第二十七話 『騒がしい辺境伯領』

 時というのは慣れると案外早くに過ぎていく。


 王都から帰還した後辺境伯邸でも私とアリスの結婚式が挙げられ、約2週間をかけて辺境伯領全土を巡った。アリスが人懐っこい性格なおかげで、各地の領主たちもかなりのお祝いムード。


 幸せな日々を過ごした。


 そして現在私とアリスは領都トリノに帰り、ようやく静かな日々が送れている......とは言い難い。


 毎日のように王国中から届く農地へマナを分けて欲しいという手紙。身分など関係ない。お金をチラつかせ、公爵家との関わりをチラつかせて私たちに要求をしてくる。一度でも了承すれば終わりなので徹底的に断らなければいけない。


 次にエリノアはじめハンスやブレントへの婚約のお誘い。あげくクリフにまで。とりあえず本人たちに見せはするが、どうやら私に隠れて誰かと文通をしているエリノアは興味なし。ハンスはかねてよりお願いしていたカムイ侯爵家ご令嬢サリー様と婚約。ブレントはまだ半人前なのでと父上が却下。クリフは......辺境伯領を離れないことを条件としているため毎回破綻している。


 さらには大魔導士ハイウェニスト・クロウリー様ら魔導書研究所の研究所が辺境伯領へ作られ、聖女がいることによる環境の変化について日々研究をしているそうだ。


 それに伴い研究所の防衛を目的として新設された第四近衛騎士団の兵舎は領都トリノにも建築された。


 そして当然のように第四近衛騎士団の演習には辺境伯騎士団も駆り出され、私は両団の指導をハンスとともにこなしている。


 本当に、貴族とは面倒なものだ。


「ウィリアム様? また険しい顔をされておりますよ!」


「ああすまない。アリス、紅茶はいるか?」


「いただきます!」


 紅茶を淹れ、カップに注ぐ。


「なあアリス。今度、ソニアのさらに東にあるロートリア王国に旅行に行かないか?」


「いいのですか? ウィリアム様、最近は働かれてばかりで疲れては―――」


「いいんだよ。私のわがまま、聞いてはくれないかな?」


「もちろんです!」


 アリスは本当に優しい。アリスだってマナを蒔いたりポーションを作ったり本当は忙しいはずなのに、いつでも私を気にかけてくれる。


 幸せだ。


 コンコンコンコン


「ご歓談中に失礼致します。ハイエル公爵家のエミリ様がお見えです」


「通してくれ」


 予定にない来客だ。でもエミリ様なら肩肘張る必要もない。


「お久しぶりでございます。ウィリアム様、アリスちゃん」


 私とアリスは絶句した。三大公爵家のご令嬢ともあろうエミリ様が、見える範囲だけで9箇所も穴のあいたボロボロの衣類を纏っているのだ。


「ど、どうしたのエミリちゃん?!」


「とりあえずお座りください。今お着替えを持ってこさせます。アリス...ではなくエリノア...でもなく母上のドレスをお借りしてきてくれ」


 座ってから紅茶を一気に飲み干したエミリ様が語ったのは、私の予想を大きく上回っていた。


 要するにクロムウェル帝国連邦との講和条約が締結され、あちら側の第三王子を人質として王国内の貴族令嬢と政略結婚をさせることになったのだとか。


 そして、相手が王子である以上ハプロフ王国も誠意を見せて三大公爵から花嫁を選ぶことになり、三大公爵家では最下位のハイエル公爵のエミリ様に白羽の矢が立った。


 受け入れようとしたエミリ様だったが、初めてお会いした王子は言われていた人物像とはかけ離れており、会うなり鼻息荒く近寄ってきたのだ。


 無理だと公爵閣下にお伝えになったが、ハイエル公爵ではどうすることもできず。家出という形で辺境伯領までお逃げになった。


 ......無茶苦茶だ。


 しかし私に出来ることは特に―――


「ウィリアム様! エミリちゃんを助けてください」


 アリスの声が執務室に響いた。



 私は夜遅くで案を巡らせ、どうにかエミリ様をお救いする方法はないかを考えた。しかしそんな案がおいそれと浮かぶはずもない。


『お困りのようだね』


 何処からともなく聞こえてきたのは、聞き馴染みのある精霊の声。


「フェイ?! 戻ってきたのか」


『だから言ったでしょ。すぐ戻るからって』


 具現化した茶色い胴長の犬......もとい氷の精霊は、私の膝の上で前のように丸まっていた。


『お昼は忙しそうだったから夜に出てきたよ。それで、困ってるんだよね?』


「ああ。でもお前、政治的な力があるのか」


『え? ないけど』


 少しでも期待した私が馬鹿であった。でもなんだか、フェイを撫でると安心する。


「お前はここにいるだけでいい。私に撫でられていてくれ」


『はいはい。好きなだけどうぞ』


 私の膝の上で丸まったフェイは、気持ちよさそうに眠りにつく。



 結局、その夜は一睡もできなかった。


 そしてこういう面倒ごとは連鎖する。


「ウィリアム様。ナタリア・ケーメル様がお見えになりました」


「ナタリア様? 通してくれ」


 まだ朝日も出て間もないこの時間帯に。一体なんのご要件だろうか。まさかな、まさかさらに問題が増えるわけ・・・・・・


「ウィリアム。わたくし、お家から逃げてきましたの」


 誇らしげに腰に手を置いて私の前に立つナタリア様。耳を疑ったが、もう一度聞いても同じことを仰った。


「ウェルムはどちらに居るのかしら?」


「兄上ですか......領都トリノの近くにある別荘で暮らしております」


「そう。では私はしばらくこちらに住まわせてもらうから。お洋服の準備はよろしくて?」


 え、あ。一応私の領地なのだが......準備はよろしくて? ではまったくないのだが。しかし、私が断れそうな隙もない。


「し、承知しました」


 そういうわけで、辺境伯領に3大公爵家のご令嬢がおふたりも揃ったのだ。アリスとエリノアは本当に嬉しそうだったが、私はじめ男性陣は公爵家や国王陛下になんと説明すべきか本格的に困ってきた。


 すでにケーメル公爵の御一行と第二近衛騎士団がこちらへ向けて王都を発ったとの情報も入ってきている。


 これは......私とアリスとの新婚旅行はまだまだ先の話になりそうだな。


 アリスと出会い、様々な大事に巻き込まれてきた。そしてこれからも私に面倒ごとが降り注いでくるのだろう。私がこの領地で、アリスと一緒にゆっくり平穏な日々を過ごせるようになるのはいつになることやら。


〜fin〜

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辺境伯は自領で静かに過ごしたい! 四条奏 @KanaShijyo

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