ヘタレ吸血鬼とクローバー🍀

天宮終夜

PROLOGUE【共通ルート】

 生まれてかれこれ十六年。

 俺――氷室ひむろ鏡夜きょうやはつい数時間前まで自分の身分を隠して平々凡々と過ごしていただけの無害な少年だった。

 どれだけ無害かというと両親のいない天涯孤独の身で金には困ったが盗み等の悪さをしたことがないレベル。

 交友関係は時に自分を助けてくれることを知っていたので打算込みで人付き合いもそれなりにこなしてきた。

 もしかして、それのせいか? とも思ったが現状の理由としては弱い気がする。

 ただ交友関係の中にヤがつく職業の親がいて、交友理由を気取られていたなら話は別だな。

 ん? ああ、そうか。

 今どういう状況なのかは言ってなかったか。

 これは失敬した。

 まぁ、言いたいことは山ほどあるが……とりあえずは。

「喉が渇いたな……」

 夜中にふとアイスが食べたくなりコンビニへ向かおうとしたところを怪しい男たちに拉致された挙げ句、知らない船の上で磔刑にあっている。

 周りには海のみでただでさえ自分の居場所がわからないのに身体の自由を奪われている。

 照りつける太陽を睨んでも暑さはマシになるどころか増すばかり。

 会話相手になりそうなのは俺を見上げるグラサンをかけた男ぐらいだが、一時間話しかけてもだんまり。

 仕打ちと完全無視に心が折れそうだ。

「……何だ、アレ」

 進行方向に島らしきものが見えてくる。

 俺を見上げる男がスマホで何やら話しているところを見るとどうやらあそこが目的地らしい。

 問題なのは見えている範囲にある建物が明らかに母国のものではないものばかりということ。

 港町と思われる場所には多くの人が行き交っているが母国どころかアジア圏内の人間がいない。

 このまま磔刑のまま運ばれて恥をかくのか。

 それとも抵抗して鎖を引き千切って男とバトるか。

 悩んでいるうちに船は港町ではなく島をグルっと半周。

 秘密の港的な場所についてようやく解放された。

「お待ちしておりました。氷室鏡夜様」

 船を降りて俺を待ち受けていたのは絵に描いたようなメイドさん。

 長い黒髪にはホワイトプリムがよく映えている。

 また、クラシカルなメイド服は彼女の清楚さを強調させている。

 ただ俺は非現実的な魅力的な女性よりも床に轢かれたレッドカーペットと女性の背後にあるリムジンを見て移動時のぞんざいな扱いとの差に困惑していた。

「えーっと……」

「大変失礼しました。私はエレナと申します。クルス学園の長より氷室様の案内役を仰せつかりました」

「これはこれはご丁寧に」

 とりあえずこの怪しい島の名前はわかったが、クルス島……地理には若干自信のある俺でも名前を聞いたことがない。

「長旅でお疲れでしょう。どうぞこちらに」

『ええ、特に太陽光をふんだんに浴びせられたおかげで危うく熱射病になるところでしたよ』と嫌味を言ってもいい気はするがぐっと堪えた。

 というのも俺を運んだ船はもう既に出港済み。

 帰り道を奪われた俺が進むべきルートは一つしかない。

 ただでさえ得体が知れないのに悪態をついて向こうの機嫌を損ねては何をされるかわからない。

 大人しく人生初のリムジンに乗り込んだ。


 ◆

 

「えーっと、エレナさんでしたっけ?」

「さんは必要ありませんよ。氷室様」

 上品に笑うエレナさんにドキドキするが、この高鳴りは恋ではない。

 深い青の瞳から感情が読み取れないことへの不安だ。

「ここはどういうところなんですか?」

 その不安を解消すべく情報収集に専念しよう。

「ここはクルス島。人間と人間とは異なる種族が共存を目指すために作られた島です」

 その一言で俺が連行された理由が明白となったので思わず額に手を当てる。

「おや、ご気分が優れませんか?」

「いえ、気にせず話を続けてください」

 頭の中は『どこで気づかれた?』という疑問のみ。

 頑なに隠しているわけではないが誰かに気取られる行動を取った覚えは……。

「クルス島が氷室様の正体に気づいたのは先日病院で血液検査をした際に発覚したからです」

 そういやそんなこともあったな。

「謎は解けましたか?」

「ええ、おかげさまで」

「ただ詳細がわかったのは拉致した後だったのでご無礼をお許しください」 

「むしろ正体的には当然の処置だと思いますが」

「広いお心に感謝いたします」

 何故、エレナさんはこんなにも腰が低いのだろう。

 俺なんてただの……今は考えるのはよそう。

「で、俺はこれからどうなるんですか?」

 この島にあるかはわからないが良くて牢獄行き。

 悪くて十三階段行きといったところか。

「学園長からは学園に通っていただくと聞いております」

「学園? 何故?」

「理由まではお聞きしておりませんので機会があればご本人に聞いていただけると」

「わかりました。それと今このリムジンは学園に向かっているということですか?」

「いえ、これから氷室様が暮らす寮に向かっています」

「てっきり野宿かと思っていました」

「氷室様は冗談がお好きなんですね」

「いや別に冗談を言ったつもりは……」

 この違和感はなんだ。

 まるで俺が思っている立ち位置よりも高位の扱いを受けているような……気のせいか?

「どうやら着いたようですね」

 追求する前にリムジンが停車して運転手がドアを開ける。

 降りて最初に見えたのは海沿いにある立派なコテージ風の建物。

 あまり建物には詳しくないがざっと見たところ十数人は利用できる規模だ。

「ここがこれから氷室様が住むアトラス寮になります」

「なるほど?」

 寮というよりかは金持ちの別荘と言われたほうがしっくりくる。

 ただの平凡な身分の奴にこんな寮を充てがうとは学園長は余程の酔狂者か、あるいは単にこの島の生活水準が高いのか。

 どちらにしろ俺の新たな生活は勝手に始まった。

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