チャプター①
チャプター①-1【共通ルート】
「氷室様。中に入る前にこちらをお付けください」
エレナさんが懐から取り出したのはリングケース。
中に入っていた植物のツルのような模様が施された銀色の指輪を見て思わず顔を顰めた。
「あまり装飾品を好んで付けないんですが……」
付ける前から気だるさを感じるのは体質のせい。
病に伏せるようなしんどさはないものの永続的な微妙な疲労感は煩わしい。
「この島では身分証明代わりもなりますので」
ささやかな抵抗も虚しく、収まりが良さそうな左手の人差し指に付ける。
太陽の光をいつも以上に浴びたせいか、相乗効果で気だるさが倍増した。
「よくお似合いですよ」
「……どうも」
察するにこの指輪は首輪みたいなものなので、褒め言葉ですらもはや煽りにしか聞こえない。
「では、ご案内いたします」
見掛け倒しかと思ったが中は外観に見劣りしていない。
ただ、まだ建てたばかりのようで生活感が薄い。
寮ということはこれから複数人との共同生活が始まることになる。
「この寮には何人いるんですか?」
「四人ですね。高等部三年生が一人、氷室様と同じ二年生が二人、一年生が一人」
四人……孤児院で育った時より一回り少ない人数。
同年代はあまりいなかったがそれぐらいなら何とかなりそうだ。
「そのうち氷室様と同族なのが一年生です」
「案外比率が低いんですね」
「元々絶滅危惧種並みに人数が少ないですから」
「そうなんですか?」
「そこら辺の話は後にいたしましょう」
玄関に入って廊下を一直線に歩いた先にある扉。
扉の先には複数人の話し声が聞こえてくる。
「それと何があってもくれぐれも冷静に対処してください」
「それはどういう意味――」
こちらの問いかけを言い切る前にエレナさんは扉を開ける。
「皆様お待たせして申し訳ありません。編入生の氷室鏡夜様を連れてきました」
扉の先にいたのは四人の少女。
「エレナさん、お出迎えお疲れ様です」
最初に声をかけてエレナさんを労ったのは銀髪碧眼の少女。
座っていても凛とした佇まいからは気品が溢れており、どこか良いところのお嬢様という印象。
やや小柄だが目に見える範囲で銀の装飾品は見当たらない。
たぶん同い年の一人だろう。
「ふーん、思っていたよりかっこいいかも」
その対面に座り値踏みするような赤紫色の瞳を向けてきたのは紫の髪に水色のハイライトを入れたギャル。
ただ俺の知っているギャルとは違い高圧的な印象はなく、自分がお洒落と思うことを追究した結果に思える。
「今、飲み物を淹れますね」
席を立ったのはおっとりした口調の少女。
ウェーブのかかった栗色の髪、慈愛に満ちた優しそうな赤紫の瞳からは銀髪碧眼の少女とは異なるお嬢様さを感じる。
「……」
その三名の発言を我関せずというように読書をするのは水色の髪の少女。
深い青の瞳は本から一切離れず、左耳には銀色の丸ピアス。
彼女が俺と同族のようだ。
「……?」
寮生は俺以外四人。
つまり全員女性ということ。
ただでさえ種族の違いで問題があるのに女子四人で共同生活をしているところに男一人を送り込むとはいったい学園長は何を考えている。
「氷室様。自己紹介を」
「はい」
促されたのでエレナさんより一歩だけ前に出る。
「今日からこちらでお世話になります。氷室鏡夜です。よろしくお願いします」
こういうのは最初が肝心。
男女比率を考えれば低姿勢で波風を立てないが吉。
頭を下げると銀髪碧眼の少女は席を立つ。
「アリシア=オルレアンです」
差し出された友好の証である左手。
「私たちはあなたの入寮を歓迎し――」
俺も左手を差し出すとオルレアンさんは目を見開きながら言葉を詰まらせたと思った瞬間、少女たちから敵意を向けられた。
「え? な、な、なんですか?」
目の前のオルレアンは銃身が長い回転式の白銀の銃。
席に座っていたはずのギャルは後ろをとって短剣を突きつけ。
キッチンへ向かったおっとりお姉さんは狙撃銃を構えてスコープを覗いている。
ただ一人だけこんな状況にも読書を続ける文学少女。
エレナさんは知っていたかのように微笑んでいた。
「エレナさん、これはどういうことかしら?」
「どう……とは?」
「確かに私たち四人は学園や組織の事情を考慮して異性の吸血鬼である彼を受け入れることに決めました」
組織という単語も気にはなるが、他人に言われて改めて自分の種族を認識する。
――吸血鬼。
身体能力や再生能力は常人をはるかに凌ぎ、人間の血を吸うことで力を得る種族。
世間一般的には伝承や都市伝説ぐらいの認識だが実在しており俺もその一人。
「ええ、皆様の寛大な決定に学園長も喜んでおられます」
「ですが、この件については説明を受けておりません」
実際の吸血鬼は太陽を浴びても灰にはならないが身体能力や再生能力が著しく低下して人間と言っても遜色はなく、銀製のモノも太陽と同様の効果がある。
強いて欠点を挙げるとするならば海水を浴びると再生能力が発揮されずに焼け焦げるが人間の血を吸って吸血状態になると弱点ではなくなる。
そんな無敵の吸血鬼を殺す方法は二つ。
一つは吸血鬼の能力によってダメージを負わせること。
そしてもう一つは彼女たちの武器等の聖銀術で生成された武具によるダメージ。
つまり、今の俺は……命の危機にある。
「説明をしたいのは山々ですが、まずはご自身の身を守ることをオススメします」
「それはどうい――」
全身の血液が沸騰したように体が熱いと感じ、体が勝手に動く。
銃口から少しだけずらし修正しようとうする少しの隙をついてオルレアンの手から銃をはじき飛ばす。
「な!」
追撃をするつもりはなかったが斬りかかるギャルが見えたのでオルレアンを放置してギャルの背後をとる。
「え、嘘!?」
短剣を持った方の腕を軽く捻り上げて無力化したギャルを盾にすると引き金を引こうとしたおっとりお姉さんの手が止まる。
「お見事」
一触触発の中、軽く手を叩きながら賞賛するエレナさん。
いや確かに冷静に対処はしたけど。
絶対間違った選択だろ。
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