べすとふれんどふぉーえばー!

ぽりまー

第1話 私は「天才達」

「あと十分くらいで中休み来るね」


「てことは要員発表まであと十分かあ。どうしよう、もの凄く緊張する……」


 佐倉友結さくらゆいは胸に手を当て、深く深呼吸した。


 緊張もそのはず、今日は佐倉達防衛大学校1年生にとって一番大事な日、陸海空の要員発表の日である。


「最後にもっかい確認ね。わたしは陸上に行きたい。みゆちゃんは?」


「私は航空に行きたい」


 佐倉の同期の柏木美夢かしわぎみゆは、自信たっぷりそうな表情で言った。


「お互い希望通りになると良いね、さっちゃん!」


「だね!」


 佐倉と柏木は、互いの手を重ね合わせ、見つめ合う。目からは不安と高揚の入り交じった感情が伝わってきた。


「いやあ、懐かしいな。私も三年前同じようにソワソワしてたもんなー」


 佐倉が声の方に顔を向けると、部屋長の横倉が優しく微笑んでいた。夏、いや秋の終わりまでもの凄く怖い人だったのに。


 因みに、この学校は全寮制で、1つの部屋に1から4学年が2人ずつ、計8人部屋で共同生活をする。この横倉は、佐倉のいる部屋の長であり、責任者である。


 長期休みが明けるごとに部屋替えをするのだが、女子学生は人数が少ないので殆どメンバーが替わらない。だから佐倉は、入校からずっと横倉と共同生活し、バチボコにしばかれたものだ。


「横倉さんは、希望通りになったんですか?」


「今から発表を控えてるお前等には申し訳ないが、全然希望通りじゃなかったよ」


「えっ、そうなんですか?」


 驚く佐倉に、横倉は「そうだ」と首を大きく縦に振る。


「私、元々海上が良かったんだけど、陸上になったんだ。そうだな、佐倉の陸上は結構希望通りになると思うが、柏木の航空は結構希望通りになるか分からないぞ」


「ええ、そんなあ」


 落胆する柏木を慰めながら、佐倉は腕時計をチェックする。残り7分前。そろそろ準備を始めた方が良さそうだ。


「ほら、みゆちゃん。着こなししよ?」


「う、うん。いよいよだね」


 佐倉達は革靴を履き、作業服の背中の裾を思い切り引っ張る。着こなしは、上級生や指導教官の下へ集合するときや他部屋に入るときなどに、服装を整える事である。特に作業服は、背中の張りが大事で、シワ一つ無く、指でつまめないくらいバチバチにしなければならない。


「準備おっけー?」


「おっけ! 行こう!」


 しっかり着こなしを終えたふたりは、集合場所である中央ホールへ、着こなしが崩れないように慎重に歩いて向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「2中隊1学年集合終わり!」


 役職持ちの同期、多田野が指導教官に報告する。


「休め! では早速だが、みんなお待ちかねの要員を発表する。名前を呼ばれた学生は前に出てこい」


 佐倉は休めの姿勢をとり、体の動きを止めた。内心ソワソワしすぎて今すぐにでも体を動かしたかったが、耐える。


 あいうえお順に名前が呼ばれ、全員の前で指導教官が名札を渡す。名札には、陸海空それぞれを表す色が班番号を書くスペースに塗られているので、受け取った時点で自分がどこに配属されたかわかる。普通に「お前は○○だ」と言えば簡単にすむのだが、指導教官のユーモアである。


「次、伊東」


「次、大林」


「次、柿谷」


 名前を呼ばれるたびに、学生は祈るような顔で前に出て、名札を受け取る。そしてその場で歓喜、または落胆していった。


「次、小林」


 カ行の最後にさしかかる。順番的に次が佐倉の番だ。そして清水、鈴木と続く。


 いよいよ私の番かと、佐倉は口から心臓が飛び出そうな思いだった。


「次、清水」


「はいっ!」


 しかし、自分の番である佐倉ではなく、清水が呼ばれた。


 佐倉は動揺のあまり、休めの姿勢を維持しなければならないのにもかかわらず、キョロキョロとしきりに首を動かした。


 自分の隊の教官だ。流石に順番を飛ばしてしまうというケアレスミスはしないはず。だが教官も人間、もしかしたらそういう失敗もするかもしれない。この二つが佐倉の脳内をぐるぐると駆け回る。何か意図があるのかも知れないし、勝手に喋るのもどうかと思うので何も言うまいか、しかし順番を飛ばされ要員を教えてくれないのは嫌だから勇気を出して声を上げるべきか。


「……以上」


 等と迷っている内に、教官が全て発表し終えてしまった。このまま帰らされてしまうのか。やはり言うべきか。どうしよう。


「横田1尉! 佐倉学生はまだ発表されていません!」


 同期の一人が右手を挙げて声を張り上げた。


「さっちゃん飛ばされてんじゃん」


「えーなんで?」


「ワンチャン留年?」


 他の同期達もざわつく。半分は心配の声だが、もう半分はイジりの声だったので、佐倉は「留年はないよさすがに!」と笑ってツッコんだ。


「わかったからもういい加減黙れ! ……別に佐倉のことを忘れてたわけじゃない。それを今から言おうとしてたんだから変に盛り上がるな!」


 場が落ち着いたのを確認した教官は、一呼吸置いて、話し始めた。


「実は、急遽上からお達しが来てな。佐倉の要員発表は保留となった」


「えっ。まさか留年の危機!?」


「違う。てか成績表帰ってきてるんだから自分が留年かどうか位分かるだろ。……で。どういう理由なのかは分からない。どうやら重要な機密らしいんだ。そして明日、学校長の下へ行くようにとのことだ」


「が、学校長!?」

 

 学校長の下に向かうなど、普通に生活していればまずあり得ない。なにかやらかしても会う機会はないのだ。


「…………お前、一体何したんだ?」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 

翌日。


 佐倉は本部庁舎に赴いていた。しっかりとアイロンを掛けた襟詰の制服を着て、顔が写るくらい磨いた革靴を履いて、準備万端だ。また、指導教官の横田も一緒だ。


「いいか、失礼の無いようにな」


「は、はい」


「では行くぞ」


 横田はドアを3回ノックし、「入ります!」と、早朝の眠気も覚めるような声を出して入室する。佐倉はその後に続いた。


 横田の横で、佐倉は不動の姿勢をとる。目の前には、入校式で遠くから見たことのある学校長と、肩の階級章が煌びやかな、見たことのないおじさん達と、スーツを着たおじさんが一人立っていて、佐倉はただ事じゃないと理解し、最高に緊張していた。


 おじさん達の顔は険しく、ふざけた空気一つ無い。誰とでも仲が良かった佐倉は、割とおちゃらけて日々を過ごしていたため、この空気は地獄の様に感じられた。


「よく来てくれた。佐倉学生」


 スーツの男は佐倉の前に立つと、真剣な表情のまま目を合わせてくる。


「私は外務省から来た、迫田だ」


 が、外務省の人がなんでこんな所に? と佐倉は巨大なクエスチョンマークを思い浮かべた。


「急に呼び出しておいてすまないが、早速本題に入らせて貰う」


 迫田は一拍おいてタメを作ると、重大な発表をする時にやる低めの声のトーンで言った。


「佐倉友結。貴方は『天才達フェノム』に認定された」






 

 

 

 


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