episode[1]
━━━イレイナ。それがこのハイ・エルフの女性、いや少女の名前らしい。
彼女はユーティリスという名のハイ・エルフが治める国の貴族だという。
しかし、その歳の頃は自分と同じくらいの印象を受けた。
少し大人びた様子だが、女性と言うにはまだ早く、少女と言うにはいささか限界がある。それくらいの年齢だ。
イレイナは歳だけでなく、顔立ちも自分と非常によく似ているようだと彼女は思った。だが瞳と髪の色、それからゲームやライトノベルに登場するエルフ。彼ら特有の尖った耳だけが彼女とは異なっていた。
瞳だが、深い緑がかった色をしている。例えるならエメラルドのような色をしていた。
それでいて髪の色は青みがかった銀髪だった。
全体的に顔の一部に違いはあるが体格も含め、その容姿は自分とそう変わらないだろうから少女でいいだろう━━そう判断して彼女は水たまりに写るイレイナの顔から視線を外して顔を上げた。
そう、彼女が今まで見ていたのは水たまりに写った自分の姿だ。
つまりイレイナというのは彼女のことを指しているのだが、彼女自身はイレイナではない。
名前は
つい十分ほど前までの玲奈はロングスカートにTシャツというラフな格好で街中を歩いていたのだが、一瞬の瞬きの後、気がついたら容姿も服装も変わった状態で見知らぬ森の中にいたのだ。
玲奈は水たまりから自分の姿を確認すると戸惑うよりも先に思った。
これはなんの冗談だろうかと。
これは現実ではなく、夢かと考え、試しに自分の頬をつねってみたが痛みを感じるだけで覚める様子は無い。
・・・・・・どうやら本当にここは現実の世界であるようだ。
非現実的な状態の現実であることを再確認し、困惑する玲奈をさらに困惑させる要因になったのが脳内に浮かぶもう1人の記憶、イレイナの記憶の存在だった。
どうやら玲奈はイレイナではないがイレイナでもあるらしい。
この人間の名前や種族、生まれた国などを知ることが出来たのはこの記憶があったからだ。
しかし、1人のハイ・エルフ━━イレイナの体に日本人である玲奈と身体の持ち主であるイレイナ、その二人分の記憶が入っている。これはいささか落ち着かない。
人格自体は日本人である玲奈のままらしいのだが、この非現実的な現実を受け入れるにはもう少し、時間がかかりそうだ。
現実逃避気味に上を見上げると木々の合間から透き通るような青空の上空が確認できた。
その中で幾つもの雲が流れる中を黒い点が三つ、飛んでいるのが見えた。
鳥だろうか。いや、よく見ると図鑑で目にしたことがあった翼竜、その姿にシルエットが似ている。
やはりここは日本の何処かではなく全く別の世界、異世界らしい。
「もういい・・・現実逃避してても仕方ない。」
今まだいいが、時間が経てば暗くなるし、お腹も空く。
幸い、イレイナの記憶のおかげで今いる場所とここにいる状況は分かっている。ならばじっとしているよりも動いたほうがいいだろう。
イレイナ、いや玲奈はしゃがんでいた姿勢から立ち上がり、辺りを見渡した。
記憶によれば玲奈が今いる場所は『ニールベル大森林』という、魔物が多く生息地域━━━魔物の領域内にある危険な森らしい。大森林を抜ければ草原地帯が広がり、そのすぐ近くにはファーレーンという
イレイナもファーレーンの街を経由して大森林へと入ったのだが、玲奈は街の方へは向かわずに森の奥深くへと進むことにした。
理由は特にない。ただ、奥深くに進んだほうがいいと思っただけだ。
街に行かない理由があるとすればイレイナの理由だ。彼女は大森林にエルフの仲間と共に魔物討伐をする為に入ったのだが、その仲間に裏切られ、殺されそうになった。
結果的にイレイナの殺害は未遂に終わったがその元仲間とやらは街の方へと逃亡したようで、彼らがいるであろう街に行くのはリスクが高いと言える。街中や寝込みを襲われないとも限らない。
だがやはり玲奈自身はこの件に関してどこか他人事のような気持ちでいるので可哀想だなとは思うが街に行かない理由にはならないなと考えを改めた。
「しかし、いや、ふふふ。なんだかわくわくするな」
この感覚は例えるならゲームだ。新作のゲームを起動してチュートリアルなんかを済まして始めて自由にフィールドを移動できるようになった、あのワクワク感に近い。
玲奈はオープンワールド系のゲームは大好きだった。
特に最後の幻想という名のシリーズの15作品目はお気に入りだ。
勿論、これがゲームではなく現実である事は玲奈は理解している。理解している上で玲奈はこの非現実的な現実を楽しむことにしたのだ。
━━━玲奈が大森林の中を歩き出してからしばらくしてすぐ、玲奈を囲むように四人の男女が現れた。彼、彼女らは手にナイフを持ち、明らかに危害を加える気があるようだ。 それに少し気になる点があるが彼らは森を縄張りにする盗賊なのだろうか。
「へえ・・・彼らは獣人。初めて見たよ」
玲奈が現れた彼らを何故獣人だと分かったのか。それは彼らの頭部に生えた犬や猫の耳と腰部分から生えた尻尾が特徴的だったのもあったがイレイナの記憶を辿り、目の前の彼らの姿と照らし合わせたからだ。
「でもまさか魔物ではなく、獣人が最初エンカウントするとはね。面白いじゃないか」
玲奈を囲むように立つ獣人を前にくすりと玲奈に笑みがこぼれた。
「エルフ。悪いがここで━━━ブフッ!」
猫の獣人が何か話そうとしたが玲奈は無防備な彼女の腹に蹴りを放った。
「すまない。私には話をしっかり聞く理由がないものでね」
涙目で蹲り腹をおさえる猫の獣人の姿に他の三人は一瞬ポカンとした顔をしたが、直ぐに今やることを思い出したのか一斉に玲奈に襲いかかってきた。
玲奈は薄く笑みを浮かべたまま、腰に下げた二本の剣を鞘に納めたまま鈍器代わりにするよう手に取った。
玲奈はもともと実家の家業の事情で武術をそれなりに修めていた。日本に古くから伝わる古武術の一つらしく、柔道のように実践的に技術を持って相手を制しつつ、理によって相手を無傷で打ち倒すのが理念らしい。
その技術とイレイナが得意としていた双剣術を合わせる事で玲奈は数分のうちに三人の獣人を無力化した。
痛みから復活し、他の三人と入れ替わるように手のナイフを振るい、脚を巧みに使ってきた猫の獣人、彼女には手首を剣で落とし、痛みと落としたナイフに気を取られてるうちにお腹を蹴り、蹲った瞬間に首筋を手刀で叩き、意識を刈り取った。
意識があり倒れる彼ら三人に玲奈は彼らの上着を脱がせると、ロープ代わりに腕に巻いた。
途中、暴れる雄の獣人には足で腹を蹴り、拳で黙らせ雌の獣人には腹には脚を顔には平手ではたいて静かにさせた。
玲奈からすればこれが異世界での人類種とのファーストコミュニケーションなのだが、先に襲いかかってきたのは彼らなのでこれは彼らの自業自得だ。玲奈は悪くない。
彼らは玲奈の命を奪うつもりだったかもしれないが、玲奈にはそのつもりはない。むしろ彼らに聞きたいことが幾つかあった。
「起きたようだね?さて、初めに自己紹介をしようか。私は名はイレイナ。さっき誰かがエルフと言っていたが、正確にはハイ・エルフだ。
君たちは獣人だろう?まずは君たちの名前を教えてくれ。ああ、それから喋っていいのは君たちのリーダーだけにしよう。それぞれに喋られても面倒だ」
意識を飛ばした猫の獣人が起きるのを待ち、玲奈は彼女らに本名ではなく、イレイナと名乗った。
そうした理由は簡単で今後他人に名乗る時に元日本人、異世界から来た人物であることをあまり知られたくなかったからだ。
イレイナならこの世界の実在する人物であるし、記憶もあるので彼女のように振る舞うことも出来る。知り合いに会ったとしても乗り切ることが出来るだろう。その中にイレイナを殺したい人物もいるかもしれないがその時はその時だ。
できるだけ優しい口調で自己紹介をした玲奈に四人は顔を見合わせ、その中でリーダーだと思われる猫の獣人が恐る恐る口を開いた。
「わた、私はリアン・・・それでこいつらはヨーク、テリー、ノル。あんた、ハイ・エルフなんだろ。なんでッッッッ━━」
「あんた?リアンだっけ・・・状況分かってるの?
キミらは腕を縛られ、転がされていて私は立っている。
どちらか上なのかは理解できるだろう?口の利き方には気をつけなよ」
猫の獣人━━リアンの背中を踏みつけつつ、玲奈は彼女の顔の近くにスッと剣を突き刺した。今度は鞘から取り出している為、剣の表面にリアンの顔が写っている。
「ヒッ」とリアンは小さく声を上げた。
玲奈はリアンの背中から足をどかし、剣を鞘に納めつつそう口にした。
「あ、あなたはどうしてここにいるんだ?」
名前で呼ぶのが気が引けたのか、リアンは玲奈にそう尋ねてきた。玲奈━━イレイナがこの大森林にいる理由を知りたいのだろう。
「私がここにいたのは一応、魔物討伐かな。恥ずかしい話になるが一緒に森に入った仲間に殺されそうになってね。近くの街に行くにも気が引けるだろう?大森林の奥地なら殺し損ねた私を追って彼らも来ないだろうと踏んで、歩いていたんだ」
リアンはヨーク達三人と顔を見合わせた。自分たちを簡単に無力化したイレイナが殺されそうになっていた事に驚いたのだろう。
それはイレイナの話であって玲奈ではない。だからあまり関係がないのだが、いちいち訂正するのも説明するのも面倒なのでそれに関しては放置でいいだろう。
「私からも幾つかいいかな。まず、キミらは何者だい?
私が知っている盗賊にしては身なりが綺麗に見えるし、何より若い。そんなに生活に困っている様子は見られないけど」
玲奈が彼らを見て気になった点、それは彼らがイレイナが知る盗賊と違い身綺麗であったからだ。
盗賊と言うよりかは彼らはどこかの村の若者のような印象を受ける。四人ともまだ十三、十四歳くらいに見えた、事実、玲奈が思った通り彼らは村に住む若者達だったようだ。
「ああ、確かに私達は盗賊じゃない。近くに私達の村があって・・・。たまに森に入った人間達を襲ったりしてるがそれは村に近づいた人間が来ないように処理する為で・・・で、できればこれは秘密にして欲しい」
「なら私を襲ったのもキミらの村とやらに近づきすぎたからって事でいいかな?」
玲奈の言葉にリアンは頷いた。
玲奈は少し驚いていた。イレイナはニールベル大森林に獣人の村があることを知らなかったのだ。獣人達が身綺麗であったからこそ、その可能性に気がつけたが、そもそも普通なら彼らに会った時点で待ち受けるのは死のみだっただろう。
「そうか。キミらの領域に勝手に入っていたのなら悪いのは私だな。すまなかったね」
玲奈はリアン達を立たせ、腕に巻いた上着をほどしていく。リアン達は突然の玲奈の行動についていけない様子だ。
「あなた、はこれからどうするつもりなん、だ?」
「さあね、適当な洞窟でも探して寝床にしようかなと思うけど」
正直行く宛てはない。大森林には危険な魔物が多く生息しているのは知っているがもう街までの帰り方など忘れてしまった。帰りたくても帰れないのだ。なら覚悟を決めるしかない。
「ほっほっほっ、ならば我が村に来られるといい。」
リアンに答えたつもりだったが、返ってきたのは老人のような声だった。
それは木々の合間から聞こえてくるようだった。
Demon-king Praying《魔王のように振る舞おう》 空を3る @soramiru
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