「本王を入浴させて、奉仕するんじゃなかったのか?」
夜君陵は後ろで手を組み、華池の水辺に立っていた。薄い綿のような湯気が彼の服にまとわりつくように漂っている。本来ならば、この仙山の温泉美形と相まって幻想的な姿になるはずなのだが、彼のまわりの凍てつくような気配のせいか、仙門に誤って迷い込んだ冥王のようにも見える。
その強烈な存在感は、ここの仙気を圧倒し、主役であるはずの仙山と美池が逆に引き立て役にさえ見えていた。
鎮陵王はどの点においても覇気があると言われている。木嘉は目の前の姿に納得せざるを得なかった。
体を起こして、地面に跪いた木嘉は、夜君陵の顔も見ず答える。
「王、王爺、婢女のこの醜い容姿で王爺の気分を害したくはありません。華池には特別な侍女がおりますので、呼んでまいります。少々こちらでお待ちください。」
「うむ。」
今回はなにもされずにすんでほっとした木嘉は、よろめきながらも後退りして、長裾を持ったまま階段を下りて行った。
彼女の姿が見えなくなると、隠雪は隠影に目配せをする。
”隠影、王爺に聞いてよ!なんでここでお風呂に入るのよ。聖女の宴はもう始まるのよ?”
隠影は顔を背け、目配せの意味が分からないふりをしたが、それを見た隠雪が腹を立てる。
夜君陵は振り返らずに池のそばに立っていただけであったが、あたかも後ろに目があるかのように、隠雪の心中を読み当てる。
「本王がなぜここで風呂に入るのか聞きたいのであろう?」
「王爺、属下には理解できません。」
木嘉がこの状況で彼を入浴させるのには、明らかに何か策略があるはずだ。普通に考えれば、わざわざ相手の土俵になど乗ってやる必要はない。
夜君陵が空を見上げると、明るい月が空に昇り、浮かぶ雲が消えては現れ、月と照明の灯りが仙山の泉を、明るく美しく照らし出している。
「六月の夏、十三の夜、明るい月、温かい仙気池、経髄を浄化するには最高の条件だ。」
それを聞いた隠影と隠雪はさらに混乱するが、夜君陵は低く笑いながらも続ける。
「たとえあいつが本王を招待していなくても、ここには来るつもりでいた。」
ただ、彼は邪法を使ってまでして体を強化するつもりはなかったが、わざわざ向こうから言い出してきてくれたのだ。流れに乗らないのは無粋というものだろう。
隠影も隠雪も気の毒な気分になっていた。このあと誰かがろくでもない目にあうのがわかったからだ。
一刻(15分程度)もたたぬうちに、何種類もの異なる香りが三人の方に漂ってくる。
どこからともなく銀色の鈴の音が優しく鳴り響くと、七人の美女が優雅に階段を上ってくる。
彼女たちの外見と服装を見た隠雪は、信じられないという表情になる。
”不埒な、、、”
彼女たちの身長や体形はほぼ同じだが、各自別の色の服を着ている。服の形は七人ともそろえられている。上は体にぴったりと密着した下着をつけており、胸元が大きく開いているため、胸の上半分が見えている。鳩尾のあたりから下は布がなく、腰回りは露になっている。下半身にはくるぶし丈の長裾をはいているが、その布は蝉の羽のように薄く透き通り、その中には何も身に着けていないのがわかる。
彼女たちは全員手首に2本の銀の鈴をつけており、それぞれの手にはお盆がのせられている。お盆には様々なものがのせられているが、白い布巾と瑠璃色の玉杯、それと徳利以外は何もわからない。
七人が整列しながらやってくる。彼女たちのしなやかな歩きは、長裾を揺らし、布の透明度が高い部分と低い部分を作るため、細長い足と隠部が見え隠れする姿は、煽情心をあおる。彼女たちが通った後にはほのかに香りが漂っていく。
彼女たちの容貌も上等な美しさを誇っており、口元には劣情を掻き立てる魅惑的な微笑みをうかべている。
正常な男で、この光景を見て気持ちが揺れないものはいないだろう。
隠影さえ一目見て慌てて目をそむけたが、耳は真っ赤になっている。
隠雪ははらわたが煮えくり返り、歯をきしませる。
”王爺、皆殺しにしてもよろしいですか?”
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