チャプター①-2【共通ルート】
エレナさんの提案でそれぞれ席についた…………が。
「「「ジー……」」」
三人の少女からの視線が刺さる。
武器を取り上げたり、関節をキメて無力化はしたが怪我はさせていない。
しかし、一つ一つの動きは人の動きではないので警戒されて当然だ。
この寮内で中立のエレナさんはキッチンでお茶の準備をしている。
唯一警戒していない……というか俺のことを認識しているか怪しい文学少女はこんな空気の中でも読書中。
「えーっと、オルレアンさん?」
「はい、何でしょうか」
「どうして銃を向けてきたんですか?」
「ご自身の胸に手を当てて考えてはいかがでしょうか」
辛辣。
確かに銃は蹴り上げたけど手には当てなかった。
というか、そこに銃を向けられた理由はないだろう。
てことは……。
「この指輪ですかね?」
全員に見えるように左手を挙げると三人の警戒心が強まる。
「わかっているじゃないですか」
「原因はわかってもその理由がわからないんです」
「「「え?」」」
「え?」
「氷室様が言うことは事実ですよ」
ようやくエレナさんが戻ってきた。
持ってきたトレイの上にはポッドが二つとカップが五つ。
「あ、手伝います」
「いえいえ、座っていてくださいマリアさん」
図らずも栗色の髪のおっとりお姉さんの名前がわかってしまう。
「エレナっち。さっきのヒムロっちが言うことが事実っていうのはどーゆーいーみー?」
「彼は昨夜拉致されてここへ来たので島内のことは何も知らないんです」
「え、拉致ったの? 何それウケる」
いや何も面白くないから。
常人なら発狂ものの仕打ちだからな?
「「……」」
この中にも常識人はいたようでオルレアンさんとマリアさんから憐れみの視線が向けられる。
「氷室君……でしたよね?」
「え、はい」
「ごめんなさい!」
いきなりオルレアンさんに頭を下げられる。
何が何だかさっぱりで困惑する。
「まぁまぁアリシアちゃん。氷室くんが困ってますよ?」
「ですが、マリア先輩」
「気持ちはわかりますけどね。さて、氷室くん」
「は、はい」
「この島がどういう島なのかは御存知ですか?」
「えーっと、人間と吸血鬼が共存を目指す……ですよね?」
ついさっきリムジンの中でエレナさんに聞いたことを思い出す。
「その通り。では、どのように共存しているかは御存知ですか?」
「どのように?」
急な問いかけに考えさせられる。
異なる種族が共存を目指すのは互いにメリットがあるならだ。
しかし、吸血鬼をよく知らない俺には人間側のメリットは思い浮かばず、デメリットばかり浮かぶ。
例えば吸血鬼の危険性。
さっきのやりとりからもわかるように天敵の武器を持った少女三人でも簡単に無力化できる。
差し当たっては……。
「人間の血を与える代わりに暴れないように契約を結んでいる。そんなところでしょうか」
「ヒムロっちって頭いい系?」
「義務教育しか受けてないからわからん」
「え、それってどゆこと?」
「リーナちゃん。脱線するので後にしてくださいね」
「ごめん、マリマリ先輩」
ギャル少女はリーナというのか。
それと何となく寮内のヒエラルキーが見えてきた。
「氷室くんが言う通りその内容も契約に含まれています。まぁ、正しくは『無闇やたらに血を飲まなければ』が頭に付きますけどね」
「それを守る吸血鬼はいるんですか?」
「そのために私達SBSがいるんです」
「SBS?」
「Silver Bullets。聖銀術という対吸血鬼能力を持つ人間を中心に組織された警察兼軍事組織です。私たち四人は同じ学園に通う学生でもあり、SBSに所属するチームメンバーです」
「四人? ということは……」
「先程から読書をしているカンナちゃんもメンバーの一人です」
「彼女、吸血鬼ですよね?」
「ええ。SBSには吸血鬼も所属していますから」
毒をもって毒を制すといったところか。
「SBSの仕事を効率化するため。身に着けていただいている聖銀の装飾品で能力の危険度を表すようになっています。段階は三つで下からネックレス、ブレスレット、ピアス」
…………嫌な予感。
「そして氷室くんが身につけている指輪はその枠外の超危険人物というわけです」
「……銃を向けられた理由がわかりました。さっきの話で引っかかったんですけど軍事組織というのは?」
「吸血鬼を悪用する秘密結社や非加盟国がいますのでそういった者達から吸血鬼を保護するのも我々の役目です。一応今回氷室くんがアトラス寮に入寮する理由は保護というので聞いていたのですが……まさか指輪の方だとは思わず」
「指輪の人ってそんなに危険なんですか?」
「ええ。第一条件として吸血鬼の特性が色濃いんですよ」
「特性? ああ再生能力ですか」
「それもあるのですが。えーっと……」
先程まで饒舌だったマリアさんが苦笑いしながら言い淀む。
「魅了よ」
まさかのオルレアンさんからの助け舟。
エレナさんの紅茶を飲んで落ち着いたようだ。
「魅了?」
「……ヒムロっちって本当に吸血鬼?」
「ええ氷室様は紛れもない吸血鬼ですよ」
三人に淹れたポッドではなく、もう一つのポッドから注がれた紅茶を差し出される。
「ありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
緊張のせいで喉が渇いたので一口飲むとこれまで飲んだ飲み物が泥水に感じるぐらい美味しかった。
「これ凄く美味しいです。何という茶葉ですか?」
「あ、ホントに吸血鬼なんだ」
「え?」
紅茶を飲んだだけでリーナさんに納得された……何故?
「CBドリンクも知らないなんて……本当に今までどうやって生きてきたの?」
オルレアンさんにら呆れられる始末。
「CBドリンク?」
「正式名称Camouflage Blood Drink。吸血の最欲求である吸血欲を抑制するために作られた飲料水。無色無臭で吸血鬼が飲むと最も美味な飲み物であるのに対し、吸血鬼以外が飲むと濃縮された鉄のような味がして条件反射で吐き出す」
初めて口を開いたカンナさんは辞書の内容をスラスラと読み上げたかと思えば読書に戻った。
「吸血鬼にとっては必需品ですので覚えておいてください。ちなみにコンビニやスーパーでどこでも売っていますから」
「なるほど。で、さっきの魅了については?」
「……吸血鬼は気に入った人間から血を飲む時にフェロモンを放つんです」
「何のために?」
「行為に依存させることで拒まないように……です」
吸血鬼にとって吸血欲は生存本能。
それを効率よくするための特性というわけか。
「あーつまり、俺は特に危険だから吸血しないほうがいいってことか」
「ご理解が早くて助かります」
マリアさんが言い淀むのも納得。
「そして、氷室君が私たちの寮に来た理由もそこにあるの」
「理由?」
「私たちはSBSの中で武力以上に魅力に対する耐性に秀でているチームなんです」
それで異性しかいない寮に入寮したということか。
「だ、だからといって。簡単に吸ってはいけませんからね!」
「いや私は別に――」
「リーナ!」
「お〜怖。けど、ヒムロっち的には死活問題なんだし」
「そ、それは……そうですけど……」
なんとなく自分の置かれている立場や彼女たちの心配事がわかってきた。
「安心してください。許可なく吸うことはありませんから」
「それならいいんですけど」
出会い頭は最悪だったが頑なに受け入れない、理解しないという娘達ではないことに安堵して立ち上がる。
「改めてよろしくお願いします」
オルレアンさんに手を差し伸べると少し戸惑いながら立ち上がって握り返してくれた。
「氷室鏡夜君。アトラス寮寮生一同はあなたを歓迎します」
前途多難ではありそうだがなんとかなる。
そう楽観視してもいいだろう。
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