3-12 密談

 車の後部座席、座席を倒すことで出来たスペースに久留島と風太が寝ている。久留島は、こういうときのために用意されたブランケットにくるまり、風太は狸の姿で久留島のブランケットに潜り込んでいる。

 

 久留島と同じくブランケットを被り、助手席に座った双月は、警戒心の欠片もない寝顔をながめる。いろいろあったし疲れたのだろう。

 風太は久しぶりに人を合法的に驚かせられるとはしゃいでいたし、久留島はクティと長時間一緒にいた。クティは人の神経を逆なでするのが趣味みたいなところがあるので、話すだけでも相当疲れただろう。

 

 夜が好きだからという理由でイルはふらふらと出ていった。ここに来るまでのテンションに比べると沈んで見えたので、イルもクティとの出会いに思うところがあったのかもしれない。

 自分よりも強い存在にあったときの落ち着かない気持ちを、双月はよく知っている。

 

「今回の件は大鷲さんに報告しておいた」

「了解。蜂屋にネットの監視頼んだけど、今のところ大丈夫そうだってさ」


 蜂屋は蜜蜂という名前でオカルト関連の動画、掲示板などを見回っている。オカルトに精通しているものだと蜜蜂という名前のユーザーがただ者ではないと気づいているようだが、今回の連中は蜂屋いわくニワカだったため知らなかったらしい。忠告しても止まらなかったと先ほど聞いた。


「蜂屋もクティが廃墟購入したの知ってたなら、教えろって」

「うーん、まあ、あの人気まぐれで意味分からない買い物したりするからな。重要情報だとは思わなかったんだろ」


 ブツブツ文句をいうと、緒方が困った顔で蜂屋のフォローをする。

 たしかにクティはしばし謎な行動をとる。未来を見通せる力を使って、将来価値があがるものを事前に買いしめて稼ぐこともあれば、ほんっとうに意味の分からないものを買っていることもある。おそらくは監視しているこちらへの錯乱、あとは反応を見て面白がっているのだろう。


 昔、クティと同じ買い物をして良い思いをしようとしたバカな職員がいたらしい。そういう輩への嫌がらせも含まれているのだと思う。先が見えるという能力は人間にも外レ者にも、利用しようとつけ狙われる。

 それ故の警戒心であり、あの言動だと思えば少しは同情する。少しなのは、こちらをバカにする態度が鼻につくからだ。


「そういえば蜂屋、久留島に男だと思われたのショックだったらしい」

「チャットで男みたいなしゃべり方するからだろ」


 ネット上で女だとばれると色々面倒という理由と、長年ネットに入り浸っている故の癖で、蜂屋は男のようなしゃべり方をする。といってもそれはネットの中だけで、実物は小柄で大人しい女性だ。


 友達が欲しい。外に出たいという人並みの欲求もあるようだが、生まれつき見える体質だった故の苦労が、重い足枷になっている。特視は幽霊の類いが入らないように結界が張られているので、イルのように内部でいつのまにか発生して出られなくなったパターンじゃないかぎり、幽霊は入ってこない。幽霊が原因で世間から孤立した蜂屋からすれば、特視は安心できる場所なのだ。


 それ故にすっかり引きこもって出てこなくなってしまったのだが、それが災いして新人に男だと思われ、あげくに外レ者の誕生に関わることになったのは不幸でしかなかった。


「蜂屋が好きなキャラクターなんだっけ? なんかグッズ買って帰ってやるか……」

「双月、なんだかんだ年下構うの好きだよな」


 ニヤニヤ笑っている緒方の脇を小突く。緒方はわざとらしく「痛い、痛い」と声をあげた。緒方が怪我をしないように手加減しているのだから、痛いはずがない。


「にしてもクティさん、久留島気に入ったみたいだったな」


 急に真面目なトーンになった相方に、双月は表情を引き締めた。緒方はクティたちが寝ている五階の辺りを見つめている。


「クティが気に入ってるってことは、大鷲さんの報告通りってことだよな」

「だろうな……。クティさんがあんな分かりやすく勧誘するの初めて見たし」


 久留島の今後を思ってため息をつく。背後でむにゃむにゃと言葉にならない寝言を言っているのんきさに、鼻をつまんでやりたい気持ちになった。

 双月はずり下がった毛布を被り直しながら今後のことを考える。生まれ持った血筋が厄介なことは、双月は身をもって知っている。


「同じ珍しい血筋でも、呪われた血とは大違いだな」


 思わず自嘲的な言葉ば漏れた。外を見ていた緒方が気遣わしげに双月を見る。失敗したと双月は気づいて、毛布を口元まで持ち上げた。緒方に顔が見えないように、車の座席に身を横たえる。

 気にしてもどうしようもないことだと分かっている。とっくに吹っ切れたと思っていたのに、似たようで違う存在を前にして、閉じたはずの箱から怨嗟が漏れ出したようだ。


「……俺からすればどっちも同じだと思うがな」

「同情はやめろ。呪いとは全く違うだろ。久留島の血は祝福だ。飢えないように、死なないように。そういう願いによって受け継がれた血脈だ」


 久留島の一族が愛によって生まれたのなら、双月の一族は憎悪によって生まれた。それのどこが一緒だというのか。


「同じだ。どっちも今の子孫には関係がなくて、生まれのせいで苦労してる」


 緒方の静かな言葉に双月は思わず、緒方の方へ顔を向けてしまった。緒方は双月ではなく前を見ていた。その瞳は今ではなく、何十年も前、特視に逃げることになった事件のことを思い出しているように見えた。


「久留島も双月も、望んだわけじゃないだろ。お前らは普通に生まれて、普通に生きたかったはずだ。お前らは巻き込まれただけ。お前が魔女と悪魔と契約したわけじゃない」


 緒方の声が胸に染みこむ。双月は目頭が熱くなって毛布を頭から被った。

 望んだわけじゃない。願ったわけじゃない。あんな家に生まれなければと何度も思った。けれど、生まれてしまったのだからどうにも出来ない。


「……久留島のことは護ってやれるだろうか……」

「先輩の腕の見せ所だな」


 くぐもった声に返事があって、双月は安心した。


 

※※※


 

 イルは廃墟の中を足音を立てないように移動していた。真っ暗な廃墟は見通しが悪く、気を抜くとすぐに転んで、大きな音を立てそうになる。しかしここは自分より大きな存在のテリトリーだ。それが分かっているイルは慎重に足を進める。

 もうすぐ見えた場所につく。気配を殺して階段をのぼり、角を曲がろうとしたところで、いるはずのない人影にぶつかりそうになった。


「よぉ。こんな夜更けになんのようだ」


 そこにはクティが立っていた。

 見えた光景はもう少し先の未来。クティは窓から、緒方たちが眠る車の様子をうかがっていたはずである。

 なんでと一瞬混乱したが、すぐに気づく。自分の能力よりもクティの方が上なのだ。


「さすが頭の回転が速いな。俺に比べると断片的なものしか見えないのに、先の展開を誘導する手腕には感服する」


 クティはそういうとわざとらしく手を叩いて見せた。パチパチという音が廃墟に木霊する。バカにされているようでイルは唇を噛みしめた。


「せっかく綺麗な見た目に化けたんだ。傷つけるのはやめろよ。タガン」

「……バレバレですか」

「お前より長く生きてるし、修羅場はくぐってる。舐めて貰っちゃ困るんだよな」


 クティはそういってイル、ではなくイルに化けたタガンを見下ろした。身長もクティの方が高い。クティよりも背の高い男に化けることも出来るが、身長だけ上をいったところで格の違いはどうにもならない。気を抜くと震えそうになる体を叱咤して、タガンはクティと真っ正面から向き合った。


「見えているなら、私がここに来た理由も知っているのですよね?」

「あぁ、知ってる。会いたいんだろ。久留島を護る力を持つ外レ者に。今のお前じゃ、力不足だもんな」


 嘲りを含んだ言い方に苛立ちを覚えたが、言い返すことが出来ない。事実だからだ。

 クティには姿を変えても簡単に見破られると思って良い。分岐が見られているということは、神という名前を貰っていてもクティより格下だということだ。

 これが人里離れた山奥で生まれた者と、様々な外レ者が生まれ、死んでいく世界で生き残ってきた者の違いだ。

 タガンは悔しさで拳を握りしめる。


「安心しろ。協力してやる。お前が生き残り、強くなることは俺にも旨みがある。お前の血は多い方がいいし、濃い方がいい。お前が俺を畏怖し、尊敬すれば、俺はもっと強くなれる」

「……そうやって、生き残ってきたのですか」

「ああ。俺はマーゴに比べると食べるのが大変なんだ。手間だけかかって旨みがねえ」


 そういって肩をすくめたクティは、本音を語っているように見えた。


「そういうわけだから、お前が強くなるのは俺にとってもメリットがある。生きにくい者同士、ここは協力していこうぜ。もちろん俺の方が上で、お前が下だけど」


 きっちり上下関係を突きつけてくるクティにタガンは不満の目を向けたが、致し方ないと息を吐き出した。格上の存在に協力してもいいと言われた時点で良しとするべきだろう。

 それに、上下をしっかりしておかなければならないというのも納得できる。クティの言動は田舎育ちで交渉ごとになれていないタガンから見て、勉強になる部分も多かった。


「それで、あなたは私にどう協力してくれるのですか?」


 それでも協力と口約束だけで終わらせられては意味がない。こちらも相手を値踏みしている状況だ。クティだってそれは分かっているのか、よく聞いてくれたとばかりに笑みを深めた。


「お前と同じ山神、かつ人間と契って子供をもうけた奴を紹介してやるよ。お前からすれば、ぜひとも話を聞きたい先輩だろ?」


 願ってもない申し出にタガンは目を見開いた。タガンの反応に満足したのかクティはにんまり笑う。見目が整っているのを台無しにする、悪役みたいな笑い方だった。

 敵であったら畏怖するが、味方であったらこれほど頼もしいのかとタガンはまたもや悔しさを覚える。


 そんなタガンの反応をじっくり観察したクティは、とっておきの情報を伝えるように声を潜めた。


「お狐様って知ってるか?」


 それはタガンからすれば尊敬に値する、苛烈でありながら慈悲深い、子供好きの神の名だった。





「ファイル3 廃墟に住まう者」

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久留島零寿の怪異事件ファイル 黒月水羽 @kurotuki012

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