チャプター①-4 【共通ルート】
オルレアンさんたちはささやかと言っていたが食卓には色とりどりの豪華な料理が並んだ。
少なくとも『歓迎されていない』という思いは微塵も湧いてこない程に美味しいものばかり。
今は食事を終えて食後の紅茶を飲みながら案内してもらった時に話に出た寮内のルールについて相談している。
アトラス寮の構造をざっくり言うと一階には共有スペースであるリビングや大浴場。海に面しているためか室内乾燥ができるランドリールーム。
また、一階にはバーベキューができそうなぐらいの広いテラスがある。
続いて西側と東側にそれぞれ階段であり、二階に上がると各四部屋ずつ。
行き来するには一階を経由しなくてはならない構造となっている。
ハプニングが起きる要因であるシャワーやトイレは各部屋に備え付けられている。
つまり、高校生五人で住むには贅沢だが、ルールさえしっかりしていれば若い男女が住んでも問題はない。
「現在、西側は私たち四人が使用しているので氷室君は原則西側の階段を上がる際は誰かの許可を取るようにしてください。また、大浴場は決まった日に洗濯についても同様にしていただけると……」
オルレアンさんは心苦しそうに決定事項を再度通達するが当然の結果だろう。
仮に俺が欲情しなくても女子の側からすればよくも知らないに異性に自分の下着を見られたくはない。
「それで問題ありません」
「こちらの都合を押し付けるようで本当に申し訳ありません」
オルレアンさんは真面目な娘なのだろう。
好感は持てるが平等を重んじようとするあまり空回りして人生を損するようなタイプ。
生き方なんて人それぞれだが俺にはどうにも窮屈で煩わしく思える。
「いえ、こちらはお邪魔させていただいている身ですから。それにその代わり食事当番を免除していただいていますので」
昨日まで一人暮らしをしていたので人間が食べられる範囲の料理は作れるが、『不自由を強いているんです。これだけは譲れません』とオルレアンさんに押し切られた。
「アリシアもそうだけどヒムロっちも真面目そうだよね」
「内容が納得できないものならさすがに反論しますが、決まったことはそれで当然と思えるものですから」
「ヒムロっち? そういうところが真面目なんだよ」
「あはは……」
『実は猫を被っています』と口が裂けても言えないだけなんだよな……。
「あ、そうだ。この後近くを散歩して来ようと思うのですが、立ち入り禁止の場所とかありますか?」
「近くなら特にありませんよ。何なら、私が案内しましょうか?」
「さっきエレナさんからデヴァイスをもらったので、たぶん大丈夫かと」
マリアさんの申し出は有り難いがそろそろ一人になって羽根を伸ばしたい。
この話し方や所作は就職して身につけたが肩が凝る。
「出発前に気が変わったら遠慮なく言ってくださいね。それと夕食は午後七時半ですのでそれまでに帰ってきてください」
「わかりました」
気分を害したどころかこちらの心情を察しているようであっさり承諾。
職場でもそうだったが異性からすれば俺の態度はわかりやすいのかもしれない。
「……」
カンナさんは変わらず会話には参加せず読書に夢中。
同じ吸血鬼として教えてほしいこともあるが会話のきっかけがない。
唯一、彼女が興味を示す接点は『俺も本を読むことが好き』ぐらいだが、あの分厚い赤い洋書の内容を果たして理解できるだろうか?
まぁ、初対面で『何を読んでいるんだ?』と聞くような陽キャではないので今は関係ないか。
昼食の片付けを手伝ってから実に戻り身支度を整えて一階の玄関に向かう。
思えば旅行とは縁遠い生活だったので散歩といえどここは未知の土地。
好奇心を満たすことを考えると変な高揚感がある。
「氷室くん」
靴を履いて立ち上がるとマリアさんが小走りで駆け寄ってくる。
「どうかしましたか?」
「出かける前に連絡先を交換しておこうかと思ったんですが……必要ないみたいですね」
「え?」
口元に手を当てて上品に笑うマリアの視線の先を追うといつの間にかカンナさんが隣にいた。
「カンナちゃん。氷室くんの案内をよろしくね」
「了解」
マリアさんの言葉に返事をしたカンナさんは俺を置いて玄関を出た。
「いや、ちょっと待って!」
不意に訪れたきっかけを逃せないので急いで外に出る。
「いってらっしゃーい」
「あ、はい。行ってきます!」
少しばかりくすぐったいがこういうのは良いものだと思う。
◆
外に出るとカンナさんはあまり歩いていなかったのですぐに追いついた。
「えーっと、カンナさんは……」
「何故、下の名前でさん付け?」
「いや、苗字知らないし……」
「違う。さん付けはいらない。カンナでいい」
いくら年下とはいえ初対面の女子を呼び捨てにはできないのが向こうが希望しているので仕方ない。
「じゃあ、改めて。カンナはどうして案内をしてくれるんだ?」
「さっき鏡夜は私を見ていた」
「いやまぁそうだけど」
いきなり名前を呼び捨て?!
かなり高いハードルを軽々越えるなんてカンナ恐ろしい子!
「聞きたいことがあると思ったけど、違う?」
それでわざわざ案内をしてくれるとは、他人に興味がない読書家かと思ったが気の使えるいい子のようだ。
「当たりだ」
「雰囲気が違う。寮内では猫を被っていた?」
「それも当たりだ。察しが良いな文学少女」
いずれは剥がれる鍍金だ。
それにこの子は言いふらしたりはしないだろう。
「本は好き。けど、作者の気持ちなんてわからない」
「楽しみ方なんて人それぞれだろ」
「そのせいで現文の成績が悪い時がある」
「それは………………ドンマイ」
「鏡夜は人付き合いがヘタクソ?」
「……自覚はあるからほっといてくれ」
一回り背が低い少女にへこまされてたら世話がない。
彼女の歩幅に合わせて歩いているので余計に思う。
「鏡夜は後天的な吸血鬼?」
「そ。だから、吸血鬼についてざっくりしか知らないんだ。だから色々と教えてくれると助かる」
「教える…………目的地決まった」
「決まってなかったんかい! 今までどこを目指して歩いてたんだよ!」
「最初に散歩と言っていたから適当に歩くつもりだった」
「炎天下に出歩く吸血鬼もどうかと思うぞ」
「それは物語に出てくる吸血鬼。私たちは昼間も行動できるしニンニクは食べれる。特にマリアのペペロンチーノは絶品」
そういえば昼食は日本でも見たことあるものばかりだったな。
「ニンニクを好んで食べる吸血鬼とか非現実的じゃないか?」
「そもそも吸血鬼自体が非現実的」
「それもそうか」
そんな会話を続けること十数分。
船の上で見た港町に到着した。
「ここで吸血鬼のことが学べるのか?」
「目的地はもう少し先」
カンナは軽い足取りで先を行く。
失礼かもしれないが本好きの彼女のことを考えると目的地は珍しい本を置いている古本屋ぐらいしか思い当たらない。
そんな俺の考えなど露知らずカンナは怪しげな薄暗い路地に入っていく。
「到着」
着いたのは本屋ではなかった。
むしろ本屋であってほしかった。
「シャノワール?」
黒猫の看板が特徴的な純喫茶のような店構え。
しかし、店先に出ている看板は否定している。
「カンナ……ここって」
「とりあえず入る」
「あ、おい!」
扉を開けると地下に続く階段。
下に降りて明るいところに出るとジャズの音楽が聞こえ、バーカウンターでバーテンダーの格好をしているが労働意欲の欠片も感じない女性がタバコを咥えながらグラスを磨いていた。
「おや、カンナくんか。いらっしゃい」
店内には俺たち以外の客の姿はない。
そもそもこんな昼間から店を開けている方がおかしいのかもしれない。
「マスター。いつもの」
「マスターじゃなくてセシルさんと呼べと何度いえば……お前が男連れとは珍しいな」
「新入り」
カンナがそういうとセシルさんはこちらを凝視する。
頭のてっぺんらつま先まで値踏みされる視線に鳥肌が立つ。
「なるほど……そういうことか。カウンター席について待ってな」
俺だけでなく明らか未成年にしか見えないカンナを入店拒否せずに後ろの棚から酒のボトルを何本か選んでいる。
「まさか未成年飲酒を勧められとは思わなかった」
少しいざこざがあって入寮したのにその初日に法を犯すことになるとは……。
「他の国のことは知らない。この島の吸血鬼は実年齢関係なく飲酒を認められている」
「この島の法律はどうなってんだ……」
物語に出てくる吸血鬼はワイン好き=酒好きという偏見はあるものの。
母国の方でも若者の急性アルコール中毒のニュースはたまに見ていた俺からすれば異常も異常だ。
「理由はすぐにわかる」
「待たせたね。さあ、飲みたまえ少年」
差し出されたグラスからはまごうこと無きアルコール臭がする。
「……これなんですか?」
「飲んでからのお楽しみだ」
答える気はないということだ。
飲まないことには話が進みそうにないので得体のしれない液体を一口飲む。
「ゲホッ! ゲホッ! なんですか、これ?!」
一口飲んだだけで喉が焼け、口の中から鼻の奥まで強烈な匂い。
明らかに人が飲めるものではない。
「ポーランド産のウォッカだ」
「すみません。酒には詳しくなくて……有名なんですか?」
「平たく言えばスピリタスだ」
「殺す気か、あんた!」
確かアルコール度数が最も高い酒の名前だったはずだ。
それを何気ない風に飲ませるとかこいつは悪魔か?
「吸血鬼だから死なないだろ。あ、もしかして吸血鬼ジョークかい? すまない、私としたことがギャグにマジレスするというタブーを犯してしまった」
「……おいカンナ。この女殴っていいか?」
「やめておくのが懸命」
「カンナの言うとおりだよ少年。飲酒では捕まらないが吸血鬼の暴力沙汰は即アウト。特に人間相手にはな」
嘘だろ。
この人悪魔のくせに人間なのかよ。
「それより気分はどうだい?」
「最悪に決まってんだろ。アルコール度数何度だと思って――」
怒りで頭上った血が徐々に降りていき冷静になって確認する。
アレだけ度数の強い酒を飲んだのに喉が焼けたと思ったのは最初だけで今は何ともない。
試しにもう一口飲むと水と何ら変わらず、その勢いで飲み干した。
「この次期の新入りってことは後天的に吸血鬼になった口だろ。吸血鬼は特殊な免疫構造のせいで酒に酔うことはない。だから、飲酒が認められているんだ」
「なるほどな。というか、それならそうと言ってくれよ」
「洗礼」
「カンナの言う通りだ。これは後天的で無知な吸血鬼は必ず通る道なんだよ。いわばお勉強だな」
確かに吸血鬼について色々教えてくれとは言ったが……まぁ、いいか。
「けど普通は甘くて度数が高いカクテル」
「こっちのほうが面白いからな」
訂正。
やっぱりこの女だけはいつか殴り飛ばす。
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