第3話 5人の天才達

 時間は流れて1週間後。 佐倉は「学級会」の開催場所である、名前はわからないがとにかくゴージャスな建物の前に来ていた。

 

 タイミングが悪く、先輩方の卒業式を見たかったな、等と少し残念がっている佐倉だが、背負っているリュックにはパンパンのお菓子とジュースが入っている。あくまでもフォーマルな会合であり、遊びに行くわけではない。


 建物の中は紅絨毯が貼られており、足音が響かないくふかふかで、土足で歩いているのが申し訳なくなってくる。


 エレベーターで目的の階に上がって、指定された部屋のドアの前に立った。


 ここで佐倉は疑問を抱いた。どうやって入ればいいのだろうか。


 防衛大の時みたいに、3回ノックした後、大声で入っていけばいいのか。もしそうなら、入った後誰に敬礼すればいいのか。普通に入っていいのだろうか。


 しかし、モジモジしていても仕方がない。大声はアレだが、元気よく挨拶して入室する分には悪いことないだろう。佐倉は意を決して3回ノックをする。


「入ります!」


 大声ではないが通る声で、元気よく入室すると、すでに5人の天才達が、高そうな机を囲んでいた。クロエ・スミスの姿も見える。


 クロエは、迫田のスライドで見た通り、いやそれ以上に綺麗な顔立ちで、特に肩甲骨まで伸びてウェーブのかかったブロンドヘアーと、透き通るような色の碧眼が特徴的だった。だが表情や雰囲気は17歳相応ではなく、歴戦の戦士のようだ。あと海兵隊の戦闘服がバッチリ似合っていて格好良い。

 全員、キョトンとした顔で佐倉を見ている。あ、これは入り方を間違えたな、と佐倉は、心の中でやらかしたと叫んだ。


 天才達以外には誰もいない。司会役みたいな人すらいないが、これからどう話を展開していけばいいのだろうか。


 まあ、友達になりに来たのだからフランクな感じでいいだろうと、佐倉は気楽に構えて机に近づいた。


「こんにちは! 私は、つい1週間前に天才達になった佐倉友結です。どうぞよろしく」


 佐倉は、隣にいたクロエの手を握ろうとする。


「触るな!」


 だが、クロエは思い切り佐倉の手を叩いた。まるで親の仇でも見たかのような形相で、佐倉はクロエの逆鱗に触れてしまったのだと、血の気が引く思いだった。


 ところが、クロエはすぐに表情を変えた。飼い主に叱られた子供みたいな、見事なショボン顔で、申し訳なさそうにしている。


「ご、ごめんなさい」


 情緒のアップダウンが激しすぎて、佐倉は困惑した。だが、クロエは握手をし返してくれて、普通の表情に戻っているので、不思議だけどよしとする。


 他のメンツの顔を見渡してみる。気づかなかったが、よく見れば皆嫌そうな表情で、険悪な雰囲気が漂っていた。


 誰も喋らない。佐倉はクロエに、表情でクエスチョンマークを投げかける。


「あれ、知らないの? なぜだかわからないけど、天才達は互いに反発し合うの。目が合ったらブチギレるくらいに。まあ皆んな大人だから睨み合うだけだけど。あ、わたし、クロエ・スミス。よろしく」


 英語だけガチって勉強していてよかったと佐倉は思った。


「あれ。じゃあなんでわたしとクロエさんは普通に喋れているの?」


「わからない。ただ、あなたの手を払うまでは、あなたのこと大嫌いだった。けれど今は不思議と大丈夫。寧ろいい友達になれそうって感じ」


「私の能力は誰とでも友達になれるってやつらしいから、きっとその影響かも」


「であれば、全員と握手をすればよろしいのではなくて? 貴方のその薄汚い手など握りたくはないけれど、今のままでは話し合いにすらならないでしょう?」


 今日いる天才達の中で一番ロイヤルな見た目の少女が、まあまあキツイ口調で提案してきた。


 佐倉は、言い方きついなあと思いつつ、「大人だなあ、はは……」と苦笑いして、握手を交した。


「あら、本当。先程まで産業廃棄物に見えていた貴方が、手を握った瞬間、まるで旧友だったかのような気分ですわ」


 表情から「嫌!」が滲み出ていたこの少女は、今は気品のある微笑を浮かべている。能力で反発を打ち消し、友達になれるというのは本当みたいだ。


「失礼。わたくし、エリスと申しますわ。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 自己紹介してくれたエリスに、佐倉は引っかかるところがあった。こちらも綺麗な金髪で肩に掛からないくらいの長さの髪、くりくりとした翡翠色の目。幼げな印象を受ける見た目とはかけ離れた上品さ。どこかで見たことがある。


「なんかロイヤルファミリーのニュースで見たことあるかも」


「無知が過ぎるわよ貴方」


 艶やかな黒髪の、少し大人びた少女が、ため息交じりに佐倉の肩に手を置き、失礼だと叱る。


 黒い制服に、袖に金の階級章から、海上自衛隊の人だと分かる。日本語を話していたので、制服なんか見なくてもなんとなく同業の人だと言うことは想像できたが。


「いやあ。あまりニュース見ないから」


「まったく……。あなたも防大生なら、もっと将来の幹部自衛官としての自覚を持ちなさい」


「し、失礼しました」


「ああいや、別に怒って言ってるわけじゃないのよ? 私はただ同じ幹部自衛官として、もっとしっかりして欲しいと思っただけで。ああ、そうだ。佐倉さんは陸海空のどこに配属になるのかしら」


「それがですねえ。急に天才達になったものだから、保留なんですって」


「そ、そうなのね。なら、海自にきなさいよ。歓迎するわ」


「うーん、どうなるかわからないですからねー。それで、あなたの事は何て呼べばいいですか?」


「あ、そうね。私は川口彩吹かわぐちいぶき。年は18で、護衛艦「くろひめ」の艦長をやっているわ。もし海自に来たら、私が上に掛け合ってくろひめに乗れるようにしてあげる。…………あら、本当ね。なんだか親友のように接せられるわ」


「一個下なのに艦長とは、凄いですねー。やっぱ海上要員にしようかな」


「それが良いわ。 あと、あなたは特別に、敬語じゃなくてもいいわよ」


「あ、本当? やった」


 佐倉は、横須賀基地研修の時に見た、ひときわ大きなイージス艦の事を思い出していた。たしか艦尾に「くろひめ」と書かれていたはずだが、まさかそこの艦長さんだったとは。


「じゃあ、次。どうぞよろしく……」

 

 今度は、一つにまとめた赤髪が特徴的な少女の手を握る。その子は、やはり最初は嫌そうな顔をするが、すぐに無表情に戻った。


「本当だ。嫌な感じが無くなった。…………私はアナスタシア。ナーシャでいい」


「私は佐倉友結! よろしくね、ナーシャ」


「名前はさっき聞いたから分かる」


「あ、ソウデスカ」


「ま、よろしく」


 ナーシャはこれ以上語らなかった。だが、悪くは思っていないようだ。


「最後に、あなた。よろしくね」


 佐倉は、サラサラな銀髪と紫の瞳が綺麗な、華奢な少女の小さい手を握る。最初少女の手はこわばっていたが、次第に力が抜け、手を握り返してくれた。


「何て呼べばいいかな?」


「え、あの。く、クラーラ」


「クラーラね。よろしく!」


「よ、よろしく…………」


 きっと引っ込み思案なのだろう。クラーラは目を合わせようとしなかった。怯えている感じはなく、ただただ気まずそうにしているので、天才達どうしの反発は解消できたと言っていいだろう。


「じゃあ、仲良くなれたことだし…………って、他の天才達どうしは大丈夫なの?」


「特に何も思いませんわ。……なるほど。一度貴方と友人になってしまえば、友人になった者同士の反発も無くなるようですわね」


「ツレのツレはツレってことね」


「そういうことなのかな。でも複雑だなあ。皆と仲良くなれたのは異能力があったからなんて」


「まあ、そうね。でもいいんじゃないかしら。これからちゃんと仲良くなっていけば」



「良い事言うねえ彩吹。なら改めて、会議? 話し合い? しよう! 私、お菓子とジュースいっぱい持って来たから」


「お、やるねーサクラ」


「このような場でお菓子とジュース。面白い方ね」


「褒める所じゃないわよ。本当、早く自覚を持ちなさいよ……」


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