第46話 最終話【アニマの誕生】

 【アニマの誕生】の上演日当日となった。チケットはなんと、完売だ。おおきな劇場を買った劇団がどの程度なのか、見てやろうということなのだろう。ここでこけたら、二度と来てくれなくなる。



 控え室にはいると、ヴィヴィアンとドラクロアがせわしなく動いていた。


 ヴィヴィアンは演者にはならず衣装専属になった。

 パンツルックで機敏に動く彼女は、とても輝いていた。


 ドラクロアは女優と、メイク係の兼任となる。ロイドの弟子となった。


「ほほっ。アニマ様。いよいよですな。どうぞよろしくお願いいたします」 

 ロイドに促され、椅子に座った。

「こちらこそどうぞよろしくお願いします」


 ロイドのメイクはドラクロアとなにもかもが違った。ドラクロアは何度も鏡を見て、修正をくりかえしていたが、ロイドはいっさいやり直しをしない。まるで、最初から完成図があたまにあり、それをなぞっているように感じた。


 ロイドは私を鏡越しに見て、微笑む。

「恥ずかしながら、わたくしは俳優を目指していたことがあったのですよ」

「ロイド様が!」


 オールバックの髪をなで、ロイドは懐かしむように目をほそめた。

「まったく、芽が出なくてですね。諦めました。オーディションには100回ぐらいは落ちたでしょうか。それでもなにか演劇に携われることはないかと思って、メイク。特に特殊メイクの才能があることを見出し、裏方として働いておりました」


「存じております。有名でしたから」

「照れますな。しかし、もっと褒めてくださってもいいですよ」


「ロイド様はすごい方です」

「アニマ様がそうおっしゃってくださいますと嬉しいです。ありがとうございます」

 

 ロイドは言った。

「だからというわけではないですが、アニマ様のような才能あふれる方が、主役になれないことに対して思うことがありました。力になれるのであれば、絶対に主役として舞台に立たせたいと強く願っていました」

「そうだったのですね。ありがたいことです」

「わたくしの分までと言ったら失礼に当たるかもしれませんが、アニマ様の才能を皆様に見せてほしいのです」

「頑張ります」



 扉が激しく開けられた!

「アニマいるか?」

 シリルが言った。


「ここにおります。どうしましたか」


 シリルが駆け寄ってきた。


「クライドから手紙が届いた」

「なんですって!」


 ロイドが言った。

「アニマ様。申し訳ありませんが動かないでください」


「読み上げてください」


 シリルのつばを飲む音が聞こえてきそうだった。

「すべて理解しました。急な悲しみで、どうしていいかわからなかったから、勇気を持って教えてくれて嬉しいです。王になるのは重圧だけど、僕はずっと兄さんに守ってもらっていたから、今度は僕が兄さんを好きなように生きられるようにしたい。国のことは任せて。僕も蝶の保全を頑張ってみるよ。あともらった薬を使ってみたんだけど、すごく調子が良くなったよ。薬屋を教えて欲しいんだ」



「よかった」

 立ち上がり、拳を作ってうなずいた。倒れそうになって、慌てて椅子に手をついた。

「心配で、心配で……」

 力が抜けて、椅子に座るのもやっとだった。あとは舞台に集中するだけだ。


「アニマ様……メイクが台無しです」

「ああ! すみません」

「いいのです。さあ、仕上げとまいりましょう」

 


 ロイドのメイクが終わった。

「信じられません。これが、私?」

「はい。私が思い描いていた通りの美しいアニマ様ですよ」

 

「綺麗だ……アニマ」

 シリルが穴があくほど私を見つめた。

 


 鏡に映る自分は、美しい令嬢になっていた。私がもし、私を見かけたら、振りかえるほど美人だ。いままでは、怯え、怖がられ、避けられていたのに。一体どんな魔法を使ったのか、ロイドが使っている道具を見るが、特に変わったものは使っていない。



「特別なことはしていませんよ。しいて言うならばが大事なのです。アニマ様は全体的なパーツが少し斜め上に寄っているのですよ。適切な線に入れてあげれば、美しい令嬢になるだろうと最初からわかっていました」


 感極まってしまう。メイクが落ちてしまうので、くちびるを噛み、耐えた。しかし、涙はとめどなく出てしまった。

「すみません。メイクがお気に召しませんでしたか。すぐやり直します」


「違うのです」

 メイクが落ちないようにそっと顔を拭った。


「怖い顔のせいで嫌な思いをたくさんしてきました。まさかここまで自分が変われるなんて。ドラクロア様のメイクの時もそう思いましたが、メイクって本当にすごいのですね」

「最初からアニマ様は美しいって分かっていましたよ。自信を持ってください。今日はそんなあなたを見に、たくさんの人がやってきます」


「はい。私、頑張りますね」


 ロイドは笑顔で送り出してくれた。






 緞帳の前には、すでに役者が集まっていた。緞帳の奥から観客の息づかいや、期待を肌で感じた。



「おお! アニマ。今日は一段とかわいいね。準備はいい?」

 優美な姿のハーマイオニーが言った。


「はい。問題ありません」



「アニマちゃん。主役なんだから、力を抜いてね。主役がいちばん力を抜くことこそが、この劇のいちばんの力の抜きどころで……」

 リンジーの声はふるえていた。


「リンジー様。人という字を書いてください」

「こ、こう?」

 


「それを握りつぶしてください」

「こ、こうね! やった、やったよ」

「ほら。大したことない。簡単にひねりつぶせます」

「あ、そういう感じね! 急に頼もしくなっちゃって」



 ドラクロアが胸に手を当て、言った。

「アニマ様と一緒に演じられること、夢のようです」

「よろしくお願いしますね」




 シリルが近づいてきた。

 シリルもロイドから特殊メイクを受けていて、だれが見ても、セシル殿下だと見分けはつかない。

「アニマ。準備はいいか」

「大丈夫」

「その……験担ぎというやつだ」

 他の令嬢の視線を感じてか、耳許でささやく。

「験担ぎ?」


 シリルは私の唇に近づく。わたしが目を閉じると、キスをした。


「ここに元婚約者がいるというのに」

 リンジーは怒ったふりをしたが、棒読みだった。

「劇の前よ、集中」

 ハーマイオニーがリンジーの肩を叩く。




 私は言った。

「さあ、参りましょう」


 合図をして、緞帳を上げてもらった。




 お辞儀カーテシーをして、舞台があがるのを待つ。



 緞帳があがり、観客の拍手が徐々におおきくなって聞こえた。




 私の主演舞台が、ここからはじまる。




 

 〈終わり〉

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【完結】悪役令嬢は王太子のバチェラー(婚活バトルロワイヤル)に招待されました!~私を愛することはないっていいながら、特別待遇なのはどうして?~ 淡麗 マナ @3263

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