ラック・ラック・グッドラック

MIGIWA3

第1話 幸運

 人なんてものはいつ裏切るかわからない。

 ならば最初から裏切るのだと決めつけてしまえば、私が傷つかなくて済むと気づいたのは齢6歳の時だった。


 私ことティア・ラックは名家ラック家に生まれた末の女子だった。

 別に後継に困っていたわけではない、上には五人の兄がいるのだから。

 なのに父と母は私を産んだ、理由は聞いていないがおおかた久々の夜の営みが盛り上がってしまった産物なのだろう。


 末の女子だったが何不自由ない生活をさせてもらったし、教育もしっかりとさせてくれた。

 そこには感謝をしているし、不満はなかった。

 ただある日から教育のレベルが急激に高くなった。

 そして気づく「あら、これ当主になるための教育では?」ということに。


 自身の教育に当主になるための教育が混ざってきていると気づいたのとほぼ同時期に上の五人の兄達も気づいたらしく、四人の兄達から__正確には兄達の派閥の貴族たちから命を狙われるようになった。

 長男のレイン兄様や彼の派閥だけはむしろ手助けをしてくれたが、それが「末の女を当主にするのでは」という疑いを強くする要因になった。


 そうして内外問わず命を狙われ、安心とは無縁の生活を送るようになったのが齢5歳の時。


 それから一年間、私も周りでは多くの人間が増えては消えた。

 一番入れ替わりが激しかったのは護衛だった。

 護衛は常に主人である私のそばにいる、だからこそ何度も裏切られ、誘拐されかけ、殺されかけた。

 もちろん護衛だけではなく、メイドや執事や友人にも裏切られたりしているのだが、護衛は特に実感しやすかったのだ。


「運がない」


 と、言われてしまえばその通りの惨状で、信頼できる大人に出会うことが難しいと感じた私は齢6歳にして人を信じる事をやめたのだ。


 さて、現在の私は15歳になろうとしている。

 なぜ未来形なのか、それは明日が15歳の誕生日だからだ。

 しかし、どうにもその誕生日は朝日と共に祝えそうにない、なぜなら現在時刻は午後11時であり、絶賛誘拐されているからである。


 誕生日前日に誘拐をするとか依頼主もなかなかに酷い御方だと思う。

 まぁ依頼主からしてみれば「自分の支持してる男を脅かすお前の誕生を祝えるか」と邪魔したくもなるか、なんて暗い倉庫から見える月をぼんやりと眺めていた。


 今宵は満月らしい、どうせなら誕生日に満月を__それにこんな寒い倉庫じゃなくて屋敷のベランダで見たかったなと思っていれば、なぜか誘拐犯達が出入り口の方へ武器を構えて走っていった。


 助けでもきたのだろうかと思いつつ、そちらを眺めれば次の瞬間にドアが破壊され、月明かりに照らされて長く細いがゆらりと動いた。


 は瞬く間に誘拐犯を鎮圧すると血まみれになった上着を脱ぎ、こちらに歩み寄った。

 怪しげに輝く緑の瞳が私を見下ろす。


「お迎えにあがりました、お嬢様」

「いや、あなた誰よ」


 困惑しながらそう言うと男も困惑した顔をした。


「レイン様からお聞きになられていないのですか?新しい護衛について」


 そう言われて、そんな話を聞いたな、なんて思い出す。

 その時はちょうど業務が忙しすぎて、しっかり話を聞いていなかったのだろう。


「忘れてたわ」

「左様ですか。では屋敷に戻り次第、自己紹介をさせていただきますね」

「ええ」


 男は私につけられた拘束を解くと私に手を差し伸べた。

 私は警戒しながらもその手を取り、立ち上がる。


「そんな警戒なさらなくても大丈夫ですよ」

「いいえ、警戒するわ。あなたが本当に味方かわからないもの」

「そうですね」


 男は少し寂しそうな顔をした。

 それを無視して外へと向かう、きっと迎えの車か、さらに別の刺客がいるかのどちらかだ。

 どちらにせよ、ここからは出られる。


 そうして見つけたのは迎えの車で、私は無事に屋敷へと戻ることができた。

 寝る支度をし、ベッドへと寝転がれば、疲れからかすぐに眠気が襲ってくる。


 そういえば新しい護衛の名前すら聞いていないな、ということを思い出しながらも重たい瞼を閉じた。


 翌日になり、朝の支度を終えれば朝食とともに昨日助けてくれた男がいた。

 一瞥すれば、彼は大袈裟なぐらい嬉しそうな顔をした。


「お嬢様、本日の朝食はこちらになります」

「ありがとう」

「それと本日からお付きになる護衛のものがこちらに」


 メイドがそう言って男を指せば、男は私に微笑んだ。

 その微笑みに違和感を覚えた。


「スレイです、未熟者ですがよろしくお願いします」

「ええ、よろしく、下がっていいわよ」


 そういうとメイドは慣れたように下がるが、スレイはなぜか部屋に残っていた。

 怪訝な目で見れば、スレイはこちらを見た。


「ティアお嬢様よければお食事の間、僕と話してくださいませんか?」

「なぜ」

「あなたのことを知りたいからです」


 まっすぐな瞳でそんなことを言い出すスレイに困惑しつつも、今まで私を知ろうとする従者はいなかったことから興味深く思い許諾した。


 時を同じくして、屋敷内の別の部屋ではティアによく似た青年が窓からティアとスレイの様子を眺めていた。

 ティアへの眼差しは優しく暖かいものだったが、反面スレイに対しての眼差しは監視をしているかのようだった。


「心配ですかなレイン様」


 そう、二人を見守る彼こそが次期当主候補の筆頭であり、ラック家長男のレインだった。

 レインは背後にいる執事長のバラドに視線を向けた。


「ああ、心配だよ、あいつが俺のかわいい妹を傷つけないか」

「そうですか」

「そもそも、元々来る予定だった護衛があいつに殺されたんだ」

「そうですな、まさかティアお嬢様の護衛になるために護衛になる予定だった者を殺すとは」


 スレイは本来ティアの護衛ではなく、ただの一般市民だった。

 ただの一般市民がラック家の護衛になる予定だった者を殺し、死体を屋敷に持ってきたのだ。

 その時、レインはひどく恐怖を覚えた。

 ティアにあてがわれる護衛は弱い人間ではない、むしろアスリートになれるほど強い人間がほとんどだ。

 それを殺した男が何を要求してくるのかと身構えた。

 ティアの護衛にしてくれと、そう言われた時はレインもその場にいた他の人間も度肝を抜かれた。


「ティアを脅かすものではないといいんだがな」

「大丈夫でしょう、彼はなほどティアお嬢様に執着していますから」

「それが余計に心配なのだが」


 窓の向こうで、スレイはティアに話をする。

 それは他愛もない世間話であり、自己紹介だ。


「次こそ信頼できる護衛だといいな、ティア」


 心配そうな優しい目線にティアは気づかない。

 ただ一人、緑の瞳の護衛だけはレインの視線に気付き、優しく微笑んだのだった。

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ラック・ラック・グッドラック MIGIWA3 @aoki_3373

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