3-10 契約

 院長室を飛び出した久留島は勢いよく階段を駆け下りた。カメラに写っていた場所がどこなのかはすぐにわかった。昼間に罠を設置するのを手伝ったし、その時にやけにクティが絡んできたのだ。

 院長室からここまでは階段かけおりて、突き当り、右手側だと、妙に念押しされた理由が今わかった。


「全部わかっててあの態度かよ! あの人!!」


 全力で走りながら久留島は叫ぶ。叫び声に驚いてマーゴが踏みとどまってくれないかなという淡い期待もあるが、単純に叫びたい気分だった。

 いまの久留島の行動だって、クティの都合のよいように誘導されているのだろう。クティには目的があって、久留島が走ることで達成できるのだ。


 それが分かっていても久留島は足を止めることが出来なかった。人が殺されるかもしれないのに、黙っていられるほど薄情ではない。


 必死で手足を動かしていると突き当りが見えてくる。久留島は飛び込むようにドアを開いた。もともと建付けの悪かったドアは久留島が変な力を込めたせいで外れ、大きな音が響いて倒れる。


「マーゴさん! ストップ!!」


 息を整えながら見た光景は、まさに危機一髪。マーゴは哀れな男の襟首をつかんで、持ち上げている。

 久留島の声に反応してマーゴが視線だけこちらに向ける。院長室で泣いていた愛嬌のある姿は消え失せて、今にも食い殺されそうな威圧に足が震えた。


 侵入者のうち二人は完全に腰が抜け、汚れた床に座りこんで震えていた。初対面の久留島にすがるような視線を向けてくる時点で、かなり追い詰められている。いかにもヤンチャな顔つきが、今は可哀想なほどにゆがんでいた。マーゴに持ち上げられた男など、首がしまって苦しいのか、青い顔をしてマーゴの腕をはずそうともがいている。

 そんな男の抵抗はマーゴに少しも響いていなかった。


「ボクの邪魔するの?」


 マーゴから発せられた低い声に体が震える。本能が逃げろというが、なんとか踏みとどまった。ここで逃げたら一生後悔することが分かっているので、久留島は意識して足を踏ん張った。


「マーゴさん落ち着いてください。この人たちを殺してマーゴさんにいいことないでしょう?」

 殺すという言葉に男たちが震える。マーゴはそんな男たちを一瞥してから久留島に視線を戻した。


「あるよ。三人分でボクのお腹が膨れる」


 男たちの顔が一層青ざめた。殺されるうえに食べられるのだと、男たちは自分の末路に気づいてしまったらしい。男たちが想像している食べ方とは違うだろうが、結末は一緒だ。


「いやいや、こんなところで食べたってきっと美味しくないですよ。この人たち、まずそうですし!」

「……それはたしかに……」


 マーゴは持ち上げた男と腰を抜かした男たちを順番に見て、顔をしかめた。マーゴの好みなど知らないが、一か八かの賭けには勝ったらしい。久留島は内心ガッツポーズをしながら畳み掛けた。


「短気おこしていいことないですって。双月さんに追い回されるんですよ? あの双月さんですよ? 絶対怖いですって!」


 双月が腕から刃物を生やして追いかけてくるさまを想像して久留島は震えた。演技ではなく本気で。

 久留島に対しては優しい先輩だが、風太やイルがやらかしたときの冷ややかな目は恐ろしい。それに刃物がついてくるのだ。絶対怖いに決まってる。


「双月かぁ……たしかに怖いなあ……本気出されたらボク勝てないしなあ……」

 マーゴは眉を寄せた。だいぶ揺れているようだ。


「そうですよ!! こんな愚か者のせいでマーゴさんがひどい目に合うことないですよ!」


 久留島、必死の説得に男三人も必死に頷いていた。愚か者とか言われても怒らないあたり、無事に逃げ延びたくて仕方ないのだろう。カメラ映像で彼らの絶望顔を嫌と言うほどみた久留島としては、気持ちがよく分かる。


「うーん、でもさぁ、コイツ、ボクの家燃やそうとしたんだよね」


 緩んでいた力が再びこもったのが分かった。持ち上げられた男はガクガクと震えている。

 クティから火をつけようとしていると聞いたときは、そんなまさかと思った。そんな馬鹿な人間などいないだろうと話半分で聞いていたが、この状況でマーゴが嘘を付くとは思えない。


 しまいには持ち上げられた男の足元にライターが落ちていることに気づいてしまった。廃墟にあるにしては真新しいそれは、男たちが持ち込んだとみて間違いない。


 人の家、燃やそうとする人間実在すんの!? と久留島は心の中で叫ぶ。マーゴが激怒している理由にも気づいてしまって、今すぐ頭を抱えて「このバカー!」と叫びたい気持ちだった。

 不法侵入のうえに放火だ。マーゴじゃなくたって怒るに決まってる。


 こんな愚か者ども、もう助けなくてもいいんじゃないか? という考えが頭に浮かんだ。自業自得でしかない。この三人がマーゴに食べられたって久留島には関係ないし、緒方も双月も仕方ないと許してくれると思う。


 特視は万能ではない。ましてや久留島はただの人間だ。危険に自ら突撃していくような愚か者は見捨てていいと、緒方と双月にも言われている。人間よりも身体能力が高く、長生きで、特殊能力を使える外レ者を相手にする以上、足を引っ張るような存在はいらないのだ。


 そう初めて聞いた時は薄情だと思ったが、激怒するマーゴを目の前にした今は先輩達の言葉が身にしみた。立っているだけなのにマーゴの怒気が肌を刺す。冷や汗が止まらない。マーゴの機嫌を損ねたら、男たちと同じ末路をたどることになるのだと想像が出来た。


 見捨てるべきだ。そう冷静な部分はいう。

 けれど、久留島は拳を握りしめた。


「マーゴさん! 人はやり直せます! 反省できます!」


 怖じ気付かないように腹に力を入れ、空気を全て吐き出すような心持ちで叫ぶ。マーゴは驚いたような顔で久留島を見た。座り混んでいる男達も目を見開いている。


「この人たち、今回の件で十分反省したはずです! もうこんなことは二度としないはずです。そうでしょう!?」


 最後の言葉は男達に向けたものだった。男達は「も、もちろんです」「反省したので、命だけは」と震える声で返事をし、勢いよく地面に両手をついて頭をさげた。

 そんな男達をマーゴは一瞥すると、持ち上げている男を睨み付ける。


「本当? 二度とこんなことしない?」


 持ち上げられた男は声を出す余裕がないのか、震えながら頷いた。マーゴはその様子をしばし見つめてから、急に手から力を抜く。突然支えがなくなって落下した男は、大きな音を立てて尻餅をつき、ゲホゲホと咳き込んだ。

 そんな男を見下ろしてから、マーゴは男の前で体育座りをする。行動は子供のようだったが、目は全く笑っていなかった。


「これは約束だよ。破ったら許さない。ボクに対してだけじゃない。これから先、君たちが今日みたいに人に迷惑をかけたら、その時は今度こそ殺して食べる」


 目を覗き込み、淡々とそう告げたマーゴに男は大きく頭を上下に振った。それからはじかれたように立ち上がり、部屋を飛び出す。男が逃げたことに数秒遅れて気づいた仲間たちは、慌てたように後を追って部屋を飛び出した。


「あの子たち、本当に反省したと思う?」


 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、体育座りしたままのマーゴがつぶやいた。久留島は男達の様子を思い出して首をかしげる。久留島だったら二度とこんなことはせずに真面目に生きるが、男達もそうだろうと断言するにはクティの言葉が頭にちらつく。

 久留島は廃墟に勝手に入ろうなんて思わないし、放火しようなんて考えない。考え方が根本的に違うのだ。恐怖の中で必死に助けたのだから真面目になって欲しいとは思うが、これからどうなるかは彼らが決めることだろう。


「まぁいっか。約束破ったら食べるだけだし」


 マーゴはそういうと目を細めて笑い、唇を舐めた。それは逃げていった彼らの味を想像しているようで、久留島は寒気を覚える。だから心の中で、絶対に反省して真面目に生きろよと彼らに向かって叫んだが、その叫びが報われるかどうかは分からなかった。


 

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