チャプター①-6【共通ルート】

「おかえりなさい」

 寮に帰るとマリアさんに出迎えられる。

 何故かその手には消臭スプレーが握られていた。

 カンナは慣れているようで無抵抗で吹きかけられている。

「氷室くんも」

「あ、はい」

 潔癖症?

「潔癖症じゃありませんよ」

「マリアさんはエスパーですか?」

「顔に出ていますよ。プライベートは構いませんがお仕事の時は気をつけてくださいね」

 元々表情に出るタイプじゃないんだがな。

「氷室くんの疑問に答えるなら"アリシアさんにお説教されないように"と言ったところでしょうか」

 CBタブレットはあくまで口内のアルコールの匂いを消すだけで衣服に着いたものには作用しない……当たり前か。

「なるほど。理解しました」

「それと……」

 マリアさんの人差し指が俺の口元に当てられる。

「お酒は程々に。わかりましたか?」

 まぁ、人間側からしたら未成年飲酒だし。

 要はカンナに付き合いすぎるなといったところか。

「付き合い程度にしておきます」

「賢い子は大好きですよ」

 お気に召したようでマリアさんはリビングに戻っていく。

「何か言いたそうだな、カンナ」

 間接的に注意されたようなものだ。

 酒飲みからすれば不服だろう。

「鏡夜。アイスの存在忘れてる」

「……あ」

 カップタイプにしておいて正解だったが今日食べるのはやめておこう。



「すみません。今日はもう寝ます」

 夕食を終えた氷室君は足早に自室へ戻ったので私たち四人ははいつものように食後のティータイムを楽しんでいた。

「ねー、カンナ。ヒムロっちとどこへ行ってたの?」

「内緒」

「え〜教えてよ〜」

 リーナは終始この調子でカンナさんに質問攻め。

 カンナさんが本とお酒以外に興味を示しているのが珍しいと思う気持ちはわかりますが。

「アリシア」

「あ、はい。何でしょうか」

 何かを思い出したかのように顔を上げたカンナさんは真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。

「鏡夜に明日の予定は伝えた?」

「…………あ」

 "氷室君の装飾品が指輪"というアクシデントに遭遇して、心を落ち着かせようと意識していたせいですっかり忘れていました。

「ちょっと行ってきます」

 早くしないと氷室君が熟睡してしまう。



 真面目なアリシアにしては珍しく忘れていたみたい。

 焦った様子でヒムロっちの部屋へと向かっていく。

「んー?」

「どったのマリマリ先輩?」

「氷室くんが上に上がってしばらく経ちましたよね?」

「まぁ、お菓子用意したり、紅茶を用意してたから少なくとも二十分は経ってるね」

「寝る前ってシャワー浴びますよね?」

「そりゃあね」

「普通お風呂に入るときってアクセサリー類は外しますよね」

「だって排水溝に流れたらアウトだしね。吸血鬼が身につけている聖銀品シルバーって結構高いし」

 ヒムロっちが認識しているかはわからないけど。

「デスヨネー」

「え、何。マリマリ先輩が苦笑してるとかマジ怖いんだけど」

「鏡夜は今日お酒飲んでる」

「あーアリシアがいたから"内緒"だったわけね。てっきり二人の間に何かあったのかと思っ……た…………」

 私の特技。

 嫌な予感が的中すること。

 お風呂に入るために聖銀品を外したであろうヒムロっちは吸血鬼としてのスペックが規格外である指輪タイプ。

「ちなみにカンナ。そのことはヒムロっち言った?」

「酔わないことだけ」

 ヒムロっちはお酒に酔わないことを今日知った吸血鬼ビギナー。

 当然も知らないはず。

「マズい……よね?」

「マズい……ですね」

 マリマリ先輩と顔を見合わせる。

 いくら吸血鬼に対しての耐性の高いアリシアでも絶対大丈夫とは言えない。

「カンナ!」

「カンナちゃん!」

 私たちがお願いする前にテラスへ向かうための大きなドアが開かれてカーテンが揺れる。

 万が一を考えてすぐには行けない私たちは何もないことを願うしかない。



 部屋の中にあるシャワーで汗を流して外した指輪をベッドの枕元に置いて窓を開ける。

 今朝方まで海風にさらされていたせいか独特のねっとり感は気にならない。

 ただ一風吹く度に潮の香りがすることには若干の違和感があるが…………慣れれば気にならなくなるだろう。

「色々あったな」

 生きていれば色々なことを経験するだろうがこんな経験はそうそうあることじゃない。

 特に同世代の異性とひとつ屋根の下という経験は孤児院時代でもなかったこと。

 これから気をつけたりしなければならないことが多いだろう。

「何とかなるか」

 悲観的に考えてもしかない。

 ここは楽観的にいこう。


 ――コンコンコンコン


 『アリシアです。少しよろしいでしょうか?』

 突然の来訪に驚くが女子が男子側を行き来するルールはなかったな。

「ええ、構いま――」

 応答しようとしたところで今の自分の姿が鏡に写る。

 下は履いているものの上は暑かったせいで首からタオルをかけているだけ。

 倫理的に考えれば完全にアウトだ。

「オルレアン悪いが少し待っ――」

「失礼します。就寝前に申し訳ありま――」

 静止するのが遅かったせいで寝巻き姿のオルレアンさんと目が合い鼓動が速くなる。

 残念ながらこのドキドキは異性の寝巻き姿を初めて見たからではない。

 真面目で男に免疫がなさそうな彼女が悲鳴を上げて大惨事にならないか心配している。

「…………」

「オルレアンさん?」

 意外にも声を出さずに冷静な反応。

 ただ上半身を凝視されるのは羞恥心が募る。

 そんなことを考えていたらオルレアンさんが小さく呟く。

 

 ――え? 嘘……。


 その言葉に首を傾げる間もなく。

 気が付いた時にはオルレアンさんにベッドへ押し倒されていた。

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ヘタレ吸血鬼とクローバー🍀 天宮終夜 @haruto0712

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