3-11 一件落着?
とりあえず一件落着かと一息ついていると、壊れた入り口から人が入ってきた。緒方、双月、風太にイルである。近くにいたらしい。
「緒方さーん! 双月さーん!!」
「あー、怖かったんだな。ヨシヨシ」
二人の顔を見て安心した久留島は思わず駆け寄った。双月が呆れた顔をして雑に慰めてくれるが、その雑さにすら安心する。緒方には安心しろというように背を撫でられて、こわばっていた体の力が抜けるのを感じた。
「近くにいたらなら、もっと早く助けてくださいよ!」
「お前の雄叫びと足音で状況に気づいたんだよ。風太とイルもすぐに合流したんだが、あの状況で俺たち四人まで突入したら一般人がパニックになるかもって雄介が」
双月の言葉に久留島は納得した。暗がりとはいえ、狭いところから何度もあらわれるイルを男達は見ているわけだし、見た目はいかつい緒方が現れたら新手かとさらなる恐怖に陥った可能性はある。
「パニックになった人間は何するか分からないからな。あれ以上マーゴを刺激されても困るし」
「えーひどーい。ボクのこと躾のなってない犬みたいな扱いしてー」
「実際、躾のなってない犬だろ」
双月の冷ややかな一言にマーゴが頬を膨らませた。先ほどの怒りに比べればすねているという雰囲気で、久留島はほっとする。イルと風太も体の力を抜いているのを見るに、マーゴの怒気に恐怖を覚えていたのは同じらしい。
それを考えると、あの姿を見た後でも平然と接している緒方と双月がすごい。もしかしてよくあることなのだろうか。久留島は嫌な予感を覚えた。
双月とマーゴが離しているのを確認して、こそこそと緒方の隣に移動する。緒方が久留島の動きに気づいてこちらを見たのを確かめて、久留島は小さな声で質問した。
「マーゴさんがイエロー飛び越えてレッド判定になるのって……」
「マーゴは感情優先で動くから、交渉が難しいんだよ。場合によってはクティより難しい」
予想通りの答えに血の気が失せた。先ほどの言動を思い返してもマーゴは感情のままに動いていた。久留島がいなかったら後先考えず、あっさり男達を始末していたのだろう。お腹を満たしたところで状況に気づき、まあいっかーと明るく笑う姿まで簡単に想像出来てしまう。
「マーゴは人間だったとき、餓死しかけた経験があるから、食べ物に対しての執着が強いんだよ。一度殺せば思う存分食べられると覚えてしまったら、後はどうなるか分からない」
「人間の味覚えたクマみたいなものですか?」
「そんな感じだな」
緒方は苦笑交じりにそういったが、全く笑えない。良かった。なんとかか止められてと久留島は胸をなで下ろした。近くで話を聞いていた風太が震え上がっているし、イルは神妙な表情だ。同じ外レ者から見てもドン引きらしい。
「……あれ? ってなるとクティさん、なんで俺にここに来るように言ったんだろ?」
今までの流れを整理して、久留島は首をかしげた。
クティは外レ者には強くなって欲しいと考えている。外レ者が強くなる条件は沢山食べることだと聞いた。つまりマーゴが「幽霊しか食べられないなら、殺して幽霊にしちゃえばいいじゃない」という狂気の発想に至るのは、クティからすれば歓迎するべき状況のはずだ。
危険度がレッドに跳ね上がったところで、クティの庇護下にいるマーゴに簡単に手出しできない。クティが全力で阻止するだろうし、クティと敵対することは特視にとって得策ではないからだ。
そもそもここに特視の面々を呼んだのはクティだ。呼ばなければ、マーゴが人間を殺すことを覚えたことなんて、特視はすぐに把握できなかっただろう。廃墟の購入のように黙っていたほうが得に思える。
一体クティは何を考えているんだ? そう久留島が考えていると、後ろからパァンという破裂音が響き、鮮やかな何かが視界をかすめた。
「マーゴ、新能力おめでとー」
驚きながら振り返れば、クラッカーを持ったクティが立っていた。久留島の視界をかすめたのは、クラッカーから飛び出した色とりどりの紙片。パラパラと地面に落ちていくそれを久留島は唖然と見つめ、続けてクティが言った言葉を理解する。
「新能力?」
双月と話していたマーゴが首をかしげながら問いかけた。クティは満足そうに笑うと、持っていたクラッカーを当然みたいな顔で久留島に押しつけてくる。これは後で捨てろってことなのか。
「いま逃げていった奴ら、どこら辺にいる?」
「どこら辺って、そんなの分かるはず……」
「いや、分かる。今のお前なら分かるはずだ。集中してみろ」
クティにうながされマーゴは目を閉じる。数秒後に驚いたように目を見開くマーゴを見て、クティは頷くとマーゴの頭を撫でた。
「良かったなあ、マーゴ。それでいつもでも食いたくなったら食いにいけるぞ。契約成立してるから、破るようなことしたらなんとなく分かるし」
「ほんとに!? わーすごい。ボク、そんな能力手にいれちゃったの」
「ほんっと良かったなあ。これも色々協力してくれた特視の方々のおかげだな」
クティはそういうと久留島、緒方、双月を順番に見てニヤリと笑う。してやったりという表情に久留島は全てを理解した。
「クティ! てめぇ! また俺たちを利用しやがったな!!」
「勘違いするなよ。遅かれ早かれマーゴはこの能力を開花させてた。むしろ目の前で堂々と進化してやったんだから感謝しろ」
キレる双月に対してクティはふんぞり返る。悪びれた様子が一切ない。緒方が額に手を当て、頭を左右に振った。双月の「また」という発言から見ても、何度もこういうことをやられているようだ。
「お前らとしても有用だぞ。お前らが監視したい相手とマーゴを引き合わせておけば、居場所の特定は簡単だ。使い勝手いいだろ? マーゴは生かしておいた方が得だよなあ?」
「この交渉のためか……」
苦虫をかみつぶしたような双月の顔を見て、クティは勝ち誇った顔をしていた。
「ちょっとまって、クティさん。ボク、殺されてる未来あったの!?」
状況をやっと理解したらしいマーゴが叫ぶ。クティは「今更気づいたのかバカめ」という顔でマーゴを見つめた。その反応が答えのようなものだ。
「人間食い殺すようになった犬を、リードなしで放置しないだろ。折に入れて飼育するより殺処分の方が楽。生かすならそれなりのメリットがないとな」
クティの発言にマーゴは肩を落とした。「犬扱い……」と呟いている姿を見ると、倫理感がバグっているといっていたのも納得だ。自分が殺されるかもしれなかったという状況よりも、犬扱いにショックを受けているのだから。
人殺しを阻止できて良かったと心底思う。
緒方がいってた通り、クティよりもマーゴを説得する方が難しい。クティは自分にメリットがあれば聞いてくれるが、マーゴはそうじゃない。
一線を踏み越える前だったから、久留島の言葉が届いたのだ。
「手当たり次第よりも契約、ルールに基づいた方がいいんだよ。契約がある限り、アイツらはマーゴを意識する。今日のことを忘れて契約を破ったら、マーゴは遠慮なく食えばいい。それは特視だって見逃すだろ?」
「当人達で結ばれた契約については、俺たちがどうこういえることじゃないですからね」
苦い顔で答えた緒方の答えに、クティは満足そうに頷いた。
「一人が不審死したら、残った二人は気づく。あれは冗談でも夢でも幻でもなく、契約を破ったら自分たちは死ぬんだって。その恐怖が、契約での結びつきが、俺たちの糧になる。契約は多ければ多い方がいいんだよ。俺たちが確かに存在してるって世界に証明できるからな」
高らかにそう言い放つクティは自信に満ちあふれていた。この世界を、不安定な状態で生き抜いてきた凄みがある。
人間の久留島でも威厳のようなものを感じるのだから、外レ者たちには余計に響いたようで、風太、イルの二人は尊敬のような眼差しをクティに向けていた。特に風太は分かりやすく、目をキラキラと輝かせている。最初怖がっていたのが嘘のようだ。
「そういうわけで、今回の件は一件落着。用はすんだからお前らもう帰って良いぞ」
クティはそういうと手をひらひらと振った。双月の額に青筋が浮かぶのがハッキリ見えた。
「帰って良いぞじゃねえよ。今何時だと思ってんだ!? 深夜の二時だぞ!!」
「緒方の車あるだろ。どっかのホテルとまってもいいし、緒方の車で寝るでもいいし、やり方はいろいろあんだろ。俺はマーゴのテントで寝る」
「えぇ!? あれボクが用意したのに!?」
「先輩に譲るのが後輩の喜びだろうが。マーゴはソファで寝ろ」
マーゴの「そんな喜び知らない!」という叫びを無視して、クティはさっさと部屋を出て行った。出て行きながら欠伸をしていたから眠いのは本当らしい。そのあまりにも気まぐれな、ボス猫みたいな言動に久留島は乾いた笑い声をあげる。
「いろんな意味で怖い……」
「……でも強い」
久留島の呟きに風太が答えた。いや、答えるというほどのものではなく、無意識にこぼれた言葉なのだろう。風太は小さな手を開いて閉じて、また開いて、最後にぎゅっと力を込めた。
決意のようなものがその目に宿っているのを見て、ここに来て風太はなにかが変わったのだと悟る。そんな風太の変化に久留島は少し焦った。自分は何か変わったのだろうかと。
そんな久留島の頭にクティとの会話が浮かぶ。
契約。久留島もタガン様と結んでいるらしいそれ。未だ思い出せないそれが、もしかしたら消えかけているタガン様を現世に結びつけているのかもしれない。そう思ったら、少しだけ、自分にも何かが出来るのではないかという気持ちがわいてきた。
もっと外レ者について知ろう。そう前向きになった思考は、「とりあえず緒方の車で寝るぞ」という双月の言葉で見事に沈んだ。
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