チャプター①-3 【共通ルート】
オルレアンさん達三人に寮の中を案内される。
その際、リビングや風呂場等共有スペースを回った際に昼食後ルールを決めることになった。
昼食は軽く歓迎会をしてくれるそうなのでそれまでの間はあてがわれた自室で待機することに。
部屋の中に入ると不自然にも一人暮らしの家にあるはずの俺の荷物があった。
「このエレナに不可能はございません」
「……何も言ってませんよ」
吸血鬼という摩訶不思議な生物が存在するのだ。
説明できない手際を発揮するメイドがいてもツッコむ方が野暮というものだ。
「お手伝いいたしましょうか?」
「元々荷物が少ないですから大丈夫です」
「いえ、そちらではなく」
敵意がなかったので防衛本能が働かず近づかれたことに気づかなかった。
目の前には整った顔立ちの美人。
微かに香る花の香りのせいか妙な色気を感じる。
「吸血鬼としての欲求の方です」
身長は俺の方が数センチ高いはずが段ボールを開けようと屈んでいたせいで上から見下されて頬を撫でられる。
「メイドとして奉仕するようにと学園長から仰せつかっております」
本来なら美人局を疑うような行動も自然に見える。
男として断れない雰囲気に息を呑むが……吸血鬼としての欲は不思議と惹かれない。
「……エレナさんって吸血鬼だったんですね」
「へぇ……どうしてそう思うんですか?」
大人としての魅力の中の妖艶さが増す。
吸血鬼というよりはサキュバスのほうがしっくりくる。
「吸血鬼としての勘ってやつですかね。こんなに魅力的な方に迫られて少しも血を吸いたいと思わなかったので」
吸血欲は人間の三大欲求で言うところ食欲と性欲がブレンドしたものに近い。
今の状態は性欲は反応しても食欲のほうが反応しなくては貪るような吸血欲は湧いてこない。
「ちなみに吸血鬼が吸血鬼の血を吸うとどうなるんですか?」
「知りたいなら試してみますか?」
エレナさんが無防備に首元を緩めると見えたのは聖銀のネックレス。
吸血鬼の危険度的には下から二番目だがそのチャーム部分が指輪のように見えるのが気になる。
「高そうなので遠慮しておきます」
「意気地がないのですね」
「毒入りスープを喜んで飲もうとは思わないでしょう」
「無知な氷室様に教えておきますが吸血鬼に毒の類は効きませんよ」
「覚えておきます」
エレナさんは気分を害するどころか上機嫌で離れる。
「それと私が吸血鬼ということはご内密に」
「ここの寮生たちにもですか?」
「ええ、誰にもです」
触らぬ美人吸血鬼に祟り無し。
美しいバラに棘があるどころか蛇が出てきそうだ。
「わかりました。ただその代わりにじゃないですけど話し相手になってください」
「……そんなんでいいのですか?」
「昼食までやることがありませんし。何せ吸血鬼について知らないことがありすぎますから」
カンナさんはわからないが他の三人は俺の生い立ちについては知らないと思う。
ひた隠しにするつもりはないが説明が面倒なのでできることなら避けたい。
俺の素性を知っていて先輩吸血鬼とわかったエレナさんと二人きりの間に聞いておくほうがいい。
「てっきり私は体を要求されるのかと」
「……あなたには俺がどう見えているんですか?」
「鬼畜の血を引く後継者」
「悪いのは俺じゃなかったのは安心しましたが……認識を改めていただけると嬉しいです」
「才能あると思いますよ?」
「その評価あんまり嬉しくありません」
「それは残念です」
ただでさえ異性の多い空間に放り込まれるのだ。
俺も吸血鬼であって聖人君子ではないので些細な誘惑も勘弁願いたい。
「で、聞きたいことは何ですか?」
「SBSとかはオルレアンさんたちに聞けばいいので。世間一般的な吸血鬼はどういうものか的なところを」
「それぐらいなら昼食前に終われそうですね。世間一般といいますと氷室様も知っての通り吸血鬼は世間一般ではありません」
吸血鬼が世間一般になればそれこそ世界はライトノベルのような異能バトル戦争をしているだろう。
「ただ各国の政府組織の上層部は認知しており、このクルス島は各国からの多額の寄付金で成り立っています」
「まるで漫画みたいな世界ですね」
「ええ。その見返りに怪しい取引にこの島が使われることを不問としております」
「まんまそうじゃないですか……」
夜道を出歩く時は巻き込まれないように気をつけよう。
「ただこのクルス島に不利益な場合は別です。SBSにはそういったことを調査するチームも存在しており、たまに救援を頼まれることもあります」
「その言い方だと俺もSBSに所属するように聞こえるんですが……」
「おや、言っておりませんでしたか?」
「説明不足!」
拉致されてこちらが尋ねないと異性の共同生活に無言で放り込む暴挙。
実は訴えていいレベルなのでは?
「学園だけでは吸血鬼としての教養不足と学園長がおっしゃいましたので」
「学園の意味とは?!」
あーダメだ。
頭痛くなってきた。
「ちなみにチームはアリシアさん達の所で。リーダーはマリアさんです」
「先に聞いておいてよかったです」
公私ともども同じメンバー……共同生活は本当に気をつけよう。
「さっき魅了の危険性は聞きましたが吸血された側に他の危険性ないんですか?」
「個人差によりますが酷い場合は眷属化します」
「眷属化?」
「主である吸血鬼に逆らえず、主が死ぬまで決して死ねない。いわば呪いですね」
「……確率的にはどのぐらいですか?」
「そうですね。まぁ、『避妊して夜のプロレスしてたのにうっかり子ども出来た』ぐらいなもんです」
「わかりにくいし笑いながら言っていますけど、倫理観ぶっ壊れた発言ですからね?」
「私に人間の倫理観を説いてとも無意味ですよ?」
「都合の良いときだけ吸血鬼面しないでください」
「それと人間と吸血鬼の間に子どもが生まれた場合、最初は人間でも後天的に吸血鬼になる場合があります。もし、疑われた場合にこのネタをお使いください」
「ご丁寧にどうも……」
何故だろう……重要なようでそうでもない吸血鬼の知識が増えていく。
「CBドリンクみたいな吸血欲を抑える商品はありますか?」
「最近ではタブレットタイプが販売されているはず……あ、そういえば渡しそびれた物がありました」
懐から取り出したのは黒い四角形の物体。
「これは?」
「デヴァイスです。まぁ、平たく言えばスマホです」
「じゃあ、スマホでいいのでは?」
「その方が異国の雰囲気があるでしょう? ちなみにこの国では現金の類は使えません。使えるのはデヴァイスに入っているポイントのみです」
「まさか生命線を忘れているとは思いませんでした」
「如何にメイドといえどうっかりはあります」
「できれば人の生死が関わるうっかりはやめていただきたい」
「善処致します」
とりあえず生活基盤は整った。
学園は明日からなので今日中に軽く島内を見て回るか。
――コンコンコンコン
『氷室くん。こちらは準備出来ましたが』
ドア越しにマリアさんの声が聞こえてくる。
「あ、はい。こちらも問題ありません」
『よかった。では、下でお待ちしておりますので』
「すぐ行きます」
足音が遠のいていく。
「私はこれで失礼しますので何かあればデヴァイスに連絡先が入っていますのでご連絡ください」
「案内ありがとうございました」
「仕事ですので。それでは」
エリナさんは颯爽と窓から姿を消す。
謎の多い美人吸血鬼メイドか。
あの人が一番キャラ属性が濃い気がする。
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