チャプター①-5 【共通ルート】

 一杯だけのつもりがセシルさんから『入島祝いのサービスだ』と言われて気が引けたので追加で二、三杯とナッツ類を頼む。

 初手にスピリタスを出されたので怖かったが酒のことはわからないのでおまかせにするとさすがに彼女もプロだ。

 二杯目は美味しいカクテルを作ってもらったので初めての飲酒は苦い思い出にならずに済んだ。

「ご馳走様でした」

「いえいえ。どうだい、お酒は楽しめたかい?」

「正直よくわかりません」

 アルコールが入っていることはなんとなくわかるが舌が味を認識しない。

 カクテルは美味いジュースみたいな感じだが、その後試しに一口だけもらった日本酒はピリッとした水と

いう感じでわざわざもう一度飲みたいとは思えなかった。 

「そうか。また飲みたくなったら来るといい。これはそのチケットだ」

 渡されたのはシャノワールの看板と同じ黒猫が刻印されたタブレット菓子の箱。

 中身を取り出すと赤い半透明の物体が出てきた。

「これは何ですか?」

「CBタブレット。大昔CBドリンクの代用品として開発されていたが効力が薄くてね。ただ副作用が別の用途で優秀で。今は素行不良な吸血鬼学生の必需品といったところかな」

「?」

 意味がわからず首を傾げていると横からカンナに取られる。

 彼女は噛み砕いて飲み込むと背伸びしてこちらに息を吹きかけてきた。

 鼻が無意識に反応して匂いを嗅いでしまう。

 アレだけ飲んでいたのに酒の匂いは全くせず、歯磨き粉と思われるミントの香りがした。

「外での飲酒は認められている。けど、学園内や寮内に酒類の持ち込みは禁止」

 まぁ、学園や寮には人間もいるから当然といえば当然か。

「要するに酒の匂い漂わせながら帰らないようにするためのエチケットみたいな使い方もあれば、寮内でこっそり飲んだ時に隠蔽する使い方もあるというわけか」

「アトラス寮だとアリシアがうるさい」

「それを聞いておいてよかったよ」

 確かにオルレアンさんはそういうところ真面目そうな印象がある。

「島にはぼったくる店もある。また飲みに行きたくなったら私を誘うといい」

 この様子だとかなりの頻度で飲み歩いているな……。

「その時はぜひ頼むよ」

 酒の味はわからなくても夜中に出かけたくなる気持ちは……あ、そういや拉致されたせいでアイスを食べ損ねていたんだった。

 寮近くのコンビニを教えてもらうがてら帰りに寄ろう。

「じゃあ、マスター。またね」

 取り付く島もないというようにカンナはそそくさと外に出た

「セシルさんと呼べと何度いえばわかるんだ……」 

「あはは……セシルさんいくらですか?」

 デヴァイスを起動して支払いアプリを開く。

 ここの代金はわからないが寮を出る前に途方もないポイントが入っていたのは確認していたので問題はないだろう。

「ん? カンナが先に払っていったよ」

「え? いつの間に?」

 二時間弱飲んでいたがお互いトイレに立っていないし、セシルさんも踏まえて三人で会話をしていたが途切れることはなかった。

「ついさっきだよ。便利なシステムでね。お陰でレジいらずで助かっている」

 セシルさんがタブレットの画面を見せてくれるとカンナの名前で決済完了となっていた。

「カンナにでもやり方を聞いておくといい。特に女性とご飯の際は活用できるはずだ」

「そうします」

 吸血鬼のことは知れたがそれ以外はまだまだ知らないことばかりで苦笑する。

「では、また来ます」

「ああ。それと君のいた国に比べてクルス島の日没は早い。気をつけて帰るといい」

「わかりました」

 時刻は午後五時過ぎ。

 視界に入った空は少し薄暗くなっており、カンナは歩かずに待っていた。

「寮に帰る?」

「ああ構わないが途中でコンビニに寄ってくれないか?」

「了解。先に言っておくとCBドリンクのストックは十分にある」

「情報どうも。ただアイスを買いたいんだよ」

「もうすぐ夕食。今日はマリアが当番」

 カンナの中ではマリアさんの料理が一番美味いらしい。

「食後のデザートだよ。それと三人にも買っていきたいからカンナが選んでくれるか?」

「……餌付け?」

「言い方が悪くないか?」

「私達吸血鬼は人間がいないと生きていけない。良好な関係構築は大事」

「言いたいことはわかるが別にそういう下心はない。単に共同生活をしながら自分だけ食べるのが気が引けただけだ」

「鏡夜。実はいい人?」

「犯罪は犯していないからいい人かもな」

「……」

 何故だろう……。

 カンナは無言で俺の左手の指輪を指差しているだけなのに言いたいことが伝わってくる。

「その話はおいおいだ」

「つまり思い当たる節がある?」

「もしかして? ぐらいにはな」

「……了解。とりあえずコンビニを目指す」

 好奇心の塊かと思ったがどうやら違ったらしい。

 こちらがまだ話す気がないとわかればすぐに会話を中断する。

「あ、それとできたら歩く距離を長くしてくれると助かる。でないとせっかくの夕食が楽しめない」

 食べ物はナッツ類だけだったとはいえ間食にしてはお腹を満たしすぎている。

「それには同意」

『一瞬だけ笑った?』と思っていたらカンナは軽い足取りで歩き出したので急いで隣に並ぶ。

 同じ吸血鬼だからか。

 それか酒を酌み交わした仲だからか。

 最初に無愛想な娘と思った印象は払拭されて、"少し変わった妹"のような印象に変わっていた。

「次行くならワインとチーズが美味しいお店」

「へー」

 来た道とは違い海岸線を歩きながら。

 どうやら妹みたいじゃなくてただの酒飲み相手になりそうだなと思った。

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