第5話 同盟締結?

「それが凄くマズくって」


「ええー! あれって、そうなんだ」


「私も食べたことありませんわね。……少し味が気になりますわね。ねえ、カワグチ?」


「いやいや、別に食べたくは無いわよ。なんでわざわざ不味い食べ物食べなくちゃならないの」


「私は興味ある。何というか、好奇心をくすぐられるな」


「えぇ、なんでよいらないでしょ」


 天才達は反発し合い、仲良くなるなんてありえないって言ってたのにが、今は和気あいあいとくだらない世間話をしている。なんてことないじゃん、と佐倉は思った。


 ふと、手首の腕時計が視界に入った。風呂にもつけたまま入れる丈夫なやつだ。


 時刻を見て「学級会」が始まってから3時間経っていたことに佐倉は気づいた。机の上を見てみると、お菓子はもうほとんど残っていない。結構売れたようだし、気に入って貰えてなによりだ。


「あ、もう結構時間たってたね」


 そろそろ解散かな。良かったら連絡先交換しようよ。で、また遊ぼ。と言おうとしたとき、佐倉の携帯が鳴る。メールが来たのだ。


 メールの差出人は迫田だった。「同盟の話もせず、このまま遊んで帰るのは許さん」という内容だが、文面から迫田の怒りが伝わってくる。このまま帰ったら多分絶対シバかれるぞ。


「であれば、解散か」


「そうね。いいんじゃない?」


「ま、待って! よかったら同盟の話でも」


「サクラ、携帯を見せなさい」


 どうしてだろう。クロエにはすべてお見通しのようだ。佐倉は素直に携帯を渡した。


「はぁ。どうせそんなことだろうと思いましたわ」


「あ、相手、迫田さんじゃない。なるほど、迫田さんに言われて来てたのね。それにしても、これは結構怒ってるんじゃないかしら?」


「サコダの気持ちはわかるよ。こんな大事な任務任せたのに、おかしつまんで、遊んで帰ってきたってなったら、そりゃ怒るよ」


「あと、やるならもっと自然にやるべきだ。携帯見てから急に態度とか言ってる事とか変わったら、ふつう怪しむ」


「そんなあ。え、マジでどうしよう。このままだと絶対かえってゴリゴリにシバかれるんですけど」


 頭を抱えて唸る佐倉を、全員で「いっかいシバかれたら?」と一蹴した。


「えー。同盟結ぼうよー。せめてちゃんと友達になってよ連絡先交換しよまた遊ぼうよ」


「子供じゃないんだから駄々こねない! 同じ自衛隊として恥ずかしいわよ!」


「じゃあ、川口さんからも何か言ってよ」


「なんでよ!」


「友達ならいいんじゃないか? クラーラも、それくらいならいいだろう?」


「ぁ、うん」


「え? やったー!」


「よかったじゃない。同盟は無理でも、友達になっとけばちょっとシバかれるだけですむんじゃないかしら?」


「シバかれはするのね…………」


 また皆がわちゃわちゃ話している中、エリスだけは黙ったまま、顎に手を添えて一点を見つめ続けていた。何か考え事をしているのだろう。


 エリスが今度は天井を見渡す。そして何かを見つけると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「サクラ。同盟、結びましょう」


「えっ」


 佐倉だけじゃない。エリス以外の全員が目を丸くして、エリスに注目した。


「ど、どういう風の吹き回しで」


「いえ、少し面白い事を考えましたの。何処の国や組織の傘下にも属さない、私達独自の同盟を結べばいいのでは、と」


「ど、どゆこと?」


 驚いていて、なんかわかってそうな顔をしていたので、佐倉は彩吹に聞く。


「つまり、完全に独立した同盟組織を結ぼうってことよね。国連だとか、それこそ日米とかのバックもなしで。でも、できるのかしら?」


「カワグチ。私達は何者なのかお忘れになって? 私達は全員、一人いるだけで世界のパワーバランスに甚大な影響を与えてしまうような存在ですのよ? であれば、強引にでも宣言してしまえば、誰も止めはしないでしょう」


「そ、そう簡単にいくのかしら…………」


「いくわけないだろ!!」


 ドアを蹴破って、迫田が慌てた様子で入ってきた。佐倉を見つけると、鬼の形相になって詰め寄る。


「どういうことだ佐倉友結!」


 一年間のすり込みで、佐倉は怒られると自然に気を付けし、不動の姿勢を保ってしまう。迫田に正対し、佐倉は顔を引きつらせて迫田の目を凝視した。「結局シバかれるのね……」と心の中で盛大にため息を吐く。


「わかりません!」


「わからないなんてことがあるか!」


「失礼しました!」


 目の前で切れ散らかす大人。背後に「ぶっ」と吹き出す外国人達。状況もあり、つられそうもあり、佐倉も腹の奥から笑いがこみ上げてきた。


「丁度良いですわ。サコダ、同盟締結とその発表を手伝いなさい」


「名前はどうするの?」


「佐倉ァ!」


「はい! 失礼しました!」


「くっ、ふふふ……そうですわね。私たちは友人から始まった同盟ですから、それにちなんだ名前がよろしいのではなくて?」


「なんかそういうの、小さいときに見たことあるわね。下敷きとかファイルとか、集めてたわ。確か、『ズッ友』ってやつ。佐倉なら分かるわよね?」


「川口さん分かるけど今話しかけないでよシバかれてるんだから」


「ふざけるなよ佐倉ァ! 今すぐ止めさせろ!」


「ヒッ、失礼しました!」


「ブッ……あ、あなたの怒られる時の態度にも、問題があると思うわよ?」


「もういいでしょう、サコダ。いくらサクラに怒りをぶつけたところで、この話は無くなるわけではないのですから」


 エリスが、佐倉と迫田の間に割って入る。もっと早くに止めてくれればよかったのに。


「私たちは独自の同盟を結びますわ。名前は、ズッ友……そうですわねBest Friend Forever としましょうか」


「ズッ友同盟ってこと? あー確かに昔聞いたことあるかも」


「やっぱ世代よね」


「活動内容は、そうですわね…………治安維持、同じ天才達の受け入れ、といったとこでよろしいでしょう」


「そ、そんな簡単に話進むもんなのこれ……」


 自分の常識を疑い、佐倉は周りの人間の表情を見てみる。だが大体みんな、口がぽっかり空いていたので、自分の感覚は間違いないのだと安心した。


「いや、お待ちください。大国や大きな組織のバックアップがなければ、組織の維持や活動は厳しいかと思います。ですので、我が国に支援を」


「必要ありませんわ。そもそも私達を飼い慣らせると、本気でお思いで?」


 まだみんなのことよく知らないから、正直こんな強気な感じで大丈夫なのだろうか、という疑問はあったものの、エリスの自信たっぷりな態度を見ていると、大丈夫なんだろうと思えてくる。


 多分、自分たちだけでグループを作り、治安維持と他の天才達と友達になるという目的で活動するという内容だったと思うが、そんなことできるのだろうか。でも、もしできたらと思うと、佐倉は胸が高鳴った。


「皆様も、国家の犬畜生に成り下がるだけではつまらないでしょう? どうせ私達で同盟を結ぶのであれば、自由にやらせていただきたいではありませんか」


「良いじゃんやろうやろう!」


「佐倉……ま、まあ確かに、みんなで何かやろう、みたいなのは面白そうではあるけれど、いいのかしら?」


「そう上手くはいかなさそうな気がするが、殿下は自信があるようだ。祖国のため働くことに、なんら疑問はなかったのだが、もしこれが平和につながるのであれば、是非やりたい」


「クラーラは?」


「あっ、えと、じゃあ、やろう……かな」


 みんなやる気で、結構本気で実現しそうな話になってきたようで、佐倉は新しい何かが起きそうな予感で期待に胸を膨らませた。


「わたしは反対」


 だが、クロエの一言で、浮足立っていたのが一気に地上に引き戻された。


「えっ、なんで」


「流石だクロエ・スミス。ちゃんと現実が見えている!」


「いいえサコダ。わたしは同盟自体はやりたいと思ってる。ヘタレな合衆国の代わりに世界の警察をやろうってんなら、ぜひ協力する」


 クロエは、佐倉と彩吹をそれぞれ一瞥して、続ける。


「問題はこの二人。特にサクラ。治安維持とかの活動をするなら、どうしても実戦がつきまとうでしょ。その実践に自衛隊が出てこれんの? 軍隊じゃないとかって言い訳してるし、専守防衛だとかさ。それで自分らだけ出てこないってのは無いんじゃない?」


「え、こんなややこしくなったのは、割とそちらさんのせいじゃ……」


 クロエの無言ノーモーションローキックが、佐倉の脛を打った。


「痛ったい!」


「そんなの知らない。てか一番心配なのはあなたよサクラ。あなた学生でしょ? ついてこれるの?」


「あっ、そっか」


 痛む脛を押さえながら、佐倉は考える。確かに実戦どころか本格的な訓練すらしたこと無い。一応8キロ泳いだし、小銃も撃ったし、行軍もした。けれども「じゃあ今から戦場ね」と言われて行ける自信はあんまりない。


 しかし、周りの人みんな強そうだし、なによりみんなと何かやりたい、まだ見ぬ天才達と友達になりたいという思いは、今何よりも強かった。


「出来るかは分からないけど、やるよ」


「本気で言ってる?」


「もちろん」


「どうだか」


 クロエは数秒黙る。そして小声で「よし」と呟くと、佐倉と目を合わせた。


「じゃあテストしよう。今度中東に一個作戦をしに行くから、サクラもついてきて。……いや、全員の実力も見たいから、この際全員で行こう。その結果次第でやるか決める」


 ここで「はい」と言えば、同期や先輩の誰よりも早く実戦に導入される防大生になることが確定してしまう。佐倉の手足は震えている。


「やるよ」


 けれど体から出る恐怖のサインと真逆で、口から出た言葉には力がこもっていた。


「ビビッて震えてるけど、目だけは本気だね。伝わってくる。よし、じゃあ行こう、全員で」


「ほ、本気、佐倉?」


「うん」


 彩吹がたじろぎ、迫田が膝から崩れ落ちる。


「では私の艦で行きましょう。私のクイーンエリスなら、安全に航海できますわ」


「じゃ、じゃあそうしましょうか」


「何を言ってるのイブキ。あなたも艦を出すの。じゃないと意味ないでしょ」


「えっ、うそでしょ」


「えっと、あの。も、持って来た戦車も乗せて欲しい……」


「私の武装も頼む」


「それはクイーンエリスに乗せましょう。護衛艦では輸送できませんわ」


「それで決まりね」


「ちょっと待ちなさいよ!」


 みんなやる気の中、彩吹は半泣きで必死に訴えかける。


「全部殿下の艦に乗せるなら、もうそれで行けばいいじゃない! なんでうちの艦まで出さなきゃいけないの?」


「だから、実力を測れないからって言ってんじゃん。それとも、何か出せない理由でもあるの?」


「ありまくりよ! だって実戦でしょ? そんなところに皆を連れていけないわよ」


「確かにここよりは危険だけど、一番ヤバいのは陸に上がってからだし、大丈夫じゃない? で、他は?」


 彩吹は目に涙を浮かべ、一つ溜息を吐くと、愚痴るようにぽつぽつと語り出した。


「勝手に艦出せないし、危険なところへ行くから皆とお偉いさんに説得に行かないといけないでしょ。でも佐倉ですら迫田に物凄く怒られたのだし、きっとそれ以上に怒られそうじゃない……」


「怒られるから嫌だとか、本当に大丈夫なの?」


「…………天才達に認定されたから、私自候生から一瞬で一佐になったのよ? だからイレギュラーすぎる昇進やガキが艦長になったっていうのでお偉いさんにめちゃくちゃ嫌われてるの……」


「お、おお。な、なんかヤバそう」


「う、うむ。流石に一線は超えてこないだろうが、面倒くさそうではあるか」


「であれば私達で許可を取りに参ればよろしいのではなくて?」


「確かに、天才達全員で押し掛けたらいけるんじゃない?」


「はぁ、絶対泣かされる……」


「大丈夫だって」


 迫田の横で、彩吹も地面に膝をついた。

  

「ああ、最悪だ……」


 悲壮感漂う迫田と彩吹。このかけてしまった迷惑を忘れてはならないと、佐倉は心に誓うのだった。


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